北陸圏医療ゾーンの中核 (平成
21年4月 25日)
本日ここに、文部科学省高等教育局長 徳永 保様、衆議院議員・元内閣総理大臣森 喜朗先生、衆議院議員馳 浩先生、参議院議員岡田 直樹先生、石川県知事谷本 正憲様、金沢市長山出 保様、金沢大学病院医療支援機構理事長飛田 秀一様、並びに関係諸機関から多くの方々のご臨席を賜り、新金沢大学附属病院完成記念式典が挙行できますこと、本学にとって誠にめでたく、大いなる慶びとするところであります。新外来診療棟の竣工をもちまして、長年の懸案でありました附属病院の完成を見ましたのも、皆様の本学に対するご理解、ご支援の賜物と、心からの御礼を申し上げます。
また、済美会様からは、四階の「宝ホール」をご寄附いただき、金沢市におかれましては、外来診療棟の竣工に合わせて、病院前に「石引の広見」を整備されました。ここに改めて関係各位に深甚なる感謝を申し上げます。
金沢大学医薬保健学域医学類の源流は、文久二年、一八六二年、金沢市内の彦三に創設された加賀藩の種痘所にあります。その後、社会の要請とともに発展し、大正十二(一九二三)年に金
沢医科大学、昭和二十四年に新生の金沢大学医学部、そして、昨年四月、教育組織の再編により、医学類となりました。病院部門もその所在地を変えつつ、明治三十八年に石川県立病院として、この小立野台地に根を下ろし、その後、医学部の歴史と共に、名称を変更し、昨年四月に従来の金沢大学医学部附属病院から金沢大学附属病院となりました。この間、県民・市民に親しまれ、地域の皆様と共に、医療の府として、百五十年近くの歴史を刻んできました。
金沢大学は、平成十六年の法人化に際し、金沢大学憲章を定め、その前文で、「社会のための大学」とは何かを問い、社会貢献においては「高度先端医療の発展と普及に努める」と謳っております。これを具現化するため、昨年四月の学長就任にあたり、「宝町・鶴間キャンパスを北陸圏医療ゾーンの中核としてとらえ、北陸の行政と医療機関との連携を密にし、先端医療の開発、医療人の養成、安全安心な医療の提供などの、リーダー的役割をさらに果たす」との決意を表明いたしました。本日、新外来診療棟の竣工をもって、新たな金沢大学附属病院が完成しましたことは、大学として目指すところの基盤が出来上がり、社会のための大学に、また一歩近づいたものと、確信いたします。
医療の現場は、量と質という課題を抱えています。量的課題としては、地域の方々に優れた医療を如何にあまねく提供できるかがあり、これは、大学病院が医師養成の中核として機能するこ
とにより成し遂げられます。
質的課題としては、言うまでもなく、高度先端医療の研究開発に努めることにあります。現在、附属病院においては国の指定する先進医療として、「脊椎腫瘍に対する腫瘍脊椎骨全摘手術」、「内視鏡下手術ロボット支援」など十五件が認可され、我が国の医療レベルの向上に大いに貢献しています。このように金沢大学附属病院は、次世代を担う医療人の育成と臨床医学の発展に大いに貢献し、北陸圏医療ゾーンの中核として寄与してきました。また、今後も一層の努力をしていかなければなりません。これらを大学と附属病院に課された使命として心に刻み、新たな金沢大学附属病院の運営に当たる所存でおります。
先程申し上げましたように金沢大学は、昨年度から教育組織を学域学類制と新たにし、伝統を生かしつつも、未知の領域に果敢にチャレンジする新生金沢大学となりました。医学類が属する医薬保健学域は、従来の医学科、保健学科、薬学科、創薬科学科を統合し、チーム医療の視点に基づいた優れた人格と先端知識を兼備した医療人を育成せんとするものです。医療人の育成における大学病院の役割は重く、本日、ここにお披露目いたします附属病院の完成は、学域・研究域という教育研究組織の再編と相まって、金沢大学が今後目指すべき、我が国ベスト
また一歩近づいた感を強くしております。 10の大学に、
さらに、本年度、本記念式典会場に接し新臨床研究棟の着工が予定されており、また、本年度末(平成二十二年一月末)には角間地区において「がん研究所」の竣工が予定されております。これもひとえに文部科学省をはじめとする皆様の本学へのご理解、ご支援の賜物と、改めて心からの御礼を申し上げます。と同時に、国民皆様の医学・医療に対する熱い期待をひしひしと感じております。
最後に、本学に対する関係各位の御努力・御尽力に対し、改めまして深く敬意を表し、感謝と御礼を申し上げ、ご挨拶といたします。