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多様過ぎる技術パラダイム

ドキュメント内 博士(経営学)学位論文 (ページ 42-47)

第 3 章 バイオ医薬品の台頭とオープンイノベーションの進展

第 3 節 オープンイノベーションが進展した要因の考察

3.2 多様過ぎる技術パラダイム

オープンイノベーションが進展したもう一つの要因は、一口にバイオテクノロジーと言って も、実際には様々な技術が存在するという点である。図3-5は、医薬品候補シーズとしてのライ センス提携数の推移を技術別に分類したものである(基礎技術、製造技術、リサーチツール、

開発工程 約5〜10年 数10億~100億円 研究工程

3〜5年 約5億円 創薬

研究

製剤化 研究

非臨床 試験

臨床 試験 3-7年

承認 審査

2-3年 製造 販売

および低分子の技術は含んでいない)。現在、最も多く上市されているバイオ医薬品は抗体医薬 品であるが(シード・プランニング, 2012b)、必ずしも支配的な技術パラダイムという訳ではない。

例えば、モノクローナル抗体が登場した当初、「遺伝子工学を用いて医薬品を創出するという 新しい方法が既存の化学によるアプローチに取って代わる」というのが大方の予想であったが、

結果として化学によるアプローチと遺伝子工学は共存し相互に補完し合った(Pisano, 2006 邦訳 pp.114-115)。もし仮に、遺伝子工学による創薬の技術パラダイムが支配的となり、化学による創 薬の技術パラダイムを駆逐していたとすれば、ノバルティスやファイザーではなく、ジェネン テックやアムジェンが医薬品売上高のトップ企業になっていたかもしれない。しかし、現実は そうではなく、これまでに多くの新しいツールや新しい創薬のアプローチが登場したが、新し い技術パラダイムが古い技術パラダイムを駆逐したという現象は起きていない(Pisano, 2006 邦 訳pp.114-115)。

このように、複数の技術パラダイムが共存する傾向にあるという産業の特性を大企業視点で 見れば、特定の技術パラダイムに資源を集中することは極めてリスクの高い選択肢であり、買 収対象の狙いを定めにくくしている要因であろう。他方で、企業家(あるいはベンチャー企業)

にとっては、多様な生存の道を切り開くことを可能にする要因になっているとも考えられる。

3-5 医薬品候補シーズの技術分類別提携数の推移17

出所:Evaluate Pharmaデータベースに基づき筆者作成

17 図 3-6と図3-5の件数が一致しないのは、前者が基礎技術の利用承諾契約や技術情報が不明のライセンスの件数も含 んでいるのに対して、後者は技術名が明らかになった創薬のシーズの提携件数のみを掲載しているためである。

0 50 100 150 200 250 300

350 Vaccine

Transgenic product Recombinant product Protein extract Plant extract

Other biotechnology product Monoclonal antibody (conjugated) Monoclonal antibody

Miscellaneous In vivo diagnostics Gene therapy

DNA & RNA therapeutics Chiral chemistry Cell therapy Bioengineered vaccine

3.3 「研究」と「開発」のギャップ

製薬会社とバイオベンチャーの提携が行われやすいもう一つの大きな理由がある。バイオベ ンチャーは、大学などのアカデミアと製薬会社との橋渡しの役割も担っているという点である。

図 3-6は、本産業における1990年以降の提携数を主体となる組織の属性ごとに分類したもので ある。バイオベンチャーは、大学、バイオベンチャー同士、製薬会社というように様々な相手 と提携を結んでいる一方で、製薬会社の提携相手は極端にバイオベンチャーに偏っている。な ぜ製薬会社は、知識や人材の輩出元である大学と直接提携を結ばないのだろうか。それは、大 学で生み出される知識が製薬会社にとって基礎的過ぎるという問題にある(Pisano, 2006)。

世界中で大ヒットを生むようなバイオ医薬品の原材料となる物質が大学の研究によって発見 されるケースは珍しくはない。例えば、免疫の異常により関節の腫れや痛みを引き起こす関節 リウマチ18という病気は、1998年にレミケードと呼ばれるバイオ医薬品が抗リウマチ治療薬とし て米国で認可されるまで(欧州は1999年、日本は2002年)、ステロイドなどで痛みを抑えるの みで、症状の進行を抑える治療薬は存在していなかった。このレミケードは、ニューヨーク大 学で発見された物質が期限である。同じく、関節リウマチの治療薬であるエンブレルは、ハー バード大学で発見された物質である。どちらも2015年の全世界医薬品売上高のトップ10にラ ンクしている。

しかし、これらの大型バイオ医薬品は、大学から製薬会社に直接ライセンスされたものでは なく、ライセンスを受けたバイオベンチャーを製薬会社が買収したものである。医薬品として 成立させるためには、ヒトへ投与する臨床試験の前にも様々なデータを取得しなければならな い。また、安定した商業生産のためには、細胞の培養条件や精製条件の検討も必要である。大 学の研究者は、大抵そういった作業に興味が無いことが多く(経済産業省, 2011)、コンセプトに は優れていても商業化するには程遠いのである。言い換えれば、「研究」を行う大学と「開発」

を行ないたい製薬会社の需要との間には開きが生じていることが多く、大学の研究成果をその まま製薬会社に引き渡すことが困難なのである。また、仮に製薬会社が大学の研究者が持つア イディアに直接アクセスしようとしたとしても、製薬会社よりもバイオベンチャーの方が有利

18 「日本リウマチ財団 リウマチ情報センター」(http://www.rheuma-net.or.jp/rheuma/rm400/rm400_gainen.html)最終アク セス日 20161016

な立場にあるという事情も存在している。なぜならば、バイオベンチャーは、設立前に大学内 にてある程度までシーズの実用化を進め、目処が立ってから設立されるケースや、設立時から 社内に設置されているサイエンティフィック・アドバイザリーボードなどを通じて、大学の研 究者がバイオベンチャーの経営に関与しているケースが殆どだからである(Pisano, 2006; Powell,

Koput, Bowie, & Smith-Doerr, 2002; 西澤, 2003)。このような背景から、アウトサイダーである製

薬会社よりも、インサイダーに近い存在でバイオベンチャーの方が大学の研究者が持つ研究内 容を把握しやすい立場にいるのである。

図 3-6組織属性別提携数の推移(基礎技術を含む)

出所:Recap IQデータベースに基づき筆者作成

第4節 小括

本章では、オープンイノベーションが実践されている代表的な産業の1つとして先行研究で 取り上げられてきた製薬・バイオ産業において(Chesbrough, 2003)、オープンイノベーションが 進展してきた歴史的背景とその要因について考察してきた。かつて、製薬会社は典型的なクロ ーズドイノベーション志向の研究開発を行なっていたが、バイオベンチャーの登場によって、

製薬会社とバイオベンチャーの提携が見られるようになり、オープンイノベーションが進展し た。先行研究では、技術変化が起こると、既存企業はそれに適応できずに駆逐されてしまう可 能性が示唆されてきたが、製薬・バイオ産業ではそのような事例は観察されていない。その理 由には、幾つかの要因が関連し合っていると考えられる。

第1に、バイオテクノロジーの登場は、コンポーネントレベルでみれば非連続な技術変化で 0

500 1000 1500 2000 2500

製薬-製薬 製薬-バイオ バイオ-バイオ 大学-製薬 大学-バイオ

ある一方で、医薬品のバリューチェーン全体で見れば、その影響は限定的であることが挙げら れる。第2に、製薬・バイオ産業では、これまでのところ支配的な技術パラダイムといった物 が確立しておらず、様々な技術パラダイムが共存しているため、どれか1つの技術に狙いを定 めるということが難しい。そして、第3に、バイオベンチャーは、大学と製薬会社の需要のギ ャップを埋める役割を果たしている。このような要因が関連しあい、これほどまでにバイオ医 薬品が台頭したにも関わらず、製薬会社はバオテクノロジーによって駆逐されず、他方の製薬 会社もまた、バイオベンチャーを返り討ちにするといった現象は起こらなかったのだと考えら れる。

このような協調関係が20年以上に渡って続けられてきたが、2000年代中盤に入り、製薬会社 によるバイオベンチャーの買収が急増した。これは、個々の現象で見れば、ヒット商品の特許 切れを間近に迎えた大手製薬会社が、後継品の開発に苦しんだ結果、バイオベンチャーが持つ ヒット商品を買い漁ったという行為に映る。しかしこの行為の連鎖によって、やがてM&Aのト レンドは、1990年代後半から2000年代に見られたような規模の追求を目的とした製薬会社同士 の水平合併から、まだ研究開発の早期段階にあるようなシーズしか所有していない小規模バイ オベンチャーを製薬会社が買収するというトレンドへ変化した(伊藤, 2010)。

次章では、このM&Aトレンドが変化した背景にある、製薬会社を取り巻く環境変化を考察す るとともに、M&Aトレンドの変化が製薬・バイオ産業の研究開発においてどのような意味を持 つのかを考察する。

ドキュメント内 博士(経営学)学位論文 (ページ 42-47)