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金 " ヲ

ドキュメント内 『三玉挑事抄』注釈 雑部(一) (ページ 45-75)

︑傾

二│

瓶 水

︑与

︒其

味 甘

︒沙 門

曰︑

﹁ 我

是執 金剛 神也

︒常

此窟

︑護

釈 迦

遺 法

︒ 我 感

上 人 勤

︑故

雪 山

︑ 取

八 徳 水

耳﹂ 云 云︒ 金 峯 菩 薩 令

又 見

地 獄

︒ 看

一鉄 窟

︒中

四人

︒其 形如

︒一

人衣 覆

肩︒ 三

人 裸

#

︑ 蹲

赤 灰上

︒ 獄

卒 告

曰︑

﹁ 是

汝本

之 君臣 也﹂

︒ 時

衣 人招

蔵 曰︑

﹁ 我

是大 日本 国主 金剛 覚大 王

之 子也

︒受

之 苦

︒彼

太政 天神 以

怨 心

仏 寺

︑ 害

有 情

︒其 所 作 罪 報︑ 我 皆 受

︒彼 太 政 天

者 菅

相 也

︒宿

世 福 力

︑今 為

大 威 徳 天 神

﹂︒ 乃自 説五 罪曰

︑﹁ 我 受

苦無

量︒ 汝帰

本 国

︑奏

国 王及 宰輔

一万 卒都 婆

︑ 抜

﹂︒ 蔵凡 過

十三 日

云 云︒

﹇ 出典

﹈雪 玉集

︑八

〇九 九番

︒元 亨釈 書︑ 上巻

︑一 九八 頁︒

﹇ 異同

﹈﹃ 新編 国 歌 大 観﹄ ナシ

︒﹃ 訓 読 元亨 釈 書﹄

︵ 禅文 化 研 究所

︶﹁ 経 三 七 日│ 剋三 七 日﹂

﹁ 執金

"

│ 執 金

$

﹂﹁ 卒 都婆

│ 率塔 婆﹂

﹇ 訳﹈

世の 中の 憂さ など とは 縁遠 い吉 野の 金峯 山に ある 岩屋 で︑ 日蔵 は夢 を見 たが

︑そ の夢 の中 で冥 界に 通じ る道 を 通っ たと は不 思議 なこ とだ

︒ 元 亨釈 書の 九釈 日蔵 伝の 略に よる と︑

︵ 日蔵 は︶ 延 喜 十六 年 二 月に 金 峯 山の 椿 山 寺 に入 っ て 剃髪 し た︒ そ の時 の 年齢 は十 二歳 であ る云 云︒ 天慶 四年 秋︑ 金峯 山に おい て三 週間 を過 ごし

︑食 を絶 ち︑ 話す こと もし ない 密供

﹃ 三 玉 挑 事 抄

﹄ 注 釈 雑 部

︵ 一

― 230 ―

の 修行 を行 った

︒八 月一 日午 の時

︑修 行の 間に にわ かに 舌が 渇き

︑気 が塞 がっ てし まっ た︒ 人を 呼ん で救 いを 欲 した

︒ま た思 うこ とに は︑

︵ 私は

︶既 に沈 黙 行 中の 身 で ある

︒ど う し て声 を 出 す こと が で きよ う か︒ こ のよ う に思 い正 して いる うち に︑ 呼吸 は既 に絶 えて しま った

︒ぼ んや りと した 状態 で︑ ある 洞窟 の前 に至 ると

︑洞 窟 の中 には 沙門 がい た︒ 手に は金 の瓶 を持 ち︑ 瓶を 傾け て水 を出 し︑ 日蔵 に与 えて 飲ま せた

︒そ の味 は甘 美で あ った

︒沙 門の 言う こと には

︑﹁ 私 は執 金 剛 神で あ る︒ い つも こ の 洞窟 に 住 み︑ 釈 迦の 遺 法 を護 っ て いる

︒私 は あ な た の熱 心 な 修行 に 感 じ入 り

︑す ぐ に 雪山 に お もむ い て 八徳 水 を 手 に入 れ

︑あ な たの 渇 き を 救 っ た だ け だ

﹂云 云︒ 金峯 菩薩 はま た︑ 日蔵 に地 獄を 見せ た︒ ある 鉄窟 を見 ると

︑そ の中 には 人が 四人 いた

︒そ の形 は炭 の よう で︑ その 内の 一人 は衣 で肩 を覆 い

︑︵ 残 り の︶ 三人 は 裸 で赤 灰 の 上に 蹲 っ て いる

︒獄 卒 が 告げ て 言 うこ と には

︑﹁ こ れは お前 の本 土の 君主 と臣 下 で ある

﹂と

︒そ の と き︑ 衣を 身 に 着け て い る 者が 日 蔵 を招 い て 言う こ とに は︑

﹁ 私は 大日 本国 主金 剛 覚 大王

︵宇 多 法 皇︶ の子

︵醍 醐 天 皇︶ であ る

︒こ の 鉄 窟の 苦 し みを 受 け てい る

︒か の太 政天 神が 怨み の心 を持 って 仏寺 を燃 やし

︑有 情を 害し た︒ その 罪の 報い は私 が全 て受 けて いる

︒か の 太政 天と は︑ 菅丞 相︵ 菅原 道真

︶の こ と で ある

︒︵ 菅 丞 相は

︶宿 世 の 福力 に よ り︑ 今 は大 威 徳 天神 と な って い る﹂ と︒ そし て︑ 自ら 五罪 を説 いて 言う こ と に は︑

﹁私 が 受 ける 苦 は 計り 知 れ な い︒ お前 が 本 国に 帰 っ たな ら ば︑ 国王 及び 宰輔 に奏 上し て一 万の 卒都 婆 を 造 り︑ 私の 苦 厄 を取 り 除 いて く れ﹂

︒ 日 蔵は 凡 そ 十三 日 後 に蘇 生 した 云云

﹇ 考察

﹈日 蔵は 浄蔵 の弟 子︒

﹃北 野天 神縁 起﹄

︵ 弘安 本︑ 中巻

︶に も類 話が 見ら れる

︵倉 島実 里︶

― 231 ―

﹃ 三 玉 挑 事 抄

﹄ 注 釈 雑 部

︵ 一

540か そへ みし 一夜 の夢 の十 なか らと をき 世に あふ 道も かし こし

﹇ 出典

﹈雪 玉集

︑五 五〇

〇番

︒﹇ 異同

﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄ ナシ

﹇ 訳﹈

数え てみ ると 十夜 続け て夢 を見 たが

︑現 在か ら遠 い世 を夢 の中 で見 られ ると は︑ 素晴 らし いこ とだ

﹇ 参考

﹈底 本に は和 歌の あと

︑四 行分 の空 白が ある

︒こ の 箇 所に 典 拠 を記 す 予 定で あ っ た か︑ ある い は 刊行 す る 直前 に 削っ たか と思 われ る︒

︵藤 原崇 雅︶ 親

541初 かせ の秋 そ身 にし むと もし ひも 窓に そむ けぬ 心す ゝめ て 古 文前 集︑ 時秋

雨 霽

︒ 新涼 入

︒ 燈

火 稍可

︑簡 編可

﹇ 出典

﹈柏 玉集

︑一 八一 九番

︒古 文真 宝前 集︑ 符読 書城 南︑ 二〇 頁︒

﹇ 異同

﹈﹃ 新編 国歌 大観

﹄﹁ と もし ひも

│灯 の﹂

︒﹃ 新 釈漢 文大 系﹄ ナシ

﹇ 訳﹈

親し む 秋 の初 風が 身に 心地 よい 頃と なっ たの で︑ 灯火 も窓 の方 へ向 けず

︑学 問に 集中 でき るこ とだ

︒ 古 文︵ 真宝

︶前 集に よる と︑ 今や 時候 は秋 で︑ 長雨 がは れて

︑新 涼の 気が 城外 の村 に入 りこ み︑ 灯火 もよ うや く 親し める よう にな った ので

︑書 物を ひも とく こと もで きる であ ろう

﹇ 考察

﹈﹁ 符読 書城 南﹂ は︑ 親が 子に 学問 を勧 める 心を 詠ん だも の︒

﹇ 参考

﹈﹁ 燭を 背け ては 共に 憐れ む深 夜の 月 花を 踏ん では 同じ く惜 しむ 少年 の春

﹂︵

﹃ 和漢 朗詠 集﹄ 上︑ 春︑ 春夜

︑二

﹃ 三 玉 挑 事 抄

﹄ 注 釈 雑 部

︵ 一

― 232 ―

七 番︶

︵藤 原崇 雅︶ 述懐 542け さの 間の 夕を また ぬ身 なり とも 道あ るみ ちを いか てき かま し 論 語︒ 朝聞 道︑ 夕死 可矣

﹇ 出典

﹈雪 玉集

︑二 四三 二番

︒論 語︑ 里仁 第四

︑九 一頁

︒﹇ 異同

﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄

﹃新 釈漢 文大 系﹄ ナシ

﹇ 訳﹈

述懐 朝 方が 過ぎ てし まっ たら

︑夕 べを 待た ずに 死ん でし まう 身で あっ ても

︑道 とい うも のが ある なら

︑ど うに かし てで も 聞く だろ う︒ 論 語︒ もし も朝 方に 我々 が当 然行 わな くて はな らな ない 人の 道を 聞く こと がで きた ら︑ かり にそ の晩 に死 んだ と して も︑ まず 満足 すべ きで あろ う︒

﹇ 考察

﹈﹃ 論語

﹄は

︑道 を知 るこ とが 人の 最大 の目 的で ある こと を説 いた 一節

︵藤 原崇 雅︶ 寄弓 述懐 543お なし その 人や とら んと 梓弓 おし まぬ しも そお ろか 成け る

﹇ 出典

﹈雪 玉集

︑二 八四 八番

︒﹇ 異同

﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄

﹁お しま ぬ│ をし まぬ

﹂︒

﹇ 訳﹈

弓に 寄せ る述 懐

― 233 ―

﹃ 三 玉 挑 事 抄

﹄ 注 釈 雑 部

︵ 一

自 分と 同じ 楚の 国の 人が 弓を 取る だろ うと 言っ て︑ 楚の 国の 恭王 は名 弓を 失っ ても 惜し まな かっ たが

︑そ れは 孔子 か ら見 ると

︑愚 かな こと なの だな あ︒

﹇ 考察

﹈典 拠は 544番 歌と 共通

︵増 井里 美︶ 憂喜 依人

544梓 弓う れは うし なふ こと はり は心 をわ かむ 物と しも なし 家 語 曰︑ 楚 恭 王 出

遊 亡

之 弓一ヲ

︒ 左

右 請

︒ 王 曰

︑﹁ 止︒ 楚 王 失

︑楚

人 得

︒ 又 何

レン

﹂︒ 孔子 聞

︑﹁ 惜

乎︑ 其不

レル

︒不

人遺

レル

︑人 得

而 已︒ 何│ソ

﹇ 出典

﹈三 玉和 歌集 類題

︑憂 喜依 人︒ 孔子 家語

︑好 生︑ 一二 九頁

﹇ 異同

﹈﹃ 三玉 和歌 集類 題﹄ ナシ

︒﹃ 新 釈漢 文大 系﹄

﹁孔 子聞

曰│ 孔子 聞之 曰﹂

﹇ 訳﹈

憂喜 は人 に依 る 名 弓を 手に 入れ ても 失う のが この 世の 道理 で あ る から

︑︵ 弓 を 失っ て も︑ 誰 かが そ の 弓 を得 る の だと 考 え ると

︶悲 し んだ り喜 んだ りす るに は及 ばな い︒ 孔 子家 語に よる と︑ 楚の 恭王 が城 から 出て 遊ば れた とき

︑烏 嘷と 名づ けた 良弓 を失 われ た︒ 近習 の者 は︑ これ を 探し 出そ うと 申し あげ た︒ 王は

︑﹁ 止 めて お き なさ い

︒楚 の 王で あ る 私が 弓 を 失 って も

︑ど う せわ が 国 の民 が これ を拾 うの だ︒ どう して 探し 出す こ と な どし よ う か﹂ とお っ し ゃっ た

︒孔 子 は これ を 聞 いて

︑﹁ 惜 し いな あ

︑王 はい ささ か了 見が 狭い

︒人 が弓 を落 とし て︑ それ を人 が手 に入 れる だけ のこ とだ

︑と 言え ばよ かっ たの

﹃ 三 玉 挑 事 抄

﹄ 注 釈 雑 部

︵ 一

― 234 ―

︑ど うし て楚 と限 定し てし まう 必要 があ ろう

﹂と 言っ た︒

﹇ 考察

﹈﹃ 孔子 家語

﹄は

︑政 治の 根本 的な あり 方に つい て述 べた 箇所

︵増 井里 美︶ 寄歌 述懐 545色 につ き花 にな すな よさ ての みそ 世に 埋木 の言 の葉 の道 古 今序

︒い まの 世中

︑色 につ き︑ 人の 心

︑は な に なり に け るよ り

︑あ た なる 歌

︑は か な きこ と の み出 く れ は︑ 色 この みの 家に 埋木 の︑ 人し れぬ こと ゝな りて

﹇ 出典

﹈雪 玉集

︑二 六四 四番

︒古 今和 歌集

︑仮 名序

︑二 二頁

︒﹇ 異同

﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄

﹃古 今和 歌集

﹄ナ シ︒

﹇ 訳﹈

歌に 寄せ る述 懐 表 面だ けの 美し さに 気を とら れ︑ 言葉 を華 美に 飾り 立て るで ない ぞ︒ その よう にし てば かり いる と︑ 和歌 の道 は埋 も れ木 のよ うに 世間 に埋 もれ てし まう のだ から

︒ 古 今集 の仮 名序

︒当 節は 世の 中が 華美 に走 り︑ 人心 が派 手に なっ てし まっ た結 果︑ 内容 の乏 しい 歌︑ その 場限 り の歌 ばか りが 現れ るの で︑ 歌と いう もの が好 色者 の間 に姿 を隠 し︑ 識者 たち に認 めら れぬ こと は埋 れ木 同然 に なっ て︒

﹇ 考察

﹈﹃ 古今 集﹄ 仮名 序は

︑世 の中 で表 面上 のこ とだ けが 求め られ

︑和 歌も 華や かな だけ で浅 薄な もの がも ては やさ れ るよ うに なっ たこ とを 嘆く 部分

︒当 歌は それ を踏 まえ て︑ 和歌 の道 に精 進す るよ う勧 める もの

︵増 井里 美︶

― 235 ―

﹃ 三 玉 挑 事 抄

﹄ 注 釈 雑 部

︵ 一

述懐 546あ まれ りや たら すや とた に何 か思 ふけ ふの まゝ なる あす もし らし を い せ物 語云

︑ゐ なか 人の 歌に ては あま れり やた らす や︒

﹇ 出典

﹈雪 玉集

︑七 二四 二番

︒伊 勢物 語︑ 八七 段︒

﹇異 同﹈

﹃ 新編 国歌 大観

﹄﹃ 伊勢 物語

﹄ナ シ︒

﹇ 訳﹈

述懐 余 って いる だろ うか

︑足 りな いだ ろう か︑ とさ えど うし て思 い悩 むの か︒ 今日 の続 きで 明日 のこ とも 分か らな いだ ろ うに

︒ 伊 勢物 語に よる と︑ 田舎 人の 歌と して は十 分な 出来 だろ うか

︑ま だま だと いう とこ ろだ ろう か︒

﹇ 考察

﹈﹃ 伊勢 物語

﹄で は︑ 田舎 人が 詠ん だ歌 とし ては ま ず ま ずだ ろ う と評 し て いる

︒当 歌 は そ の言 い 回 しを 用 い て︑ 無 常の 世の 中に 思い 悩ん でも 仕方 がな いと 詠む

︵太 井裕 子︶ 547か ひな しや けふ は昨 日の よし あし をお もひ わき ても 改め ぬ身 は 帰 去来 辞曰

︑実

途其

遠︑ 覚

今 是

而 昨

一ナ

﹇ 出典

﹈雪 玉集

︑四 七四 七番

︒文 章規 範︑ 帰去 来辞

︑五 三〇 頁︒

﹇ 異同

﹈﹃ 新編 国歌 大観

﹄﹃ 新 釈漢 文大 系 文章 規範

﹄ナ シ︒

﹇ 訳﹈

今日 にな って

︑昨 日の 私が 間違 って いた かど うか 判断 でき ても

︑行 いを 改め なけ れば

︑ど うし よう もな いな あ

﹃ 三 玉 挑 事 抄

﹄ 注 釈 雑 部

︵ 一

― 236 ―

ドキュメント内 『三玉挑事抄』注釈 雑部(一) (ページ 45-75)

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