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複数応札の下で落札平均単価がどのように変化したかを(7),(7)’式を用いて計測する.実際に複数

応札された入札案件に関して,その落札価格E

[

Y1|D=1

]

と,仮想的に単独応札であった場合に成 立すると予想される落札価格

E [ Y

0

| D = 1 ]

を比較した複数応札効果

E [ Y

1

Y

0

| D = 1 ]

の推定結果が

表5に示されている.(これは,典型的には図2における2曲線の交点の左側についてのみ,価格を比

較したものに相当する.)表5から,実際に複数応札された案件全体を見ると平均的に0.46円/kWh程

度低下していることがわかる.負荷率区分別にみると,やはり PPS の応札の多い負荷率 20–60%の範

囲で0.44円/kWhから0.51円/kWhと,その他の負荷率区分よりも大きな減少幅を見せており,その絶

対値としては小さいものの,複数応札による電気料金の引き下げ効果が確認される.これらの負荷率区

分に次いで60–80%の範囲で0.41円/kWhだけ低いものの,それ以外の負荷率の範囲では統計的に

あまり有意な値をとっておらず,明確な変化があったと読み取ることはできない.

表5 複数応札効果の計測結果

推定値 標準誤差 t値 p値 -0.4585 0.1158 -3.96 0.000 10~20% -0.3154 0.3902 -0.81 0.419 20~40% -0.5065 0.1508 -3.36 0.001 40~60% -0.4432 0.1323 -3.35 0.001 60~80% -0.4149 0.1515 -2.74 0.006 80%~ -0.4033 0.3162 -1.28 0.202 特別高圧 -0.7175 0.1205 -5.96 0.000

高圧 0.0351 0.1655 0.21 0.832

標本全体

負荷率

電圧

注: 複数応札効果の推定値の単位は円/kWh.

さて,競争の中心である20–40%,および40–60%の負荷率区分について,表2に示された単独応札

の場合の平均単価と複数応札の場合の平均単価の間の差(それぞれ1.37, 0.73円/kWh)を見ると,表

5に示された複数応札効果は小さい.これは,負荷率以外の入札案件内容に加えて,2.2でも述べたよ

うな応札意思決定の内生性が影響している.すなわち,表2において,PPSの応札によって落札された

案件のうち,負荷率が 20–40%,および 40–60%のものについてみると,単独応札の場合の平均的な

単価がそれぞれ15.98,12.77円/kWh,複数応札の場合が14.61,12.04円/kWhであり,記述統計上

は単独応札の場合の平均に比べて水準にして1.37,0.73円/kWh,比率にして8.6,5.7%だけ複数応

札の場合の電気料金が低い.これに対して,表5が示す,入札行動の内生性や施設種別・地域性など

を考慮した複数応札効果は,同じ負荷率区分で0.51, 0.44円/kWhであり,記述統計が示唆する見か

け上の複数応札効果の半分程度が真の複数応札効果であることがわかる.

こうした複数応札効果の小ささの理由として,PPS と一般電気事業者との間にある経営資源や技術等

での格差が考えられる.すでに2.1で指摘したとおり,供給量で見た自由化範囲におけるPPSの占有

率は,官民全体の市場の 2%程度,ここで推定に用いた官公庁を対象とした入札案件全体の中でも半

分程度である.このため,PPS が自由化対象となっているすべての案件に関して一般電気事業者と等

しく競争することは現時点においては困難である.そこで特定の案件に応札対象を絞り込んだ上で,一

般電気事業者を少しだけ下回る応札額を提示して落札することができたと推測できる.

電圧区分についても同様の複数応札効果の程度に関する議論が成り立つ.送電費用の低い特別高

圧の市場区分においては,複数応札によって0.72円/kWh程度の価格低下が実現されている.その一

方で,高圧の市場区分では有意な価格低下は認められない.これは,競争の中心が特別高圧の市場

区分に限定されていることを示唆する.

4. まとめ

本稿では,官公庁による電力調達入札データを利用して,自由化が引き起こした既存の電力会社(一

般電気事業者)と新規参入者(PPS)との間の競争が,どの程度電気料金を引き下げたかを分析した.そ

の結果,実際に複数応札があった,すなわち両電力会社間の競争があった入札案件に関しては,平均

的に0.46円/kWh程度の電気料金の低減効果があったことがわかった.しかしながら,現時点ではこう

した電力会社間の競争が生じる分野はごく限られた分野である.すなわち,一般電気事業者に比べて

PPS の規模は圧倒的に小さく,したがって,応札できる案件の数も限られて,一般電気事業者による単

独応札の案件が少なからず発生する.そのため,自由化対象範囲全体を検証対象としたときには統計

的に有意な競争の効果は発見されにくいことが容易に推測される.

最近10年間に,工場やオフィスで利用される商業用・産業用の電力料金が,名目値で1年あたり約

1.8円/kWh 下落してきた.もちろん,戒能(2007)が明らかにしたように,この下落には自由化の効果に

帰すべき部分と,そうでない部分がある.ここで明らかになった複数応札効果も,こうした時系列的な電

気料金の変化の原因のうちのごく一部であることがわかる.

本稿で分析対象としたのは 2005 年度に供給開始される入札案件のみであった.近年では,公共調

達における透明性の確保がより強く要請されているために,電力の入札案件の数も増加している.今後

の展開として,こうした新たな案件も加えながら,年度ごとの応札行動や複数応札効果の変化を計測す

ることが考えられる.

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補論 A.1 内生的スイッチング回帰モデルの最尤推定

対数尤度関数(5)は,いわゆるタイプIIトービット(標本選別モデル)と同様,複数の局所的最大値が存

在しているためにその最適解を求めることが困難である.しかし,Olsen (1982) と同様の手法を用いる

ことで,(5)式に関しても,(i)2 つの相関係数を所与とすると,対数尤度関数は大域的に凹関数となる,

(ii)相関係数に関して対数尤度関数が連続関数である,ということを示すことができる.このとき Nawata

(1994)のscanning method を応用したアルゴリズムを適用することで最大化が可能になる.具体的に

は,[–0.99, 0.99]×[–0.99, 0.99]という2次元の区間でグリッド点を作成し,それぞれの点を2つの相関

係数

ρ

0

ρ

1の値として他のパラメータ推定値を(5)式の最大化によって計算する.具体的には,

I. 2つの相関係数をともに0とし,推定値を計算する.この場合,対数尤度関数(5)はプロビット・モデル

と誤差項が正規分布である場合の線形回帰モデルと同じであるので,つねに推定値を求めることが可

能である.

II. その推定値を出発点として,上記の 2 次元グリッド上で一方の相関係数を微少量変化させた場合

の推定値を求める.相関係数の変化(グリッド点の幅)がそれほど大きくない時,他の推定値も安定的に

計算される.

III. 上の手順ですべてのグリッド点について対数尤度を計算し,最大になる場合の推定値と相関係数

を記憶する.この相関係数の点を中心として,その近傍でも同様の手順で対数尤度関数を計算する.

IV. 対数尤度関数を最大にするように選ばれた推定値と相関係数を初期値として,通常の最大化アル

ゴリズムを用いて最終的な推定値を求める.

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