シクロスポリン腎症モデルでは、Cyclosporine MEPC の投与量が低用量では 腎臓の組織学的変化は認めなかった。50 mg/kg/dayの高用量では腎機能障害と 高血糖が強く見られ、高血糖に起因する脱水やそれに伴う血液濃縮、横紋筋融 解症を疑う逸脱酵素の上昇が出現し、いずれもCyclosporine MEPCの休薬によ り回復したことから、Cyclosporine MEPC投与による副作用と考えられた。し かし、Cyclosporine MEPC 40 mg/kg/dayの投与では腎臓の組織学的変化は乏 しく、Cyclosporine MEPCではモデル作製のために要する用量の決定が困難で あった。一方で、Cyclosporine A 40 mg/kg/dayを投与した場合では、腎組織に 線維化と遠位尿細管、集合管の巣状性空胞変性を認め組織学的変化が得られた。
しかし、モデル作製までに高血糖が出現しており、4週間以上の連日皮下投与を 施行した場合シクロスポリンによる副作用がさらに出現する可能性も考えられ た。また、シクロスポリン腎症モデル作製の際は、副作用が懸念されることか ら頻回の血液、尿検査によるモニタリングが必要となり、1頭ずつ確認しながら 検討しなくてはならなかった。一般の猿類の飼料は25%の高タンパク質が良い とされ、コモンマーモセットに用いられるの基本飼料CMS-1Mも高タンパク質 である。しかしシクロスポリン投与により腎線維化を惹起するには低塩・低Mg 食に飼料を変更する必要がある 31。飼料中の塩分と Mg のみを減量することは 現実的には困難であるため、飼料を炭水化物のコーンスターチ、グラニュー糖 と混合しエネルギー量を調節して与えた。その結果、調整後の飼料中のタンパ ク質量は通常の約1/4 となり、低タンパク食となってしまった。モデル作製の 際の腎障害のモニタリングにはBUN 値、CRE値の評価は必須であり、低タン
た。加えて、低タンパク食はコモンマーモセットの嗜好性が低く、実験に使用 したコモンマーモセットのうち 2 頭は飼料をほとんど食べずに実験から除外せ ざるを得ないという問題もあった。さらに、コモンマーモセットには、IgA腎症 様の腎障害の自然発症(Wasting marmoset syndrome)の報告33–35があり、そ の病理組織像は多様であると報告されている。発症時期や性別の違いなどは不 明で、事前の血液検査や尿検査が陰性でも発症していることがあり、現段階で は明確な診断基準も確立されていないため、実験開始前の個体選定時に既に
Wasting marmoset syndrome を発症している個体を除外することは非常に困
難であることが分かった。シクロスポリンの全身投与によりモデルを作製する ため、ヒトTGF-β1 PIポリアミドの効果の比較は別個体同士での比較とならざ るを得ず、ベースにWasting marmoset syndromeが存在するとヒトTGF-β1 PI ポリアミドの薬物効果を正確に評価することは困難であることが分かり、シ クロスポリン腎症モデルは本研究の腎線維化モデルとして適さないと判断した。
UUO水腎症モデルではシクロスポリン腎症モデルの場合と異なり、基本飼料の まま施行でき、モデル作製に使用する薬剤や手技による副作用の出現はなく、
コモンマーモセットの体調が良好のまま腎線維化モデルが作製できた。マウス やラットでは、UUO実施から 1~2週間で腎線維化が起こると報告されている が 32、GIS、TIS や組織像の結果から、コモンマーモセットの UUO 側では、
UUO実施より3週間では強い線維化は起きず、5週間で広範囲な線維化が見ら れた。UUO水腎症モデルでは、UUO実施から24時間で腎組織の虚血や糸球体 濾過量が低下し 36、数日かけて水腎の刺激による炎症細胞の浸潤や尿細管上皮 の壊死、アポトーシスが起こり、腎線維化が生じる 37ため、ラットやマウスよ りも腎重量が大きいコモンマーモセットではこれらの変化が起こるのにより時 間を要したのだと思われる。また、モデル作製に使用したI5414MではCUK側
にもUUO側より軽度の組織障害が認められ、Wasting marmoset syndrome が ベースに存在していたことが示唆された。しかし、UUO水腎症モデルはコント ロールとなる別個体と比較ができることに加え、CUK側が同一個体のコントロ ールとしての役割を果たすことになるため、Wasting marmoset syndrome のよ うな潜在的な腎障害の影響を可能な限り排除できることから、ヒトTGF-β1 PI ポリアミドの薬効を評価するには適していると判断した。
UUO 5週間モデルにおいて、ヒトTGF-β1 PIポリアミド投与個体群でTIS
の有意な低下を確認した。またGISもヒトTGF-β1 PIポリアミド投与個体群 のUUO側で低い傾向にあった。TGFB1 mRNAとEMTマーカーの一つである
ACTA2 mRNAの発現もヒトTGF-β1 PIポリアミド投与個体群のUUO側で低
い傾向にあった。TGF-β1 から誘導される EMT では、SNAI1 の発現亢進は
E-cadherinの脱落につながるため、SNAI1の発現抑制はEMTを阻止している
ことを意味するが、SNAl1 mRNAの発現もヒトTGF-β1 PIポリアミド投与個 体群のUUO側で低い傾向にあった。またUUO 3週間モデルにおいては、ヒト TGF-β1 PIポリアミド投与個体のACTA2 mRNA、SNAl1 mRNA発現は、UUO 5週間モデルよりさらに低い傾向にあった。TGF-β1、α-SMAの免疫組織学的
染色でもUUO 3週間モデル、UUO 5週間モデル共にヒトTGF-β1 PIポリア
ミド投与個体のUUO側は、注射用水投与個体のUUO側と同部位は染色されず、
TGF-β1、α-SMA の発現が抑制されている可能性が示唆された。E-cadherin
の免疫組織学的染色では UUO 3 週間モデルと UUO 5 週間モデル共に、ヒト
TGF-β1 PIポリアミド投与個体のUUO側でもCUK側と同部位が染色されて
いたことから、ヒトTGF-β1 PIポリアミド投与個体ではE-cadherinが保たれ ている可能性が示唆された。以上より、ヒトのTGF-β1 遺伝子プロモーターに
霊長類コモンマーモセットのUUO水腎症に伴う腎尿細管のEMTや腎間質の線 維化を抑制する可能性があることが分かった。また、実験経過中にヒト TGF-β1 PIポリアミドの投与によると考えられる有害事象は起こらず、最大4週間 では安全に投与可能であることも分かった。動物愛護的観点から科学的に必要 な最少の動物数を使用したが、本研究では 2 種類の腎線維化モデルを作製し検 討する必要があったため、ヒトTGF-β1 PIポリアミドの効果を検討するために 使用できた個体数が限られてしまった。加えて、Wasting marmoset syndrome のような潜在的な腎障害の存在による個体差もあった。統計学的な有意差が認 められなかった原因としては、このように実験に使用した個体数が少ないこと や個体差も影響の一つとして考えられる。
本研究で作製したUUO水腎症モデルでは、UUO施行により水腎症が生じて 線維化する 32が、実医療での進行性腎障害の原因として水腎症はまれである。
現段階では、腎機能障害の進展をモニター出来る利点に加えて、腎性貧血や二 次性副甲状腺機能亢進症が出現するようなCKDの疾患モデルとしては5/6腎摘 モデルが報告されており38 、今回UUO水腎症モデルにおいてヒトTGF-β1 PI ポリアミドが腎線維化を抑制する可能性があることが分かったことから、今後 は実験に使用する個体数をさらに増やし、5/6腎摘モデルでの有効性も確認する 必要があると思われた。
TGF-β1 の抑制薬は、全身疾患として CKD や肝硬変、局所疾患として肺線
維症、血管狭窄や角膜損傷、肥厚性皮膚瘢痕の治療薬となりうるため注目され ているが、未だに TGF-β1 を特異的に抑制する薬剤は実用化されていない。
TGF-β1 を抑制すると報告されているトラニラストはケロイド・肥厚性瘢痕由
来線維芽細胞によるコラーゲン合成の抑制により抗TGF-β1作用を発揮すると されるが、TGF-β1への特異性および臨床的有効性は低い。TGF-β1とその下
流の Smad カスケードによる腎線維化への関与についてはから広く知られてお
り39–41、このTGF-β1やSmadカスケードを標的とした抗TGF-β1抗体や受
容体阻害薬、可溶性レセプター、小分子阻害剤などの創薬開発がなされている。
TGF-β1 受容体阻害薬の実地医薬への開発は進行しており、モデル動物での成
功例も多い。例えば、糖尿病モデルマウスに抗TGF-β1受容体抗体すると腎線 維化を抑制されたとする報告 42や糖尿病性腎症の早期の段階では腎線維化を改 善したという報告43、術後瘢痕を抑制したとする報告44などがある。しかし TGF-β1 受容体阻害薬を含め、TGF-β1 に対する治療薬は腎疾患などのラットやマ ウスなどの動物モデルで有効であっても臨床試験の段階で中断されている。
TGF-β1 受容体阻害薬の meterimumab(CAT-192)は強皮症で有効性を確認
できず、副作用も出現したことからフェーズⅡで中止となり 45、選択的 TGF-β1受容体拮抗薬のLY-2382770は糖尿病性腎症でフェーズⅡを実施されていた が効果が無いと判断され中止となっている46。ヒトTGF-β1 PIポリアミドは前 臨床試験としてヒトにゲノム構造が近い霊長類コモンマーモセットでの皮膚瘢 痕形成を完全に抑制することが確認され、本研究で腎線維化の抑制にも有効の 可能性があることが分かった。
PI ポリアミドは、ラットの経静脈的投与による実験で腎臓の尿細管、糸球体 の核への取り込みが 7 日後まで続くことが確認されており、作用時間の長い薬 剤であることから、静脈投与の場合、週1回の投与と考えられた。一方、
Fluorescein Isothiocyanate(FITC)ラベルPIポリアミドの経口投与による実 験では腎臓への取り込みも確認されている15,21。このことから、今後経口投与可 能な遺伝子治療薬としての可能性もある。現在CKD患者にも用いられている腎 保護作用を有する内服の治療薬としてAngiotensin-converting enzyme(ACE)