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裁判所選択に当たっての考慮要因

以上、第一節及び第二節で述べてきたように、納税者は、税務訴訟事件の第一審裁判所として、

租税裁、連邦地裁、連邦請求裁のいずれかの裁判所を選択しうる。納税者がこの選択をするにあ たっては、①租税裁が管轄しうる税目であるかどうか、②事前納付の必要性、③陪審審理の利用 可能性、④裁判官の税法に係る専門知識、⑤裁判官の地域に対する理解、⑥エクイティ法理に対 する寛容さ、⑦ディスカヴァリに対する制約、⑧先例の有利性、⑨敗訴時の利子負担、⑩裁判段 階で被告政府側が新たな争点を提起し増額修正してくる可能性等々の諸要因を、総合的に考慮し なければならない。以上に挙げた点に関しては、これまでの叙述においても適宜触れてきた内 容もあるが、以下では改めて各点ごとに整理し論ずることとしよう。

まず、①租税裁が管轄しうる税目かどうかであるが、そもそも、伝統的にある種の物品税(ex-cise taxes)や雇用関連諸税(employment taxes)といった税目に関しては、不足税額手続の利用 が認められておらず、したがって租税裁も管轄権を有していない。これに対し連邦地裁ないし

福井大学教育地域科学部紀要 !(社会科学),62,2

連邦請求裁は、あらゆる内国税に関わる訴訟事件を管轄するものとされる(28U.S.C.§1(a)(1)。 このことから、租税裁の管轄対象とならない税目をめぐって争おうとする納税者は、基本的には 還付訴訟を提起するほかみちがない。ついで②事前納付の必要性であるが、租税裁については事 前納付の必要がないものとされているのに対し、連邦地裁や連邦請求裁における還付訴訟に関し ては、係争税額を全て事前に納付する必要がある。

また、③陪審審理の利用可能性についてであるが、当事者に陪審審理というオプションが認め られるのは連邦地裁だけであり、租税裁や連邦請求裁では裁判官による審理しか認められない。

もっともそうは言っても、税務訴訟においては、往々にして複雑な争点が絡んだり、あるいは、

争っている納税者が陪審員達よりも裕福であったりするがゆえに、納税者の請求につき陪審員の 心情にアピールするものがないとして、そもそも性質上税務訴訟に陪審審理がなじむかどうか疑 問を投げかける向きもある。また逆に、源泉徴収義務不履行(§62)といった事案においては、

往々にして陪審員達がその心情として納税者へ悪い偏見を抱くことから、むしろ合衆国政府の方 が陪審審理の利用に積極的であるとの指摘もある

さらに、④裁判官の税法に係る専門知識と⑤裁判官の地域に対する理解に関してであるが、裁 判所の性質上一般的に言って、租税裁の裁判官は、連邦地裁や連邦請求裁の裁判官よりも税法に 関する専門知識を持っていると言える。これに対し連邦地裁の裁判官は、巡回裁判制度をとって いる租税裁や連邦請求裁の裁判官と比べて、審理が行われる地域に密着しており、したがって地 域ビジネスへの理解が深いとされる。この点、とりわけ連邦地裁の裁判官は、税務訴訟の審理に おいて、専門家などの証人の適格性を十分に判定しうるとの指摘もされている

そして、⑥エクイティ法理に対する寛容さであるが、伝統的に一般的なエクイティ権限を有し ていないとされてきた租税裁と比べて、その権限を有する連邦地裁(合衆国憲法第3条第2節第1項)

はエクイティ法理の適用に対し寛容であるとされる。したがって、エクイティ上の主張や抗弁を 提起したい納税者にとっては、やはり連邦地裁での審理のほうが有利である。また⑦ディスカ ヴァリに関しても、連邦地裁が寛容である一方、租税裁は厳格、さらに連邦請求裁はその中間と いった位置付けのようである。したがって、ディスカヴァリを通じて政府側に新たな争点が発 見されてしまうことを恐れる納税者は、租税裁に提訴したほうが有利である

ついで⑧先例の有利性であるが、納税者にとっては、とりわけ重要な考慮要因であろう。以 下この点に関する Morgan の分析の仕方を参考にすると、まず納税者は、係争争点に関し、連 邦最高裁による先例が下されているかどうかをチェックせねばならない。もし下されている場合 には、三つの第一審裁判所のいずれで争うのであれ、結果は同じものになる可能性が高い。した がって、この場合「先例の有利性」という観点から、第一審裁判所を選択するのは難しい。

これに対して、連邦最高裁の先例がない場合には、納税者は、自らを管轄する一般の巡回区控 訴裁の先例と連邦巡回区控訴裁の先例とをそれぞれ調べ、係争争点につき納税者に有利な判断を している先例がどちらの裁判所にあるのかをチェックする。もし前者の一般の巡回区控訴裁が

!木:米国連邦税確定行政における「査定(assessment)」の意義(2)

そうであれば、納税者は、この控訴裁の先例に拘束されることとなる第一審裁判所、すなわち自 らを管轄する連邦地裁か、又は租税裁へと提訴することが有利であろう。反対に後者の連邦巡 回区控訴裁がそうであれば、その控訴裁の先例に拘束されることとなる連邦請求裁に提訴するの が有利である

もっとも、係争争点につき連邦最高裁に先例がない場合であって、かつ、納税者を管轄する一 般の巡回区控訴裁並びに連邦巡回区控訴裁のどちらの控訴裁においても納税者にとって有利な先 例が見当たらない場合には、納税者は三つの第一審裁判所のうち、いずれの裁判所が有利な先例 を持っているのかを調査し、有利な先例のある裁判所へと提訴する。なお、いずれの裁判所にも 有利な先例が見当たらない場合には、もはや「先例の有利性」という観点から裁判所を選択する のは困難であるので、納税者は他の要因を考慮しなければならない。

つぎに⑨敗訴時の利子負担であるが、租税裁で納税者が勝訴した場合や、還付訴訟で納税者が 敗訴した場合には、係争税額に係る利子の問題は生じない。これに対して、租税裁で納税者が敗 訴した場合や、還付訴訟で納税者が勝訴した場合には、それぞれ、前者の場合は納税者が被告 IRS 長官に対し「遅延利子」を(§61)、後者の場合は被告合衆国政府が納税者に対し「還付利子」

を、係争となった税額(不足税額 or 還付税額)とともに支払わねばならない(§61)。なお、

納税者が租税裁での訴訟を希望する一方、敗訴した場合の遅延利子の累積に懸念を持つ場合には、

90日レター送付前の段階では「預託(deposit)」という方法を通じて(Rev. Proc.88,2C.B.51)、 又は、90日レター送付後の段階では暫定的に係争不足税額を全額納付するという方法を通じて(§

(b)(4)、遅延利子の累積を阻止することもできる。

さらに、⑩裁判段階で被告が新たな争点を提起して増額修正をしてくる可能性の点であるが、

一般に被告は租税裁での訴訟追行中、当初の90日レターでは挙げられていなかった新たな争点を 追加し納税者の不足税額を増加させうる。というのも、納税者による租税裁への提訴によって、

査定期間が中断してしまっているからである。したがって納税者がこのような新たな争点の追加 による増額修正をできるだけ回避したい場合には、査定期間の中断のない還付訴訟を選択すべき とされる。もっとも厳密に言うと、査定期間を徒過した段階での還付訴訟のなかでも、被告側 が争点を追加することは認められている。ただしこの場合であっても、不足税額を増加させるこ とまでは認められていない。しかしこの場合であっても、被告はこの還付訴訟のなかで、「希 望する不足税額増加分」と「納税者が取り戻しうる還付金額」につき、「相殺」又は「エクイテ ィ上の請求額減殺」を主張することを通じて、実質的に増額修正をおこなうこともある。もっ ともこの場合であっても、納税者は、本来であれば得られるはずの還付金相当額分が得られなく なることを超えて、追加の不足税額を徴収されるものではない

以上の考慮要因のほかにも、例えば、連邦地裁と租税裁との比較という点において見ると、⑪ 連邦地裁は膨大な訴訟事件数で混雑しているので租税裁での審理のほうが相対的に速いこと。⑫ 連邦地裁の審理手続は厳格なので専門家である弁護士を雇わざるを得ずコストがかかってしまう

福井大学教育地域科学部紀要 !(社会科学),62,2

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