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来日から支援終了まで,子どもたちに振り返ってもらい,グラフを作成した。VFN・

CMH・CMTは,年齢・出身地・性格・家庭環境など三者三様なため,日本語支援を行う

上で,かれらの個別性を重視してきた。しかし,本活動では,3 人に共通している点が浮 き彫りになった。

1 点目は,来日前は高い期待を抱いているが,来日後,すぐにグラフが下降するという 点である。その理由として,稿者は日本語の力が十分ではなく,「学校の授業についていけ ない」「友人とコミュニケーションが取れない」などの理由が挙がると予想していた。しか し,3 人にとって日本語の問題は副次的なものであり,かれらが母国で当たり前だと思っ ていたことができなくなったり,行動が制限されたりすることにフラストレーションを感 じていたことが明らかになった。VFNは一人で映画を見に行ったり,街を歩いたりしてい たが,日本ではそれができなくなったこと,CMH は,綺麗な施設で勉強したり,暮らし たりすることが当たり前だと思っていたことを挙げた。また,CMTは,「日本に来てから 何もすることがない。テレビもつまんないし,友達とも遊びに行かない(CMT)」と述べ ている。よって,日本語でコミュニケーションが取れないことに不安や不便さを感じてい るというよりも,環境の変化に伴い,行動が制限されたことが,グラフの下降を招く要因 だったと言えよう。

2 点目は,学校行事やクラス活動,委員会,クラブなどに正規メンバーとして参加でき たことが,かれらの自己有能感に繋がっている点である。グラフが上下動する要因は,友

番号 発話者 発話内容

36 H この辺,調子いい感じだね。

37 CMT うん。問題なかった。あ,最近さ,定期テスト結果よかったじゃん。だから,こ こはもっと高くなるね。

38 H ここ(稿者注:「やったー」という表情のシールを指して)は,定期試験?

39 CMT うん。定期テストで。

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人関係や担任との信頼関係,学校行事など様々だが,グラフが上昇する一要因として,正 規メンバーとして参加できたことが,かれらの精神面にプラスに影響していることが明ら かになった。

3 点目は,かれらのインタビューから,日本語の力が感情を表すグラフにあまり影響が ないという声が挙がったが,在籍学級への参加,定期テストでの成果,得意科目の出現な ど,学習に一定の成果をかれら自身が見出せた時に,グラフが上昇する点が挙げられる。

以上のことにより,子どもたちの視点から考えると,学校という社会の中で,年齢相応 の社会的成員としての資格が奪われることが最大の問題であると言えよう。したがって,

社会に「適応」するだけではなく,社会を構成する一員として参加することが重要となっ てくる。日本語支援に携わる者は,目前の支援だけにとらわれるのではなく,JSL の子ど もたちが,どのように学校という社会で一員として参加できるのかを考えなければならな い。また,将来,日本に長期滞在するだろうかれらにとって,社会的成員としての資格を 保持するためにも,積極的に社会に目を向け,関わりを持っていくことが重要となる。

よって,本章で扱った「新聞作り」の活動は,学校と言う閉ざされた社会から,より広 い社会へと目を向ける機会を提供する支援であったと言えよう。今後の課題として,子ど もたちが,どのように教室という社会に打ち解け,そして,教室外のコミュニティーに参 加するようになるのかという過程を追うことが挙げられる。また,JSL の子どもたちを取 り巻く環境,つまり,クラスメートや担任教師,日本語支援者,保護者,地域住民たちの 変容についても,併せて調査・分析を行い,JSL の子どもたち,および,周囲環境の変化 の両側面から社会化を捉え直すことが今後の課題として残った。

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第 6 章 「読みの活動」を支える支援者の役割

JSL 児童生徒である VFN,CMH,CMT を対象に,「読みの力」の獲得のため,様々な教材を 作成し,試行錯誤を繰り返しながら,活動を行ってきた。教材をリライトしたり,視覚効 果を盛り込んだりと,工夫を凝らしたが,どの活動も教材があれば成り立つというわけで はなく,そこに不可欠だったのは,子どもと支援者による対話であった。特に,子どもた ちが独力ではできないことを,支援者の助けを得て,達成できるようになることを目指し た Scf は大きな役割を担っていたと思われる。そこで,本章では,本研究における Scf の 役割を,マクロとミクロの視点から分析を行うことによって,「読みの活動」を支える支援 者の役割を明らかにする。

第 1 節 マクロ・スキャフォールディング

マクロ Scf とは,子どもたちの異なるレベルや能力を考慮しながらプログラムにおける タスクを計画し,選択し,配列するなど,予め計画された支援を指す(ハモンド 2009)。

本節では,マクロ Scf に焦点を当て,本研究でどのような活動が子どもたちの「読みの力」

の獲得を支えていたかを明らかにすることを試みる。

6.1.1 分析結果

本研究では,Hammond & Gibbons(2005)を援用し,マクロ Scf の分析項目を作成し,事 前にどのような支援が計画され,活動に組み込まれていたのかを分析した。なお,本研究 では,JSL の子どもたちを対象に 1 対 1 による取り出し授業,または,在宅支援を行った ため,Hammond & Gibbons(2005)が掲げている「学習への異なる参加形態を利用する」とい う項目は削除した。以下に,マクロ Scf の枠組みを示す。

表 1 マクロ・スキャフォールディングの枠組み

Hammond & Gibbons(2005)を援用し,作成した枠組みを基に,第 2 章から第 5 章までの 支援活動を振り返り,マクロ Scf がどのように組み込まれていたのかを明らかにする。表 2 に各活動が含有していたマクロ Scf の分類と担った役割の大きさを示す。表 2 で使用し た記号は以下の通りである。

「×」:組み込まれていない 「△」:あまり重視されていない

「○」:重視されていた 「◎」:かなり重視されていた

Hammond & Gibbons(2005) Hammond & Gibbons(2005)を援用し 稿者が作成した枠組み

カリキュラムの明確な目標を設定する 活動の明確なゴールを示す 学習活動を注意深く配列する 学習活動を注意深く配列する 学習への異なる参加形態を利用する

メッセージの多様性 メッセージの多様性を利用する

メタ言語的な気づき メタ言語的な気づきを促す

165 表 2 マクロ・スキャフォールディングの分析結果

6.1.1.1 活動の明確なゴールを示す

ハモンド(2009)は,生徒の既習経験や既有知識,さらに,それに関連する言語の知識を どれ程身につけているかを把握し,子どもたちがこれから学ぶべき教科内容とそれに必要 となることばの力を見通し,授業計画を行うことの重要性を主張している。そして,この ような計画に基づいて,明確な学習目的が掲げられ,この目的を子どもたちと共有するこ とをマクロ Scf の一つの役割に挙げている。本研究においても,活動の明確なゴールを設 定し,子どもたちと共有することが重視されていた。全ての活動において,「なぜこの活動 をするのか」「この活動を通して何ができるようになるのか」を意識させていたが,特に,

表 2 に示したように,「③科学系の読み物を題材にした読みの活動」および「④理科の活動」

においては,明確なゴールを示すというマクロ Scf が積極的に使用されていた。

まず,「③科学系の読み物を題材にした読みの活動」では,導入活動として,とり上げた テーマについて,既に何を知っていて,これから何を知りたいのかを明らかにし,テキス トのタイトルにある通り,ひとつの謎を解き明かすべく,読みの活動が行われた。

次に,「④理科の活動」のリライト教材を用いた活動では,単元ごとに教材の冒頭でクイ ズが出題された。このクイズは,学習した情報を応用すれば答えられるものだが,子ども たちは,学習した内容とクイズが関連しているとはなかなか気づかない。そのため,クイ ズの答えを探すべく,リライト教材を読み進めることになる。

③④の活動に共通して言えることは,読みの活動に入る前に,1 つの謎やクイズが出題 され,それを解決するために読み進めるというものであった。「○○が感じられるようにな る」「○○が読み取れるようになる」というような抽象的な目的ではなく,目的を一つに明 確に絞ることによって,読み取るポイントが浮き彫りになり,その目的を達成しようとす る動機が,読みの活動への積極的な参加を促したと思われる。

6.1.1.2 学習活動を注意深く配列する

タスクの達成ばかりに目を向けると,活動が単発なものになりがちである。しかし,発 達というものは一進一退を繰り返し,螺旋状に伸びて行くものだと思われる。ハモンド (2009)は,タスクの選択と配列の重要性を挙げ,学習活動の成果が次の学習活動を積み上 げるための基礎となるべきだと主張している。そして,このように注意深く学習活動を配

活 動 の 明 確 な ゴ ー ル を 示す

学 習 活 動 を 注 意 深 く 配 列する

メ ッ セ ー ジ の 多 様 性 を 利用する

メ タ 言 語 的 な 気 づ きを促す

①交換日記を用いた読みの活動 ×

②料理を題材とした読みの活動

③科学系の読み物を題材とした読みの活動

④理科の活動

⑤国語科の活動

⑥新聞作り活動

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