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認知症の終末期ケアを考える

第2部  鼎 談

「ひとりの生活者として生老病死を思うとき」

西村 「ひとりの生活者として生老病死を思うとき」と題しまして、鼎談を行ってまいりたいと 思います。それではモデレーターを務めさせていただきます東京大学、死生学・応用倫理センター 特任研究員、会田薫子先生、よろしくお願いいたします。

会田 ご紹介ありがとうございました。第 1 部の先生方のご講演は大変興味深く、皆さまもいろ いろとお考えいただけるよい機会になったことと思います。第 2 部の鼎談、「ひとりの生活者と して生老病死を思うとき」を始めて参ります。鼎談者の東京大学の 3 名の教授をご紹介いたしま す。老年医学の大内尉義教授、宗教学・死生学の島薗進教授、哲学・臨床死生学・倫理学の清水 哲郎教授の 3 名です(拍手)。

 今日のシンポジウムの副題に「死生観を見つめて」とございます。「死生観」という言葉、こ のごろよく見聞きされると思うのですが、ちょっと難しいと思われませんか。私は実は、自分で はなかなかこれは難しい言葉だなというふうに思うわけなのですね。何となくわかるような気も するのですが、よく考えると私の死生観ってどういうところにあるんだろう、どういうふうなも のが私の死生観なのかしらと、率直なところ、なかなか自分でもはっきり言葉で表現することが 難しいような、そういうものを感じています。

 もしかすると皆さんもそうではないかしらと思いまして、今日の鼎談では、3 人の先生方にご く身近なご自身の関係する死生の問題について、ごくごく率直に素直なお気持ちを語っていただ きながら、語っていただく内容の先生方の間での相互作用でもって、これを触媒にして皆さんも ご自分の死生についての問題、考え方についてどういうふうにご自分で思っていらっしゃるか、

そこに思いをめぐらせていただこうかと思いました。これから 60 分間は死生観のめぐる旅を、

皆さんそれぞれがご自身の中で、そして皆さんと私たちの間でさせていただこうかと思っていま す。

 最初に、先ほど第 1 部でお話が出ておりました、高齢者ケアにおける人工的水分・栄養補給法 の意思決定プロセスについてのガイドラインについてですが、皆さまにお配りしている抄録集で すと 16 ページからですけれども、第 1 部の先生方の間でこのお話が出ていましたので、鼎談で もまずこのことについて話をしていただこうかと思います。それではガイドラインの起草にあ たった清水先生、お願いいたします。

清水 ということで鼎談が始まりまして、今、モデレーターの会田さんから 3 人でこうしてゆっ たりと話すというイントロがありましたけれども、先ほどの第 1 部の皆さんのお話を伺っていて、

ゆったりしたところから始めるとどうもつながりが悪いということで、急きょガイドラインの話 からすることにしてしまいました。

 これからしばらくの間はゆったりとした話にはなり難いかもしれませんけれども、できるだけ ゆったりと座って話せるようにしたいと思っています。16 ページをご覧いただくと、先ほどか ら既に何回か説明されていますが、ここに書いてありますようなワーキンググループがありまし

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て、その試案を今日は出しています。

 ワーキンググループというのは、最初に甲斐先生からのご紹介にありましたが、厚労省のお金 でやっている事業がありまして、それのワーキンググループです。16 ページの下のほうに甲斐 先生をはじめとするメンバーが出ていて、私はガイドラインを担当するまとめ役になっています。

それをもっと上でというか、まとめる検討委員会というのがあります。今日の段階では、まだワー キンググループの試案として皆さんにご紹介しています。

 それでいろいろな方の、もちろん老年医学会の方、老年看護学会をはじめとする、その他老年 系の学会の研究者や臨床の専門家の皆さま方のご意見を伺いたい。同時に介護の方、あるいはご 家族の方、あるいはご自分がやがてそういう立場になるかもしれないというような方たちにも一 緒に、こういう線でやっていいだろうかということを問いたいということがあります。

 ずいぶん長いものになってしまいました。最初はもっと短かったけれども、ワーキンググルー プでこういうこともある、ああいうこともあると話しているうちに、えらく長くなってしまいま した。読みにくいところもあると思うのですけれども、ご意見をいただければと思います。

 今日の短い時間では、後で質疑があってもご意見を十分にいただけないことがあると思います。

ガイドラインの最後に、どうやって意見を寄せたらいいかというメールアドレスなどを書いてご ざいますし、たくさんお書きになりたい方のためには、このガイドラインの案分の横にコメント を書けるような Word ファイルも用意してございます。このシンポジウムの後、すぐにインター ネットにアップしますから、今日と限らず、ご意見をぜひお寄せいただきたいと思っています。

 そういうわけで、このガイドラインはまだワーキンググループの試案ですが、今年度中には何 らかの形で本事業のまとめという形にして、老年医学会をはじめとする学会に申し上げたいと思 います。その辺りについてはこの事業の代表であり、また老年医学会、老年学会の理事長でいらっ しゃる大内先生が、どうなさるかはお考えになっていると思います。

 私はガイドラインをつくる側で、こんなふうにつくりましたということを今からちょっとだけ 申します。このガイドラインは、臨床現場で働いていらっしゃる方たちの指針としてつくられて いるものです。ご家族の方のためとか、ご本人のためというのはまた別に考えていますけれども、

あくまでも臨床現場で働いている方たちの目安になるようなものとしてつくっております。

 また、内容をご覧になっていただくとおわかりになるように、こういう状態になったら胃ろう はしてもしょうがないとか、そんなことは一言も書いていません。そういう医学的な判断につい ては医学の専門家の方たちがお考えになり、いずれ指針をおつくりになるかと思います。今回お 店しているのは倫理的なガイドラインとお考えください。

 ですから、先ほど樋口先生のお話の中でありましたような意思決定プロセスについて、適切な 意思決定プロセスをどのように歩んでいったらいいか、あるいは基本的に私たちの〈いのち〉を どう考えたらいいかということについて書いています。これについても、皆さまのこうなのでは ないかといったお話をいただければありがたいと思います。

 実際の本文と言いますか、それは 19 ページから始まります。18 ページにガイドラインの概要、

つまり全体の基本的な主張と言いますか、そこが書いてあります。時間の関係でそこを中心に話 させていただきます。

 ガイドラインの概要は 3 つからなっています。第一は〈意思決定プロセス〉です。どうやって 医療・介護に従事している方がご本人や家族の方と一緒に、こういうことについての意思決定プ

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ロセスを進んでいくか、について提示しています。第二に、〈いのち〉についてどう考えるかに ついて書いてあります。

 以上、第一部と第二部は必ずしも栄養補給法をどうするかということに限っていません。もっ と一般的に高齢者ケア全般において、あるいはもっと広く、通常医療上の決定をするときにどう いうプロセスを辿ったら良いかということにまで汎用性のあるようにしようとしています。もち ろん、今回は高齢者のケアの問題、特に人工的水分・栄養補給の問題を念頭において書いてあり ますけれども、できれば汎用性のあるものに仕上げていきたいと思っています。

 そこで、第一部、第二部で一般的な指針を提示した上で、それを具体的に人工的な水分・栄養 補給をどうするかというのに適用したら、こうなるというのが第三部です。第一部の意思決定プ ロセスは樋口先生からのお話とほぼ同じ線でして、「医療・介護従事者は患者本人およびその家 族とのコミュニケーションを通して、関係者が共に納得できるような合意形成を目指す」、そして、

それに基づいた選択ないし決定をしましょうということです。

 つまり、医療従事者ということで多くの方、ご本人のケアにあたる医療従事者たちのチームが 参加します。それから患者ご本人にはもちろんですが、ご家族にも参加していただきたい。特に ご本人のいのちに関わるような状況になったときに、ご家族自身がいろいろな不安を感じられま す。あるいは自分のこれからの生活はどうなるんだろうというように、ご家族にも関わっている ことが多い。また、ご家族は介護に参加してくださる、あるいはその中心になってくださる立場 でもあります。「当事者性」とここでは書いてありますけれども、まさにご家族も当事者となっ ていくわけです。

 その当事者を抜きにして決定することは、いくらご本人の意思がはっきりしているときでも意 味がありませんので、ご家族も一緒になって、しかもご本人の意思、あるいはご本人にとっての 最善を大事にするには違いないのですが、ご本人の最善のためだからといってご家族に過重な負 担がかかり、無理な介護をご家族に強いることのないように、ご家族の事情も考え合わせる仕方 でプロセスを歩んでいきましょうというのが、第一部の趣旨です。詳しくは第一部本文にありま すので、またご質問、あるいは後の 2 人の先生方から何かお話があるかもしれません。

 第二部は〈いのち〉についてどう考えるかです。ここの趣旨は、そこに書いてありますように

「生きることは良いことであり、多くの場合本人の益になる――このように評価するのは、身体 的生命が不可侵の価値をもつからではなく、本人の人生が生きがいのある、前向きに生きられる 状況である限り、より長く続いたほうが良いという価値観が私たちの文化において支配的である からにほかならない」。――こういうような価値観に立って医療・介護従事者はやってください ということです。

 趣旨は身体的な生命、いわゆる例えば「胃ろうをしたらいのちが延びる」という場合、その一 点で、「だから、やったほうがいい」ということにはならないということです。これは先ほど鈴 木先生もおっしゃっていたことにあたるかと思いますけれども、いのちが延びるという場合、延 びたいのちがご本人の人生として良い人生になるかどうか、そこが価値の源ですよ、と。

 本人のいのちが延びたら、それによってご本人の人生がより豊かになり、しばらくそういうハッ ピーな生活が続きますよということでしたら、生命を延ばすことはぜひ必要だと通常言えるで しょう。けれども、ご本人の人生観とかご本人の事情を考え併せる必要があります。あるいは延 ばしたいのちがご本人の意識もない状態で続く、そして回復の見込みがないという場合に、それ

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