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3.「僕を育ててくれました」〔A氏〕――退職世代

まず、退職世代である3人の回想からかつての教育現場の様子を掘り起こしていこう。ここでの ポイントは、①地域社会や職場での良好な関係構築、②子どもや若者たちがつかみやすいものとし て存在していたこと、および③教師が仕事を進める上で、現在と比べるとゆったりとした労働時間 の流れの中にあったこと、が見て取れることである。

① 同僚や地域社会との良好な関係

若くして代用教員となったA氏は、その後正教員を目指し教員免許の取得を目指すことになった。

周囲の教師たちはそれを応援し、A氏は勉学時間確保にあたり格別な配慮を受けることができた。

▲ 代用教員時代はもう免許もとらなきゃならないし、できれば国費学生の試験〔沖縄復帰前の特別入試制度〕

にでも通って……特に某高校では、〔A氏がかつての卒業生であることを〕みな知っていますし、母校に 帰った最初の人間であることも知っているから、僕を育ててくれました。いわゆる公務分掌みたいのも、

万年宿直やれと、宿直しながら勉強しなさいと。授業だけやればいいと〔A氏〕。

他方、B氏の新人教師時代の回想からは、かつては教師と地域社会との間に深く濃密なつながり があったことを思わせるエピソードをみることができる。B氏とその同僚たちにあっては、地域の 一員さながらに労働や食事をともにし包摂され、互いに信頼しあう関係が築かれていた。

▲ 某中学校。ここはもう、非常に教師と生徒の信頼関係が厚いところでした。地域の人とのつながりも非 常に強かったですね。学校と地域のつながりも。……部落の通りを通ったりするとね、畑で仕事してい る人が声かけるんですよ。「一緒にやってくれ」と言って頼むんですね。はい。一緒にやりましたよ。「じゃ あ、1時間手伝いましょうな」と言ってね。〔そのお礼に〕例えばごちそうがあるときには学校に連絡が あるんです。「今日うちに来てくれ」と。職場みんなで〔参加した〕。そういうことがいっぱいありましたね。

その頃、道から通っているのを見たら、「ちょっと仕事手伝ってくれ」と言ってね。田んぼに入ったこと もあるし。その代わり、ごちそうがあるとみんな呼ぶんですよ。職員を。「今日これがあるから寄ってき てくれ」といって。某地域ではそういうのがありましたね〔B氏〕。

他方、民間の研究会に積極的に参加し尽力してきたC氏もまた、地域からのバックアップを得た 経験を持つ。C氏の実践は、子どもの日記指導とそれを記事にした学級通信の読み合いを軸として いた。それに触発された保護者たちは自主的な勉強会を立ち上げ、大いに盛り上がることになった。

▲ 〔1990 年ごろ〕子どもたちの日記でほぼ成り立っているような学級通信だから、親がものすごく喜んで。

自分だけでなくて友だちの声とかが、すごいいろいろ出てきて、親が喜んで、すごい親が結束してくれて。

「こんなの初めてもらう」って。なんか、忘れ物が多いとかそういうのはもらうけど、こういう子どもた ちの生き生きとした生活を。自分の子どもはこうしてる、友だちはこうなんだ、とか。親との会話がね、

すごいできるし。いろいろな問題がありますよね。教育問題。それを自治会みたいなところで話し合おうっ ていうことになって。親が。ご飯食べて7時半ぐらいから2時間ぐらい、10 時ぐらいまで。それを月い ちで。月いちの学習会を親が計画してくれて。「先生と語る会」みたいな。そんなこともできたんですよ。

……あっという間に終わって。早く帰らないと大変だよ、明日が、とか言いながら。……そのお母さん がチラシ作って、「配ってくれ」って。〔参加者は〕10 人は下らなかったような気はするけど。10 人よ りは多かった時もあるね〔C氏〕。

② 子ども・若者との関わり

では、かつての教育現場における教師と子ども・若者たちとの関係はどのようなものだったのだ ろうか。インタビューでは、戦後初期のころは「生徒指導も、あの頃はない時代ですからね」〔A氏〕

という発言があった。このことは、必ずしも学校側の要求する望ましい生徒像が完ぺきに実現し、

問題行動が皆無だったことを意味しているわけではないだろう。むしろかつての子ども・若者たち は、現在のいじめなどの学校・教師側が容易に察知・了解することができないような複雑な問題行 動や関係性5)を見せることが少なかった、と解釈したい。

▲ 結局ね、○○魂という言葉は今言わないんじゃないかなと思うんだな。その○○魂とともに、〔職業高校 なので〕実習がひっつきますね。そして某科と某科は実習が……うん、これが某高校の一つのカラーで したね。年中出ていましたよ、○○魂。今でも言うかどうか。やっぱり実習ですね。……○期生なんか、

ご両親の顔もみんな浮かぶしね。えぇ、何人か仲人もしてます。……ご両親とも話し合うし、泊まらせ てもらったりもしてね。それで帰りにはお米をもらったり、そんな記憶がありますね。……某高校出身 の父兄が一品料理をもって集まる。そこでみんなと話をする。これ、非常に鮮烈に〔記憶に〕残ってい ます。……〔生徒を叱りつけたとき〕午後から生徒が集団で逃げちゃった。……あの頃〔戦後初期〕は、

高校受験するからとか言って、家へ帰ったら、勉強するって、みんなムラヤァ〔村屋=役場〕に集まって。

そこに顔を出したりしてね、「勉強やってるな」って言って。教えるわけじゃないけども〔A氏〕。

▲ 60 年代に〔某中学校に〕来たときは、学校を怠けるという生徒が多かった。金銭せびりとか暴力とかそ ういうのはあまりなかった。あの頃は、いじめとか金銭せびりとかじゃなくて、集団で学校怠けるとい うのがあった。……1人ずつ会って話をしてみると、決して悪いあれじゃないんですね。ひんまがった 性格じゃないわけ。明るくて素直であると。〔学校をサボっている生徒が〕20 名ぐらいいるわけね。森 のところにいるわけよ。で、僕は気づかれないように近くまで行って、声かけたらパーッと逃げたわけ よね。「待て待て、別に捕まえるために来たんじゃないから待て」と言ったら、待ったんですよ。……言 いたいことを何でもいいから言いなさいと、1人ずつ言わせたわけよ。今1番どういうことが望みかと 聞いたら、「学校に爆弾が落ちればいい」と言ってるわけよ。学校に爆弾が落ちたらみんな死ぬよと言っ たら、「いや、人がいないときに落ちた方がいい」と。何でか、と言うと学校に来ないでいいから、と。

学校嫌い。そしてたくさん話をして、色んな話をしているうちに、じゃあ、それは置いといて、自分の 将来のことを話そうと。あんた何になりたいのかという話をしたわけよ。そしたら、みんな希望がある わけ。警官になりたいとか色々言うわけ。ああそうか、いいなぁ、夢があって、という話になってね。で、

その夢を本当に実現するためにはどうした方がいいか、という話をしたわけ。……それを実現したいな、

そのためには、やっぱり勉強した方がいいな、みんなと交流もあった方がいいし、身体も鍛えた方がい いし、頭もちょっと磨かんといかんし、という話になって。あとは、じゃあ学校来ると。……そういう ことがあったりして。で、みんな先生方も、子どもたちのね、気持ちに立ち返って、心に響くような指 導をしようという話になっている。それから随分良くなるという〔B氏〕。

▲ 〔1990 年代初頭〕すごいよかったんですよ。〔某小学校〕最後の学級。本当に。すごくいい学級で。子 どもたちも。楽しかったです。あの時は。今もう 30 代になっているんですけど、クラスの子ども同士 で結婚している人もいるんですよ。子どもができて、「孫見に来て」って言われて。見に行って。で、結 婚式も7月にやるから、「先生絶対来てよ」って。そんなこととかね。たまには来たことありますね。み んなで。卒業して。酒持って。なんか一升瓶持ってから。今でも食べてますね。〔酒〕カメがあったの。で、

5升くらい入れてつっこんであるけど。いつ飲みにくるのかなぁって。楽しかったです……やっぱり対 校長との、いわゆる日の丸君が代押しつけたり週案〔提出を〕押しつけたり、厳しい時代の学校だから こそ、なんか子どもを大事にして、親も連携して、みたいな。意識的に組み立てたような気がする〔C氏〕。

高校受験に備えた勉強を集団で取り組む、「○○魂」に包まれた校風の形成、あるいは授業エスケー プを可視的でまとまりのある集団でおこなう、それに対し「心に響くような指導」が成立する、保 護者の顔が見える関係が構築できる、そして卒業後も私的で良好な交流が持続する――どれをとっ ても教師にとって歯ごたえや達成感を味わうものだっただろうことが想像できる。退職世代教師の 回想の中には、学力形成や非行のあり方、ひいては広く人間関係のあり方が個々バラバラな状態に された現在に比べるとその関係性の芳醇さがいきいきと伝わってくるものがある。中でもB氏の説 諭は時代的性格を感じさせるものである。というのも、とりわけ 1960 年代以降、伝統的な職業の 世代継承がゆらぐ中で中学卒業後の進路選択は多くの若者にとって避けることができない重要な課 題となっていた(木村・松田 2011:29-30)。授業を集団エスケープした生徒らは来たるべき進路選 択にあたり勉学が不可欠であること/怠学が不利益をもたらすことについて、それぞれ大きな説得 力を実感し行動を改めていった。B氏は、説諭に際して生徒らの怠学の深い理由――教育の職業的 意義の希薄化(本田 2009:86-88)や、学校の持つ画一主義的・能力主義的な抑圧からの解放を求 めることなど、様々なものがありえただろう――には直接触れずに(「それは置いといて」)、つま り生徒との一定の距離感6)を保ちながら自らの人生設計と社会的自立にむけて取り組むよう諭し励