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耐震性能と性能設計

ドキュメント内 鉄筋コンクリート構造物の耐震設計講座 (ページ 152-200)

構造物の設計思想もしくは設計体系の確立には、合理的/客観的な体系化がきわめて重要 となり、前世紀より多くの議論がなされてきた。これまで、許容応力度設計法,終局強度 設計法,限界状態設計法,の変遷を経て,近年では,性能設計への移行が世界の潮流とな っている(前章の記述のとおり)。第2章では、この新しい設計法である性能設計法を採り 上げる。まず、性能設計の基本的な概念と特徴を考え、次に事例を挙げながら、具体的な 適用示方書を概観したい。対象は、国内外の適用事例を参考とし、また、我国の建築構造 物での適用例に多く触れている。性能設計は、今だ種々の解釈と異なる適用法があり、本 章での記述は、国内外の現状の解釈と説明を目指すものである。

1. 性能設計とは。

・性能設計法を簡単にまとめると:

構造物の建設に際しては,その建設目的と建設地点の環境によって,発注者または使用 者の要求する(必要とする)性能がある。一方、構造物は,その構造形状,使用材料の仕 様,施工具合によって、特有の構造性能(達成性能と呼ぶこともある)を有する。ただし、

ここで言う性能(performance)とは,これまで算定された耐荷力や変形能にとどまらず,

安全性,使用性,美観,(貯蔵物の)遮蔽性など,構造物本来の特性(もしくは、期待され る機能)を表すものでなければならない.

従来手法 新世代の手法

仕様設計

specification-based design

性能設計

performance-based design 構造寸法材料手法・手段を示方書などに

規定し、これに基づき設計する。

要求性能を明確に規定しこれに基づき設計す る。

非崩壊設計 no-collapse-based design

性能設計

performance-based design 崩壊するか崩壊しないかの設計法。靭性設計

(荷重低減係数法変位に基づく規定)が用い られてきた。

多段階の性能と多段階の外力(地震力)レベル を規定し両者のセットにて性能規定する。

図1 性能設計法と従来手法との比較

そして,性能設計(performance-based design)とは,これらの‘要求性能’と‘構造性 能’とを対比する、性能レベルにて設計照査するものである.すなわち、構造性能が要求

性能を上回ることにより、設計照査が達成される。あるいは、発注者の求める要求性能を もとに、目標性能を策定し、建造物が設計/施工される、と捉えてもよい。

従って、許容応力レベルまたは耐荷力レベルでの対比(照査)とは異なり、これまでの 仕様設計とも本質的に区別される。性能設計では、慣例的に採用された‘材料’,または示 方 書 に 規 定 さ れ た 個 々 の ‘ 仕 様 ( specification )’ に 制 約 さ れ ず , 要 求 す る ‘ 性 能 (performance)’をよりダイレクトに追求できることが大きな特徴である(図 1 上段).た だし,性能照査が,設定された限界状態(終局限界(安全性)、使用限界(供用性)など)

について検討されることが多く,従前の限界状態設計法の延長線上にあるとも言える.

このような性能設計は、例えば、プロ野球選手の年棒査定に似て非なる点がある。彼ら は、結果(1年間の成績)が全てであり、どれだけ練習したか、どれだけ身体能力がある かは関係なく、どれだけの成績(performance)を残せたかが、次のシーズンの年棒として 評価される。構造物も同様で、どんな高価な材料を用い、どんな高度な解析法を駆使して も、結局のところ、発注者/使用者/オーナーにとっては、構造物としての性能が最も重要 となる。ただし、両者の決定的な違いは、前者が1年間の成績が数値としてはっきりと残 るのに対して、後者は、その性能の客観的な立証が容易ではなく、数百年に一度の強大地 震には、終ぞ遭遇しないまま、供用を終えることが多い。

性能設計の導入は、新材料/新工法の開発、高度な解析や設計手法の採用を促すものとな り、所要の性能(もしくは機能)を満足するための、最も経済的な設計が期待できる。す なわち、性能水準を満たすことが重要であり、使用材料、解析手法などに拘束されない、

自由度の大きい設計行為を行うことができる。

性能設計のもう一つの特徴は、これまでの設計法にある、‘壊れるか、壊れないか(0-1 議論)’ではなく、その中間状態を工学的に規定し、荷重レベルとのセットで性能規定する ことである。従って、図1の下段に示したように、設計図書にあるような、‘OK’か‘N G’のいずれかの照査(no-collapse-based design[2])と対比され、性能設計の重要な特 徴であると言える(実際の設計図書では、‘NG (No Good)’はあってはいけないが)。

ただし、性能設計の導入は、一方では、担当者に対して、いくつかの義務と心構えが要 求され、かつ科学的普遍的な手法による立証も必須となる。性能設計の導入は、一つのパ ラダイムシフト(Paradigm Shift:規範変換)であり、性能設計が成立するための要件と して、① 情報開示(information disclosure)、② 説明責任(accountability)、③ 自己 責任(liability)、など3つの基本原理([11],[12])が挙げられる。

・海外の動向と我国の対応:

このような性能設計は、近年、欧米諸国に始まり、現今の国際標準化を契機に、我国にお いても種々の検討がなされ、現行示方書(ガイドライン)の性能規定化に反映されている

([6]、[7])。前者については、WTO(world trading organization:国際貿易機構)協 定におけるTBT条項(technical barriers to trades)の締結に始まり、並行して、I

SO(international organization for standardization:国際標準化機構)における国 際標準の性能規定化と国際標準化への圧力、が性能設計導入に大きく関係している。これ に呼応して、我国では、土木学会、建築学会、構造工学委員会による委員会活動、および 既往標準示方書の性能規定化(国内の示方書として[15],[16],[21],[22])が進んでいる。

このような動向は、また、近年の巨大地震災害(Loma Prieta(1989 年)、Northridge(1994 年)、神戸大地震(1995 年))も大きく影響している。大震災の経験を通して、災害復旧技 術や高耐震性技術の向上/蓄積もさることながら、稀に発生する巨大地震に対する合理的な 耐震設計法として、性能設計導入の契機となったと言える。

このように性能設計は、初期の基本検討と概念形成、関連する国際会議の開催、各種構 造物への適用、示方書/ガイドラインでのコード化、など、既に 10 年近く歳月が流れてい るが、設計概念(conceptual framework)、コード化の問題点、書式(format)の統一、など、

なお議論が続いている。本第2章は、国内外の成書、論説、論文などをもとに、著者の判 断により再構成したものと理解いただき、‘未だ論議の収斂しない性能設計’を取り扱うも のである以上、多かれ少なかれ、統一性を欠くことは避けられず、いくつかの議論の余地 を残すものであることを承知いただきたい。

2.性能設計法の考え方と適用法

・性能設計の基本用語:

まずは、読者諸氏が分かりやすいように、性能設計に関する基本用語を表1のようにま とめた。これらの用語の定義については今だ議論が続いているが、読者の便を図るため、

主要図書,示方書、委員会報告などをもとにとりまとめ、著者の解釈にて再整理したもので ある。なお、本章の主題である、性能設計には、現在までに、‘性能規定型設計’、‘性能照 査型設計’、‘性能明示型設計’などの名称があり、ここに付記する。

表1 性能設計に関する基本用語

性能(performance) 構造物(部材)の発揮する能力、または遂行し得る能力 機能(function) 構造物(部材)の発揮する役割、または発揮すべき能力 仕様規定

(specification-based)

構造物の形状、寸法、使用材料などを技術基準の中で規定すること

性能規定

(performance criterion)

構造物の要求される性能とそのレベルを規定すること

要求性能

(performance requirement)

構造物が具備すべき(必要とする)性能。発注者によって決定される.

構造性能

(structural performance)

構造物の保有している(達成した)性能。形状寸法,断面諸元,使用材 料,施工の程度により実現される性能である.

照 査(verification) 構造物が所要の性能を満足しているか判定を行うための行為

・性能設計の適用法:

構造物の性能とは,構造物が外乱(持続荷重,衝撃、強制変形,慣性力(地震力)など)

を受けたときの‘挙動/ふるまい(behavior)’,または‘応答/反応(response)’の出来/不 出来と言うことができよう。言い換えると、普段の状態で(常時荷重に対して)、および、

いざという時に(偶発荷重に際して)‘構造物の発揮する(遂行し得る)能力’と説明でき る.そして,想定される外乱(設定された設計荷重)に対して、微動だにしないこともあ れば,ひび割れを生じる場合もあり,また,場合によっては、倒壊することも予測され、(良 い悪い、想定内/想定外は別にして)種々の性能が想定される.

性能を具体的に示すと,土木構造物の場合,安全性,使用性がまずは重要であり,加え て,耐久性,(震災後の)復旧性,美観などが挙げられる(これらすべてが,定量的,客観 的に評価/照査できるかどうかは別として).これらの検討項目である,安全性,使用性,

復旧性は,前述の限界状態の項目が用いられることが多く,コンクリート系示方書の多く は,従来の限界状態設計法の枠組みを踏襲していると言える.

次に、このような性能規定のために,次の2つの性能を設定することになる.

・ 要求性能(performance requirement, target performance, demand):

ドキュメント内 鉄筋コンクリート構造物の耐震設計講座 (ページ 152-200)

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