.EU における手続的権利保護の共通最小限基準の基礎
⑴ 相互承認原則と相互信頼,手続的権利保護の共通最小限基準
以上の経緯から見るとき,EU において,近時,刑事手続における被疑
者・被告人の手続的権利保護の共通最小限基準が追求される有力な契機
は,「EU ワイド(EU-Wide)の相互承認(mutual recognition)原則」の刑
事司法協力であった。EU の刑事司法における相互承認原則はカーディフ
欧州理事会( 年)に始まるが,その明確な承認の出発点は,タンペ
レ欧州理事会議長国総括である(タンペレ欧州理事会議長国総括第
項)。そして,同議長国総括は,直ちに,「相互承認原則の執行を促進する
ために必要と考えられる手続法の共通の必要最小限度基準の検討が行われ
るべきである」との認識のもとに,「欧州理事会は,EU 理事会および欧
州委員会に対し, 年 月までに相互承認の原則を実施する措置の計 画を採択することを要請する」(タンペレ欧州理事会議長国総括第 項)
としたのである。その意味は,「相互承認は加盟国の権限ある機関が他の 加盟国の刑事司法システムを信頼することを前提とする。EU 域内の相互 信頼を強化するためには,欧州人権条約を補完して,加盟国内で適切に実 施され適用されている手続的権利の保護の
EU基準が存在することが重要 である」ことにあった( 年ロードマップ前文 項)。EU
ワイド(EU-Wide)の刑事司法の相互承認のためには加盟国刑事司法の相互信頼が必要となり,さらにそのためには刑事手続における被疑者・被告人の手続的 権利保護の
EUワイド(EU-Wide)の共通最小限基準の定立と各加盟国で のその遵守が必須となってきたのである。この論理は, 年
EU指令 の前文第 項ないし 項その他でも繰り返され,EU においては確立した 論理になっている。相互承認原則の採用に潜む相互信頼原理が顕在化した と言うことができるであろう。 年
EU指令前文 項も,「相互信頼の 強化は
EU基本権憲章および欧州人権条約から生ずる手続的権利と保証の 保護のための詳細な規則を要求する」と,直裁にこれを認めている。
また,EU は,手続的権利保護の共通最小限基準は,基本的には
EU基 本権憲章,欧州人権条約等にあるとしつつ,加盟国法および捜査・司法当 局におけるその実施における差違の存在を認め,それを埋める措置の実施 のためには詳細な規則が必要であるとして,これを実施する指令に
EU基 本権憲章,欧州人権条約に附加する価値を認めて, 年ロードマップ を採択したのである。
⑵ 人権保護と手続的権利保護の共通最小限基準
人権保護に差違があること自体が平等取り扱いに反し,また人権保護自
体がより高い水準を求めるものであるから,手続的権利保護の共通最小限
基準は,もちろん人権保護それ自体の視点からも求められる。 年ロ
ードマップも,「同時に
EUの側では欧州人権条約基準の完全実施を確保
するための,そして適切な場合には,適用可能な基準の整合的な適用の確 保や現存する基準の引き上げのための,さらなる行動をとる余地がある」
(前文 項)とする。実際,EU レベルにおいて市民の安全の高度な保障 のために様々な措置が講じられたが,「人が刑事手続で被疑者となり被告 人になった場合に生じ得る特別な問題に取り組む同等な必要が存する」
(前文 項)と述べてこれを認めている。
また,EU 理事会の 年ロードマップは,「訴追を促進する施策につ いての司法および警察協力の領域では多大な前進が実現した。今や,これ ら施策と個人の手続的権利の保護との間のバランスを改善する時である」
(前文 項)と述べている。また,前示のように欧州委員会の 年グ リーン・ペーパーも,欧州委員会コミュニケ「自由,安全,司法の領域を 目指して」
!が,「個人の権利の保護の最小限基準は,検察官,裁判所,捜査 官の権限を増強する司法協力措置に対する必須の平衡をとる錘(necessary
counterbalance)であった」と述べているころを援用している(序文 .項)。EU は,訴追を促進する施策と手続的権利保護との間でバランスが 保たれなければならず,訴追を促進する施策が進められるときは手続的権 利保護の共通最小限基準が引き上げられなければならないという論理に 立っているものと解される。
.権利告知書と 年 EU 指令の保障する「情報に対する権利」につ いて
⑴ 権利告知書
権利告知書の言葉は, 年グリーン・ペーパーで現れた。すなわち,
その「 .権利の存在についての認識(knowledge)/権利告知書」は,捜
査機関ならびに被疑者が,被疑者が如何なる権利があるかを知っているこ
とが重要であるとして,加盟国が被疑者および被告人に「彼らの基本的権
利についての書面による覚書−権利告知書(a written note of their basic
rights−
a Letter of Rights)」を提供することが必要である制度を提起した。提起では権利告知書が与えられるのを逮捕された被疑者に限っていない が,できるだけ早く,したがって逮捕の時からと考えられていた。なお捜 査機関にとっての有用性から,被疑者が受領のサインを求められるかが立 案過程の質問事項になっている。権利告知書は人が抑留された(detained)
ときできるだけ早く与えられねばならず,欧州人権条約第 条,第 条か ら与えられる権利が告知される。権利告知書は,共通のパートⅠと加盟国 法で認められている権利が附加されるパートⅡの構成で考えられていた。
年枠組決定提案では,「第 条 被疑者に彼の権利について書面 で告知する義務−権利告知書」として提案された。全ての被疑者が手続的 権利について知っているようになっているべきであり,したがって共同体
(Community)の全公式言語による書面による手続的権利の告知すなわち権 利告知書が,逮捕された者に提供されるため警察署に備えられているべき ものとされた。また,受領のサインは,意思に反しないならば可能とされ た。また, 年枠組決定提案には,付属文書A「権利の告知(Notification
of Rights in the〔insert language〕language)」と題する書面,権利告知書のモデルが附されていた。付属文書Aで告知される権利のうち,「A.EU 理事会枠組決定による権利の告知」の部分に挙げられているのは,法的助 言(Legal Advice),通訳人に対する権利(Right to Interpreter),関連文書 の翻訳の権利(Right to translations of relevant documents),特別な配慮
(Specific attention),接見交通(Communication)であった。付属文書Aの
「B.その他の権利(Other rights)」の部分は,加盟国の国内法で保障され る権利を記すようになっている。
年ロードマップでは,前示のように,措置Bとして記載されてい る。便宜のため採録すれば,以下のようである。
措置B:権利および弾劾(charge)についての情報 説明
犯罪について嫌疑を受けまたは起訴された(accused)人は,その人の基本
的な権利についての情報を,口頭もしくは適切な場合は書面で,例えば権利 告知書(a Letter of Rights)の方法で得るべきである。さらにその人はまたそ の人に対する弾劾(accusation)の性質と理由(nature and cause)についての 情報を迅速に受け取るべきである。告発(charge)された人は,適切なとき に,その人の防禦の準備に必要な情報を得る権利がある(entitled to the information)べきである。このことは刑事手続の正当な進行を害するべきも のではないと解される。
権利告知書への言及は,「適切な場合は,書面で,例えば権利告知書の 方法で」と控えめな表現となっている。 年枠組決定提案が不採択に なった経緯への配慮と思われる。他方で,措置Bの表題は「情報」とされ,
その人の基本的権利と弾劾(accusation)の性質と理由についての情報お よび防禦の準備に必要な情報に対する権利を含むものに広げられている。
年
EU指令は, 年ロードマップの措置Bの実施として採択さ れたものである,したがって,表題は「情報に対する権利(the right to
information)」についてのEU
指令とされた。 年
EU指令では,逮捕・
拘禁されている被疑者・被告人に対する権利告知書(第 条および付属文 書A),欧州逮捕令状手続における,権利告知書(第 条および付属文書 B),逮捕・拘禁を問わず被疑者・被告人一般に対する,権利についての 情報に対する権利(第 条),弾劾(accusation)の性質と理由についての 情報に対する権利(第 条)および防禦の準備に必要な資料(materials)
に対するアクセスの権利(第 条)が定められている。権利告知書に記載 される権利の情報は
EUワイド(EU-Wide)で共通で記載さるべきの権利 と加盟国法で保障されている場合に記載すべき権利である。逮捕・拘禁さ れていない被疑者・被告人一般には,前者のみが口頭または書面で通知す べきとされている。また,EU ワイド(EU-Wide)で共通に記載さるべき の権利は,弁護人へのアクセス権,無料で法的助言を受ける資格,弾劾
(accusation)の性質と理由についての情報に対する権利,通訳および翻訳
ドキュメント内
手続的権利強化の2009年ロードマップとEU指令2012年13号・権利告知書 : 手続的権利保護の共通最小限基準-香川大学学術情報リポジトリ
(ページ 31-44)