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物体の上げ下げ以外の軽作業として,物体の運搬が考えられる.物体を運搬する際には,

位置を変化させず一定時間持ち続ける.手で物体を把持して運搬する場合は,上腕と前腕 の筋肉どちらも大きく動かさなくなるため,上腕二頭筋への電気刺激では効果が薄くなる が,前腕部への電気刺激では同等の効果があると考えられる.一方で,物体を背負うなど,

手以外で物体を運搬する場合は,提案手法による作業能力向上はまったく見込めない.足 の筋肉への電気刺激など,別の部位への電気刺激を行って検証を行う必要がある.

5.2 提案手法の課題

5.2.1 EMSによる制約

提案手法では,EMSによる重量知覚制御を用いることで対象物の外見に依存することな く作業能力の向上を実現した.しかし,EMSを利用するために制約や課題が残る.それぞ れについて考察を行う.なお,ここでは皮膚表面に電極を貼りつけることで電気刺激を与 える場面を想定している.

安全性を担保するための制限

EMSを利用する場合は人体に電流を流すことになるため,人体への悪影響が出ないよう に運用することが求められる.提案手法に関わる制約について考察を行う.

電極を皮膚表面に貼る場合,やけどなどの皮膚障害が生じないよう,電極の貼り方や連 続使用時間を制限することが必要である.実際に,EMS製品を利用して皮膚障害が生じた という報告もある[40].電極の貼り付けが不十分だと皮膚との接触面積が小さくなって電 流量が増え,やけどが生じる恐れがある.あるいは,同一箇所に連続で刺激を与え続ける と低温やけどの危険がある.

また,電気刺激の強度は被験者に危険が生じず,痛みや不快感も生じない範囲に抑える 必要がある.皮膚表面から電気刺激を行うと広範囲を刺激してしまうため,目的としない 筋肉や皮膚表面の神経も刺激されてしまう.神経が刺激されることで,副次的に振動覚や 痛覚も提示されてしまい,刺激強度の上限が本来より低くなる場合がある.

これらの制限は,電極を皮膚表面に貼ることに起因するため,例えば埋め込み型の電極 を用いるEMS技術の研究が進むことで解決することができると考えられる.

図5.1 PossessedHandの電極[29] 図5.2 加速度センサによる電極選択[41]

キャリブレーション

EMSを利用する際には,ユーザに合わせて刺激強度や電極の位置などをキャリブレー ションする必要性がある.通常キャリブレーションには専門的な知識が必要であり,手間 もかかる.本論文では,知識のある実験者が大まかな位置を決め,実際に電気刺激を与え て運動の様子を見て刺激強度と位置の調整を行った.しかし,実用を考えると特別な知識 を必要とせず,短時間でキャリブレーションが終わることが望ましい.

玉城ら [29]は,前腕部に電気刺激を与える際に,専門的な知識を必要とせず半自動的に キャリブレーションができるPossessedHandを提案した.PossessedHandでは図5.1のよ うに隙間なく14個の電極が配置されたベルトを,前腕を一周するように二つ装着する.14 ペアの電極それぞれに12段階の刺激強度,合計168の刺激パターンをユーザに提示する.

ユーザが各刺激でどの部位が動いたかをGUIで入力することで,PossessedHandのシステ ムが適切な電極の選択を行う仕組みである.

キャリブレーションを完全に自動化するために,加藤ら[41]は加速度センサを用いるこ とを提案している(図5.2).EMSによって運動が生じる部位に三軸の加速度センサを装 着し,各刺激パターンでの運動量を定量的に計測することで最適な電極を選択する.これ らの手法を採用することで,特別な知識を必要とせず,キャリブレーションの負担を大幅 に軽減できると考えられる.

筋肉位置の変動

人間は体を動かした際に,皮膚と筋肉の位置関係が変化する.電気刺激を与えるための 電極を皮膚表面に貼る場合,特定の姿勢でキャリブレーションを行った後でも,体を動か

すことで想定した筋収縮を引き起こせないことが想定される.実際に,本論文で行った実 験におけるキャリブレーションでは,電極の位置は変更していないにも関わらず,姿勢を 変えたことでEMSにより生じる運動に変化が起こる場合があった.体を動かしても位置 が変動しにくい埋め込み型の電極を利用するEMS製品が開発されることや,予めいくつ かの姿勢でキャリブレーションを行い,ユーザの姿勢を推定してそれに合わせた刺激を提 示することが解決策として考えられる.姿勢推定を行う場合は,姿勢推定ができる環境下 に使用範囲が制限されてしまうことが懸念される.

5.2.2 システムの自動化

4.4節の実験では,提案手法を評価するために一定のタイミングで電気刺激を開始し,圧 力センサに触れることで停止する設計であった.実用を考えると,ユーザの入力を必要と せず,状況に応じて自動的にシステムが実行されることが求められる.これを実現するた

めには,HAL [1, 2]のように生体電位信号をセンシングすることが考えられる.生体電位

信号をセンシングすることで,ユーザがどのような動作をしようとしているかを認識する ことが可能となり,状況に応じた自動実行が実現できる.提案手法では,HALと違って人 体に電流を流すため,電気刺激中も適切な生体電位信号をセンシングするためには,取得 した信号と与えている電気信号の差分を取るなどの処理が必要になると考えられる.

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