第二章 多能性幹細胞由来腸管オルガノイドの新規分化誘導法の開発
2.4 考察
本研究では、A/PD/5-aza/DAPTの低分子化合物の組み合わせを分化誘導時に使 用することでヒトおよびカニクイザル iPS 細胞から薬物動態学的機能を有する 腸管オルガノイドを作製することに成功した。iPS細胞由来腸管オルガノイドの 作製は、以前にいくつか報告されている8, 9, 34, 35)。しかし、これら既存の方法で
は、Matrigel中へ包埋するなど煩雑で時間がかかり、そして培養体積が限られる
ことから多くの腸管オルガノイドを一度に培養することが困難であった 32)。本 研究では、EZSPHERE plateを使用して均一なスフェロイドを大量に作製した後 に、浮遊培養を行ったため、多数の均一なスフェロイドを簡便に作製し、大量培 養することに成功した (Figure 2)。また、Matrigel 包埋法のような以前の方法で は、培養体積が限られることから薬物スクリーニングおよびハイスループット スクリーニングへの応用は困難であったが、我々の方法では大量で均一な腸管 オルガノイドを必要とする解析への応用を可能にする。
腸管分化を促進するために、いくつかの化合物を試験し、A/PD/5-aza/DAPT添 加群が薬物動態関連遺伝子のmRNA発現が著しく増加することを明らかにした
(Figure 3 and 4)。また、A/PD/5-aza/DAPT添加群ではヒトおよびカニクイザル両
方でMUC2、chromogranin A、CDX2などの様々な腸細胞マーカーのmRNA発現
に顕著な増加が認められた (Figure 3 and 4)。一方、ヒトではパネート細胞マーカ
ーであるlysozyme のmRNA 発現は、non treatment群の mRNA発現レベルと比
較して有意に減少したが、吸収上皮細胞マーカーである villin1 および腸管幹細 胞マーカーである LGR5 の mRNA 発現レベルは変化しなかった (Figure 3)。カ ニクイザルでは、lysozymeのmRNA発現はnon treatment群に比べて有意に増加 したが、LGR5 の mRNA 発現レベルは減少した。これらの結果から、ヒトでは
A/PD/5-aza/DAPTにより、腸管上皮細胞自身の分化、並びにパネート細胞および
腸管幹細胞というよりもむしろ分泌細胞を含む腸管細胞への分化が促進された こと、カニクイザルでは腸管上皮細胞への分化誘導が促進されたことが示唆さ れた。また、これらmRNA発現変動の違いは、iPS細胞の株間による分化指向性 の違いに起因したことである可能性が示唆された。以前、我々は、A-83-01、
PD98059、および5-aza-2’-deoxycytidineの組み合わせが、ヒトiPS細胞の腸管上
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皮細胞様細胞への分化を促進することを報告した33)。また、DAPTおよびwntア ゴニストは、ヒトES細胞の腸管上皮細胞への分化を誘導することが報告されて いる36)。さらに、DAPTがnotch活性化を阻害することで、腸管上皮細胞の成熟 または分泌細胞への分化を促進することも報告されている 37)。これらの結果に 基づいて、我々はこれらの低分子化合物が相加的に効果を発揮することによっ て、iPS 細胞由来腸管オルガノイドの分化を促進することを示唆した。しかし、
将来的には詳細なメカニズムをさらに検証する必要がある。
ヒトおよびカニクイザルiPS細胞由来腸管オルガノイドでは、villin1、occludin、
SLC15A1/PEPT1、および ABCB1/P-gp のタンパク質発現は、腸管オルガノイド
内腔に沿って局在しており、透過型電子顕微鏡観察から微絨毛およびタイトジ ャンクションも腸管オルガノイドに存在していた (Figure 5b, 6, 7a, 8a)。これら の結果から、腸管オルガノイドの管腔内側が腸管刷子縁膜側に相当することが 示唆された。さらに、非吸収性マーカーであるFD-4の腸管オルガノイド内への 透過は認められず (Figure 7b)、ABCB1/P-gpを介した排出方向の輸送が検出され た (Figure 8b)。 近 年 、 マ ウ ス や ヒ ト 組 織 由 来 腸 管 オ ル ガ ノ イ ド を 用 い て
ABCB1/P-gpの排泄機能を定量化する研究が報告され、それらはABCB1/P-gp阻
害剤スクリーニング系として応用されることが期待されている31, 38, 39)。 本研究
では、A/PD/5-aza/DAPTを用いてヒトiPS細胞からABCB1/P-gpを介した排泄機
能 を 持 つ 腸 管 オ ル ガ ノ イ ド を 作 製 す る こ と に 成 功 し た こ と か ら 、 こ れ も
ABCB1/P-gp を介した排泄トランスポーター阻害剤スクリーニングまたは評価
のために利用可能であると考えられた。
ヒトおよびカニクイザル腸管オルガノイドは多様な薬物動態関連遺伝子を発 現することに加えて、CYP3A4/8活性を示し、この代謝活性はketoconazoleによ って顕著に阻害された (Figure 9a)。 また、CYP3A4/8 の代謝活性は、それぞれ プレグナンX受容体 (PXR) およびビタミンD受容体 (VDR) を介してCYP3A4 を誘導することが知られている18, 19)。ヒト腸管オルガノイドではRIFおよびVD3 によって有意にCYP3A4 の代謝活性が誘導されたが (Figure 9b)、カニクイザル ではVD3では有意な誘導は確認できなかった (Figure 9b)。カニクイザルiPS細 胞由来腸管オルガノイドでは、VDRの発現は十分でなく、腸管上皮細胞への分
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化として未だ不十分だと考えられた。また、ヒトiPS細胞由来腸管オルガノイド
でも、CYP3A4代謝活性の誘導倍率は、2D培養細胞および動物モデルなどの他
のモデルと比較して低かった。 特に、PXR および VDR の mRNA 発現レベル は、成人小腸におけるmRNA発現レベルと比較して低かったことから(データは 示していない)、このことが、CYP3A4 誘導能が十分に検出されない要因である と考えられた。 したがって、小腸における薬物動態を正確に評価するために、
iPS 細胞由来腸管オルガノイドにおける CYP3A4 の代謝活性および誘導能を改 善する分化プロトコールをさらに、開発する必要がある。
腸管オルガノイドの内側は腸管刷子縁膜側であることから、腸管管腔側から の薬物吸収過程を簡便に評価するのは難しい。したがって、小腸における初回通 過効果を調べるためには、吸収過程を評価することができる新しい方法を開発 しなければならないと考える。また、腸内クリアランスを評価するためには、小 腸でのアベイラビリティーが既に知られている様々な医薬品を用いてin vivo と 腸管オルガノイドとの相関を明らかにする必要があると考えられる。特に、ヒト と薬物代謝酵素基質特異性が非常に関連しているカニクイザルは、薬物の薬物 動態学的特性を評価するため、非臨床の動物モデルとして創薬研究において使 用されている。カニクイザルの薬物動態学的パラメータは、マウス、ラット、お よびイヌのそれらと比較して、ヒトにより類似しているとの報告がある 25, 26)。 また、Kim et al.は、カニクイザルin vitroおよびin vivo両方のCYP3A誘導デー タから、ヒトCYP3A4のin vitroおよび in vivo での誘導を予測することができ ると報告している 40)。したがって、カニクイザルのin vitro小腸モデルを作製す ることは重要であると考える。したがって、カニクイザルのin vitro小腸モデル を作製することは重要であると考える。また、近年、in vitro データからヒト in vivoの動態予測を行うことが可能となり、最近では、その外挿の精度が向上し、
医薬品開発に活用されている。カニクイザルでは、非臨床試験段階でin vivo と
in vitro の両方のデータを入手することが可能であることから、数学的モデリン
グシミュレーション技術等を用いてin vivo-in vitro相関パラメータを正確に評価 することが可能である。そのため、ヒトin vitroからin vivoを正確に予測するた めに、カニクイザルでのin vivo-in vitro相関パラメータがヒトへと外挿可能か検
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証する必要がある。しかしながら、カニクイザルでは、ヒトと遺伝的に類似して いるにもかかわらず、いくつかの医薬品の経口バイオアベイラビリティは、ヒト での値よりも低いことが報告されている 28, 29)。このことから、カニクイザルと ヒトとの間にはさまざまな種差があるため、カニクイザル実験データを直接外 挿して、ヒトにおける体内動態を予測することは困難であると考えられる。した がって、将来的には、ヒトin vitroとカニクイザルin vivo-in vitroの実験データか ら種差等による薬物動態プロファイルの違いをスケーリングファクターを用い て補正することなどによって、カニクイザルにおけるin vivo-in vitro相関をヒト
in vivo-in vitro 相関に外挿できるシステムを構築することが望まれる。現在のと
ころ、腸管オルガノイドを用いて、薬物の小腸でのアベイラビリティーを予測す ることは困難であるが、ミニチュア化した Ussingチャンバーを利用すること、
また、上皮細胞を単離し、セルカルチャーインサート上に播種することで、薬物 が代謝酵素やトランスポーターの基質、阻害剤、誘導剤となるかどうか、小腸で 生成した代謝物がこれらの阻害剤となるかどうかなどを判断することは可能だ と考えられる。
ヒトおよびカニクイザル iPS 細胞由来の腸管オルガノイドは、小腸に存在す る様々な細胞 (腸細胞、腸幹細胞、杯細胞、腸内分泌細胞、パネート細胞、およ び間葉細胞) を含んでいた。特に、間葉系組織は腸幹細胞の維持および自己再生 に重要である 41)。さらに、間葉系組織はクローン病において、組織の線維化に 関与していることが報告されている 42, 43)。ヒトおよびカニクイザル iPS 細胞由 来腸オルガノイドは腸上皮細胞および間葉系細胞を含むので、ヒト腸管線維症
のin vitroモデルとして使用することができる可能性が考えられる。
iPS 細胞由来腸管オルガノイドが IBD の細胞移植療法の開発に役立つことも 期待されている。 iPS 細胞由来腸管細胞は、粘膜修復のための自家腸管上皮細 胞の潜在的な供給源であり、そして他の細胞を超える大きな利点として、免疫拒 絶を避けられる。 いくつかの研究では、IBDにおける移植治療のため腸管オル ガノイドの利用が検証されている 7)。 さらに、Shiba et al. はカニクイザル iPS 細胞の同種異系移植はカニクイザル心筋梗塞モデルにおける心臓の収縮性を改 善することを報告した 44)。したがって、カニクイザル iPS 細胞由来腸管オルガ