リノール酸は表⽪において最も豊富な PUFA であり、遊離脂肪酸として以外 にも、リン脂質に取り込まれた状態で存在する(16)。リノール酸が酸化反応を受 けることにより産⽣される多様な酸化リノール酸のうち、特定の分⼦種はマウ ス個体に痒みを誘導することが⽰されているが、その分⼦機構は不明である (18)。私は、酸化リノール酸による痒みの⼀部は酸化リノール酸を取り込んだリ ン脂質によるものであると仮定し、酸化リノール酸含有リン脂質の痒み作⽤を 検証した。本研究において、私は、特定の酸化リン脂質が⼀次求⼼性感覚神経で ある TRPV1 陽性 DRG 神経を介して、酸化リノール酸よりも強⼒な痒み知覚を 惹起するという、新規の痒み機構を明らかにした。さらにその標的分⼦として、
Mas-related G protein-coupled receptors(Mrgprs)に属する機能未知受容体 MrgB5 を同定した。酸化リノール酸を投与した MrgB5 KO マウスは野⽣型マウ スと同等の掻き⾏動を⽰したことから、当初の想定と異なり、私が同定した酸化 リン脂質による痒み機構は酸化リノール酸依存的な痒みとは異なるものである と考えられた(Fig. 36)。
Mrgprs は 2001 年に Dong らによって、DRG 神経に⾼発現する、ヒト 8 種、
マウス 24 種からなるオーファン GPCR ファミリーとして同定された(32)。そ のうち⼀部のメンバーについてはある種の神経ペプチド、ポリアミド、⼩分⼦化 合物をリガンドとすることが知られていた(34, 35, 39, 40)。これまでに、Mrgprs がリン脂質をリガンドとするという報告はなされていない。興味深い点として、
MrgB5 は未酸化状態のリン脂質を認識せず、酸化されたリン脂質を特異的に認 識した。酸化脂質は掻痒性疾患を含む様々な病態で検出されている(41)。実際に、
リノール酸を含めた様々な PUFA の酸化物が乾癬患者の⽪膚のうち、痒みを感
じる部位で顕著に増加する(18)。また、最近、アラキドン酸の酸化物である、5-oxoeicosatetraenoic acid(5-oxoETE)が Mrgprs のメンバーである MrgD のリ ガンドとして、過敏性腸疾患(IBS)時の痛覚過敏に関わることが報告された(42)。
本研究と併せ、Mrgprs のリガンドとして、酸化脂質が有望な候補となりうるこ とが⽰唆された。⼀⽅で、酸化リン脂質は⽣体において、極めて微量であり、特 定の分⼦種を除き、解析された例がほとんどない。今後、質量分析技術の進歩に より、掻痒性⽪膚疾患部位における酸化リン脂質の網羅的な解析が⾏われ、掻痒 関連酸化リン脂質が明らかになることが期待される。
マウス Mrgprs のうち、MrgA1、MrgA3、MrgC11、MrgD の 4 種類は既に DRG 神経上で痒み誘導に関与すると知られている。各メンバーのリガンドが MrgB5 に対して活性を持たないことは私の検討を含め、既に報告されている
(data not shown)。結果の項でも述べたように、Mrgprs の 12 個の遺伝⼦(MrgA1、
A2、A3、A4、A10、A12、A14、A16、A19、B4、B5、C11)を⽋失した MRG cluster KO マウスは乾⽪症、アレルギー性⽪膚炎、接触性⽪膚炎病態時に発症 する痒みが野⽣型マウスと⽐較して顕著に減弱する(25)。しかしながら、12 個 の Mrgprs 遺伝⼦のうち、どの遺伝⼦が上記の表現型の責任因⼦であるかについ ては全く不明であった。MrgB5 の単独 KO マウスは乾⽪症、アレルギー性⽪膚 炎において野⽣型マウスと同等の痒み⾏動を⽰した。⼀⽅で、接触性⽪膚炎病態 時、MrgB5 KO マウスは MRG cluster KO マウスと同様に、有意な痒み⾏動の 減少が認められた。MrgB5 KO マウスの表現型がなぜ接触性⽪膚炎時にのみ認 められるのかどうかは定かではないが、私は各掻痒性⽪膚疾患における痒みの 知覚は異なる Mrgprs メンバーとそのリガンドの組み合わせによって制御され ていると推測している。乾⽪症では、免疫細胞がほとんど表⽪に浸潤しないが、
アレルギー性掻痒と接触性⽪膚炎では多数の免疫細胞の浸潤が認められる(43)。
また、アレルギー性掻痒では、主にマスト細胞、好酸球に起因する Th2 型優位 な免疫応答が起こる⼀⽅で、接触性⽪膚炎では、主に Th1 型の免疫応答が優位 である(44, 45)。従って、MrgB5 リガンドは Th1 型の免疫細胞そのもの、ある いは Th1 型の免疫細胞と表⽪細胞の何らかの相互作⽤により産⽣されると想定 される。
本研究で検討した酸化リン脂質のうち、リノール酸(18:2)、a-リノレン酸
(18:3)、アラキドン酸(20:4)、ドコサヘキサエン酸(22:6)を分⼦内に 2 本有 するホスファチジルグリセロール(PG)酸化物はいずれもほぼ同等、かつ最も 強⼒な痒み誘導活性と MrgB5 活性を有した。DRG 神経上の MrgB5 が機能する 部位は⽪膚であること、また、⽪膚(特に表⽪)に存在する PUFA のほとんど がリノール酸であること、接触性⽪膚炎を発症した⽪膚中の脂質を LC-MS/MS に よ り 測 定 す る と 、 リ ノ ー ル 酸 を 2 本 有 す る PG ( DLPG; di-linoleoyl phosphatidylglycerol)が顕著(かつ特異的)に増加した(Fig. 37)ことから、検 討したものの中で、oxDLPG が MrgB5 の内在性リガンドである可能性が⾼いと 考えられた。本研究で⽤いた oxDLPG は DLPG を空気酸化処理したものであ り、様々な酸化様式の oxDLPG からなる混合物である。そこで、当研究室の吉
⽥美沙紀学⼠を中⼼に、oxDLPG 中の MrgB5 活性本体の構造同定、および、接 触性⽪膚炎病態部における検出を試みた(Fig. 38)。その結果、DLPG の 2 本の リノール酸のうち、⽚⽅は未酸化状態であり、もう⽚⽅がヒドロキシ基、ケトン 基、エポキシ基、ハイドロキシペルオキシド基修飾のいずれかを受けた酸化リノ ール酸を有することが⽰唆された(Fig. 39)。しかし、これまでの解析では、接 触性⽪膚炎病態部において上記分⼦は検出されていない。
上記のように、酸化リン脂質が⽣体内で MrgB5 リガンドとして痒みを誘導す るかどうかは未だ不明である。興味深いことに、NAC や a-Toc といった抗酸
化剤を接触性⽪膚炎マウスに投与しておくと、痒み⾏動が減弱した。従って、接 触性⽪膚炎時には何かしらの掻痒性酸化物が産⽣されることが⽰唆された。さ らに、直接的に MrgB5 リガンドの性状に迫るためのアプローチとして、⽪膚炎 部位からの抽出物の MrgB5 活性を評価する実験系を構築した。古典的脂質抽出 法である Folch 法により、⽔溶性、脂溶性画分を回収し、MrgB5 活性を評価す ると、⽪膚炎未発症時には⽔溶性、脂溶性画分の両⽅で、ほとんど活性は検出さ れなかった。⼀⽅で、接触性⽪膚炎部位からの抽出物では、脂溶性画分で顕著な MrgB5 活性が認められた。従って、MrgB5 リガンドは何らかの脂質成分である ことが強く⽰唆された。今後、MrgB5 リガンドが酸化依存的に産⽣されるかど うか検討するため、抗酸化剤を投与した接触性⽪膚炎発症マウスからの抽出物 の MrgB5 活性について評価する必要がある。また、本抽出物を液体クロマトグ ラフィーなどにより分画し、活性画分を絞り込み、質量分析器を⽤いて構造を特 定することで、MrgB5 の内在性リガンドの同定が期待される。
Mrgprs 研究における問題点として、ヒトとマウス遺伝⼦の相同性の低さに起 因する種間の実験結果の translation の難しさが挙げられる。実際に、ヒトにお いて、MrgB5 に相当する遺伝⼦は報告されていない。ヒト遺伝⼦ 8 種のうち、
MRGD、MRGE、MRGF、MRGG の 4 種のみが配列上極めて相同性の⾼いマウ スオルソログを有する。⼀⽅、ヒト MRGX1、MRGX2、MRGX3、MRGX4 には マウスオルソログが存在しない(35)。しかし、興味深いことに、Dong らは、リ ガンド活性を指標とした評価により、MRGX1 がマウス MrgA3、および、MrgC11 と、MRGX2 がマウス MrgB2 と、また、MRGX4 がマウス MrgA1 と同⼀のリ ガンドを認識することを明らかにした(Fig. 40)(34, 36, 39)。このように、Mrgprs は配列の相同性が低い、異なる遺伝⼦間であっても、機能的ホモログとして、同
⼀のリガンドを認識し、機能する可能性が想定される。そこで、本研究では接触
性⽪膚炎抽出物を⽤いて、⽪膚炎時に MrgB5 と同様に機能しうるヒト Mrgprs の候補分⼦を探索した。その結果、MRGX2、MRGX3、MRGX4 が⽪膚炎時の 抽出物依存的に活性化することが明らかになった。さらなる検証が必要ではあ るが、接触性⽪膚炎時には、これらヒト Mrgprs が関与する可能性が⽰唆された。
今後、接触性⽪膚炎などのヒト慢性掻痒性⽪膚疾患患者の⽪膚サンプルから抽 出した脂質を⽤いることで、これらヒト Mrgprs がヒト病態時にも機能しうるか どうか検討が可能となると期待している。また、オーファン GPCR がほとんど である Mrgprs は当然ながら阻害剤を持たないメンバーがほとんどである。今 後、疾患関連 Mrgprs 遺伝⼦が同定された場合、本研究で構築した⼿法を応⽤す ることで、仮に内在性のリガンドが不明である場合でも鎮搔薬のシード化合物 の探索が可能となるかもしれない。ヒト⽪膚炎患者サンプルを⼿術などの侵襲 的⽅法により採取することは困難であるが、共同研究ベースで、テープストリッ ピングにより、⽐較的⾮侵襲的に患者⽪膚サンプルが回収できるようになって いる。このようにして回収した脂質は微量であることが想定され、今後、TGFa 切断アッセイのスケールダウン(384 well plate などの利⽤)を含め、系の改善 が必要となる。
当研究室の⽯⿊純修⼠により、ヒト MRGX4 は極めて酸化反応が進んだ短鎖 型の酸化リン脂質に強く応答することが⽰されていた(46)。この結果は、MrgB5 が好む酸化リン脂質構造(軽度の酸化を受けた⻑鎖型の酸化脂肪酸を有するリ ン脂質)とは異なっていた。⼀⽅で、空気酸化により調製した oxDLPG は MRGX4 を活性化することが明らかになった(Fig. 41)。以上から、MrgB5 と MRGX4 のリガンド認識は必ずしも⼀致していないが、類似のリガンドを認識 する可能性がある。結果の項でも述べたが、最近、MRGX4 が胆汁うっ滞時の痒 みに関わることが⽰された。すなわち、胆汁うっ滞時に⾎中濃度が⾶躍的に上昇
する胆汁酸(デオキシコール酸やリトコール酸など)や胆汁⾊素であるビリルビ ンが MRGX4 を活性化すること、また、MrgA3 発現細胞特異的に MRGX4 を発 現したマウスでは、胆汁うっ滞を発症させた際の痒み⾏動が増加することが⽰
された(36, 37)。また、糖尿病治療薬であるナテグリニドは副作⽤として強い痒 みを⽣じることが報告されている⼀⽅、MRGX4 に対してアゴニスト活性を有 することが報告された(47)。これらの解析から、MRGX4 は⽣体内で痒みを誘導 しうる機能があることが⽰されている。今後、接触性⽪膚炎時に MRGX4 が機 能しうるか検討が待たれる。
マウス Mrgprs についても⽪膚炎抽出物を⽤い、ヒト Mrgprs と同様の解析を
⾏ったところ、MrgA7 と MrgB3、MrgG のみが MrgB5 と同様に⽪膚炎時の抽 出物依存的に活性化した。MrgA7 と MrgB3、MrgG はともに MRG cluster KO マウスにおいて⽋損していないメンバーであり、その機能、およびリガンドにつ いて全く報告がないことから、⾮常に興味深い。当研究室では以前、DRG に発 現する GPCR を RNA sequencing により網羅的に解析し、MrgA7 や MrgB3、
MrgG の発現は MrgB5 と⽐較して低いことが⽰されている(data not shown)。
接触性⽪膚炎時に、これら遺伝⼦の発現変動が認められるかどうか興味深い。
本研究を通し、私は特定の酸化リン脂質が新規の起掻因⼦であることを⽰し、
その受容体として DRG 神経上の MrgB5 を同定した。また、MrgB5 は接触性⽪
膚炎病態時に機能することを明らかにできた(Fig. 42)。これまで、起掻因⼦は 多く同定されているが、その因⼦・標的分⼦が何らかの掻痒疾患に関与すること を個体レベルで⽰した例は限られており、本研究で⾒出された知⾒は接触性⽪
膚炎依存的な痒みの新たな発症・増悪機序の解明に繋がりうる。今後、ヒトにお いて MrgB5 と類似の機能を有する Mrgprs を同定できれば、ヒト病態において も拮抗薬を⽤いた創薬アプローチが可能となるだろう。⼀⽅、慢性掻痒性疾患に