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荷 ニースの D・ジェンキンス・アンド・サン宛

ドキュメント内 とグレート・ウェスタン鉄道会社 (ページ 32-37)

標記の貨物を搬送した

7

月の

315

便につきまして,貨車にどのような車票をつけ られたのか折り返し正確にお知らせいただければ幸いです.最低

1

トン分の正規 運賃をご負担でないのならば,このような少量の貨物を積載した貨車に宛先直行 の車票を掲出いただけないことは,以前にも一度ならずご指摘してきたことは貴 社も疑問の余地なくご理解のはずです.この点についての当方の指示がなぜ見過 ごされているのか至急ご説明ください.87)

 このように,車票などの帳票類に基づく貨物輸送管理は,鉄の販売総量や 発送予定,あるいは運賃負担者を明示するものではなく,大量貨物のための 複雑な運賃制度に対応したものでもなかった.その結果として鉄道会社と製 鉄会社は「標準化」された方法とは別に煩雑な情報交換を行わなければなら なかった.

 本節では,車票の運用から事後清算までの貨物情報の管理を検討した.車 票を中心とする帳票類に基づく貨物輸送の管理は,随時の列車編成の煩雑さ を回避するうえでは有効であったが,それにはこの情報管理の方法が想定さ れたとおりに適切に運用される必要があった.しかし,実際には,車票の掲出,

発着の確認には遺漏があり,また,この「標準化」された方法は,多様な規格,

数量で発送される鉄製品,複雑な運賃制度やその分担をめぐる取決めなど輸 送する貨物の実態に呼応したものではなく,随時の書簡の往復による情報の 補足が必要だったのである.

終 わ り に

 本稿が扱ったのは,鋼の大量生産を本格化した時期のダウライス製鉄会社,

そして,その貨物輸送を担ったグレート・ウェスタン鉄道会社である.定時 の列車運行,定型化された運賃制度,車票と出荷通知など帳票類に基づく輸 送体系は,1870年代までの受注に基づく随時の列車編成と異なり,大量生産 における標準化に比すべき「標準化」された貨物輸送を提供するものであった.

この輸送体系は,1870年代の鉄鋼商のように輸送を編成する仲介者を必要と しなかったが,想定外の諸問題に対応するため,製鉄会社と鉄道会社は仲介 者を経ずに頻繁に情報を交換しなければならなかった.

 そこで注目されるのは,大量化しつつも標準化されていなかった鉄生産で ある.「標準化」された輸送体系は,一定せず多様な需要に応じて,正しい品 目,規格,数量の鉄を正しく荷受人のもとに輸送しなければならなかった.

多くの誤配は,このような多様な需要に応じることができなかった事例とし て位置づけられる.同時に,大量の貨物はこの輸送体系の処理能力を超過す るものでもあり,頻繁な遅配がこれを裏付ける.つまり,典型的にはグレー ト・ウェスタン鉄道会社が購入した鉄は鉄橋架設のために短期かつ局所に集 中的に輸送され,同時に多様な品目や規格が求められたのに対して,石炭は 長期的かつ定期的に輸送された.たしかに,変化する石炭需要の変動に多数

の書簡による調整を要し,また慢性的な遅配にも直面したが,鉄のように誤配,

配送品目の取り違え,貨物の過不足に悩まされることは少なかった.石炭と 鉄鋼の輸送が共有した遅配の問題は貨物輸送の量の問題を示唆するのに対し て,鉄の輸送が偏って直面した誤配の問題は,輸送する貨物にまつわる情報 量の問題,あるいは情報管理体制の質の問題を示唆する.

 1860年代から

1870

年代にかけてダウライス製鉄会社は地方鉄道会社や鉄 鋼商とともに貨物輸送に立ちはだかる課題について意見交換を重ね,鉄鋼商 のみならず地方鉄道会社も鉄の販路拡大に協力した88)

.しかし,1880

年代の グレート・ウェスタン鉄道からの受信書簡は,個別の問題の解決を超えた長 期的な提案を含むことは少なく,さらに,その数少ない提言の関心は,貨物 情報の共有に集中した.一般的なものとしては,請求書に列車の便名を全て 列記するよう求めた提案があげられる89)

.その他に,自社宛の物資輸送につ

いて,鉄橋架設現場宛の出荷通知の控えを発注部署であるスウィンドン機関 区にも発送する要請,車票に石炭の重量を明記する指示,その日に炭鉱に到 着した貨車の台数・番号・到着時刻・終業時点で積載を終えた台数・空のま まの台数を毎日の石炭出荷通知に記載する要請などがある90)

.このように,

グレート・ウェスタン鉄道会社は,ダウライス製鉄会社と情報を共有管理す ることによって,より効率的かつ柔軟な貨物輸送の実現を意図した.しかし,

1860

年代の地方鉄道会社のように,鉄の顧客開拓に協力した痕跡はない.

 本稿は書簡で伝達された情報の内容に焦点をあわせてきたが,最後に,情 報伝達の形式としての書簡の意味を考えてみよう.米国の経営史家イェイツ は,電報,報告書,回状,帳票類による経営管理の発達を描き出すなかで,

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世紀後半のイリノイ中央鉄道会社における書簡による情報伝達を次のよう に評価した91)

.つまり,書式が定型化されず,目録や索引が作成されず,複

88) 拙稿「1860年代」128-130頁.

89) DG/A/1/540 J. Williams to DIC, 21st January 1884.

90) DG/A/1/546 W. Dean to DIC, 30th October 1885; DG/A/1/569 T. Simpson to DIC, 5th July 1889; DG/

A/1/552 T. Simpson to DIC, 20th August 1886.

91) Yates, Control through Communication, pp.130-131.

写やタイプライターなど誤読を防ぐ工夫も施されないなど,情報伝達手段と しての改善がすすまなかった.書簡は社内通信網で処理するのが不適切な遠 隔地間において帳票類に代わる機能のみを果たしたと評価し,標準化された 系統的な経営管理の対極に置いたのである.序論で説明したように,本稿が 扱った書簡も手書きで書式も一定せず,詫び状の存在から送付された書類が 判読不能だったことがあることも確認できる92)

.索引や目録も整備されず,

保管された書簡を参照するには受信者の記憶に頼る他ない.しかし,これら の書簡は単純に定型化された帳票を代替したものではなかった.もちろん,

イェイツの関心が企業内の情報伝達であるのに対して,本稿は企業間の情報 交換を扱ったことは考慮しなければならないが,本稿が示したのは,書簡が 帳票類で対応できない事態について発信者の見解を示し,あるいは受信者の 見解を問う,鉄道会社と製鉄会社の相互作用を促すものであった点である.

それゆえに,イェイツの研究手法と異なり,情報伝達の形式だけでなく,そ の内容に注意を払うことが重要となる.本稿の事例では,系統的でない随時 の書簡の往復が標準化された帳票類とともに重要な情報伝達手段であった.

その一因は貨物にまつわる情報が十分に標準化されなかったことにあり,と くに本稿は,石炭の遅配に比べて誤配が鉄に特徴的であったことを踏まえて,

ダウライス製鉄会社が供給した資本財の鉄が規格化されたものではなかった ことに着目した.

 ダウライス製鉄会社の輸送の編成という視点から見れば,1880年代は,ダ ウライス製鉄会社とその輸送を担う補助産業との関係―あるいは産業集積 の機能―の転機であった.1870年代まではダウライス製鉄会社の輸送を 編成したのは,マーサーあるいはグラモーガン州内に所在し,ダウライス製 鉄会社との取引関係に大きく依存したと考えられる地方鉄道会社や鉄鋼商で あった.これらの補助産業はダウライス製鉄会社の需要に応じて列車を編成 し,さらには鉄の販路の拡大にも積極的であった.しかし,1880年代には,

92) DG/A/1/552 J. Williams to DIC, 17th September 1886.

ダウライス製鉄会社は,ロンドンに本社を置いて全国的に輸送業務を展開す る幹線鉄道会社を利用し,煩雑な列車編成の交渉を必要としない輸送体系に 頼って大量の貨物輸送を処理するという転換を果たした.しかし,この「標 準化」された方法は,当時の貨物,とくに鉄の輸送の実態に十分に対応した ものではなく,出荷の遅れ,路線の渋滞,貨物の所在不明,誤配,清算の混 乱など多くの問題を解消するものではなかった.製鉄会社と鉄道会社は,長 期的には共有管理すべき情報の拡大を模索しながらも,短期的には随時の書 簡の往復という伝統的な手段によってこれらの問題に対処した.1880年代末 に,ダウライス製鉄会社は山間部のマーサーを離れて港湾都市カーディフの グレート・ウェスタン鉄道沿線の新工場への移転を模索し始める.その背景 には,本稿が示したような輸送の編成の転換があったのである.

(すげ いっき・同志社大学経済学部)

ドキュメント内 とグレート・ウェスタン鉄道会社 (ページ 32-37)

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