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1906年法 (配電法) では特許の区別は公益性告示の有無に拠 っ ただ け であ っ たが, その後同法6条の中で用いられた 「公共配電」(distribution publi­

que de l' energie) の概念を 出発点と して機能別の特許制が順次採用 さ れ た。 すなわち, つはさ き の公共配電特許, 二つはセルピス ビ ィブリ ッ ク 用配電特許, 三つは送電特許である。

当初は配電が極めて地域的で, 送配電線の架設範囲は狭少であ ったため,

公共配電の中心は地方 自 治体にあり, 配電事業は 自 治体の 自 由 な 裁量と その イ ニ ィ シ ヤ テ ィ プの下で成育 していた。 そこで, 公共配電の特許手続に関す る行政規則 (1908年施行) も 送電・配電に使用する一切のエ作物を対象と

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-し, 送電と配電との区別はこれを行わなかったのである。 しか しなが ら , 高 圧線 に よ る遠距離輸送が技術的, 経済的に 可能となり, またそれが必要とも なって送配電網が地域的に広範囲化 し, それに 伴なって公共配電は 自 治体や

自 治体間で構成する組合の管轄可能の領域を越えて行われるに至った• ここ に 自 治体単位の特許規制の個別性な ど 自 治体の イ ニ ィ シャ ティ プが配電網の 拡大にとってかえって橙桔と化 した。

か く て, 公共配電の特許制度とは異なった高圧電力の 「セルビス・ヒ°ィ プ リ ッ ク 用配電」 の特許制度が必要となった。 19091130日 のデ ク レがこれ を決定 したが, 「セルピス・ビ ィ ブ リ ッ ク 用配電」とは具体的に は高圧電力 送配電を意味 し, そこでこの特許制度は 「高圧特許」 (concession haute

tension) と も 別称されるが,1) その対象範囲は配電事業者及びセルビス・

ピ ィプリ ッ ク に供電する発電・送電事業者である。 ただここ で留意すぺきこ とは, 高圧特許はむ し ろ 卸売特許 (concession du vendeur en gros) と解 すべきで 「セルビス・ ビ ィ プリック 用配電」 は電力配給の過程の中 にセルビ ス・ ビィ プ リッ ク ヘの供電という新 しい卸売業の段階を制度と して導入 した のであって, そこに 「セルビス・ピ ィ ブ リッ ク 用配電」特許の意義を見出す ペきであるという点である。 それはさておき, この特許制度に よって, 地域内の公共配電 に必要な切の配電線を建設することが許可されると 同時 に, この種供電 に該当する特許の賦与権は も はや地方 自 治体にはな く , 国家 に属することとなった。 か く て, 特許証書の交付は配電区域が一県 内の場合 には県知事 に よって, 他県に亘る場合には公共事業大臣によ って行われた。

特許賦与の地域範囲は拡張され, 統制管轄権は地方 自 治体のそれを越えて 中央政府に移行 した。 全て配電網の発達と配電地域の拡大の しか ら しむると ころであった。 この限りで, 1909年デ ク レは配電法の文字通りの適用行政規 則であって, 行政統制たる特許制度の枠を一歩 も 出る も のではなかった。

この期までは, 大都市の火力発電所の周 辺やア ルプス水力発電所附近で意 外に 早 く 発達 した配電線述繋設備を一応除外すると, いわゆ る送電連繋網の

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-最初の ものと しては1909年アルプスと中央高地とを結ぶ送電線があるのみと いう状態で, さきの 「高圧配電網」 で も やっ と 半数程度が数個の県を跨 ぐ 規 模で しかなかった。 ま してゃ, この高圧配電網をはるかに越える超長距離輸 送の送電連繋に関 しては, その本格的な計画が目論 まれたのが第一次世界大 戦時であって, 実際に送電連繋設備が急速且つ累進的に完成されて き たのは それ以後のことに属する。

しか しながら, やがて, 電力産業は水力法施行を転機と してようやくに し て水力発電の設備化に積極的に取組みは じめ, 他方では, 多種の工業会社の

自家用火力電力の余剰部分の経済的分割・配給の余裕とその必要性が生 じて きて,2) その結果発電地と消費地 とを結ぶ超高圧・ 遠距離送電を可能にする 大規模の送電•連繋組織が設備されるに至った。 特に, フラ ンスが火力発電 の合理的運営によ るより も, 水力発電の開発によ るエ ネルギー増強を企図 し た ため, 水源地が極めて地理的に分散的で, 国境地帯, 中央高地帯に偏在 し ており, かつ また水脈•水流の地方的多様牲によって渇水期 等の欠水時の連 繋の確保を必要と し たという如 き 自然的諸条件から, 大規模の送電連繋組殺 は水力発電のむ しろ必須 の条件であった。

かくて, この新 しい事態に対処するた め, 1906年法は1922年7月19日法に よって改正され補足されねばならな かった。 まず, 高圧送電線の建設, 特に 配電線に接続する発電所相互間, およ び変電所に中継連繋する高圧送電線に 関する 「送電」 に固有の規定の補足が行われた。 ここに 「送電特許」 が誕生 し た。 しか しながら, 1922年法はそれだけに止まらず, む しろその意義は ま ったく別のところにあった。 すなわち, 同法は超高圧 ·超遠距離送電線の建 設と運転のた め共同組識の形成という新たな方式を予定 し. しか も国家はこ れを強制する権限を有すると定めたのである。

国は, 火力発電所及び水力発電所の発電電力のより完全なる利用とよりよ き配分を確保するために, 自らその発議をなさないならば, 発電業者及び必 要あれば配電業者. なんらかの形で電力の輸送に関心を有する同一地域の県

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-市町村・公共事業を して, 国家の指導の下にま た必要あ る と き は 国家の財政 援助の下に, 発電所間を連繋することを特に 目 的とす る 高圧電線網及び配電 線の起点とな る 変電所の建設と運営のために, 特別の共 同組織 (un orga­

nisme collectif s虚ial) の形成を強制す ることがで き る 。

国が, 前項の共 同組織の実現あ るいは共 同組織のその後の正常な発展のた めその協力を不可欠と判断する にもかかわらず, 発電業者ある いは配電業者 がその協力を拒否する と き は, 国家は電力委員会 (Comite d'electrici.te) の 意見を徴 し た る後事業を認可す る 証書がかか る 事態を予想 しておればその施 設の買戻 しにより, あ る いは 1941年 5 月 3 日 法に従い行政審判所の命令によ りその公益性が宣告された後, 収用方式によりその発電業者あるいは配電業 者に代 る と とがで き る 。 (第 3 条第 2 項)8)

さらにま た, 同法18条において, 改めて行政規則の中に, 国家の財政授助 の様式と条件, 国家が取締役会に要求 し得る代表者の員数, その任命形式,

権利義務の範囲を定める と ととなった。 国家は個別的にも送電事業の経営権 への関与・参加を予定 したのであ る 。

かくて, 1922年法ば表面上配電法の改正法の形式を採ったが, 送電統制制 度は変 して新たな局面に突入 したといえる 。 かか る 統制方式の制定を単に 送電及び中継連絡の合理化を確保する とい う いわゆ る 技術的調整の中だけで 見 る べ き ではない。 む ろ ん, 技術的調整は殊に水力発電の運営の特質から必 然的に要請され る が, だからといって,それだけでは国家の強制権や収用権あ る いは経営参与などを十分に説明 し得ない。 む し ろその中に国家の新たな姿 勢を見なければならない。 国家の課する 組織は技術的調整組織である と同時 に電力産業全体の共 同組織であり, それは ま た一つの公的組織 (Organisms pubblico)4.> でさえあ る 。 国家が新たな姿勢をとったその動機には, 水力法 にも見られ る電力産業の経済政策的統制 と 電力事業の産業政策的統制が潜む ものといわねばならない。 すなわち, つは, 第一次大戦後の フ ラ ン ス経済 の回復と躍進のための電カ エ ネルギー開発の綜合化とい う 点において,

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-は, 水力 発電の設備化に伴なう超高圧電力 の長距離輸送のための送電連繋網 の地理的調整と合理化という点においてである。 1922年法が電力産業の普及

のための促進方策の一つでもあったことから,5) とりわけ前者の点 こ そ国家 の送電統制に関する積極的姿努と強権的方策を説明して く れるであろ う 。

か く て, 1922年法はそれ以前の諸法令や諸規則•とは少 く とも統制の動機と その理念において峻別されねばならない。 1922年法は発電力増強を直接の動 機として電力産業全体の経済政策的産業政策的統制の理念に基ずいて, 産業 全体の組織化が企 図され, 組織参加の強制権を備えた 国家統制主義の立場に 拠ったのである。

しかしながら, この国家統制主義の 「姿勢」 と法の内容とその運用の 「実 際」 とが実は著し く 遊離していたのである。 まずなによりも, 国家統制主義 を体現している 共 同 組 織 の 形 成は実際には度 も 課せられ た こ と はなかっ た。 もっとも , 国家権力の介入は 「自らの発議のない場合, 産業自体の協力 の欠ける場合」 に行われる如 < . エ ネ ル ギー開発のための電力産業の綜合化 はやはりあ く まで私的事業に委ねられ, 電力産業が国家の産業経済政策に応 えることが期待されている。 国家管理の制度が設置されたわけのものではな い。 ただ問頴は, 電力産業の合理化と綜合化は私企業の側か ら極めて積極的 に計画され実践され た ために, 国家の 「共同組識の形成」 の要請 と その ため の財 政援助の促進策は資本の集中によるいわば 「資本集団の形成」 を勧奨す る結果となり, ここに国家の統制指導の イ ニ ィ シ ャ テ ィ プとその具体的手法 が欠ける限り保護の側面だけが現実となること である。 この点を他面からさ らに確証するものとして, 送電事業は特許制度にありながら, セ ルビス・ ィ プ リ ッ ク とは看倣されず, 例えば送電の供給義務は全ー的に課せ ら れず,

差別料金は容認され, いわばセル ビス ビ ィ ブ リ ッ ク の義務すらこれを負担 することな く ,6) 他方で は公益性告示の諸特権は保障されていたことを附言 すれば 十分であろう。

要するに, 1922年法は電力産業の共同化の原則とそれに対する国家の統制

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