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ドイツ及び日本の契約法における比例原則

本章では、第2章から第5章までみたドイツ法の議論を整理した上で、ドイツ契約法に おいて比例原則がいかなる機能を有するのかについて検討する(第1節)。そしてドイツ 法の検討を踏まえて、日本法の契約法の個別場面において比例原則が採用されうるのか、

採用されうるとしていかなる機能を有すると考えられるのかについて考察する。その上 で、日本法での個別場面での検討を通じて、日本民法の契約法領域においても比例原則の 一般理論を構築しうる可能性を提示したい(第2節)。

第1節 ドイツの契約法における比例原則 1 各章のまとめ

(1) 民法における比例原則の一般理論 (第2章)

第2章第1節では、比例原則の生成と同原則の基本法や労働法領域への展開、そして個 別原則の内容を確認した。これに続く第2節では、ドイツ民法の学説や判例をみることで 私法・民法上の比例原則の重要性を示した。その上で、第3節では、私法・民法上の比例 原則に関する一般理論について学説を中心に整理した。その結果、比例原則の基礎づけに ついて、大別すると、信義則の下で比例原則を位置づける立場(第3節1)、一方当事者 が他方当事者の権利領域に一方的に介入する状況を重視する立場(第3節2)、比例原則 の衡平・衡量としての性質を重視する立場(第3節3)がみられた。

これらの立場によって、比例原則を構成する個別原則の理解にも相違がみられた。ま ず、「適合性の原則」については契約法では一般的には取り上げられていない。その理由 は、適合性の原則は、後述の「必要性の原則」の中で判断されることから独自の意義がな いとされることや、契約法では当事者が自身の目的を達成するために適合的な手段を行使 することが前提とされていることにある。そのため、契約法では「均衡性の原則」と「必 要性の原則」が議論の対象となっていた。

まず前者の「均衡性の原則」が契約法に用いられる点では学説では見解の一致をみてい る。ただし、その意義については見解の相違がみられた。一つは、当事者間の対立する利 益や法益を比べることのみを内容とする衡量手段と捉える立場である(第4節2(1)Ⅰ)。

もう一つは、均衡性の原則を、衡量だけではなく、「軽微な過失・義務違反に対して不相 当な法的効果・対応や制裁であってはならない」「目的に対して手段が明らかに不相当で あってはならない」と意義づける立場である(第4節2(1)Ⅱ)。

後者の「必要性の原則」については、権利者の利益を同様に顧慮し、かつその目的を達 成するために適合的な手段が複数存在する場合には、相手方を最も侵害しない手段もしく はより緩やかな手段を行使しなければならないという意味として捉える見解がある。学説 では、契約法領域における必要性の原則の適用を肯定する見解が多数説であり(第3節1 及び2の立場)、債権者には目的を達成するために債務者をより侵害しない手段を選択す る必要があるとの考え方が支持されている。その理由につき、債務関係に妥当する信義 則・信義則に基づく配慮義務・忠実義務を根拠とする見解や(第3節1)、一方当事者の 優越的地位・構造的格差を重視する見解がみられた(第3節2)。これに対して、厳格な 手段制約である必要性の原則は私的自治の原則と対立するために契約法では適用されない との指摘や(第3節3(1)a・b)、それに対する再反論も現れていた(第3節3(1)c)。

さらに、比例原則の一般理論に関する理解の相違は、その契約法における適用場面に関 しても見解の相違も生じさせていた(第4節3)。

第3章以下では、このような民法における比例原則の一般理論が契約の有効性・履行・

終了の各場面にどのように具体化されているのかを検討した。この個別場面では、比例原 則に関する議論がみられるものの、その機能が詳細に述べられておらず、不明確なところ がある。そこで、第2章第3節及び第4節で示した比例原則の一般理論と個別場面との関 係性を検討することによって、個別場面における比例原則の運用と機能を明確化した。

(2) 約款条項の不当性判断(第3章)

まず第3章では、契約の有効性判断の一場面である約款条項の不当性判断における比例 原則の運用と機能を検討した。ドイツ法では、BGB307条1項により、約款使用者がその 相手方の利害を顧慮することなく、自己の利益のみを追求し、相手方を不相当に不利に扱 う約款条項は信義則に反して無効とされる。この約款条項の不当性判断においては、第3 章第2節の判例及び第3節の学説によれば、約款使用者の利益とそれに対する相手方の不 利益との関係が衡量されていた。具体的には、相手方に対する義務違反や過失に対する制 裁との関係性が衡量され、軽過失に対して極めて重大な制裁を付与する約款条項は無効と

なりうると理解されていた。この約款条項の不当性判断には、2つの点で比例原則が作用 しているとみられる。

第1に、義務違反・過失と制裁との調整に関しては、「均衡性の原則」が反映されてい るといえる。第3章では、均衡性の原則の意義が明確に述べられていないところ、第2章 第4節の比例原則の一般理論からはこの意義に関する2つの立場を考えることができる。

一つは、約款使用者の利益とその相手方の不利益を衡量する手段と捉える立場である。も う一つは、均衡性の原則を衡量手段としてだけではなく、「義務と制裁との関係が不均衡 であってはならない」「目的と手段が不相当であってはならず、軽過失に対して重大な制 裁を加えてはならない」など一定の意味を含むものとして捉える立場である。第3章で は、「約款使用者の相手方に課せられる義務と制裁は過剰介入の禁止に服する」と理解す る判例(第3章第2節1【判例2・3】)や、「比例原則が顧慮されていない場合、特に極 めて重大な制裁が軽過失と結び付けられる場合に」約款条項の不当性が認められるとする

学説(第3章第3節1d・e・f)があるところ、多くの見解は後者の立場に立っているとみ

られる。

第2に、約款条項の不当性判断には、比例原則のうち「必要性の原則」も反映されてい るとみうる。第3章第2節1【判例2・3】や第3節1の学説によると、約款条項の義務違 反の程度と制裁の重大性との衡量に際しては、約款使用者が約款を定めた目的がその相手 方に不利益の少ない手段で達成できるか否かという要素も考慮されていた。つまり、約款 使用者が相手方に不利益の少ない代替手段で目的を達成しうるにもかかわらず、相手方に 過大な制裁を与える約款条項を定める場合、当該条項が無効になりうると理解されていた

(第3章第2節1【判例2・3】)。この相手方に不利益の少ない代替手段の考慮は、比例

原則の個別原則のうち「必要性の原則」が反映された結果であると考えられる。ただし、

第3章の判例・学説では、代替手段の存在が考慮される理由については詳細に述べられて いない。そこで、第2章の比例原則の一般理論からみると、代替手段の存在が考慮される 理由は、信義則の配慮義務から説明されうる可能性を指摘した(第3章第4節2(2))。

このように約款条項の不当性判断においては、約款使用者の利益と相手方の不利益との 関係、具体的には「義務違反の程度に対して制裁が過大であるか否か」(均衡性の原 則)、「約款使用者が目的を達成するために相手方に不利益の少ない他の手段があるか」

(必要性の原則)という要素が考慮されている。そして、均衡性・必要性の原則から成る

比例原則がBGB307条1項の「不相当に相手方を不利益に扱う」という不明確な一般条項 の判断を明確化させる機能を有しているとみることができる。

(3) 過大な負担を理由とする債務者の給付拒絶(第4章)

第4章では、契約の履行過程の一場面として、債権者の給付利益に比して給付の遂行に 過大な負担が生じる場合の債務者の給付拒絶に関する比例原則の議論状況をみた。

第4章第2節では、現行法に多大な影響を与えたとされる債務法改正前の判例を整理し た。判例からは、越境建築にかかる妨害排除請求権や仮登記抹消請求などの事案におい て、権利者の請求がBGB旧633条2項3文(請負人の追完拒絶)・BGB251条2項(原 状回復義務の制限)の「一般的な法思想」に基づき排除されていたことが分かった。判例 は、この法思想によれば、相手方が「不均衡で合理的には期待不可能な負担の下でのみそ の請求に応じうる場合には権利濫用」となるとする。

第4章第3節では、この判例法理(一般的な法思想)を考慮して債務法改正により形成 された履行請求権に対する債務者の給付拒絶(BGB275条2項)(同節1)、買主や注文 者の追完請求権に対する売主・請負人の追完拒絶(BGB439条4項・BGB635条3項)の 議論状況をみた(同節2・3)。その結果、これらの給付拒絶に関する規定は、当事者間の 不明確な合意を補充する意義を有していること(同節4)、給付拒絶が認められる場面を 限定することによって、私的自治の原則との調和が図られていることを確認した。これら の給付拒絶の位置づけや正当化根拠に関しては、不能や信義則、権利濫用などのほかに、

「比例原則」に言及する見解がみられた。もっとも、比例原則の内容は詳細に述べられて おらず、その意義や機能は明確ではなかった。

そこで、第4章第4節では、第2章第3節及び第4節の比例原則の一般理論を踏まえて 給付拒絶における比例原則の機能を検討した(第4章第4節)。この検討によると、給付 拒絶においては次の点で比例原則が作用しているとみられる。

第1に、給付拒絶の可否を判断する際の「債権者の利益と債務者の不利益」との衡量に 際しては、比例原則のうち「均衡性の原則」が反映されているとみうる。この均衡性の原 則の意義については、第2章第4節2(1)の比例原則の一般理論をみると、債権者の給付利 益と給付に要する債務者の負担との衡量手段とみる立場と、衡量だけではなく両者の間に 不均衡があってはならない、と意義づける立場が考えられる。このうち、第4章第3節の 学説では、後者の意味で均衡性の原則を捉える見解が多数説を占めているとみられる。

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