• 検索結果がありません。

軽微な義務違反に基づく解除権の制限

第1節 緒論

ドイツでは、債務者によって契約に適合しない給付がなされた場合、債権者には各種の 救済手段が認められる。すなわち、本章第2節及び第3節で詳しくみるように、契約の中 心をなす売買契約を例にあげると、買主には本来的請求権として追完請求権が、二次的請 求権として追完に代わる損害賠償請求権、代金減額請求権、解除権が認められる。本章で は、これらの救済手段のうち、軽微な義務違反における解除権の制限を定めるBGB323条 5項2文438の議論状況をみていきたい。その理由は、第2章第3節においては、同規定を 比例原則の具体例としてあげる多くの見解がみられたからである。具体的には、第2章第

3節1 (1)h・i・j・k・l・の見解では、BGB323条5項2文を比例原則の具体例としてあげ

るほか、第2章第3節2の見解でも比例原則の適用場面として解除に代表される形成権を あげる。また第2章第3節3(1)a・bの見解でも同規定が比例原則の典型的場面として指 摘されていた。もっとも、BGB323条5項2文における比例原則の詳細は明確には述べら れてはいなかった。そこで、本章では、契約終了過程の一場面として、契約の解除権の制 限において比例原則がどのように作用しうるのかについて検討していきたい。

検討の順序は、次の通りである。BGB323条5項2文は債務法改正によって新設された 規定であるところ、その詳しい学説や判例の議論状況をみる前に、まず第2節では、同規 定の立法過程についてみていきたい。結論をやや先取りすると、このBGB323条5項2 文の立法過程をみることによって、その形成に際して「比例原則」が考慮されていたこと を指摘することができる。次に、第3節では、BGB323条5項2文の学説や判例において 比例原則がどのように考慮されているのかについて詳しくみていく。そして、第4節で は、第3節までの議論状況を整理した上で、第2章第3節及び第4節の比例原則の一般理 論と解除権における同原則がいかなる関係に立つのかを検討していく。

438 BGB323条5項の条文訳は、前掲注(135)を参照。

第2節 ドイツ民法典323条5項2文の立法過程

本節では、軽微な義務違反において解除権を排除するBGB323条5項2文の立法過程を 確認する。まず1ではドイツの解除に関する規律をごく簡単にみた上で、2以降では同規定 の立法過程をみていく。

1 現行ドイツ法における解除の概要439

(1) 解除に関する規定の概略

ドイツでは、債務法の現代化に関する法律が2001年11月26日に成立、翌年1月8日 に公布された。同法では、BGB323 条以下において双務契約に関する解除が規律されてい る。まず、BGB323条1項は催告解除を原則とすることを定め440、同条2項は例外的に無 催告解除が認められる要件を規律する441。次に、BGB324条は、BGB241条2項442に基づ く義務(他方当事者の権利・法益・利益を顧慮する義務)に違反があり、債権者の契約への 固執が期待できないときに契約を解除できるとする443。BGB325 条は、双務契約において 損害賠償を請求する権利が解除によって排除されないことを示す444。これは、解除と損害賠 償を択一的な制度としていた債務法改正前の法状況からの転換を図ったものである。

439 松井和彦「法定解除権の正当化根拠と催告解除(1)」阪大法学61巻1号(2011年)

75~78頁以下を参照。

440【BGB323条】(給付が行われないことまたは給付が契約に従って行われないことによ る解除)

1項「双務契約において、債務者が履行期にある給付をなさずに、または契約に従った給 付をなさない場合に、債権者は、相当の期間を定めて給付または追完を催告しても効果が なかったときには、契約を解除することができる。」

441 BGB323条2項の条文訳は、前掲注(132)及び後述の本文(2)を参照。

442【BGB241条】(債務関係から生じる義務)

1項「債務関係の効力により、債権者は、債務者の給付を請求する権利を有する。給付 は、不作為の形態でも成立することができる。」

2項「債務関係は、その内容により、他方の当事者の権利、法益及び利益を顧慮すること を、いずれの当事者にも義務づけることができる。」

443【BGB324条】(BGB241条2項に規定する義務の違反による解除)

「双務契約の債務者が、BGB241条2項に規定する義務に違反した場合において、債権者 を契約に拘束することがもはや期待不可能であるときは、債権者は、契約を解除すること ができる。」

444【BGB325条】(損害賠償及び解除)

「双務契約において損害賠償を請求する権利は、契約の解除によって排除されることはな い。」

BGB326条 5項は、不能により給付義務が排除された場合において、債権者が期間の設定 を要することなくBGB323条に基づき解除を請求できる旨を示す445

(2) BGB323条による解除の概観

続いて本稿の議論の対象となるBGB323条及びその準用規定の内容をもう少しみておく。

まずBGB323条1項は、催告解除が原則であることを明らかにする。

「双務契約において、債務者が履行期にある給付をなさずに、または契約に従った給付を なさない場合に、債権者は、相当の期間を定めて給付または追完を催告しても効果がなかっ たときには、契約を解除することができる」。

次に、同条2項各号では、無催告解除が認められる場合が列挙されている446

「1号 債務者が給付を真剣に(ernsthaft)かつ終局的に拒絶したとき

2号 期日通りの給付または期間に適合した給付が、契約締結前の債務者への債権者の 報告又は契約の締結に他に付加する事情に基づき債権者にとって重大であるにもかかわら ず、債務者が契約で定めた期日または期間内に給付をしないとき

3号 契約に適合しない給付の場合に、双方の利益の衡量の下で即時の解除を正当化す る特別な事情が存在するとき(以下略)」。

BGB323条は、売買契約及び請負契約に準用される。売買契約に関してはBGB437条1

項2号が、物に瑕疵があった場合には別段の定めがない限りで、BGB440条・BGB323条

及びBGB326条5 号に基づき契約を解除するかまたはBGB441 条447に基づき売買代金の

445【BGB326条】(給付義務の排除の場合の反対給付からの免責及び解除)

5項「BGB275条1項ないし3項に基づき債務者が給付をする必要がない場合、債権者は 解除をすることができる。;解除にはBGB323条が期間の設定が不要であるという基準を 伴って準用される。」

446 2号及び3号は、債務法改正以後、2014年6月13日に改正された。

447【BGB441条】(代金減額)

1項「買主は、契約の解除に代えて、売主に対する意思表示により、売買代金を減額する ことができる。BGB323条5項2文の排除理由は、適用しない。」

2項「買主または売主の側において複数の者が当事者となっているときは、代金減額は、

全ての者からまたは全ての者に対する意思表示で行わなければならない。」

3項「代金減額に当たっては、契約締結の当時において、瑕疵のない状態の物の価値が、

実際の価値に対して有したこととなる比率に従って、売買代金を減額しなければならな い。代金減額は、必要なときは、査定により、算出しなければならない。」

4項「買主が減額された売買代金を超えて代金を支払ったときは、超過額は、売主が償還 しなければならない。この場合には、BGB346条1項及びBGB347条1項の規定を準用 する。」

減額を請求できる旨を定める。このとき買主は、追完(BGB437条1項1号)や損害賠償 及び無駄になった費用の賠償を請求しうる(同条1項3号)。請負契約に関しては、BGB634 条1項3号が仕事に瑕疵があった場合に、別段の定めがない限りで、注文者がBGB636条・

BGB323条及びBGB326 条5号に基づき契約を解除するかまたはBGB638条に基づき報

酬を減額できる旨を定める。このとき注文者は追完請求権を有し(BGB634条1項1号)、

瑕疵を自ら除去し、かつ必要な費用の賠償を請求しうるほか(同条1項2号)、損害賠償ま たは無駄になった費用の賠償を請求しうる(同条1項4号)。

一方、BGB323条5項2文によると、「債務者が契約に従って給付をなさない場合にお いて、義務違反が軽微なときは、債権者は、契約を解除することができない」。

次に、この軽微な義務違反における解除権の制限に関する規定の立法過程をみていく。

2 BGB323条5項2文の立法過程

(1) 債務法改正前の規定の概要448

債務法改正前の規定によると、双務契約において給付義務が一方当事者の責めに帰すべ き事由により履行不能となった場合、他方当事者は損害賠償または契約の解除を請求する ことができた(BGB旧325条1項)。履行遅滞に際しては、他方当事者は、相当の期間を 定め、同期間の経過後は給付の受領を拒むことを明らかにしうること、給付が適時に行われ ないときは相当期間経過後に、不履行に基づく損害賠償を請求するか、または契約を解除す ることができた(BGB旧326条1項)。

次に、契約法各則の解除をみる。売買契約では、権利の瑕疵について、売主は買主に対し てBGB旧433条1項2文及びBGB旧434条に基づき権利の瑕疵のない物を引き渡す義 務を負う。売主がこの義務に違反したときには、BGB旧440条に基づき、買主はBGB旧 325条・326条の要件の下で相当の期間を経た上で契約を解除することができた。物の瑕疵 については「物の売主は、買主に対し、危険が買主に移転した時に、物にその価値または通 常の使用もしくは契約によって予定された使用に対する適性を消滅または減少させる欠点 がないことについて、責めに任ずる」449(BGB旧459条1項1文)。この瑕疵があった場 合、買主は、BGB旧462条450に基づき売買契約の解除(Wandelung)または売買代金の減額

448 遠山純弘「ドイツ法における催告解除と契約の清算(2)」法学研究46巻2号(2010 年)394~398頁、松井・前掲注(439)78~81頁を参照。

449 右近編・前掲注(11)46頁〔今西康人訳〕を引用。

450【BGB旧462条】(解除、減額)

関連したドキュメント