昭和60年 3 月卒業の 6 期生、正木秀幸でございます。この度は、過分にも近畿大学医学部同 窓会賞を頂戴することが出来ました。ひとえに会長の米井潔先生をはじめ、同窓会会員の諸先 生方の御厚情の賜物と篤く御礼申し上げます。同窓会賞贈呈式で頂いた表彰状には、「在学中、
学友活動に多大なる貢献」云々(?)という、殆ど身に覚えの無いことが書かれておりました が、これは若手の先生ならいざ知らず、 6 期生の爺さんが、恥知らずにも研究助成を同窓会に 申請した事を敢えて伏せて頂いた御温情と理解致しております。さて、この度同窓会賞を頂く に至った経緯と、小生が現在行っております研究(と言う程のものでもございませんが)を、
はなはだ僭越ではございますが、この誌面を借りまして紹介させて頂きたく存じます。同窓会 会員諸先生方のご参考に幾ばくともなりますれば、幸いに存じます。
2001年にアメリカ留学を終え旧第 1 生化学教室に復職して以来、本学医学部細菌学教室の前 教授であられた倉根一郎先生(現国立感染症研究所副所長)と共に、フラビウイルス属に対す る免疫応答の研究を進めて参りました。フラビウイルス属は、日本脳炎ウイルス・ウエストナ イルウイルス・黄熱病ウイルス・デングウイルスなどが属する、約11kb の一本鎖RNA(セ ンス鎖)をゲノムに持ち、主に蚊などによって媒介される一連のウイルス属です。デングウイ ルスの仕事が一応まとまったこと(Virus Research 144: 188- 194, 2009)、在米中の1999年に ニューヨーク市でウエストナイルウイルス感染症のアウトブレークが偶然勃発したこと、(当 時小生は、ニューヨーク市から車で 4 〜 5 時間程のマサチューセッツ州ウースターにおりまし た。)、またわが国へのウエストナイルウイルスの侵入が危惧されていることなどの理由によ り、平成19年度の科研費(基盤研究C)に、「組換えウエストナイルウイルスE蛋白質による CTL誘導性ワクチンの基礎的研究」という研究課題を申請しました。申請時には毎年10月頃 の年中行事のつもりで、まさか当たるとも思っておりませんでしたが、何故かこれが採択され、
以来ウエストナイルウイルス感染症に対する免疫学的予防法の研究を行うことになってしまい ました。
さて、ウエストナイルウイルスは他のフラビウイルス属と同様に、蚊によって媒介されるヒ ト感染性ウイルスです。顕性感染率はおよそ全感染者のうちの20%と目されており、多くは急 性熱性疾患であるウエストナイル熱を発症しますが、およそ150人に 1 人の割合で脳炎・髄膜 炎を併発することが知られております。脳炎・髄膜炎の併発例は高齢者層に多く、死亡率は 4
〜14%に及び、回復してもしばしば後遺症を残します。その名のとおり、元来はナイル川を中 心とした辺りが侵淫地域で北米には存在しないとされておりましたが、上述のとおり1999年に ニューヨーク市で初めてウエストナイル熱・脳炎の患者が報告され、その後急速にカナダ・メ キシコを含む全北米各地より感染患者の報告が相次ぐ事態となり、 5 年後の2004年にはついに
近畿大学医学部生化学教室 正木 秀幸
近畿大学医学部同窓会賞を
西海岸の諸州においても患者が多発するようになりました。現在では北米大陸の殆どの地域 で、ウイルスの活動が確認されています。このウイルスは、自然界では蚊と鳥との間の感染環 により維持されていますが、米国におけるサーベイランスによれば、およそ200種類の鳥と40 種類以上にも及ぶ蚊からウイルスが分離されたことから、他のフラビウイルス属のウイルスに 比べてはるかに広い宿主域を持っていることが判ります。これらの自然宿主に成り得る蚊や鳥 には、我が国にも普遍的に存在している蚊・鳥も含まれていることから、一旦ウイルスの侵入 を許せば、我が国でも急速にウイルスが拡散し、駆逐は殆ど不可能であろうと思われます。
ヒト→(蚊→)ヒトの感染ルートはなく、我が国においては今のところ輸入感染症例のみであ り、幸い現時点でのウイルスの侵入は確認されていませんが、国際間の交通による感染蚊や鳥 を介したウイルス侵入の可能性は常在しており、また今後の高齢化を考えれば、ウエストナイ ルウイルス感染症に対する対策は我が国においても必須と思われます。ウエストナイルウイル ス感染症に対しての抗ウイルス薬は無く、現在のところワクチン接種による感染予防が最も効 果的であろうと考えられておりますが、未だヒト用の実用ワクチンは存在しておりません。
(ウマ用の不活化全粒子ワクチンはすでに開発済。)
フラビウイルス属ウイルスの構造蛋白質であるE(エンベロープ)蛋白質は、宿主細胞レセ プターに結合能を持つことより、ウイルス中和抗体のエピトープ(抗体結合部位)が存在する 蛋白質であり、防御免疫誘導の主体となる蛋白質であることが知られております。それ故に小 生は、ワクチン抗原として用いることを目的として、ウエストナイルウイルスのE蛋白質を組 換え蛋白として発現する系を昆虫細胞発現系にて確立致しました。何故昆虫細胞発現系なのか と言いますと、昆虫は我々と同じ真核生物であり、発現蛋白のフォールディングや糖鎖修飾が、
我々の細胞と同様に起こること(これらは抗原認識に際して非常に重要です。組換え蛋白発現 によく用いられる大腸菌は原核生物なので、フォールディングや糖鎖修飾がうまく起こりませ ん。)、哺乳類細胞に比べて発現量が多いこと、また哺乳類の細胞に比べて頑丈で、簡易な培養 条件で雑な管理でもよく増殖するからです。
獲得免疫系(T細胞や抗体による特異的な免疫系)によるウイルス感染に対する生体防御メ カニズムとしては、中和抗体によるウイルスの感染性失活と、細胞傷害性T細胞(CTL , Cytotoxic T Lymphocyte)によるウイルス増殖の堺である感染細胞の破壊が主なものとして 挙げられます。少し専門的なお話になりますが、成分ワクチンや不活化ワクチンなどの外来性 の 蛋 白 質 抗 原 は、 抗 原 提 示 細 胞 に 取 り 込 ま れ て リ ソ ゾ ー ム 内 で 分 解 さ れ、 M H C(Major Histocompatibility antigen Complex 主要組織適合抗原複合体)クラスⅡ分子と共にCD 4 T細 胞(ヘルパーT細胞)に抗原提示され、最終的には抗原特異的なB細胞を活性化して中和抗体 を誘導しますが、一般的な条件ではCTL(CD 8 陽性)は誘導できません。それに対し、宿 主細胞内においてウイルス蛋白(内因性抗原)が合成される生ワクチンやDNAワクチン(こ れはまだ研究段階ですが。)、またウイルスの自然感染の場合には、細胞内で合成されたウイル ス遺伝子由来蛋白が宿主細胞のユビキチン−プロテアソーム系で分解され、MHCクラスⅠ分 子と共にCD 8 陽性のCTL前駆細胞に抗原提示されて、CTLが誘導されます。(もちろん、
中和抗体も誘導されます。)しかしながら2003年頃より、ある条件下では外来性蛋白抗原であっ ても内因性抗原と同様に、MHCクラスⅠ分子と共に抗原提示されてCTLが誘導されるクロ スプレゼンテーション(cross-presentation)と呼ばれる現象が報告されるようになりました。
成分ワクチンや不活化ワクチンは、安全性が高い反面、基本的には中和抗体しか誘導されませ ん。一方、生ワクチンやDNAワクチンは、中和抗体のみならずCTLも誘導されますが、病 原性の復帰や宿主ゲノムへのランダムインテグレーション(random integration)のリスクが 常に付いて回ります。そこで、安全性が高い成分ワクチンでありながら、何らかの方法により クロスプレゼンテーションを起こすことができれば、安全性を保ったまま生ワクチンと同様 に、中和抗体のみならずCTLも誘導される効率的なワクチンとなり得ることが期待できま す。近年、阪大工学部の明石先生らにより開発された γ−ポリグルタミン酸(γ−PGA,
Poly Glutamic Acid)ナノ粒子(γ位でペプチド結合したグルタミン酸(納豆のネバネバの成 分。)で構成された nm サイズの粒子。)は、内部に埋包した蛋白抗原をクロスプレゼンテーショ ンさせる比較的安全なアジュバントです。現在、阪大グループの先生や国立感染症研究所の先 生らとの共同研究として、組換えウエストナイルウイルスE蛋白質を γ−PGAで埋包した ものをモデルワクチンとして、これがウエストナイルウイルス抗原に対する獲得免疫を誘導す るのか、またウエストナイルウイルス感染に対してより効率的に生体防御するのかについての 検討を計画しております。一方、中和抗体投与によるウエストナイルウイルス感染症治療の可 能性が米国のグループより報告されています。また、ウエストナイルウイルスに近縁の日本脳 炎ウイルスのワクチンを接種された人の血清中には、ウエストナイルウイルスに対する交差中 和抗体が検出されるとの報告もあります。これらの知見を基に、細胞チップを用いた迅速モノ クローナル抗体樹立法を開発した富山大学のグループとの共同研究として、日本脳炎ワクチン 接種者の末梢単核球から、組換えウエストナイルウイルスE蛋白質と細胞チップを用いて、ウ エストナイルウイルス中和ヒトモノクローナル抗体を樹立する計画も進めております。将来的 には、免疫不全患者の感染例・抗体投与による重症化予防・髄膜腔内投与による脳炎・髄膜炎 の治療等に利用し得る抗体医薬としての可能性について検証できればと思っております。
この度は、「新奇アジュバントを用いたCTL誘導性ウエストナイルウイルスワクチンの開 発」の研究課題で研究助成を同窓会にお願いして、同窓会賞を頂戴することが出来ました。い ささか大言壮語ばりの研究計画を申しましたが、如何せん微力な小生でございます。人類の福 祉に寄与とまでは行けないでしょうが、これからは同窓会賞の名を汚さぬよう精進致し、頂い た賞金を有効に活用して、母校と同窓会の発展につくす所存でございます。
今後共、何とぞご指導の程宜しくお願い申し上げます。