第 4 章 光と物質との相互作用(古典論) 36
4.2 複素数の感受率・誘電率・屈折率
媒質が何らかのエネルギー構造を持っているときには,その媒質中に生成される分極が時々刻々の 電場に比例するという式(4.12)は,そのままでは正しくない。この場合,感受率が周波数に依存する と考え,分極と電場をそれぞれ時間に関してフーリエ変換した各フーリエ成分
E(r, ω)=
∫ ∞
−∞E(r,t) exp(−iωt)dt (4.34) P(r, ω)=
∫ ∞
−∞P(r,t) exp(−iωt)dt (4.35) の間に比例関係
P(r, ω)=ϵ0χ(ω)E(ω) (4.36)
があると考えることができる。誘電率
ϵ(ω)=ϵ0[1+χ(ω)] (4.37)
も,同じように周波数に依存したものになる。これらの感受率や誘電率は,一般に複素数となる。電 場と磁場のフーリエ成分は,マクスウェル方程式
∇ ×E(r, ω) = iωµ0H(r, ω) (4.38)
∇ ×H(r, ω) = −iωϵ(ω)E(r, ω) (4.39)
∇ ·E(r, ω) = 0 (4.40)
∇ ·H(r, ω) = 0 (4.41)
を満たす。これらから,前の場合と同様にして波動方程式に相当する式
∇2E(r, ω)=−ω2ϵµ0E(r, ω) (4.42)
が得られる。
いま,この方程式を満たす電場としてz方向に進む単色の平面波
E(r,t)=E0exp[i(kz−ωt)] (4.43)
を考える。上の方程式を用いると,波数と角周波数との間に
k2=ω2ϵµ0 (4.44)
の関係が成り立つことが導かれる。このような波数と角周波数との間の関係を一般に分散関係(dispersion relation)という。
一般に,式(4.43)のように表される波の位相速度vpは,
vp= ω
k (4.45)
で与えられる。
誘電率ϵが実数のときには,これより位相速度 vp= 1
√ϵµ0
(4.46) が得られる。真空中の電磁波の伝搬速度は式(4.33)で与えられるので,
vp=c
√ϵ0
ϵ (4.47)
となる。そこで,(実数の)屈折率(refractive index)を
n=
√ϵ ϵ0
(4.48)
で定義する。すると,位相速度は
vp= ω k = c
n (4.49)
と表される。
光のパルスは,いろいろな周波数の波が重ねあわされた波束(wave packet)として表され,その エネルギーの中心は,群速度(group velocity)
vg=dω
dk (4.50)
で移動する。これを屈折率nで表すと,
dω dk =
[dk
dω
]−1
=
[ d
dω
(nω
c
)]−1
=c [
n+ωdn dω
]−1
(4.51) であるので,群屈折率(group refractive index)ngを式
vg= c ng
(4.52)
で定義すると,群屈折率は
ng=n+ωdn
dω (4.53)
と表される。また真空中の波長λを用いて
ng=n−λdn
dλ (4.54)
とも表される。
誘電率が複素数のときにも,実数の場合の式(4.48)を拡張して複素屈折率を
˜n≡
√ϵ ϵ0 = √
1+χ (4.55)
で定義する。その実部を新たにn,虚部をκとすると,
˜n=n+iκ (4.56)
のように書ける。この場合,右辺のnが通常の意味の屈折率であり,κは消衰係数(extinction coefficient)
と呼ばれる。このテキストでは,これより後,“n”は,誘電率が実数の場合に式(4.48)で定義される屈 折率または,一般的に式(4.55)で定義される複素屈折率の実部,のどちらかを指すものとする。
誘電率や屈折率が複素数の場合にも,光の電場を式(4.43)の形に表すと,やはり式(4.44)が成り立 つので,
k= ˜nω
c =(n+iκ)ω
c (4.57)
となる。これを式(4.43)に代入すると,
E(r,t) = E0exp[i(kz−ωt)]
= E0exp [
iω(n cz−t
)−ωκ c z
]
(4.58) が得られる。これから,このような媒質における電磁波の位相速度は
vp= c
n (4.59)
であり,κは波の減衰の大きさを表すことが分かる。
いま光の強度をI(z)として,これが指数関数的に
I(z)=I(0) exp(−αz) (4.60)
のように減衰するとする。このとき,αを吸収係数(absorption coefficient)という。のちほど述べる ように,光の強度は電場の振幅の2乗に比例するので,αは
α=2ωκ
c (4.61)
のようにκに比例することが分かる。あるいは,真空中の波長 λ=2πc
ω (4.62)
を用いて
α=4πκ
λ (4.63)
とも表すことができる。
複素屈折率の実部・虚部と電気感受率の実部・虚部との間には,以下のような関係が成り立つ。い ま,電気感受率χを実部χ′と虚部χ′′とに分け,
χ=χ′+iχ′′ (4.64)
のように表すと,
˜n2=(n+iκ)2=1+χ=1+χ′+iχ′′ (4.65) であるから,それぞれの実部と虚部を比較して,
1+χ′ = n2−κ2 (4.66)
χ′′ = 2nκ (4.67)
となる。これをnとκに関して解くと,
n2 = 1 2 [
(1+χ′)+√
(1+χ′)2+4(χ′′)2 ]
(4.68) κ = χ′′
2n (4.69)
が得られる。多くの場合κ≪1であるので,そのときには近似的な関係式
n = √
1+χ′ (4.70)
κ = χ′′
2√
1+χ′ (4.71)
がよく成り立つ。
誘電率ϵの実部と虚部をそれぞれϵ′,ϵ′′とすると,
ϵ=ϵ′+iϵ′′ (4.72)
と表され,式(4.14)より,
ϵ′=ϵ0(1+χ′) (4.73)
ϵ′′=ϵ0χ′′ (4.74)
となる。
一般に線形応答の応答関数のフーリエ変換の実部と虚部との間には,因果律(causality)の要請に よってクラマース・クローニッヒの関係式(Kramers-Kronig relations)が成り立つ。上で述べたχ(ω) やϵ(ω)も電場に対する分極や電束密度の線形応答の応答関数のフーリエ変換であるので,その実部χ′, ϵ′と虚部χ′′,ϵ′′との間にはクラマース・クローニッヒの関係式
χ′(ω) = 2 πP
∫ ∞
0
ω′χ′′(ω′)
(ω′)2−ω2dω′ (4.75)
χ′′(ω) = −2ω π P
∫ ∞
0
χ′(ω′)
(ω′)2−ω2dω′ (4.76)
ϵ′(ω)−ϵ0 = 2 πP
∫ ∞
0
ω′ϵ′′(ω′)
(ω′)2−ω2dω′ (4.77)
ϵ′′(ω) = −2ω π P
∫ ∞
0
ϵ′(ω′)
(ω′)2−ω2dω′ (4.78)
が成り立つ。また,屈折率と消衰係数との間にも n(ω)−1 = 2
πP
∫ ∞
0
ω′κ(ω′)
(ω′)2−ω2dω′ (4.79)
κ(ω) = −2ω π P
∫ ∞
0
n(ω′)
(ω′)2−ω2dω′ (4.80)
が成り立つ。ただし,ここでPはコーシー(Cauchy)の主値を表し,
P
∫ ∞
0
f (ω′)
(ω′)2−ω2dω′=lim
δ→0
(∫ ω−δ
0
f (ω′)
(ω′)2−ω2dω′+
∫ ∞
ω+δ
f (ω′) (ω′)2−ω2dω′
)
(4.81) を意味する。
誘電率のうち実部は,電場と同位相の分極成分に対応し,虚部は位相がπ/2だけ遅れた成分と対 応している。あとで見るように,虚部による分極は媒質内での電磁場のエネルギーの散逸を引き起 こす。ところで,電流密度は式(4.7)のように電場の時間微分に比例する。時間微分は位相をπ/2だ け進める働きをするので,誘電率の実部と虚部は,電流密度のうち電場に対してπ/2進んだ成分と,
同位相の成分にそれぞれ対応することとなる。したがって分極,電流密度の二つの成分を切り離し て,分極,電流密度ともに電場と同位相であるとみなすことができる。すると誘電率,電気伝導度 ともに実数とすることができる。この場合,エネルギーの散逸は媒質中に生じる電流密度によると みなすことができる。このときマクスウェル方程式は,
∇ ×E(r, ω) = iωµ0H(r, ω) (4.82)
∇ ×H(r, ω) = −iωϵ(ω)E(r, ω)+σ(ω)E(r, ω) (4.83)
∇ ·E(r, ω) = 0 (4.84)
∇ ·H(r, ω) = 0 (4.85)
のようになる。ここで誘電率ϵ(ω)は実数にとることができ,そのとき電気伝導度は,元々の誘電率 や感受率の虚部と
σ(ω)=ωϵ′′(ω)=ϵ0ωχ′′(ω) (4.86) という関係にある。
x
z y
電場
磁場
図4.1:単色平面波の電磁波の電場と磁場のようす