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1.病いの 日常化,

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つの方法

医師か らの指導は,食事を制限 し症状の変化を観察 して両者の因果関係を兄いだす とい うことで ある医学啓蒙書のデ ィスコースは, 「対症治療で 自然治癒 を待つ」か ら 「食物をア トピーの原因 とみなす」 ものまで幅がある。基本的には食物 と症状の随伴関係か ら出発 して食生活の現代化,母 親の役割,生活習慣‑ と意味の領域をひろげるのである新聞のデ ィスコースの特色は 「現代社会 か病んでいる

か ら出発 し病んだ社会のひとつの症状 と してア トピーをとらえ, 「ア トピーは現代 病である」 とい う隠境を展開 していることにある民間療法家のディスコースの基本 は, 「ア トピ ーはけかれである」 とい う隠職であるO この ようなデ ィスコースの闘争の場 とな った対処過程の分 析 により,痛 いの 日常化のための対照的な 2つの方法が兄い出される

1)除去食

(1)全面的な秩序化

食事制限派の方法は,基本的には症状 と食物を対応 させ ようとする換境的な方法 といえる。ア トピーの治療は人体実験だといわれ るゆえんであ る。 しか し,明 らかに食物に原因かある場合を 除けば,その対応は必ず しも 1対 1に対応 しない。母親の多 くが精神的にまいって しまうのは, いつ終わるかわか らない実験の無味乾燥 さなのである。民間療法派のDさんが,鉱泉水 による湿 疹をさす りなが ら, 「いままでの背 中さす ったのは, これか ら何年続 くんだろうってい う,思い でさす っていま したよ。その ときのさす り方は, もう少 しでなおるんだという,期待の さす り方 で しょ

Iつ‑ト ⊃」 といっていたのは, 自分のや っている除去食の意味かみえなか ったことを伝えてい ピーを別な角度か ら意味づけるのか, 「ア トピーは現代病」 とい う隠職である過剰で 人工的な現代社会の歪みを無垢な子供か背負 って表現 している。だれにで もおこることか私の敏 感な子供に起 こっている。子 どもは大切な社会の変化を予告 して くれている。 この意味づけの利 点は 自分 自身 に責任を帰属 しが ちな母親の責任 と義務感を軽減 して くれ ることである。 この際境 のなか に参入す ることで,母親は現代社会の秘密を発見 し新鮮な驚 きを感 じ世界に対す る見方を 獲得できる. 「ア トピ‑‑現代病」の隠境は,常 に 「外か らはいる異物 と湿疹の随伴性」をいう 換境によって確かめ られる関係 にな っている食物を摂取 し湿疹か 出る,食物を除去 し湿疹か消 えることで,現代社会のゆがみか,国家に加え られる外圧が確かめ られるのである。

食事療法は,常に母親を食物 と皮膚 ‑世界に対 してアラー ト (警戒)状態にお く。だか ら,母 親は子供の身体を念入 りに検査をす る。生活 している世界は,全面舞台で,母親は舞台上の 自分

‑子 どもを観察す る。つま り,病気がおこっている世界か ら自分は超越的な視点を必要 とす るの である この ような視点は湿疹か出ているのか 自分ではな く小 さな子 どもであるか ら可能なこと である皮膚は子供の身体の内部を表現すると同時に外を映 しだ している。 ここでは世界は一定 のや り方で全面的に秩序立て られ る。 したが って, この派の措 く世界は,図

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にみるような善 と 排除すべき悪 による単純な世界 になるのである。

自然的世界

人工的世界

図5 自然的世界と人工的世界

(2) 「隠れア トピー」

母親がアラー トか ら解 除されるのはどのように 可能なのだろうか。症状 がな くなればア トピーは なおる したが って,監 視の必要はな くなるのだ ろうか。症状か好転 した 母親の多 くが, 「ア レル ゲ ンをとってないか ら出 ていないだけ」あるいは

「これか らどうなるかわ か らないか ら,まだ6合 目まできたところ」 と認 識 していることか思い出 される。これをよ く表 し ている言葉が母栽たちか使 う 「隠れア トピー」であろう. 「隠れア トピー」 とは次のような2つの 文脈で使われるひとつは 「湿疹は,消えたか,まだ内蔵 に反応 と して残 っている」。見えないと ころにア トピーが残 っているつ まり, 「熱は下が っているが底熟かある」 という言い方 と同 じで ある湿疹は治 っても,内蔵の表面は粘膜であるか らそこに残 っているかも知れない。ある母矧 ま, 子供の駐門と陰部を風呂上が りに検査 している。駐門は内蔵の反応を見 るため,陰部はも し赤みが あるな ら,それは尿によるもので腎臓で渡 し切れていない異物が反応を引き起 こしていると考えて いる もうひ とつは, 「上の子は湿疹は出なか ったのだが, ときどき耳の後 ろがかゆいといってい る だか らかえ って鴨息 として出るの じゃないか と心配だ」。素因と してあるのだが,全面的に表 面に現れ るほ どでではない状態の ことを指す。潜 っているか らいつか爆発的に出るのではないか と 考え られるもので ある 症状のパ ター ンがア トピーであるのに,ア トピーか治るのは,症状か消え ることとは別にあるのであるおそ らく,体質が改善 されなければと考え られている ところが, 体質 とはア トピー体質の ことなのである。つまり,母矧 ま自分か 自分に働きが ナることで 自分のも のである体質を改善 しようとしているのである。実験者 も被験者 も自分である。除去食派は,ア ト

ピーの原因を自分か ら分離 ・実体化す ることかできない。対応をみることができるだけである。全 面的に善 と悪によって秩序化 された世界で,つねにアラー トの状態で望む ことになる。 「いつまで やればいいのか」 というのか母瀬の悩みである。

2)

民間療法一部分的な繕い

ア トピーへの対応で,民間治療派は一応の決着をみているようである.民間療法家は,ア トピーを 母親の責任だと明確に言 い切る。母親の遺伝であ り,食べ物を粗末に してきたか らだ,母乳はもう よごれているのだか らやめるようにともいう。水 と塩 というもっとも基本的な食物の重要性に気が つ くように諭す.鉱泉水 をあたえ られ, しば らくす ると,喋旺反応 としてひ どい湿疹か出て,これ

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か毒素が 出た証拠だとい う。食物は 自由に食べれるようになる。人によっては宗教的な解釈 も示さ れる。祖先の供養の仕方のあやま りで,正すように指導 される。

母親が置かれている位置が明確 に指 し示されている。やるべきことをやっていないために生 じた 災難である。過失はもちろん母親にある。もともと無垢,清浄である子供は,母乳によって,母親 の体質によって汚 される。 「ア トピーはたべものを粗末に した報い」 ともいう。つまり,秩序か ら はずれた状態にあることをはっき りと言 う。ただ し,そこを治せば元に戻るという道筋を一方でつ けなか ら。秩序か らはずれた部分を修正することで事足 りると主張する。塩 と水を重視す るのは, 秩序の外縁部にいた状態を浄化す るという意味がある これは, 日本古来の,外 (不浄 ・悪)‑ 内 (清浄 ・善)の二元的認識に基づいている。鉱泉水 は,毒素を出す働きをす る積極的な力があると され, 「いままでに見た ことのない」湿疹がでる。それか病気を引き起 こしていた実体である。毒 素は排推 され,霊は蔽われるO食事に対 しても気を使 うか,それは食物派の実験 とは異なるO水 と 塩で清めるのか基本であるか ら,食事の制限はゆるい。母乳を断つように指導されることで,母子 は分離 される。ア トピーの原因は 「毒素」 として子 どもか ら分離され,治るのである。つ まり,母 親 も異物 として排除され ることになるか,こうして母親はアラー トの状態か ら解除される。

3

)制度の 「経験」 とわた しの体験

乳幼児におこる湿疹など,症状のパター ンをア トピーとよんだ。われわれは,ア トピーだか ら湿 疹 (症状)か出ると考える。 しか し,湿疹か消えたか らといってア トピーか治 ったとは思わない。

ア トピーか消えたわけではないか らであるoもともと症状のパ ター ンをア トピーとよほ うと決めた (?)ことか忘れ られている。だか らこそ,対症療法である皮膚科の対応は母親を納得 させ ること かできない し, 「隠れア トピー」 という言葉か存在する。論理的な混同かお こっているのは確かで あるか, この混同はわれわれにな じみ深い。症状かな くな ってもかぜがぬけないという。 これはわ れわれか症状や原因か ら超越的な立場をとることかできないことか ら生 じる混同である。食物 と湿 疹の関係を監視す る除去食派のAさんか, 「去年,ひどい時期かあった。なんというのか,毒素 と いった ら‑んだけど,出たのかなあ。まあ,そうい う人もいて,今思 うと実際そうだったのかなあ」

といっていたのか思い出される。

「 ○

○素」を確定 してそれを排除することで病気か治 った実感を 得たいという願いかいかに強いかを表 している.われわれの うちには,つねに経験 レベルでパ ター ンを実体化 しようとす る働きかある。民間治療で鉱泉水をつか って 「毒素を出す」 として,共感を 得ているのもこうしたわれわれの基本的な認識の仕方の表れである。ア トピーは,そうした毒素か 見つか っては じめて,病気名称 と してわれわれか ら対象化され うるのである。そのときア トピーは 全体 として現れ,見知 った親 しみの もてる顔を見せ るのである。

別の言 い方を してみよう. この ようなわれわれか 「治 った」 と実感するや り方は,ア トピーの構 成要素以外の要素‑ 「体質 ・素因」, 「毒素」‑を把握 ・実体化 して排除を確認 ・確信す ることで ある除去食では, 「体質 ・素因」は,刺激 (食物など)と反応 (湿疹など)にはさまれたブラッ クボ ックスである。 「治 った」は,この刺激一反応が結びつかな くな ったときである。ここには経 験 レベルの病気を抽象 レベルへ押 し上げようとする力が働いている。

○素的な論理的混同を防止 するこの力は超越的な外部か らの力と して現れる。 しか し,刺激は 日常生活に無数にあ り,母親か 関連づける反応 も湿疹や鼻水,かぜをひ くと咳か抜 けないといった表に出るものか ら,旺門や陰部

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