1 歴史的風致の維持及び向上に関する課題
ここまでの本市における文化財や歴史的風致の現状を踏まえ、歴史的風致の維持及び向 上に向けた基本的な課題を検討した結果、次に記すいくつかの課題が明らかとなった。
(1)歴史的建造物の保全と活用に関する課題 本 市 に は、 歴 史 的 建 造 物 や そ れ ら が 群 を な し て 構 成 さ れ る 歴 史 的 ま ち な み が 豊 富 に 存 在 し て い る。 そ の 一 例 を あ げ る と、 善 光 寺 門 前 の 仲 見 世 や 宿 坊、 戸 隠 中 社 及 び 宝 光 社 門 前 の 宿 坊、 松 代 城 下 町 の 旧 武 家 屋 敷 や 町 家、 鬼 無 里 に 代 表 さ れ る 中 山 間 地 域 の 農 家 住 宅、 川 田 宿 な ど の 旧 北 国 街 道 の 宿 場 町 に み え る 町 家 等、 枚 挙 に い と ま が な い。 し か し な が ら、 こ う し た 歴 史 的 建 造 物 や ま ち な み の 多 く は、 修 理 や 修 復 に 多 額 の 費 用
を 要 す る こ と も あ っ て、 適 切 な 維 持 管 理 が 行 わ れ な い ま ま 老 朽 化 が 進 ん で い る。 こ れ は、
文化財の指定・未指定にかかわらずいえることで、まず、指定文化財をみると、国指定の 建造物等は、国の助成があるため、概ね良好な維持管理がとられているものの、登録文化 財並びに県指定及び市指定の文化財については、指定数が多いこともあって修理・修復が 追いついていないのが現状である。また、松代地域の歴史を象徴する文化財である松代城 跡附新御殿跡は、これまで長野電鉄屋代線の通過によって旧城郭域が分断され、大半が民 有地として利用されてきた経過から、保存整備も部分的で不整形な状況にとどまっている。
さらに、未指定文化財については、指定文化財に比べてその価値が十分に認識されていな いがゆえに、維持管理が行われないまま急速に老朽化が進み、中には失われてしまった貴 重な建造物等も多々ある。
また、歴史的建造物の急速な老朽化や滅失の理由に、空き家の問題がある。市街地では、
近年、こうした歴史的建造物の価値が見直されて、以前とは異なった用途で利活用されて いる例も見受けられるものの、その他の地域では、市街地・山間地を問わず多くの歴史的 建造物が空き家となっており、十分に活用されているとは言い難い。くわえて、歴史的建 造物の中には、耐震性が脆弱なものも多く、公開・活用に関する課題の一つである。
(2)伝統技術の継承に関する課題
歴史的建造物を維持管理していくための修理・修復を行うためには、現代の建築技術と は異なった伝統的な建築技術や構法を用いる必要がある。しかしながら、現在の木造建築 をみると、木材加工の機械化や乾式工法の普及に伴い、こうした歴史的建造物を修理・修 復するための伝統的技術が急速に失われてきている状況にある。
また、本市の歴史的建造物の特徴として、戸隠や鬼無里などの山間地には茅葺屋根のも 空き家となって急速に老朽化が進む民家
のが多い。かつて、こうした茅葺きの建物は、地域に大きな茅場を持ち、地域の茅葺き職 人と住民の共同作業として屋根の葺き替えを行っていた。しかし、耐久性の高い金属製の 屋根が一般的となった現在、材料である茅(ススキ)の需要がほとんどなくなってしまっ たことにより、供給元の茅場そのものが失われてしまった。歴史的建造物を安定的に維持 していくためにも、茅材を確保するための茅場の整備とそれ支える伝統技術の継承が課題 である。
(3)歴史的まちなみと周辺環境の保全に関する課題 歴 史 的 建 造 物 単 体 が 適 切 に 保 全 さ れ て い た と し て も、 そ の 周 囲 に 連 続 し て 建 ち 並 ぶ 建 造 物 が 取 り 壊 さ れ て 空 き 地 や 駐 車 場 に な る と、 ま ち な み 全 体 と し て の 連 続 性 が 失 わ れ る こ と に な り、
結 果 的 に 歴 史 的 風 致 の 維 持 及 び 向 上 を 図 る こ と が で き な い。 こ の こ と は、 本 市 に お け る 善 光 寺 門 前、 戸 隠、 松 代、 北 国 街 道 沿 い と い っ た 歴 史 的 ま ち な み や 文 化 的 景 観 を 有 す る 地 区 の 大 き な 課 題 で、 現 状 で は、 文 化 財 や 文 化 財 に 準 じ た 歴
史的建造物に関する所有者の理解は得られても、まちなみの連続性や景観としての一体性 などの観点から、それ以外の建物や敷地等の所有者からは、十分に理解が得られていると はいえない。
また、本市の歴史的建造物が多数集積する地域は、道路幅員が狭くて歩道がない区間が 多く、たとえ歩道が整備されていても自動車交通の激しさによって、歩行者がゆったりと 歩くことができない状況にある。さらに、この歴史的建造物が集積する地域は、本市の代 表的な観光地でもあることから、観光シーズンになると多くの観光客が押し寄せて交通問 題が深刻化する。とりわけ、本市の観光地には、マイカーや大型バスで訪れる観光客が多 い た め に、 そ れ に 見 合 う 駐 車 場 の 整 備 や 道 路 整 備 等 が 問 題 と な っ て い る。 し か し な が ら、
駐車場の整備や道路整備等の内容によっては、本市の歴史的風致そのものが、逆に阻害さ れることにもなりかねない。一例として、善光寺周辺においては、善光寺境内の裏手に大 きな駐車場があるものの、善光寺の門前には、歴史的建造物が集積していることもあって、
多くの参拝者や観光客を受け入れることのできる駐車場が不足している。そのために、参 拝者らが善光寺門前まで来ることなく善光寺参拝のみで終わってしまい、移動や回遊性が 制限されている状況である。つまり、歴史的まちなみの保護と駐車場の確保という、二つ の大きな課題がある。
また、松代地区や若穂川田地区などの歴史的市街地を結んでいた旧長野電鉄屋代線の廃 線に伴い、今後、松代の中心市街地へ流入が増加するであろう自動車交通に対して、歩行 者空間の確保と市街地へ流入する自動車の抑制など課題は多い。とりわけ、旧長野電鉄屋
駐車場化が進む歴史的市街地
代線は、北国街道松代道にほぼ並行して走っており、廃線となった線路敷きの跡地利用の 方法によっては、沿線における歴史的風致の維持及び向上にとって大きな影響を及ぼしか ねない。さらに、屋代線開業当時から使用されている歴史的建造物としての駅舎等もある ことから、旧長野電鉄屋代線全体の跡地活用については、こういった歴史的建造物等の利 活用も含めた路線全体における利活用の課題がある。
(4)伝統的な祭礼等の継承に関する課題
本 市 に は、 善 光 寺 と そ の 門 前 町 の み な ら ず、
真 田 十 万 石 の 城 下 町 で あ る 松 代、 古 く か ら 神 仏 混 淆 の 地 と し て 発 展 し て き た 戸 隠、 善 光 寺 や 戸 隠 へ の 街 道 の 要 衝 で あ っ た 鬼 無 里 な ど、 複 数 の 地 域 に、 歴 史 的 建 造 物 や 歴 史 的 ま ち な み と い っ た 有 形 の 歴 史 的 遺 産 が み ら れ る と と も に、 地 域 の 人 々 に よ っ て 大 切 に 守 り 伝 え ら れ て き た 無 形 の 歴 史 的 遺 産 で あ る 祭 礼 や 伝 統 行 事 が あ る。 こ の 中 に は、 善 光 寺、 松 代、 鬼 無 里 を は じ め、 市
内各地で行われている祇園祭のように毎年実施される祭礼もあれば、善光寺御開帳や戸隠 の式年大祭のように、数え年で7年に1度行われる伝統的な祭礼もある。しかし、こうし た伝統的な祭礼等は、近年の人口減少や少子高齢化を背景に、その担い手が不足しており、
中には継承が危ぶまれている祭礼・行事もある。とりわけ、鬼無里のような中山間地域は、
急速な人口減少と少子高齢化によってこの問題が深刻な状況である。
(5)文化財や伝統的な祭礼等を活用した観光や情報発信に関する課題
長野市には、都市部から山間部に至るまで、数多くの文化財や伝統的な祭礼等が存在し、
それらが本市の魅力を高めるとともに、観光資源としての大きな割合を占めている。実際 に、数え年で7年に1度行われる善光寺御開帳や戸隠神社式年大祭には、県内外から多く の観光客が訪れ、かなりの賑わいをみせる。しかし、こういった数年に一度実施される特 別な祭礼等を除くと、一年を通して文化財や伝統的な祭礼等の価値が十分に情報発信され ているとは言い難い。例えば、真田十万石の城下町松代は、市内の中でも特に多くの文化 財等が集積し、多くの伝統的な祭礼も営まれているものの、それらを一体的に情報発信す る体制が不十分であるために、歴史的建造物等を活用した誘客事業にうまく結びついてい ない。また、松代地区における情報発信の中核施設である真田宝物館は、近年、施設の老 朽 化 に 加 え、 展 示 施 設 の 調 湿 機 能 の 不 備、 収 蔵 庫 不 足 等 の 諸 問 題 が 生 じ て い る。 さ ら に、
鬼無里地域においては、市内でも特に質の高い屋台を保有し、それらを活用した伝統的な 祭礼も行われているものの、情報発信が他地区以上に不足しているため、市民や来訪者の 認知度が低い。加えて、歴史的建造物や歴史的まちなみへの案内や誘導、それらを結ぶ歩
案内板不足の古道