第4章 いくつかの財務諸表項目における資産負債アプローチ
第2節 退職給付
退職給付にかかわる会計処理については、日本の「退職給付に係る会計基準」に代表 されるように、将来の退職給付のうち当期の負担に属する額を当期の費用として引当金 に繰り入れ、当該引当金の残高を貸借対照表の負債の部に計上するという考え方があり、
これは、収益費用アプローチの考え方に基づくものである。
一方、このような処理に加えて、「退職給付に係る会計基準」は、以下のような考え 方を採用している。まず、
・ 将来の退職給付のうち当期の負担に属する金額の計算方法としては、退職時に見 込まれる退職給付の総額について合理的な方法により各期の発生額を見積もり、
これを一定の割引率および予想される退職時から現在までの期間に基づき現在価 値額に割り引く方法を採用すること
・ 企業年金制度に基づく退職給付においては、負債の計上にあたって外部に積み立 てられた年金資産を差し引くとともに、年金資産の運用により生じると期待され る収益を、退職給付費用の計算において差し引くこと
・ 退職給付の水準の改訂および退職給付の見積の基礎となる計算要素の変更等によ り過去勤務債務および数理計算上の差異が生じるが、これらは原則として、負債 の計上にあたって差し引くとともに、一定の期間にわたり規則的に費用として処 理すること
これは、収益費用アプローチの考え方を原則とおきながらも、基本的には負債もしく は、資産の定義に基づくものを貸借対照表に計上することから、資産負債アプローチの 考え方を取り入れた、許容資産負債アプローチを採用しているものと思われる。ただし、
数理計算上の差異や過去勤務差異の遅延認識を考慮すれば、許容資産負債アプローチと もいえない。
例えば、数理計算上の差異の取扱いについては、IAS 第19 号において 3種類の方法 がとられている。
表 9:数理計算上の差異の取扱い (第1法)
退職給付債務の数値を毎期末時点において厳密に計算し、その結果生じた計算差異
51 に一定の許容範囲(回廊)を設ける方法、
(第2法)
基礎率等の計算基礎に重要な変動が生じない場合には計算基礎を変更しない等計 算基礎の決定にあたって合理的な 範囲で重要性による判断を認める方法(重要性基 準)27、
(第3法)
その他の包括利益に計上する方法
表9の第1法において一定の許容範囲(回廊)内に差異が収まらなかった場合と第2法 の場合には、数理計算上の差異は、平均残存勤務期間以内の一定の年数で規則的に処理 されるが、未認識の過去勤務債務および数理計算上の差異は貸借対照表に計上されてい ないのが現状である。
つまり、現状の数理計算上の差異および過去勤務費用を平均残存勤務期間以内の一定 の年数で規則的に処理することとされるが、費用処理されない部分(未認識数理計算上の 差異および未認識過去勤務費用)については貸借対照表に計上されず、この部分を除い た積み立て状況を示す額を負債または資産として計上している。
しかし、一部が除かれた積み立て状況を示す額を貸借対照表に計上する場合、積み立 て超過の時に負債(退職給付引当金)が計上されたり、積立不足の時に資産(前払年金費用) が計上されたりすることがあり得るなど、表示上の問題があるとともに、毎期一定額費 用処理されている対象である将来的義務(未認識の数理計算上の差異および未認識過去 勤務費用)が未認識のままオフバランスされているのは、厳密には許容資産負債アプロ ーチともいえない。
一方、第3法の場合は、発生した期間で数理計算上の差異を認識することになるが、
この給付建制度に関するすべての数理計算上の差異は、その他の包括利益として即時に 利益剰余金に計上することとなる。しかし、特に IAS第19号ではリサイクリングがな されないため、費用処理されないことになる。第2章の第4節でも述べたように、フロ ーの概念とストックの概念の差異であるその他の包括利益が、実際に実現して純利益(稼 得利益)としての条件を満たすことになったときには、2つのクリーンサ―プラス関係を
27 「退職給付に係る会計基準の設定に関する意見書」(1998年6月、企業会計審議会)「四 会 計基準の要点と考え方」から
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保つ観点からは改めて包括利益から純利益(稼得利益)に繰り入れる処理(リサイクリン グ)が必要であるとした。しかし、この第3法による場合は、リサイクリングなされな いために、フローによる損益計算と併存できる仕組みではないことから、これも許容資 産負債アプローチから乖離する考え方といえる。
これに対して、日本の場合を比較検討したい。現在の日本の規準は、IAS 第 19 号と 基本的には相違がない。ただし、数理計算上の差異の取扱いについては、第 2法のみを 採用している。このため、未認識の過去勤務債務および数理計算上の差異が貸借対照表 上に計上されないことになるのは、IAS第19号と同じであった。
しかし、2010年3月にASBJから企業会計基準公開草案第39号「退職給付に関する
会計基準(案)」が公表された。そこでは、
・ 数理計算上の差異の当期発生額および過去勤務費用の当期発生額のうち、費用処 理されない部分については、その他の包括利益に含めて計上されること
・ 未認識数理計算上の差異および未認識過去勤務費用のうち、当期に費用処理され た部分については、その他の包括利益の調整(組換調整)を行う
・ 未認識数理計算上の差異および未認識過去勤務費用を、税効果を調整のうえ、純 資産の部(その他の包括利益累計額)に計上し、積立状況を示す額をそのまま負債 (または資産)として計上する
と提案されている。
この場合には、従来のオフバランスの問題や、IAS 第 19 号にいうリサイクリングし ないという問題が是正されており、許容資産負債アプローチの考え方に即するものと考 えられる。
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