第 1 章 光同調における網膜 CCK-1 受容体の関与
3. 考察
本章では、光同調におけるCCK-1受容体の関与を明らかにするために、網
膜CCK-1受容体の日内変動、CCK-1受容体欠損マウスにおける網膜時計遺伝
子Per1、Per2の日内変動、SCNにおける光刺激に対するc-Fos発現および時
計遺伝子Per1、Per2の発現、網膜における光刺激に対する時計遺伝子Per1、
Per2の発現について検討した。
その結果、WTマウスにおいて、網膜のCCK-1受容体の発現には日内変動 が存在することが明らかとなった。一方、CCK-1受容体欠損マウスでは、網膜 上の時計遺伝子の発現にリズムが認められなくなっており、網膜における時間 生物学的調節にCCK-1受容体の発現が関与している可能性が示された。
今回の実験ではCCK-1受容体は暗期にその発現が上昇していた。当研究室 において、CCK-1受容体は網膜上ではグリシン陽性アマクリン細胞に限局して 発現していることを報告している(Shimazoe et al., 2008)。アマクリン細胞の 主な働きは双極細胞よりグルタミン酸系入力を受け、神経節細胞へと抑制系の 神経伝達を行うことである(Jacoby et al., 2015)。網膜を構成する細胞の中でも 最も形態学的に多様な細胞であり、GABAやグリシン、ドパミンといった様々 な伝達物質により抑制系の制御をすることが知られている(Vuong et al.,
2015)。アマクリン細胞からのシグナルを遮断したipRGCsは光刺激を与えな
い状況でも神経発火を示すなど、アマクリン細胞は網膜におけるシグナル伝達 の安定化に重要な役割を示すことが報告されている(Wong et al., 2007)。先行 研究により、マウスの網膜アマクリン細胞はCCK-8sにより神経発火が引き起 こされることが分かっており(Shimazoe et al., 2008)、生体内でも受容体発現 の変動によるCCKシグナルのリズムが存在する可能性がある。このシグナル 強度の変動が時間生物学的にどのような役割をしているかについてはさらなる
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検討が必要であるが、暗期のCCK-1受容体の発現増加によって抑制系伝達を 強め、ipRGCsの自発的神経発火を抑えるという働きを持つとも考えられる。
また、CCK-1受容体KOマウスは網膜の時計遺伝子Per1/Per2のmRNAの 発現に日内変動が認められなくなっていた。瞳孔反射の光感受性には日内変動 が存在し、さらに時計遺伝子を変異させたマウスでは、光感受性が低下すると いう報告がある(Owens et al., 2012)。本研究において、時計遺伝子の発現が完 全に消失したわけではなく、リズムの消失も網膜でのみの確認であったが、
我々が以前報告した(Shimazoe et al., 2008)ようにCCK-1受容体KOマウスに おいて瞳孔反射の光応答が減弱したのはこの網膜の概日リズムが弱まったため ではないかと考えられる。
次に、SCNにおけるc-Fos発現について検討した。c-Fosは細胞への刺激に 応答して鋭敏に発現が上昇することから神経刺激のマーカーとして広く用いら れており、当研究室では、CCK-1受容体が欠損しているOLETFラットでは、
正常ラットに比べて光誘発c-Fos発現が有意に低下することを報告している (shimazoe et al., 1999)。今回、野生型およびKOマウスで光照射によりc-Fos の発現が認められたが、KOマウス群の発現は野生型と比べると有意に抑制さ れていた。網膜におけるCCK-1受容体の発現部位は内層のアマクリン細胞上 であり、光伝達のより下層に光受容能を持つipRGCsが存在する。網膜内の光 伝達において、桿体や錐体で受容された光刺激は双極細胞に伝達され、その後 神経節細胞へと伝達されてRHTを通ってSCNに至る。アマクリン細胞は双極 細胞および神経節細胞を抑制的に制御することで神経発火を調節する役割を担 っている。CCK-1受容体の欠損により、アマクリン細胞が関与する経路の伝達 が阻害され、SCNへの刺激の伝達が減弱したと考えられ、光刺激伝達への
CCK-1受容体の関与の可能性が示された。
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ただし、前述の通り下流にipRGCsが存在するため、アマクリン細胞を介さな い直接的なipRGCsへの刺激が伝達し、KOマウスにおいても刺激がSCNに 届き、完全な遮断とはならなかったと考えられる。
WTマウスでは、光刺激によりSCNにおいて時計遺伝子であるPer1および Per2の有意な発現増加が認められた。しかし、CCK-1受容体欠損マウスでは 光刺激によって、有意な時計遺伝子の増加は認められなかった。この結果は、
Shimazoe et al (2008)の報告と一致している。一方、網膜においては、WTお
よびCCK-1受容体欠損マウスのいずれも、光刺激によって時計遺伝子発現の
増加は認められなかった。光刺激を行うことにより、網膜の時計遺伝子の発現 にも影響を及ぼすという報告がある(Namihira et al., 2001; Lahouaoui et al., 2014)。種差や照射光などの条件の違いもあるが、これらの報告は大きく発現 量が増加するものではなく、差が有意ではないものもある。今回我々の結果も 若干ではあるがPer1の増加がある。網膜への光刺激による影響はKOでも変 わらなかった。げっ歯類において網膜でのPer1、Per2の発現は層特異的であ ることが報告されており、mRNA発現は内顆粒層で促進される。内顆粒層に限 った発現の検討など、より詳細な条件では影響が見られる可能性もある。
硝子体内にCCK-1受容体アンタゴニストであるlorgulmideを投与し、光刺 激を加えた場合の網膜内での応答を検討した。内顆粒層におけるc-Fosの発現
はVEH群およびlorglumide群どちらにおいても乏しく、照射の有無による有
意な差は認められなかった。一方、神経節細胞層における発現はより詳細に発 現部位を調べた研究では、ドパミン作動性アマクリン細胞への時計遺伝子の発 現が報告されている(Dorenbos et al., 2007; Pozdeyev et al., 2008)。アマクリ ン細胞は形態学的に多様なニューロンであり、双極細胞や神経節細胞のみなら ず、アマクリン細胞同士でも抑制系の制御をすることが知られている。ドパミ
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ン作動性ニューロンにもグルタミン酸やGABA、グリシンの受容体が存在して いることが報告されている(Newkirk et al., 2013)。グリシン作動性アマクリン 細胞を介する経路の刺激は桿体からのon型双極細胞からの信号であり、主に 弱い光により生じる。今回の直接的な光刺激による伝達でCCK-1受容体欠損 の影響が出なかったのは、錐体からの信号によりグリシン作動性アマクリン細 胞を介さない経路が存在するためである可能性がある。一方、KOマウスでは
CCK-1受容体の発現の変動が及ぼすCCKシグナルの日内変動が失われること
により、ドパミン作動性ニューロンの時計遺伝子の発現リズムが乱れた可能性 がある。今後、アマクリン細胞間でのより詳細なネットワークを検討すること で、網膜上の概日リズム維持のメカニズムを明らかにすることが期待される。
また、PER2::LUC導入マウスのアストロサイトを用いて、CCK-1受容体シ グナルがPER2発現に及ぼす影響を検討した。CCK-1受容体アナログである
CCK-8sを投与すると投与後4時間まで経時的にルシフェラーゼ活性が上昇し
ており、PER2発現を促す因子であるということが示唆された。これは結果
2-1、2-2のCck1rおよびPer2の日内変動で得られた結果とも合致しており、
CCK-1受容体の発現が増加して刺激が増えるのに続いてPer2の発現が増加す
るという関係が生体内でも存在していることを支持するものである。一方で、
CCK-1受容体遮断薬であるlorglumideを投与するとルシフェラーゼ活性が抑
制されたり、生物発光のリズムの位相が投与時間依存的に変位することが示さ れ、時間生物学的な環境への関与が示唆される。
以上の結果より、網膜のCCK-1受容体は網膜概日リズムの維持に重要な役 割を担っていることが示唆された。
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小括
本章では、光同調へのCCK-1受容体の関与について特に網膜上に発現した ものに着目し、検討を行った。その結果、以下の点が明らかになった。
1)網膜CCK-1受容体は発現に日内リズムが存在し、明期に発現が低下し、暗
期に発現が増加する。
2)CCK-1受容体KOマウスでは網膜における時計遺伝子Per1、Per2の発現リ
ズムが消失することから、CCK-1受容体は網膜概日リズムの維持に重要であ る。
3)CCK-1受容体KOマウスにおける、光刺激に対するSCN内の時計遺伝子
Per1、Per2、およびc-Fosの発現は減少しており、CCK-1受容体は光刺激
伝達に関与している。
4) PER2::LUC導入マウスのアストロサイトを用いた検討において、CCK-8s
の投与はルシフェラーゼ活性の上昇を示し、Lorglumideの投与はルシフェ ラーゼ活性を抑制したことから、CCK-1受容体シグナルがPER2発現に関 与している。
以上より、CCK-1受容体は時計遺伝子PER2発現に関与し、網膜の時間生 物学的な環境の維持に重要な役割を担っていることが示唆され、欠損により光 同調能が減弱する可能性が示唆された。
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第 2 章 網膜外の CCK-1 受容体の体内時計機構への関与
緒言
CCKは腸管で働くホルモンとして発見された(Ivy and Oldberg, 1928)。 CCK-1 受容体は末梢では腸管や膵臓などに発現しており、時計遺伝子 Clock 変異マ ウスでは膵 CCK-1 受容体の発現が低下するという報告もある(Oishi et al.,
2006)。CCKは中枢では大脳皮質や視床下部、脳幹などに存在しており、代謝制
御や記憶、不安などの情動にも関与するという報告がなされている(Hökfelt et al., 2002; Lo et al., 2008)。このようにCCKは末梢・中枢どちらにおいても生 理機能を調節する重要なペプチドであり、網膜以外のCCK-1受容体も体内時計 機構へ関与している可能性がある。
Ca2+結合タンパク質の一つである Calbindin (CalB)は、主に腎臓や中枢神経 に存在しており Ca2+の輸送、濃度調節、センサーとして働いている。CalB は SCN 内にも存在しており、欠損により SCN の時計遺伝子の日内変動や光刺激 による最初期遺伝子fosの発現に影響が出るなど、体内時計機構に関与すること が報告されている(Kriegsfeld et al., 2008)。ハムスターSCNのCalB陽性細胞 において、核内と細胞質のCalB存在比に日内変動が存在していることが報告さ れており(Hamada et al., 2003)、CalBは主観的夜の初期においてコア領域から 線維に沿って SCN 内の他の領域へと広がっていく。CalB 陽性細胞は SCN の コア領域への発現が多いが(Fig. 14)、背内側部への発現は乏しい。CalBは線維 に沿った移動により、背内側部の VP 細胞との共発現にも日内変動を示すこと が報告されており(LeSauter et al., 2009)、SCN内の細胞間ネットワークを構築 する重要な役割を持つと考えられる。