6-1.エネルギー分解能
4-5節で示した結果ではエネルギーの分布はthresholdを-200mV に設定した場合であるが、当初はthresholdをディスクリミネ―タの 最低値の-7.2mVで実験を行っていた。ADC分布を図29に示す。
図29を見ると、ADCカウントが100付近に多数の信号がきている ことがわかる。しかし、本来であれば検出している対消滅γ線の信号 はコインシデンスを取っているので、このようなpedestalやノイズの ような信号は検出されないはずである。そこで、thresholdを変化させ てADCを再取得することになった。thresholdを-100mV、-150mV、
-200mVに設定した時のADC分布をそれぞれ、図30、図31、図32 に示す。
これらの分布から、thresholdを高くすることによって、図26にあ ったノイズらしきピークを排除することができたことが分かる。
threshold=-100mVの図30のADCカウントが400近辺のピークは本 来のpedestalと考えられる。back to backのγ線を検出しているが、
コインシデンスの幅は25nsに設定してあるので、その時間内で同時 計数にかからなかった信号がこのピークを形成していると考えられる。
図29 エネルギー分布(threshold : -7.2mV)
[ADC channel]
39
さらにthresholdを上げていくと、コンプトン散乱の分布も減尐して
いき、0.51MeVのピークが顕著になってくる。本研究では
-200mVthresholdの分布をエネルギー分解能を算出する際に用いたが、
このいくつかのthresholdを設定した中で、一番良い分解能が得られ た。
図30 エネルギー分布(threshold=-100mV)
図31 エネルギー分布(threshold=-150mV)
[ADC channel]
[ADC channel]
40
図32 エネルギー分布(threshold=-200mV)
図32の本研究の実験結果ではコンプトンエッジが見えていない。こ れは実験において統計的な揺らぎが大きかったためと考えられる。
[ADC channel]
41
6-2.位置分解能
位置分解能に関してもthresholdとの問題がある。4-6節に示した 実験結果では、やはりthresholdが-7.2mVとディスクリミネ―タの最 低値に設定された場合の結果である。しかし、この結果は妥当な数値 と考えている。なぜなら、シンチレータそのもののサイズから来る分 解能の限界を与えられていると考えられるからである。実験に使用し た無機シンチレータLFSは3×3×15mm3のサイズを持っており、実 験では対消滅γ線を検出するためにこのシンチレータを対にして、3
×3mm2の面を対向させて配置した。ここから、2次元での信号の広 がりはFWHMで3mmの限界を持つ可能性があるからである。この 結果が妥当とすると、位置分解能はシンチレータのサイズに左右され、
それ以上の分解能を得ることは不可能に思える。
しかし、今回エネルギー分解能測定でthresholdを変化させて再測 定を行うと同時に、位置分解能も再測定した。設定したthresholdの 値は-150mVである。結果を図33に示す。
図33 位置分解能(threshold=-150mV) 結果はGaussianでfitされており、
σ = 0.31±0.02mm
(FWHM=0.73±0.05mm)となった。これは、この節の冒頭で示したシンチレータのサイズによ る位置分解能の限界を超えさらに良い分解能を与えることを示す。こ こから、thresholdを高く設定することにより、図3 1のようにデー タの広がりを抑制しGaussianでfitできると仮定したときに、良い分 解能を得ることができると考えられる結果となった。これは、シンチ
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レータ中のコンプトン散乱による信号がthresholdを高く設定したこ とにより抑制された結果であると考えている。本実験では位置分解能 の測定でシンチレータの3×3mm2の面に0.51MeVのγ線が入射する ように検出器を配置したが、この3×3mm2の面の縁辺では、入射
photonがコンプトン散乱によりシンチレータ外に散乱される可能性
が考えられる。このコンプトン散乱の電子によるシンチレーション光 が図23、図24のposition=0mmを中心として、シンチレータのサイ ズを考慮した時、±1.5mmの部分で信号数を増加させているのではな いかと考察する。6-1節の図30、図31、図32を見ると、threshold を上げることによってコンプトン散乱の分布がthresholdの位置でカ ットされていることからもこの可能性がある。さらに、thresholdを 高く設定したことにより、検出効率は格段に低下している。例えば、
thresholdが-200mVの場合は、150000eventで3~4時間、データ取 得に要した。これは、PET装置においては好ましくない傾向である。
つまり検査中に患者をベットに固定しておく時間が長くなるわけであ り、患者のQOL(Quality Of Life)を低下させるにとどまらず、実質的 な効率も悪くなる。検査にかかる時間が長くなればなるほど、検査結 果を出すのにも時間がかかるわけである。それだけ、主に人件費にな るであろうがコストもかかる。PETにおいてはいかに低コストで高分 解能を得るかというのが一番の問題である。それは低コストな装置と いうだけではなく、現在に至ってはそのシステム全体の問題になって いる。つまり、装置の使用開始から装置使用停止までの総ランコスト が低くなければいけないということである。thresholdをどの辺りに 設定するかということで、ここまで話が広がるのかとも思うが、位置 分解能と検出効率はthresholdを介して表裏の関係にある。結論とし ては高位置分解能を得るために、検出効率をどこまで犠牲にできるか ということであろう。現に、thresholdを高くすれば分解能は、値と して小さくなる結果を示した。
そこで、検出効率と位置分解能の関係性を明らかにするための追 実験が必要である。それらの関係性が明らかになれば、臨床で求めら れるパラメータを決定することが可能になる。さらには、決まったサ イズの線源を使用し、位置分解能の測定を行わなければならないと考 えている。これにより例えば、1mmの線源を使用したとき、その位置 分解能を測定することにより、PET装置としての性能を示すことがで きる。これは次のステップである多数の検出器を製作し、実機に近い PET装置を製作につながる一つの大きなファクターになるであろう。
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6-3.角度依存性
角度依存性の測定においてもthresholdの問題が上がった。まず、
結果の図26に載せたのはきちんとthreshold curveを測定し、適正な thresholdを設定(15mV)した後取得した結果である。そこで、まずは thresholdを-150mVでエネルギー分解能を測定した時のままで角度 依存性を測定した結果を図34に示す。
図34 角度依存性(threshold=-150mV)
測定値として、position=0mmのところを見てもらうと、バックグ ラウンド、つまりテールの部分の値とピークの値に1200countsほど の違いしかない。これは、γ線の入射数でグレースケールを決める PETとしてはそれほど画像に綺麗な違いを出すことは不可能と考え られる。そこで、きちんとthreshold curveを測定して、角度依存性 の再測定を行うことになった。
threshold curveは対向させた2つの検出器において、片方ずつ thresholdを変化させて測定したものである。
3000 3200 3400 3600 3800 4000 4200 4400 4600
-60 -40 -20 0 20 40 60
counts[/min.]
position[degree]
coincident counts depending on angle(source to LFS
= 12cm)
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図 35 ディスクリミネ―タの設定
図35はエネルギー分解能と位置分解能を測定した時のシステムの ブロック図であるが、ここでそれぞれのディスクリミネ―タをA、B とし、どちらのthresholdの値を動かしたかわかるようにしておく。
このときもう片方のディスクリミネ―タのthresholdは-7.2mVに設 定しておいた。図36、図37にその結果を示す。
図36 threshold curve for discriminator A
0 200000 400000 600000 800000 1000000 1200000 1400000 1600000
0 10 20 30 40
counts[/min.]
threshold[-mV]
threshold curve(A)
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図37 threshold curve for discriminator B
図36、図37それぞれのthreshold curveを見て分かる通り、-15mV にプラトーを持つので、両ディスクリミネ―タともにthresholdを -15mVに設定して実験を行った。それが4-7節の図24にある角度依 存性のグラフである。
100000 200000 300000 400000 500000
5 10 15 20 25 30
counts[/min.]
threshold[-mV]
threshold curve (B)
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6-4.位置分解能の角度依存性
位置分解能の2つの測定の結果の違いに着目する。測定器に
10°の角度を持たせた時(図38①)と20°の時(図38②)の比較を
すると、10°の時の方が鋭いピークを形成していることがわかる。
① 10°の偏角 ②20°の偏角
図25に示すように、検出器に角度を持たせて配置する。このと
き10°と20°では、検出器つまりシンチレータの有感領域を見た
とき、図38では黄線で示した範囲が20°になると広がる。これに よって信号の広がりが10°と20°で異なると考えられる。
計算を行ってみると、10°の場合L10°は5mmとなる。また、線 源の位置から水平点線に沿った図39の左側の黄線までの距離は 9.6mmとなった。すると、back to backのγ線を捕えられる範囲 は、線源を動かした直線上で、線源から9.6mmから14.6mmの範 囲になる。これから、結果と照らしあわせてみると、実験結果では 10mmの位置から信号が増加しているのが分かる。そして 15mm 辺りでピークを迎える。詳しくは調べていないが、この点で二つの
図38 位置分解能の角度依存性のメカニズム
90°
22
Na
10 ° 20°
検出器
元の位置 の検出器
L10° L20°
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シンチレータで捕獲できる対消滅γ線の数が最大になると考えら れる。また、幾何学上14.6mmの位置でback to backのγ線を同 時計数できなくなるので、そこからは信号が減尐していく。この減 尐の仕方であるが、同時計数可能な範囲を超えると、線源からシン チレータを見込んでγ線のシンチレータ内の相互作用長は、両シン チレータでそれほど変化はないので、理論上1/r2でバックグラウン ドの底上げ分の計数まで減衰していくと考えられる。本来であれば 対消滅γ線を検出可能な範囲内では信号数がそれほど変わらずに ほぼ一定の値を取ると考えており、グラフとしてはその範囲内では 水平に推移する、つまり、グラフ全体の形が台形のようになると考 えられるが、今回の実験ではソースを5mmごとに移動させている ことと、装置全体のシステム上1mmの精度は出ていないと思われ る。それにより、きれいなデータとはなっていないが、以上の説明 でその形が説明できると考えられる。
さらに20°の場合、計算によるとL20°は6.5mmとなる。また、
対消滅γ線を捕えられる範囲は、初めに線源を置いた位置から
20.5mmから27mmとなった。ここでも、図25のグラフを見ると
10°の場合と同じような説明ができると考えられる。
位置分解能という観点からは解析しにくい信号分布となったが、
その広がり方を理解することができた。