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図2-3-4宮内庁所蔵の熊本県庁写真(明治35年頃か)

内部については、殆どわからないが、昭和13年から県庁に勤務した前田敬一 氏の話47)によれば、昭和10年代には、東(奥)側が増築きれロの字型の平面 となっており、中庭には芝生があった。1階正面玄関を入ると突き当たりに左 右に分かれる階段があった。正面の北側に会計課、南側に文書課、廊下はl間 くらいの幅で東側にあった。ポーチ上部の2階には正庁があり、東側の壁に御 真影があった。知事は2階の東南部角に室があり、西側に内務部長室、北側に 官房秘書課、人事課があったという。

なお、この県庁が完成して2年半後に熊本を襲った熊本地震の際、新聞報道 では特に被害は報じられていない。

この県庁は昭和20年空襲にあい、その図面は失われており、設計者に関する 確実な根拠はないものの、状況からすれば設計者は船越以外には考えられない48)。

近代建築を本格的に習得した工部大学校出身の船越欽哉が設計をした熊本県庁 は、その意味では熊本県内初の本格的近代建築といえる。

また、石田潤一郎によれば、全国の中で「工部大学校卒業生が設計した最初 の府県庁舎」49)となる。

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2-3-1-3まとめ

熊本県においては、明治4年初めて近代建築が建設され、その後様々な近代 建築が建設される。そして工部大学校卒の船越欽哉によって明治19年に熊本県 庁舎が、文部技師山口半六及び久留正道によって明治22年第五高等中学校が建 設され、洋風化のピークを迎える。

今回、図面は発見できなかったが、以下のことを明らかにした。

(1)熊本県庁舎の建設経緯

(2)熊本県庁舎の外観等

2-3-2第五高等中学校

第五高等中学校の建物については、既に多くの文献50)に記述されており、

ここでは、基本的な事項を記述するにとどめる。

図2-3-5第五高等中学校

創立当初の建物のうち、本館と化学実験場が熊本大学北キャンパス内に現存 しており、昭和44年に国の重要文化財に指定された。全体の工事は明治21年1 月に始まり、明治23年10月には開校記念式が行われた。設計は文部技師山口半 六と久留正道である。

このうち本館は、2階建て、建坪272.792坪であり、工期は明治21年2月か ら明治22年3月まで。構造は熊本初51)のれんが造建築である。

れんが造建築は、これ以降熊本県内に普及していくが、その出発点となった という意味においても、この建物は画期的な建物である。

2-3-3まとめ

明治19年末に完成した熊本県庁舎及び明治22年に完成した第五高等中学校本

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館をはじめとする同校の諸建物は、熊本において初めて建設された本格的近代 建築である。熊本県庁の設計者船越欽哉と第五高等中学校の設計者の一人久留 正道は工部大学校に於いてコンドルに建築の教えを受け、また第五高等中学校 のあと一人の設計者山口半六は、フランスにおいて建築を学んでいる。従って 彼らの設計による建築は当時熊本には未だかつてなかった本格的な近代建築と なった。

熊本における近代建築の歩みは、明治初め以来約20年間の年月を経て、一つ のピークに達したことになる。これ以降、様々な分野に近代建築が普及し、そ

して多様化していくこととなる。

2-3注

l)石田潤一郎「都道府県庁舎_その建築史的考察」(株)恩文閣出版、1993年、p236 2)熊本新聞明治19年2月21日

3)県政資料15-22「自明治17年至同18年土地縣臓周園壕曇陸軍省引渡」熊本県 立図書館蔵

4)熊本新聞明治18年12月22日 5)熊本新聞明治18年2月1日 6)熊本新聞明治19年3月6日 7)熊本新聞明治19年3月11日 8)中外電報明治19年3月20日

9)県政資料12-61「熊本県公文類纂明治19年熊本縣庵中達」熊本県立図書館蔵 10)前掲注9)

11)船越の履歴の主な部分については「職員進退録明治30年共146」⑩職進録 M30-692防衛省防衛研究所図書館蔵による。

12)白川新聞第3号明治7年9月

13)戦前期官僚制研究会編/秦郁彦著『戦前期日本官僚制の制度・組織・人事」東京大 学出版会、1981年、p89

14)県政資料9-54「熊本県公文類纂職制任免明治19年」熊本県立図書館蔵 15)県政資料10-43「熊本県公文類纂褒賞寄付縣臓建築寄付金名簿」熊本県立図

書館蔵

16)熊本新聞明治19年4月17日、5月13日、5月25日、

17)熊本新聞明治19年6月25日、紫漠新報7月29日 18)熊本新聞明治19年6月25日、紫漠新報8月13日 19)熊本新聞明治19年5月16日

20)熊本新聞明治19年6月15日

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21)熊本新聞明治19年7月8日 22)前掲注20)

23)宮本雅明「日本の大学キャンパス史」(財)九州大学出版会、1989年、pplO2-lO3 24)角田政治編纂I熊本市飽託郡誌」飽託郡私立教育會、明治39年、復刻版(株)名著

出版昭和49年、p84では建築面積は359坪とほぼ等しいが、建築費は15,980円79銭3 厘と県の資料に比べ相当安い費用となっており、これによれば坪当たり単価は22.26円

となる。

25)熊本新聞明治19年6月16日なお、原文は変体かなを使用してあるため、現代仮名 遣いにした。

26)建築雑誌第70号、明治25年10月 27)前掲注21)

28)熊本新聞明治19年6月25日

29)熊本新聞明治19年6月30日、紫漠新報明治19年7月6日 30)紫漠新報明治19年7月18日

31)紫填新報明治19年7月27日 32)紫漠新報明治19年8月29日 33)紫漠新報明治19年10月1日

34)熊本新聞明治19年11月5日、紫漠新報同月同日 35)紫漠新報明治19年12月7日

36)紫漠新報明治19年12月28日 37)熊本新聞明治20年1月4日

38)県政資料9-57「熊本県公文類纂職制任免官員、教員、諸雇明治20年」熊 本県立図書館蔵

39)「近代日本総合年表第四版」岩波書店、2001年、plO8 40)熊本新聞明治20年1月18日

41)元県庁職員前田敬一氏証言(2008年3月6日於自宅(熊本市上熊本1-3-31)-

聴取者磯田)、新熊本市史編纂委員会『新熊本市史通史編第七巻近代Ⅲ」熊本市、

平成15年、plOl4

42)残っている写真は殆ど正面からの写真である。荒木精之編「富重利平作品集」富重 利平作品集刊行会、昭和52年、pl28plO4・鈴木喬編著「ふるさとの想い出写真集明 治大正昭和熊本」(株)国書刊行会、昭和55年、p85・石田潤一郎「都道府県庁舎-

その建築史的考察」(株)恩文閣出版、1993年、p65等に写真が掲載されている。この 他、五高記念館所蔵、熊本日日新聞社所蔵等の写真がある。

43)絵葉書「熊本百景、熊本縣臓」熊本大学五高記念館蔵明治末以降 44)前掲注24)「熊本市飽託郡誌」p84

45)伊喜見文吾著作兼発行者「熊本縣案内全』協賛會、明治34年この本は第11回九

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州沖縄8県連合共進会の熊本開催に際し発行された。

46)宮内庁書陵部蔵、同部によれば年代は明治時代とのことである。このアルバムは明 治35年陸軍大演習の際、熊本側からの献上品であった可能性がある。

47)前掲注41)

48)「熊本新聞」明治23年12月28日には「本県庁を担当せし船越欣哉氏は」という記事が ある。

49)前掲注1)「都道府県庁舎~その建築史的考察jp65

50)宮本雅明「日本の大学キャンパス成立史』(財)九州大学出版会、1989年。熊本大学 五高記念館図録編集委員会『第五高等学校一熊本大学五高記念館図録」国立大学法人 熊本大学五高記念館、2007年

51)資料でしか確認できないが、この当時のれんが造建築では、熊本市米屋町につくら れた第九銀行金庫(明治22年、3間x2間)(熊本新聞明治22年1月8日、九州日日 新聞同年11月3日)、熊本市新町の熊本郵便電信局倉庫(明治23年、2階建て、20坪)

(逓信省「逓信事業史第七巻」(財)逓信協會、昭和15年、p824)がある。

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2-4明治20年代以降の工業建築 一近代建築の普及と多様化

前記2-3の様に本格的近代建築の登場以降、近代建築は、様々な分野で建 設される。明治10年代まで、木造で、縦長窓の漆喰壁という狭い枠組みの中に 固定された構造、意匠から解き放たれ、構造はれんが造が始まり、木造でも外 壁は下見板張り等が始まる。

明治20年代以降の主な近代建築を見ると次のように様々な分野で多くの近代 建築が建設されていることが分かる。

国の建物では熊本郵便電信局(明治23年、設計中島泉次郎)、第五高等学校 工学部(明治31年、設計新山平四郎)、熊本郵便電信局(明治31年)、熊本大林 区署(明治35年)、熊本電話交換局(明治35年、設計三橋四郎、神敬三郎、れ んが造)、宮行製材所(明治40年、球磨郡一勝地)、熊本地方裁判所(明治41年、

れんが造)、熊本高等工業学校(明治41年、設計太田次郎吉)、現肥薩線各駅舎 (明治41年~42年)、専売局熊本製造所(明治43年、れんが造)、熊本逓信管理 局(明治44年)等がある。

県の建物では熊本県会議事堂(明治22年)、師範学校(明治26年)、天草郡役 所(明治27年)、観聚館(明治27年)、師範学校(明治32年)、済々饗(明治33 年)、農学校(明治33年)、熊本工業学校(明治33年)、県立病院(明治34年)、

宇土郡役所(明治35年)、済々醤(明治39年)、九州薬学専門学校(明治43年)、

飽託郡役所(明治45年)、県立図書館(明治45年)等がある。

民間の建物では日本セメント八代工場(明治23年)、九州鉄道各駅舎(明治 24年~明治32年)、熊本紡績工場(明治27年)、東肥製紙工場(明治31年)、九 州商業銀行(明治32年)、鐘淵紡績熊本工場娯楽堂(明治41年、設計横河建築 事務所)、肥後銀行(明治41年)、本妙寺宝物館(明治41年、設計熊本工業学 校)、万田坑第二竪坑巻上機室(明治42年)、日本窒素肥料(株)石灰窒素製造 工場(明治42年、れんが造)、等がある。

以上の中から、ここでは、主題に沿って、第三章以降で詳述する熊本紡績 (株)工場、日本窒素肥料(株)石灰窒素製造工場、熊本高等工業学校以外の 近代工業建築である日本セメント(株)、東肥製紙(株)、大蔵省専売局熊本製 造所、熊本工業学校の4つの建物について概要を述べることとする。なお、明 治32年6月8日九州日日新聞の記事には「熊本にありて大倉社と稲するは僅か

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ドキュメント内 明治期熊本における近代工業建築の研究 (ページ 41-55)

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