• 検索結果がありません。

以上本章においては、アメリカの税務訴訟過程について考察してきた。そこでは、一つの訴訟 事件につき、二つの訴訟形態(不足税額訴訟・還付訴訟)があって、三つの第一審裁判所(租税 裁・連邦地裁・連邦請求裁)が管轄しうるという手続構造であることが明らかになった。また本 章では、納税者がこれら三つの裁判所を選択するに当たって考慮すべきとされる諸要因を検討し た。アメリカの納税者は、これら考慮要因を自らの実情に照らし合わせて分析し、最終的に自ら にとって最も有利な解決をもたらしうる「訴訟の場(forum)」を選択することになる。このよう に、アメリカの税務訴訟過程では、納税者に対し、あらかじめ裁判所選択の機会が認められる手 続構造となっているという点が重要である。この点一般的に見て、課税処分に対する取消訴訟 という排他的な訴訟形態を、地方裁判所という単一の第一審裁判所が管轄する、わが国の税務訴 訟過程の手続構造とは大きく異なるものと言えよう

もっとも、アメリカの税務訴訟過程では三つの第一審裁判所が管轄しうるといっても、実際の 税務訴訟の状況は、事前納付が必要ないことから、95%以上が租税裁での不足税額訴訟であるこ とにも留意せねばならない。また一見すると、このような納税者により多くの選択の余地を与 えているかに見える手続構造に関しては、従来から彼の国において批判があり、租税裁での不 足税額訴訟への一本化も提案されてきている。いずれにせよ、税務訴訟過程に係る手続構造と して、アメリカのような多元的な構造が、わが国の一元的な構造と比べても、真に納税者の権利 保障にとって有益なものであるのかどうか、彼の国でなされている議論を踏まえた上で、十分に 検討する余地があろう

ついで本章では、税務訴訟事件のうち大多数を占める不足税額訴訟を比較的に詳細に検討した 上で、関連して還付訴訟に関しても検討したのであるが、これらの訴訟過程では、調査過程や不 服審査過程とならんで、当事者間での自律的解決を重視する「交渉(negotiation)⇒和解(settle-ment)」の契機が大きな位置付けを占めていることがわかった。すなわち、アメリカの納税者の 観点からすれば、たとえ提訴に踏み切り訴訟過程へ入ったとしても、もっぱら正式事実審理に至 る前に係争税額をめぐって弁護士資格を持った政府側の 訟務官 との間で『交渉』をし、可能 な限りみずからに有利な内容の『和解』を目指すことになるのである

このようにアメリカでは、訴訟過程においても、不服審査過程から連続して「交渉⇒和解」の 契機が認められるのであるが、しかしこれら両過程(不服審査過程と訴訟過程)には手続構造上 の差異があることも看過し得ない。すなわち不服審査過程では、不服審査官が「審判官」及び「相 手方当事者」といった二つの属性を制度上その一身に備えていたのに対して(二面関係)、訴訟 過程では、裁判官が「審判官」に、訟務官が「相手方当事者」にというように二つの属性が制度 上切り離されている(三面関係)。このことから、不服審査過程ではあいまいな位置づけにあっ た「審理(trial)⇒決定(adjudication)」の契機、すなわち当事者双方から独立した公平な第三者 が審理のうえ決定を下すという司法的な契機が、訴訟過程ではより大きな影響を及ぼしている。

福井大学教育地域科学部紀要 !(社会科学),62,2

例えば、不足税額訴訟において、訴訟当事者間で「交渉⇒和解」が整わず正式事実審理に至っ てしまった場合には、「審理⇒決定」の契機がクローズアップされてくる。もっとも、このこと は 裁判 である以上当然であろう。しかしこのほかにも、不足税額訴訟においては、和解合意 や認諾といった当事者レベルでの決着に対して、租税裁の裁判官が、当事者間における 正義 や社会一般における 正義 を理由に介入する権限が認められている。このような行政機関と納 税者との間での「交渉⇒和解」の成立に対する裁判所の介入の余地も、「審理⇒決定」という司 法的な契機の一つの現れなのではないかと思われる

また、不足税額訴訟においては、合意 判決 という裁判所の判断を介在させた合意形式がと られ、かつ、その形式は 既判力 という司法的権威を帯びることとなる。したがって、租税紛 争の終局解決性という点では、不服審査過程における合意 書式 ――書式870‐AD や終結合意 等――よりも格段に強いものとなるのだが、こういった行政機関と納税者との間での「交渉⇒和 解」の帰結に対する裁判所の裏づけのあり方も、やはり「審理⇒決定」という司法的な契機の現 れと言えるのではないだろうか。いずれにせよ、アメリカの税務訴訟過程の手続構造を理解する ためには、「交渉⇒和解」の契機に対して、これら「審理⇒決定」の契機が及ぼしている影響を 考慮する必要があろう。

結論として、アメリカの税務訴訟過程の手続構造は、 裁判所の司法的関与を背景に置きつつ なされる担当訟務官と係争納税者との間の当事者主義的交渉・和解 であり、不服審査過程とは その 位相 を異にしたかたちながらも、「交渉⇒和解」と「審理⇒決定」の両契機を伴う手続 構造となっている。この点わが国では、税務訴訟における当事者の和解が伝統的に認められてき てはおらず、「審理⇒決定」の契機のみに着目した手続構造となっているのであって、やはり アメリカとは質的に異なっているのではないかと思われる

ところで、以上のような「交渉⇒和解」という契機の介在の有無をさて置くとして、「税額の

(法的)確定」のあり方という観点からみても、アメリカの税務訴訟過程と日本のそれとでは手 続構造上の大きな相違点が認められる。ここで不足税額訴訟過程を念頭に置いてみると、確かに 日本のようにアメリカでも、最終的に納税者敗訴判決という形での司法的決定が下され、それが 確定してしまった場合には、もはや納税者は係争税額につき争う機会がなくなってしまう。しか し注意せねばならないことは、アメリカの不足税額訴訟過程においては、日本の税務訴訟過程に おけるような、おそくとも納税者敗訴判決が確定する時点で係争税額が法的に確定しているとい う構図にはなっていないということである。それどころかアメリカでは、たとえ租税裁で納税 者敗訴判決が確定したとしても、いまだ係争税額が法的に確定したことにはならないのである。 というのも、アメリカの連邦税確定過程においては、これまでも適宜触れてきたように、さらに は次章で詳細に述べるように、税額の法的確定にあたって、IRS 内部でおこなわれる「査定」と いう行為形式が介在してくるからである。

なお、次章(第六章)に移るにあたって、これまで(第二章〜第五章)に叙述してきた連邦税

!木:米国連邦税確定行政における「査定(assessment)」の意義(2)

確定過程の流れと査定の時期に関する見取図を、本稿(本号)最後に付しておく(図 C 参照)。

――――――――――――――――――

なお厳密に言うと、租税に係る訴訟事件を管轄する裁判所としては、さらに合衆国破産裁判所(United States Bank-ruptcy Court)も挙げられるが、さしあたり本章では紹介せず、のちの第六章で、とりわけ破産査定等との関連で紹 介することとする。

アメリカの税務訴訟制度に係る先行紹介業績として、桐山章雄「米国租税裁判制度(一)(七完)税法学18、19、

1、22、23、25、26号(12年〜13年)や山田徳栄「米国合衆国租税裁判所について(一)(二・完)法学新報60巻 1号、2号(13年)がなおも参照の余地があるほか、例えば、岸田貞夫「連邦税をめぐる争訟制度の実態」税務 事例12巻1号33頁以下(10年)、同「アメリカ合衆国の租税争訟制度」国際税務2巻9号14頁以下(12年)、前 掲注(12)所掲の同氏の論文14頁以下などがある。また、前掲注(10)所掲の高橋論文及び同氏の同名論文(下) 税務事例23巻11号20頁以下(11年)、齊藤明『租税行政争訟法』(中央経済社、14年)7頁以下、増田・前掲注(8 6)、33頁以下、大塚・前掲注(16)、28頁以下、佐藤・前掲注(8)、19頁以下なども参照。最近の文献として、

伊川正樹「アメリカにおける税務訴訟の実態(一)(二・完)民商法雑誌13巻1号、2号(25年)もある。

さらに関連して、アメリカの民事訴訟手続全般に関し紹介する邦語文献として、メアリ・K・ケイン著(石田裕 敏訳)『アメリカ民事訴訟手続〔第4版〕(木鐸社、23年)、浅香吉幹『アメリカ民事手続法』(弘文堂、20年) モリソン・フォースター法律事務所(Preston Moore & Tamu Sudduth 編集代表、伊藤廸子翻訳監修)『アメリカの民 事訴訟』(有斐閣、15年)(以下引用はモリソン)、小林秀之『新版・アメリカ民事訴訟法』(弘文堂、16年)等も 参照。

本節については、See e.g.,Lederman & Mazza,§6.02;Morgan,§6.2;Bilman & Watson,Ch.8;Theodore Tannen-wald,Jr.,Tax Court Trials : An Updated View from the Bench,7The Tax Law.5(13);David Laro,The Evolution of the Tax Court as An Independent Tribunal,5U. of Ill. L. Rev.1(15);Richard A. Carpenter,What Accountants

Need to Know About the Tax Court,0Taxation For Accountant8,(18).

さらに詳しくは、SeeJunghans & Becker,Ch.4〜14;Kafka & Cavanagh,Ch.1〜8,0〜11.また、租税裁での訴訟 手続に関する概要書として、Holmes F. Crouch,Going Into Tax Court,nded.22も有用であり参照した。ちなみに、

租税裁での訴訟手続に関係する様々の実務書類の見本に関しては、IRM35.11から参照できる。

租税裁判所の歴史に関しては、下川教授による一連の研究がある。下川環「アメリカ税務行政上の適正手続に 関する一考察(一)法律論叢62巻2号29頁以下(10年)、同「アメリカにおける租税裁判所制度の成立に関する史 的考察」明治大学社会科学研究所紀要34巻2号33頁以下(16年)、同「アメリカにおける租税裁判所制度発展史 の一齣」法律論叢68巻3・4・5合併号11頁以下(16年)参照。

租税裁の沿革につき詳しくはこれら紹介文献にゆだねるが、表層的にその沿革をまとめると、14年に行政機 関として「租税不服審査委員会(Board of Tax Appeals)が設立され、12年に名目上「Tax Court of the United States」

に改称された(ただし行政機関としての位置づけは変わらず)。その後19年に今日の「合衆国租税裁判所(The United States Tax Court)に再び改称され、実質的にも「行政機関」から「立法上の裁判所」に地位が変更されると ともに、その裁判官が出した命令違反に対する罰金や禁固も認められることとなった。SeeMorgan,at10.

正確には、合衆国憲法第1条第8節第18項の 必要かつ適切(necessary and proper)"条項。

以下本稿では、租税裁判所の訴訟手続規則である「租税裁判所手続規則(Tax Court Rules of Practice and Procedure) の出典表示を「TCR 」とする。ちなみに、租税裁判所手続規則の邦訳として、いくぶん古いものではあるが、大 崎満「14年合衆国租税裁判所訴訟手続規則(邦訳)(1)(4・完)税法学2,,,4号(15年〜16年) あり、なお参照に値する。

SeeHon.Thomas B. Wells,Musings on Tax Court Traditions,7Tax Law.8,(24). なお「senior judge」は、

福井大学教育地域科学部紀要 !(社会科学),62,2

関連したドキュメント