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萬國聲學會概況

ドキュメント内 録 痩ご就テ (ページ 62-67)

摘會n入月二日午後二時を以て巴里博覧會の大 式蕩ユ於て盛んなる開曾式を塞行せク装飾は萬

端遣憾函かりしも室廣大命過ぎ音樂合奏なタば

聞ゆぺきも一人の演者の聲は響き難し且つ其二

三 千 を容るぺき場内a僅硲に六千人︵佛人 二 千 三百人︑露人入百人︑掲逸人六百人︶に充た るの員Y藪へしのみ渉れは室席漠宅して廣く 菅に不体裁のみなら壱席割甚だ順當を敏き婦人

席の遙あゐ場隅あ設けられし爲め彼等︽其演者

の︑蓬せざらんζピY恐れて愴慌ピして他の

         

  

       

 七

+ 入 重席に踏み入0他隅よウは其傍聴者の一群流れ 來ウて波を打つ等室廣きに過ざて却て混雑を來

せしは奇観なウき

吐肘

博 士ラシヌロング氏n纏⁝裁ピして開曾Y 告

て本會議︷専ら學術上の論究Y旨芭し一

毫も政治に渉ら宇今や祠聖かる學術研究亡世界

各國皆共ゐ之を奨働Lて眞理の光を曇揚せん乙

ぜY勉むるゐ至冠だれば各人個々に道を求むる

之蓋し共同相研究するに如かざるζ芭遠し此れ

日此會開設を見る所以なうピ述へ次て佛幽掌

印官モー︐⇒ス氏之政府を代表して︵大統領ル‡

︐1氏伊國へ劉し哀悼の意を表し出席なし︶式 辞を述へ次に同曾議書記長ショッファー次ゐ各國 委

員ABCの順に從て式言Y陳老彌逸ベルグマ

氏 聲最も大にして壁障爲めよ動け参英園よう

︑司ヨ︑氏描で填國ハァル︹ルト氏Y出せウ よ当卿凶∋﹁当川翁碩學の故を以て高く先づ名 泉あ壇に登う

       ﹁外傷及鰹染﹂なる演題の下に次の如く論述せ

 ・りo外傷ピn外力によりて惹起せられし生活

体の損傷を云ひ其直に眼に見得る慾のを創傷  ピ云ひ見へぎるものを打撲ピ稗キ而して創傷  なるものハ既ユ組織の断裂を意味するものな  

己あとれに異物を受容するの性贋を帯ぶ  

きは明かな方故に其傳染を蒙⁝むるも亦賭易

 き道理なう竃す

 然れ已勺打撲之ロバ内部よう傳染しうるのみに  して外部よ・りするを得ぺから竜彼の皮膚︑骨  膜︑筋肉等の損傷渉くして直ちに骨髄炎を曇  し來う中に無歎の徽菌を有するが如き如何に  

 ●雑  録 に流れ來二りて停留するに因するものな・りぜ論 麗内の一部ふ血中に受容される徽菌のこ︑ して之Y説明すぺきや多敷の學者は之を以て

じ外科學者ハ此膓合に之常に多少の外部損傷

立ありて來るものなるべし竃信ぜ4何れ

も確謹氾き假説なれば是非を決し難し外傷ピ

簿染宅の關係を知るこピ孟し亦容易なヅ老

時定ーて傳染の外傷ゐ先つものあう或は外 傷 長き時を経て其傷部に傳染Y起す乙ピあ

う斯の如き場合に於ては只病歴によりて之を

推 定するの外なく若し病歴を知りうる能nざ

る這きハ只之Y解剖的所見に徴するの外なけ

後ふ余が特殊の例によ0て説明せん蓬 欲する定とろなう而も債其中ユ包容せタる︑

問題宅して精細なる他曼的研究が能く内部の

                      七 十九

   

◎ 雑  鎌  損傷の原因を明かゐしうべきものなるや巴の   疑 已來ならん余亡之よ答ふるに梅毒性疾患  

之キ所Y以てせん巴欲す云々 次aバゾロフ氏の演説n第二次総曾まで延引す

るとこ︑渉れり

日は各々科を分て総計二十三部の學會を開う れ

◇而亡て内外科部に於ける人員敷債最も多

くして量は能く祠経病學︑皮膚病・⇔學の報告の債

に比しうへし而して線計科に與りし諮の千四

百人に過ぎず一科僅うゐ六十人の卒均を算ふる

み之れ實に参會者の五分の二よしてその多数

し學術研鍛を旨ピするにあら走して巴里遊

覧を興こせしや明かなう

學 會 講 演は佛語を以てせるもの多く濁語殊に英 等を以てせるもの甚だ少なし是れ纏衆の四分

                        入 十

三之之を解⁝し得さるもの︑み渉ればな0故に 弗吟ヒ﹂司蜘︐︑︐当別−当馴︑∋ッチヒの諸氏も途

に佛語を用ゆるの止を得ざるに至れ〇一講演は

常に十五分を限るの約な冠しも往々﹂して演者

に超越せるものあり而も此際侮時間ゐ値

る要説は見はれぎるを多しピす各學會亡通常 午 九 時 まり午後二時よ終る殊に総曾開設

日之午後之休止Y例巴せり

入月六日第二次総曾は開うれ集るもの六百人羅

馬のバッエリー氏病のだめに訣席し聖府のパウ

ー氏亦疾の爲めに出でず氏の實験的療法多る 諭 之リクエチフ氏によりて朗讃せられだク次

に英國のサンダーツシ氏ハ最近五十年に於ける

瞥學の獲達を論e米國ジヤコビー氏は合衆國に 於ける警89の歌態を演ヘカ4しも聴衆万巳に﹈蓼

途にして三々五々壌外に退去し場内寂εして して之氣の毒をるほ.芭万ウき 此夜﹁〃キサンブルグ﹂宮に於て一大宴會の催砺

冠會するもの六千人其紛乱難踏一々名拙すべあ

ら壱不秩序句亦極まれウと云ふぶし然れ巴も魯

興の盛んなる多く他ふ比類を見ず舞妓︑歌姫︑美

酒︑佳肴極めて蓋せうランヌ・ソグ氏n當夜乃

費に向て私財十萬﹁フラジ﹂Y寄附せリピ云ふ

第三回総曾ぱ八月九日を以て開かれラシヌロシ

席に就き右にマドリット讐科大學長カレ

氏︑左にウ井ルヒョー翁相並べリウ井ヅナプ

︑アルペルト氏の人類及動物の骨の 組 立 就ての論述あうたる後モスカウ市より寄

附せし五千﹁フラン﹂を﹁ノイ・ン﹂質見者なる西

コペほけ       

班 牙 織 學 者

ール氏ゐ贈らんこピを  

 ●難  録

議 定し次みプンヌ・ヅグ氏n曾議の組織の困難

を説き次で本會議の成績Y概報し街萬國會議の      /

き効果を論e學術自已に取0て

之一つの本國故郷なるものあるこ巴●きを以て

す萬回會議の盛大ならんこピを望む旨を

述べ次a千九百三年春に於て開かるへき第十四

萬國讐曾亡マドリッド市よ於てずへき乙ピを 決 議しラヅス・シグ氏の指定によリカレヤ氏を

同會の総裁よ推薦せう次にカレヤ氏は立て簡軍

謝 辞を述べ此に於て巴里萬國馨曾は全く終末

Y り︵十月十三日曇行東京讐事新誌よう 韓 載す︶

◎ 野田忠廣氏ようの來状 嚢に萬國醤學會への 随 員ピして佛國巴里へ赴かれさる同氏よう小

川敷授へ宛て去る入月七日褒︑九月十七日着の

  

  

  

  

十一

 ●雑  録

歌の大 客左の如し

 ︵前馨∠連日の開會ゐて目下多忙Y戚じ候︑小

  生之細菌學部に出席候へ共魯う債値之無之ピ   e候︑次乃衛生會之多少興味可有之宅相樂  

罷 在候︑目下は濁乙より殆ん已総て來巴︑

 仲々賑々敷候︑本夕當地にて學士曾の催L有   候 云々o 月十入日褒︑十月一日若の書歌の大略に曰

 ︵前略︶咋日みて全く結了仕候故本日當地出登

 恭妙島氏巴土ハにストラスゲルグ︑ミユンヘゾピ

  経て伯林に入るこピよ定め候o此回の曾にて  

日本委員の総代實士ひ男雷之開會の帆辞を述  

殴西墨・命日にn脚↑氣に就て蓮ぺられ一候︑山根

 氏恒衛生會ユて日本の火葬法よ就て︑小生ハ

                       

入十二

ト侵入の原因ゐ就て演述を試み候o  高安氏n桂氏ε共ふ去る十日頃出曇シタイッ  ィタリーに向ハれ候 ︵下蓉︶

◎ 督

規學

設 定よ付保讃人への通知案 ハ次の

如し 般 本校⇒於テ督學規程チ設ク生徒若干名毎二 名ノ監督致官チ置キ擢任生徒ノ品行︑學業︑健

康等ユ關シテ特⇒注意チ加へ必要⇒雁シテ訓戒

導チ與へ學生ノ本分チ全ウセシメ岐路⇒陥リ 方向チ誤〃ガ如キ患ナカラシメントノ趣意⇒基

キ生徒某ノ監督チ教官某ユ命シ候⇒ツキ各位二

於テモ篤ト該規程ノ精祠チ了承セラレタ〃上常

子弟ノ動静二御注意怠リナク時々監督激官ト 書チ往復シテ家庭ノ事情本人ノ性癖等チモ監 督 激官⇒通報シ或ハ監督激官ヨリ學校二於ク〃

本人一切ノ状況チモ承合可被致如此始終内外相 連 絡

盆々監督ノ効果チ牧メ學生ノ本分チ堅

固ユ保タシメ候様切⇒希望致ス次第二御坐候侮

學資ノ過剰ナルハ種÷ノ弊害チ誘起ス〃一ノ 源因二有之候ヘハ此邊モ御熟考相成古反御希望⇒

依リテハ常該教官⇒於テ學資金ノ保管テモ取計

濫費ノ恐レ無之様其費途ノ如何ニモ注意可 致 候 條 此 段申進候也

 明治三十三十月 日    第四高等墜・校

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ドキュメント内 録 痩ご就テ (ページ 62-67)

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