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1・2・32第1次調査井戸2弥生時代後期中葉7トチ、クルミ、イヌガヤ

3 第2次調査 井戸1 弥生時代後期中葉 11 クルミ 4 第2次調査 井戸3 弥生時代後期後葉 2 5 第1次調査 井戸6 弥生時代後期末 6 6 第1次調査 井戸7 弥生時代後期末 5 7 第1次調査 井戸8 弥生時代後期末 1 8 第1次調査 井戸10 弥生時代後期末 2

9 第1次調査 井戸13 弥生時代後期末 13 マクワウリ、クルミ、カシ 10 第1次調査 井戸14 古墳時代初頭〜前葉 1

11 第1次調査 井戸15 古墳時代初頭〜前葉 6 マクワウリ、ヒョウタン

12 第6次調査 土坑1 古墳時代初頭〜前葉 1 ヒョウタン、メロン、タカサブロウ、オオイヌタデ、シロザなど 1・3

13 第7次調査 井戸1 古墳時代初頭〜前葉 1 2点の可能性あり 1・4

14 第25次調査 井戸1 古墳時代初頭〜前葉 1 雑草メロン 15 第25次調査 井戸2 古墳時代初頭〜前葉 1 雑草メロン 1・5

文献

1 南健太郎2019「縄文時代〜近世におけるモモの基礎的研究−岡山大学構内遺跡出土資料を中心に−」『紀要2017』 岡山大学埋蔵文化財調査研究センター 2 岡山大学埋蔵文化財調査研究センター編 1988『鹿田遺跡Ⅰ』岡山大学構内遺跡発掘調査報告第3冊

3 山本悦世1991「岡大構内遺跡出土の自然遺物について−井戸出土の種子を中心に−」『岡山大学構内遺跡調査研究年報』8 岡山大学埋蔵文化財調査研究センター 4 岡山大学埋蔵文化財調査研究センター編 1997『鹿田遺跡4』岡山大学構内遺跡発掘調査報告第11冊

5 岡山大学埋蔵文化財調査研究センター編 2007『鹿田遺跡5』岡山大学構内遺跡発掘調査報告第23冊

6 岡山大学埋蔵文化財調査研究センター編 2018『鹿田遺跡12』岡山大学構内遺跡発掘調査報告第34冊

おり、井戸に入れられる前に火を受けていたことがわかる。甕の半数は内部に炭化したコメおよびアワが付着し ており、炊事行為を含む祭祀であった可能性もある。モモは2点あり、センナリビョウタン15点、マクワウリ3 点も出土している。祭祀性の高い井戸からこれらの植物が出土していることは注目される。

 一方、9,606点もの桃核が出土した波止場状遺構は、海に向かって構築された突堤状の高まりとされている。

構築されたのは弥生時代後期前葉で、古墳時代前半期には機能が喪失したと考えられている。波止場状遺構から 出土した遺物は多様で、日常土器に加え、弧帯文や絵画が刻まれた土器、ト骨などの特殊な行為に使用されたと 考えられる遺物も含まれている。モモがどの時期に帰属するかは明確にし難いが、一遺構から出土した点数とし ては日本列島最多である。これだけの量が狭い地点で出土したことは、弥生時代後期から古墳時代前半期にかけ て当地域にモモが豊富に存在したことを示している。

3.津島遺跡のモモ a.遺跡の概要

 津島遺跡は旭川下流の西側に位置する集落遺跡である。弥生時代前期の水田が検出されており、朝鮮半島系の 松菊里型土器の出土もみられる。朝鮮半島から北部九州に渡来した文物を受容している点は、当地域の農耕開始 期の様相を探るうえで重要である。また河道1では大量の木製品が出土しており、特に建築部材は弥生時代の建 物構造復元に大きく貢献した。

b.出土遺構と出土時期

 モモは2,366点以上が出土している(表9)。時期別の内訳は、弥生時代中期後葉の池1ヶ所(点数未報告)、

弥生時代後期後葉〜末の河道1ヶ所(2,359点)、古墳時代前期中葉の井戸1基(2)、古墳時代中期前葉の井戸 1基(5)である。河道を除く出土遺構が井戸に限られていることは、先の鹿田遺跡、上東遺跡と共通してい る。さらに古墳時代中期にまで井戸での出土が継続している点も注目される。弥生時代中期後葉の池は溜池とし ての機能を有していた可能性が指摘されており、イネ、ウリ類、草本類がともに出土している。出土した土器な どに目立った祭祀具などはなく、上東遺跡でみられた埋め戻しの際の燃焼行為なども確認されていない。この他 にも古墳時代中期前葉の井戸からモモ5点がサクラ2、カラスザンショウ1、アサ4、キカラスウリ2、ヒョウ タン類9(+果皮1)、ウリ類5とともに出土している。井戸の底では完形の手捏ね土器が出土している。モモ を含む植物は下層からの出土であるため井戸の埋没過程の初期段階においてこれらが含まれたと考えられる。

 一方、2,359点が出土した河道は、幅50mにおよぶものであり、弥生時代後期後葉から明確になり、古墳時代前 期には中央がくぼむ程度まで規模を縮小している。このことからモモは弥生時代後期後葉〜末に河道の埋土に入 り込んだ可能性が高い。河道1からは大量の土器も出土しているが、その中には特殊器台や、特殊器台に類似し た筒形の土器(「特殊」な器台)といった祭祀行為に利用されたと考えられる遺物もある。モモの出土状況の全

表8 上東遺跡出土桃核一覧

No 調査区 遺構名 遺構時期 点数 その他の種実 備考 文献

1 波止場状遺構 弥生時代後期前葉〜 古墳時代前半期 9606 1・2

2 才の町調査区 P−1 弥生時代後期中葉 クリ、ソラマメ、ウリ 3

3 鬼川市調査区 井戸−Ⅱ 弥生時代後期後葉 36 不明種1

4 才の町調査区 P−ト 弥生時代後期末 2 トチの実1、センナリビョウタン15、マクワウリ3など 4

文献

1 岡山県教育委員会編2001『下庄遺跡 上東遺跡』岡山県埋蔵文化財発掘調査報告157

2 柴田英樹2014「センター収蔵品紹介VOL.15−弥生時代〜古墳時代のモモ 上東遺跡・津島遺跡ほか−」『所報吉備』56 岡山県古代吉備文化財センター 3 岡山県教育委員会編1977『川入・上東』岡山県埋蔵文化財発掘調査報告16

4 岡山県教育委員会編1974『山陽新幹線建設に伴う調査Ⅱ(岡山以西)』岡山県埋蔵文化財発掘調査報告2

体像は不明であるが、建築部材の近くでの出土や、21個がまとまって出土したことも確認されているため(金田 2018b)、上流から流れ込んできた可能性も完全には否定できないが、建物内に保管されていたものや、まとめ て投棄されたものもあったことが想定される。

4.百間川遺跡群のモモ a.遺跡の概要

 百間川遺跡群は旭川下流の東側に位置しており、南には操山を望む。百間川遺跡群とは百間川原尾島遺跡、百 間川沢田遺跡、百間川兼基・今谷遺跡、百間川米田(旧当麻)遺跡の総称であり、縄文時代以降の多様な遺構・

遺物が確認されている。なかでも弥生時代前期以降の水田や、弥生時代中期〜後期の手工業生産、弥生時代後期 以降の他地域系の土器は注目される。

b.出土遺構と出土時期

 モモは61にもおよぶ遺構から出土しており、遺跡ごとの内訳は、百間川原尾島遺跡が18、百間川沢田遺跡が 12、百間川兼基遺跡が5、百間川今谷遺跡が9、百間川米田遺跡が17である。以下、各遺跡の様相についてみて いく。

⑴ 百間川原尾島遺跡

 百間川遺跡群で最も多くの遺構から出土している(表10)。時期別の内訳は、弥生時代後期中葉の井戸3基、

土坑1基、溝1条、窪地1ヶ所、弥生時代後期後葉の井戸1基、竪穴住居1基、後期末の土坑1基、竪穴住居1 基、古墳時代初頭〜前葉の竪穴住居1基、古墳時代前期中葉の竪穴住居1基、古墳時代中期の溝1条、古墳時代 後期の土坑1基、溝1方、竪穴住居1基である。注目すべきは弥生時代後期以降における出土遺構の多様さであ る。鹿田遺跡、上東遺跡、津島遺跡では、波止場状遺構や河道を除くと、基本的には井戸からの出土に限られて いた。百間川原尾島遺跡では井戸、土坑、溝、竪穴住居、窪地といった様々な遺構から出土しており、弥生時代 後期末以降は井戸での出土が報告されていない。逆に竪穴住居からの出土が弥生時代後期後葉以降継続してみら れる点は興味深い。上記3遺跡ではモモの利用に祭祀的色彩が見て取れたが、百間川原尾島遺跡では異なる利用 状況であったことが想定される。

⑵ 百間川沢田遺跡

 百間川沢田遺跡では縄文時代後期の土坑から桃核が出土していることが注目される。弥生・古墳時代における 時期の明確な遺構の内訳は、弥生時代前期中葉の溝1条、弥生時代後期後半〜末の水田1ヶ所、古墳時代前期前 葉〜中葉の溝1条、古墳時代前期中葉の井戸5基・溝1条、古墳時代後期の溝2条である(表11)。出土遺構と しては井戸、溝などがみられるが、その多様性は百間川原尾島遺跡ほど明瞭ではない。弥生時代前期中葉の出土 例は弥生時代で最もさかのぼるものであり注目される。モモが出土した溝からはウリも出土している。両者は祭

表9 津島遺跡出土桃核一覧

No 調査区 遺構名 遺構時期 点数 その他の種実 備考 文献

1 − 池1 弥生時代中期後葉 イネ、ウリ類、草本類 1

2 − 河道 弥生時代後期後葉〜末 2359 1・2

3 − 井戸1第8層 古墳時代前期中葉 2 クリ1、ケヤキ多数、カラスザンショウ3、ブドウ属1など

多種多数 3

4 − 井戸6下層 古墳時代中期前葉 5 サクラ2、カラスザンショウ1、アサ4、キカラスウリ2、

ヒョウタン類9(+果皮1)、ウリ類5 1

文献

1 岡山県教育委員会編2003『津島遺跡4』岡山県埋蔵文化財発掘調査報告173

2 柴田英樹2014「センター収蔵品紹介VOL.15−弥生時代〜古墳時代のモモ 上東遺跡・津島遺跡ほか−」『所報吉備』56 岡山県古代吉備文化財センター

3 岡山県教育委員会編2005『津島遺跡6』岡山県埋蔵文化財発掘調査報告190