―「スウェーデン企業におけるワーク・ライフ・バランス調査」から―
本章では、育児休業に関して以下の2つの計量分析を行う。
(イ)育児休業と企業利益の相関関係の有無について分析する。少子化対策の重要な柱の一つが仕事 と家庭生活のバランスであることを多くの人が認める一方、経営者の間では、企業がそのような施策 を行うには高負担が伴い、企業利益にマイナスの効果を与えるのではないかとの認識が根強い。そこ で、育児休業に対して肯定的な企業と否定的な企業との間に業績格差が生じているかどうかについて 計量分析を行う。
(ロ)育児休業を取りやすい環境が、従業員の子ども数、そして育児休業を取得して育てた子ども数 に対して実際にどのような影響を与えているかを分析する。
1. 育児休業と企業利益
スウェーデンにおいて育児休業制度の導入は企業に義務付けられており、取得日数に男女間で差は あるものの、前章で述べたように女性の9割近く、男性の 8割近くが育児休業制度を利用している。
そして、多くの企業が、従業員が育児休業を取得することを肯定的に捉えている。本アンケート調査
(企業等調査)では、企業の経営者に対して、以下の質問をしている。
問「育児休業を取得しても、昇進・昇格で差はない」
答(イ)「強く同意する」
(ロ)「同意」
(ハ)「どちらでもない」
(ニ)「同意しない」
(ホ)「強く同意しない」
(ヘ)「分からない」
企業等調査では、上記の問いに対して(イ)「強く同意」または(ロ)「同意」と回答した企業数は
約86%であった。ほとんどの企業が育児休業に対して肯定的で、従業員のキャリア形成にまで配慮し
ながら運用しており、否定的である企業は一部に過ぎない。
育児休業の導入が企業負担を増加させ、企業業績に対して支障となるのかどうかを分析するため、
問「過去数年間の年間利益について、どう評価するか?」
答(イ)「減少している」
(ロ)「変わっていない」
(ハ)「増加している」
(ニ)「分からない」
計量分析手法としては、2×2分割表検定を用いた。まず、企業が育児休業に肯定的かどうかで分け、
「育児休業を取得しても、昇進・昇格で差はない」との問いに対して(イ)「強く同意」または(ロ)
「同意」と回答した企業を育児休業に肯定的な企業とし、それ以外を育児休業に否定的な企業とした。
企業業績については利益が減少したかどうかで分け、「過去数年間の年間利益についてどう評価する か?」との問いに(イ)「減少した」と回答した企業と、それ以外の企業とに分けた。ただし、どち らかの質問に対し「分からない」と回答した企業は除いた。検定に用いたデータの数は321社である。
帰無仮説(
H
0)と対立仮説(H1)はそれぞれ、育児休業に肯定的な企業の業績が悪化する確率 をp1、育児休業に否定的な企業の業績が悪化する確率をp2とすると、2 1
0
: p p
H =
2 1
0
: p p
H ≠
である。この仮説検定を、まず全産業について行った。分割表は一つのサンプル内の企業を育児休業 の取組み姿勢と企業業績という2つの属性によって分けたものなので、検定方法としては Fisher’s
Exact Testを用いた。ただし、実際の検定には、近似統計量(標準正規分布に従う)を用いた1。全産
業の分割表は表1のとおりである。
表1 全産業の分割表
検定統計量(近似的に標準正規分布に従う)は−0.64で、帰無仮説は有意水準 10%でも棄却でき ない。業績悪化企業数の割合は、育児休業に肯定的な企業(0.138)よりも否定的な企業(0.174)の 方が高いが、その差は統計的には有意ではない。
次に、産業ごとの違いを考慮した検定を、Mantel-Haenszel Testによって行う2。今回のアンケー トでは、各企業に対して以下の(イ)から(ヘ)のどの業種に属するかを聞いている。
1 詳細については、Conover (1999) Chapter 4を参照されたい。
業績悪化(a) 業績悪化なし 合計(b) 業績悪化企業数割合(a/b)
育児休業に肯定的 38 237 275 0.138
育児休業に否定的 8 38 46 0.174
合計 46 275 321
(イ)製造業(機械)
(ロ)製造業(非機械)
(ハ)サービス
(ニ)金融
(ホ)卸売・小売業
(ヘ)その他
これら産業のうち、少なくともどれか一つの産業において、育児休業の取得に肯定的か否かという 企業の意識が企業業績と関係している可能性について分析した。そこで、以下の仮説検定を行う。な お、以下で添え字のiは産業を示す。
0
:
H
すべてのi = 1,…,6に対してp
1i= p
2i0
:
H
あるi に対してp
1i> p
2i またはp
1i< p
2iつまり、この仮説検定では、育児休業に肯定的か否かという企業の意識と企業業績の間に関係がな いという仮説が、すべての産業について成立するかどうかを検定する。各産業の分割表は表2−1 か ら表2−6のとおり。一部産業においては、サンプルが非常に小さい点を考慮する必要がある。
表2−1 (イ)製造業(機械)の分割表
表2−2 (ロ)製造業(非機械)の分割表
表2−3 (ハ)サービスの分割表
業績悪化(a) 業績悪化なし 合計(b) 業績悪化企業数割合(a/b)
育児休業に肯定的 12 71 83 0.145
育児休業に否定的 4 12 16 0.250
合計 16 83 99
業績悪化(a) 業績悪化なし 合計(b) 業績悪化企業数割合(a/b)
育児休業に肯定的 3 23 26 0.115
育児休業に否定的 0 3 3 0.000
合計 3 26 29
業績悪化(a) 業績悪化なし 合計(b) 業績悪化企業数割合(a/b)
育児休業に肯定的 8 78 86 0.093
育児休業に否定的 3 12 15 0.200
合計 11 90 101
表2−4 (ニ)金融の分割表
表2−5 (ホ)卸売・小売業の分割表
表2−6 その他産業の分割表
6 つの産業のうち、2つの産業(製造業(非機械)と卸売・小売業)において、業績悪化企業割合 は、育児休業に肯定的な企業の方が高い。しかし、検定統計量(近似的に標準正規分布に従う)は−
0.45で、帰無仮説は有意水準10%でも棄却できない。したがって、少なくとも調査時点(2005年1 月)のスウェーデンにおいて、育児休業導入を肯定的に捉え、従業員のキャリア形成に影響のないよ うに配慮している企業と、そうでない企業との間に、企業業績変化に関して大きな差はないと言える。
2. 育児休業と子ども数
次に、育児休業を取りやすい雇用環境が、従業員の子ども数に影響しているかどうかについて分析 する。
(1) モデル
各家計における子ども数は確率変数とみなすことができる。子どもを何人持つかという家計の意思 決定が様々な内的そして外的要因によって左右され得るからである。それら要因の中で、とりわけ両 親が仕事をもっている家庭において、育児休業の取りやすさは大きな要因となる可能性がある。以下 では、従業員の子ども数、そして、子どもがいる場合に育児休業を実際に取得した子ども数(以下、
育児休業取得対象子ども数3)が、ある確率分布に従うとの仮定のもと、従業員の勤める企業におけ る育児休業の取りやすさが、それらの確率分布にどのような影響を与えているのか分析する。
育児休業の取りやすさについては、前節同様、「育児休業を取得しても、昇進・昇格で差はない」
という問に対する答を用い、(イ)「強く同意」から(ホ)「強く同意しない」までの 5 段階評価をそ
業績悪化(a) 業績悪化なし 合計(b) 業績悪化企業数割合(a/b)
育児休業に肯定的 0 10 10 0.000
育児休業に否定的 0 5 5 0.000
合計 0 15 15
業績悪化(a) 業績悪化なし 合計(b) 業績悪化企業数割合(a/b)
育児休業に肯定的 9 36 45 0.200
育児休業に否定的 0 4 4 0.000
合計 9 40 49
業績悪化(a) 業績悪化なし 合計(b) 業績悪化企業数割合(a/b)
育児休業に肯定的 6 19 25 0.240
育児休業に否定的 1 2 3 0.333
合計 7 21 28
のまま用いた。「強く同意しない」を 5 として育児休業の「取り難さ」の指標とした。推定するモデ ルは以下のとおり。
[ yi z
i z
i z
i s
i l
i] ( z i z
i z
i ( si) li s
il
i)
z
iz
i( si) li s
il
i)
s
il
i)
E |
2,
3,
4, , = exp α
1+ α
2 2+ α
3 3+ α
4 4+ β
11 − + β
2 (1)y
i:子ども数または育児休業取得対象子ども数z
2i:中間管理職=1、その他=0z
3i:ホワイトカラー=1、その他=0z
4i:ブルーカラー=1、その他=0s
i:性別ダミー(女=1、男=0)l
i:育児休業の取り難さ指標(「強く同意」=1,…,「強く同意しない」=5)職種ダミーが説明変数に加えられたのは、子ども数や育児休業取得対象子ども数が業務によって異 なる可能性を考慮したためである。単純業務や、勤務時間が柔軟な研究職で休業取得率は高い一方、
一般事務職や幹部以上の役職では休業取得率は低い可能性がある。今回のアンケートでは、従業員に 対して(イ)役員、(ロ)中間管理職、(ハ)ホワイトカラー、(ニ)ブルーカラーのいずれに属する かを聞いている。上記モデルにおいて、係数
α
1は役員の定数項で、中間管理職、ホワイトカラー、そしてブルーカラーの定数項はそれぞれ
α
1 +α
2、α
1+ α
3、そしてα
1 +α
4である。つまり、係数α
2、α
3、α
4は役員からの差である。これら係数が有意であれば、職種間での差があるという仮説が支持 される。さらに、モデルでは、育児休業の取り難さが与える影響についての男女差を考慮するため、育児休業の取り難さ指標の係数が男女で異なるとした。係数
β
1が男性、β
2が女性の係数である。(2) データ
本分析で用いるサンプルは991人のデータで構成される。従業員調査では 1000人から回答があっ たが、そのうち、自営業者、および自分の職種について「分からない」と回答した従業員を除いた。
従業者991人のうち、「子ども数」については989人から回答が得られ、これから「育児休業を取得 しても、昇進・昇格で差はない」との問いに対して「わからない」と回答した従業員を除いた794人 を子ども数の分析のサンプルとして用いた。図1-1、1-2は子ども数の分布図(総数、男女別)である。
いずれの分布図も、0人と2人がピークとなっている。まず総数から見ると、2人が最も多く、次 いで0人が多い。男女別についても2人が最も多く、次いで0人が多いが、男性については0人と2 人がほぼ同数となっている。