80 権が侵害されたとは考えにくい357。
二 違法収集証拠排除の判断基準・根拠論の展望
イギリスでは、「公正さ」を判断基準に違法収集証拠の排除の判断が積み重ねられてきた。
では、こうしたイギリスの違法収集証拠排除論から、我が国の違法収集証拠排除の判断基準 および根拠論をめぐる議論は、いかなる示唆を得ることができるだろうか。以下の点を指摘 しておきたい。
1 公正さという観点の位置づけ
そもそも、わが国において、公正さという概念は、刑事訴訟の目的との関係で、「実体的 真実の追求も公正な手続という軌道の上で、それを踏みはずさぬ限りにおいて許される396」 というように、学説において古くから用いられてきたものであり、これを違法収集証拠排除 法則の根拠との関係で論じるならば、適正手続論との親和性が高いであろう。例えば、「違 法に収集された証拠を許容すると、審判の公正を害する、デュー・プロセスに反する397」と いう主張があるように、適正手続論の内実は、「公正さ」を維持することであると捉えるこ とも可能である。すなわち、公正さを害することが、憲法
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条のいう適正手続の保障に反 することになるという理解である。2 判断基準と公正さ
(1)「違法の重大性」と公正
393 1984年警察・刑事証拠法76条は、自白排除について、以下のように規定する。
第78条2項
いかなる手続においても、訴追側が被告人の自白を証拠として提出しようとする場合において、その自 白が、(a)被告人に対する強制により、又は、(b)その当時の状況により自白の信用性を失わせると認め られる言動の結果として、獲得され又は獲得された疑いがあることが主張されたときは、裁判所は、訴追 側においてその自白(真実である可能性のいかんを問わない)が前各号の方法により、獲得されたもので ないことを合理的な疑いを越えて証明しない限り、これを被告人に不利益な証拠として許容してはならな い。
394 Archbold, Criminal Pleading, Evidence and Practice (2013), at p.1796.
395 David Ormerod, Diane Birch, The Evolution of the Discretionary Exclusion of Evidence, Crim. L.
R. (2004) 767.
396 高田卓爾『刑事訴訟法』(青林書院新社、改訂版、1978)27頁。この他、井戸田侃『刑事訴訟法要 説』(有斐閣、1993)230頁は、「真実を追求すればよいということだけでなくて、それはあくまで公正な 手続によってなされなければならない」と述べる。
397 平野龍一「証拠排除による捜査の抑制」『捜査と人権』(有斐閣、1981)134頁。このほか、井上正仁
『刑事訴訟における証拠排除』(弘文堂、1985)357頁も、証拠排除の根拠の一つとして、違法収集証拠 の使用は「訴訟手続の公正さを損ね、適正手続の要請に反する」ことを認めている。
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適正手続論からどのような証拠排除の基準が導かれるかという点に目を向けてみると、
証拠収集手続に、その後の訴訟手続を一体として不当なものにするほどの著しい違法が存 在する場合に限って、証拠が排除されるとする。そのような著しい違法の結果得られた証拠 を使用すること自体が、適正手続に反するのであるから、他の事情を考慮することなく証拠 が排除されることになる。
さらに、判例が基準として挙げる「違法の重大性」について、「違法の程度がデュー・プ ロセスに違反するような違法ではないかと推測される398」との見解が示されている。また、
適正手続論から、「違法の程度が証拠排除を必要とするほどに重大であるかは、その証拠に 基づいて被告人に有罪判決を言い渡すことが、正義又は公正の理念からみて耐えがたいか どうかという基準で判断されることとなる399」との理解も示されている。
イギリスにおいて「公正さ」が証拠排除の基準として長きにわたり維持されてきていると いう事実は、わが国における証拠排除の基準、特に「違法の重大性」の内実として「公正さ」
という観点を取り入れる見解を補強するものといえよう。
(2)「違法の重大性」と「排除の相当性」を結びつける公正さの観点
欧州人権裁判所において、欧州人権条約上の権利を侵害して獲得した証拠を使用するこ とは、同条約
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条で保障される「公正な裁判を受ける権利」を侵害したことになるとの反対 意見が付されていた。このような欧州人権裁判所での動向を踏まえてか、イギリスにおいて も、「公正さ」という基準での証拠排除の判断の際に、「司法の廉潔性」という観点を考慮要 素とする判例が見られるようになってくる。わが国でも、「司法の廉潔性」という観点は主 張されており、そこから「違法の重大性」という基準が導き出されるとする見解が有力であ った。このように証拠排除の基準、特に「違法の重大性」をめぐっても、司法の廉潔性から 導き出されるのか、適正手続論から導き出されるのかというように、別個の議論がなされて きたが、それらを「公正さを侵害するような違法」と見たときには、相反する関係にあるも のではないと考えることができよう。3 根拠論と公正さ
(1)廉潔性原則と公正さ
それでは、なぜ、「手続の公正さ」を保障する必要があるのか。言い換えれば、わが国に おいて、公正さが侵害された場合に証拠を排除しようとするのはなぜなのか。その根拠につ いて、廉潔性原則、懲罰原則、保護原則、信用性原則の観点から、順に考察を進めてみたい。
廉潔性原則と公正さとの関係について見てみると、適正手続論は「必ずしも一義的な存在 であるわけではないが、その主張内容から見て、基本的には、アメリカにおけるいわゆる『司
398 柳川重規「判例が採用する違法収集証拠排除法則についての検討」法学新報113巻11・12号
(2007)711頁。
399 鈴木義男「違法収集証拠排除法則の根拠」判例タイムズ437号(1981)36頁。
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法の無瑕性(judicial integrity)』の観点を受け継いだもの400」と述べられることがある。
すなわち、裁判所が汚れのない証拠で審理を行うことは、結果的に公正な手続を保障するこ とにつながると捉えることが可能となる。
(2)懲罰原則と公正さ
懲罰原則と公正さとの関係について、「公正な手続という軌道の上においてのみ真実の追 求を許すものと解するときは、公権力の発動として憲法上許されない手続によって得られ たものに対しては真実発見の手段としての資格を剥奪するのが理論的帰結であるし、また 証拠収集機関が重大な違法を犯した場合、その証拠の証拠能力を否定することが公権力発 動の公正を担保する上で最も実効性をもつ401」とされる。すなわち、捜査機関が将来にわた って違法捜査を行わないよう抑止するということは、将来の手続の公正さを維持しようと いう目的があらわれているともいえるであろう402。
(3)保護原則と公正さ
保護原則と公正さとの関係について、例えば、適正手続論のように憲法の保障する基本権 条項から直接証拠排除を導く見解からは「基本権侵害に対する救済として証拠排除を導く
403」との理解が示されることがある。そこでは、権利侵害を回復することは困難であろう が、証拠排除という形で救済することで、手続の公正さの維持に努めることが目指されてい るといえよう。救済の観点はわが国の違法収集証拠排除の根拠として取り上げられること は少ないが、手続の公正性という観点を中心に据えた場合には、こうした視点も含むことが 可能になる。もっとも、救済の観点を前面に出すことには疑問がないわけではない。という のも、第三者や共犯者に対する違法捜査が実施され、その結果として被告人に不利な証拠が 獲得された場合、被告人自身は違法捜査による権利侵害を受けていないため、証拠排除を求 める当事者適格があるのかということが問題になる。また、被告人が、違法収集証拠につい て異議を申し立てなかった場合や同意した場合に、当該証拠を使用しても良いのかも問題 となろう。
(4)信用原則と公正さ
信用性原則と公正さの関係について、イギリスで同原則は、物的証拠について違法収集証
400 井上・前掲注(3)269~370頁。このほか、高田卓爾・田宮裕『演習刑事訴訟法』(青林書院新社、
1972)238頁〔光藤景皎〕は、違法収集証拠排除の「もっとも直截的な理由は、国家が法違反を行い、裁
判所がその結果を受理することは、司法の廉潔性を損ない、矛盾かつ不公正であり、かつ国民の間に法に 対する侮辱の感情を育てるところにあった」とし、司法の廉潔性と公正さを関連付けて論じている。
401 高田・前掲注(396)202頁。
402 ただし、イギリスにおいて、違法捜査抑止論は主張されているものの、判例においては、捜査機関に 対する懲罰を加えることは裁判所の役割ではないとして、否定されている。そこには、わが国との裁判所 との役割に関する捉え方の違いが存在するのであろうか。
403 酒巻匡『刑事訴訟法』(有斐閣、2015)497頁。