⑨追い込み
7. 記録
どの捕獲法を用いても,同時に複数個体が捕獲された場合には,捕獲現場は慌ただ しくなる可能性が高い.このため,誰もが正確に,漏れのない記録をすることができ るような工夫,体制づくりをして臨むことが重要である.また,記録を担当する人員 のなかには,研究目的,取得するデータの意味を把握している者を,責任者として配 置する必要がある.そして,この責任者が,最終的に各個体について記録用紙を確認 してからシカの覚醒・放逐作業にうつることで,記録漏れを防ぐことが望まれる.特 に,大型囲いワナを使用した大量捕獲では,一人が一度に複数個体の記録を担当する 場合が多く,記録漏れを誘発しやすい.本章では,記録の具体的な作業となる(1)事前 準備における記録用紙の作成と,(2)捕獲現場での記録作業,および(3)大型囲いワナ を用いた捕獲に対応させた記録作業法について紹介する.
(1)事前準備における記録用紙の作成
現場での使いやすさや,記録漏れをいかに 防ぐかは,記録用紙の書式に大きく依存 する.具体的には,作業の流れに対応させて項目を配置することや,分かりづらい項 目には注意書きをつけること,記録漏れを防ぐためのチェック欄をつくるといった工 夫(図 37)が必要である.また,データを収集しようとする者は,必ず記録責任者と 意志疎通を図り,研究目的とデータの意味,必要な記録内容と方法について確認して おくべきである.このようにして,事前に充分に吟味して記録用紙を作成する必要が ある.
調査目的に応じて計測項目や採取試料が異なるため,定式化された記録用紙はない が,一例として現行版を提示する (図 37).また,捕獲現場での記録漏れを防止する ために,既に記録がされた見本記録用紙(図 37)の作成も効果的と考えられる.この 見本用紙があれば,現場で,実際自分が担当した個体の記録用紙と照らし合わせて,
記録漏れを確認できる.
(2)捕獲現場での記録作業
記録時には,必ず計測値などの「復唱」をしながら,記録用紙に書き込む.そうす ることで,記録ミスや計測時の読み違いを防ぐことができる.
また,大量捕獲の場合は,短時間に多くの頭数を扱うことが多く,各人員に余裕が ない.このため記録係は,各作業に必要な係を順次呼び,指示を出すことで,作業全 体を円滑に進める役割が期待される.
以下,捕獲現場での流れの順に,記録の手順や注意事項を記載する.
記録用紙作成時には次の点に留意した.①記録漏れをチェックする欄(□)を設ける.②獣医が扱う項 目,計測係が扱う項目などは,それぞれを担当ごとに一塊にして配置する.③分かりづらい項目には注
①
②
③
④
図37.洞爺湖中島の捕獲調査で用いた記録用紙と記入例.
1)不動化
ここでは,射手と獣医と記録係の連携が重要である.
まず,未標識個体の仮識別を行い(図 16, 高橋ほか 2004),仮 ID を記録する.既 に耳標などで識別してある個体であれば,その ID を記録する.その後,射手に不動化 薬の投与を促す.囲いワナを使用した捕獲の場合,投薬後はシカが動いてワナ内部が 混乱する.このため,仮識別がおわる前に射手が投薬をしないように注意する.また,
性別や,オスの場合は角枝数など,分かる限りの個体の特徴も記録しておく.こうす ることで,仮識別の塗料が落ちてしまったときに,識別情報をわずかでも補うことが できる.
次に,推定体重を記録する.推定体重は,不動化薬の投与量の判断基準となる.大 量捕獲では,不動化薬の投与を速やかに実施するために,オス成獣 100 kg,メス成獣 70 kg,子ジカ 30 kg などとしてそれぞれの 体重に応じて不動化薬を充填した麻酔銃や 吹き矢用のシリンジを用意しておくことが 望まれる(4 章, 大沼ほか 2005).このため,
記録係も獣医と事前に打ち合わせをし,用意された推定体重の種類と薬量を把握して おくと,現場での記録作業が円滑に進む.
投薬時には,不動化薬がシカに漏れなく注入されたかを注視し,投薬時刻と投与量 を記録する.弾が外れたり薬が漏れた場合は,その旨も記録して,再投薬を射手に促 す.
投薬後は導入まで,その識別個体の観察を続ける.大型囲いワナ収容部での不動化 では,複数のオスが重なり合うように倒れるため,仮識別の塗料が見えにくい場合も 多い.このため,個体が頭頚部を下げた時刻や,座った時刻,また保定した時刻を「そ の他の時間経過」欄などを設けて記録しておくことが望ましい(図 37).そうするこ とで,可能な限り正確な麻酔経過データを取ることができる.
2)保定
導入を確認したら,保定・運搬係を呼び,保定,運搬作業に入る.囲いワナを使用 した捕獲の場合,不動化場所と計測作業場所とは離れている.このため,仮識別した シカとその記録用紙が離れることのないように注意する(図 38).
3)TPR・耳標装着・計測・試料採取など
囲いワナによる捕獲の場合,まず体重を測定,記録する.その後, 作 業 場 へ 運 ぶ . 複数個体の同時記録を円滑に進めるためには,各記録者が担当するシカ個体をそばに 並べるようにすると良い.
次に,ヴァイタルサインのモニタリング(以下 TPR; 5 章, 大沼ほか 2005)を行う ため,TPR 担当係を呼ぶ.TPR は最低でも 15 分間隔で測定する.記録係は担当個体の TPR 時刻に留意しておき,測定時刻になったら TPR 係を呼んで 2 回目,3 回目の TPR を行う.
続いて,耳標装着などによる個体識別を行う.耳標装着において,大小 2 種類の耳 標サイズを用いる場合には(6 章,図 35),両種をきちんと区別できるように記録する.
たとえば 1 歳以上の個体にはプリマフレックス M,0 歳の個体には同 S を装着するので
あれば,M の白タグ No.1 は W1,S の白タグ No.1 は sW1 というように区別して記録す る.
その後,性齢査定,各種計測,試料採取,標識装着,負傷確認など(5 章,6 章)
を順次,担当係を呼んで行い,記録する.1 個体の調査作業時間を 1 時間以内にする
(5 章 1 節, 大沼ほか 2005)ため,いくつかの作業が同時進行可能な場合は,同時に 効率よく進めるよう指示する.
4)記録漏れの確認
全作業が終了したら,記録漏れがないか,もう一度冷静に確認する.見本記録用紙
(図 37 記入例)が用意されている場合には,それと自分の記録用紙とを照らし合わせ て記録漏れを確認する.その後,記録責任者が最終確認をする.漏れや誤りがなけれ ば,運搬係を呼んで放逐場所へ運ぶ.この時点で最終的な記録漏れの確認を確実に行 うことを,各記録者そして捕獲現場の体制としても徹底する.
5)覚醒・放逐
拮抗薬を投与した時刻,個体が頭を上げた時刻,立ち上がった時刻,歩いた時刻を 記録する.歩いた時刻を覚醒時刻として記録する.
大 量 捕 獲の 場 合 , 放 逐 場 所 に 拮 抗 薬 投 与 前 の 個 体 が 多数 , 集 積 さ れ る 場 合 が あ る . 人手不足にならないよう,記録責任者は臨機応変に,記録者や補助者の数を調節する 必要がある.
(3)大型囲いワナによる捕獲の場合−洞爺湖中島での実践例−
洞爺湖中島での大量捕獲において,各回ごとに反省と改善を繰り返すなかで,大量 捕獲に対応させた記録作業法を確立することができたので,ここに紹介する.それは,
各作業場所に専属の記録係を配置し,持ち場間で担当個体の記録を引き継ぐ方法であ る(図 38,付録 2).
従来の捕獲法では,記録係は担当する個体を,不動化から放逐まで一貫して扱うこ とができた.しかし,大量捕獲では複数個体を同時に扱う必要がある.さらに,不動 化,計測,覚醒などの作業場がそれぞれ離れている.このため従来の記録方法では,
記録係の担当個体が散ってしまい,ある作業場所では担当者が不在という事態になる.
特に不動化から保定,各種計測に移行する段階で,この問題は顕著になる.なぜなら,
大量捕獲では事故防止のためオス成獣への不動化薬投与を優先して実施する(4 章 4 節, 大沼ほか 2005)ため,多数のオスが一斉に不動化されるからである.このとき記 録係は,収容部内の担当個体全てが導入するまでその場を離れることができない.各 持ち場間で担当個体の記録を引き継ぐ方法にすることで,この記録担当者不在の問題 を解決できる.
記録の引き継ぎの際には,担当個体とその記録用紙が離れることのないように注意 する.記録用紙をクリアファイルに挟み,シカを運ぶソリに挟んで一緒に運ぶ(図 38)
と確実である.最初のオス不動化の段階では,記録係の持ち場は 3 箇所に分ける(図 38).収容部の不動化場所と,暗室の不動化場所,それに計測などの作業場所である.