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美術の表現は多種多様である。その為、表現者の思想や制作態度を一括りにするのは難し い。美術の表現には、純粋芸術(Fine Art)と呼ばれる絵画や彫刻、応用美術と呼ばれる工芸・

デザイン・ファッション・建築などがある。その他に、新しいメディアによる映画や写真、

コンピューター・グラフィックなど、表現の可能性は表現媒体と共に広がりを見せている。

表現媒体だけでなく、表現の手法においても、現代アートの領域とされるコンセプチュア ル・アートやパフォーマンス・アート、インスタレーションなどは、美術を多様なものとし ている70。アカデミックな美術の教育を受けずモードに囚われないアウトサイダーアートや、

街中から生まれたストリート・アートなども出現し美術表現として認識されている。このよ うな多種多様な表現が存在し、さらに、様々な文化や環境の中で生きる表現者は、一人ひと り異なる表現への態度や思想を持っている。これらの表現態度や思想は、統一できるもので はない。しかし、どのような美術表現であっても、共通してそこには表現活動という「行為」

がある。いかなる表現媒体や表現方法を選択したとしても、何かを表出する・提示するとい った「行為」が伴わなければ表現にはならない。また、様々なことを想像し、思考したとし ても、それを表出もしくは提示しなければ、表現にはならない。つまり、表現するという「行 為」は表現者の共通項であるといえる。

本章では、美術における「探求」がどのようなものであるかを探るにあたり、表現者に共 通する、「表現する行為」がどのような「探求」行為であるか、表現者の立場から明らかに する。

70 表現手法の多様性は、表現するコンセプトの多様性と深く関係している。現代美術におい て、表現されるものは「形式」や「美」にしばられないものとなっている。美術の表現の多様 性について、シンシア・フリーランドは、ダントーの言葉を用いて説明している。「アーティス トは、それぞれの時代とコンテキストにおいて、見る側の人々と共有する芸術理論を頼りに、

何ものかを美術として創造する」ことから、表現の多様化には、人々の美術に関する「理論の 構築」があるとしている。シンシア・フリーランド著 藤原えりみ訳『でも、これがアートな の?』星雲社 2007 p.76

29 第一節 「行為」としての美術表現

本節では、「表現するという行為」はどのようなものかを、表現者の立場から構造化し明 らかにする手がかりとして、ヴィクター・ローウェンフェルド(Viktor Lowenfeld,1903-1960)の『美術による人間形成』(1947)で述べられている「創作活動における7つの成長」

を取り上げ、表現者にとって表現がどのような活動であるかを考察する。

ローウェンフェルドは、1903年3月 21日、オーストリアのリンツにユダヤ系家族の次 男として生まれた。大戦下、ナチスから逃れ、アメリカに渡り美術教育学者として活躍した 人物である。前章で述べたデューイに比べて44歳若くして生まれたローウェンフェルドだ が、晩年のデューイとは時と国を共にしていることとなる。19世紀末から20世紀にわたり 盛んになった新教育運動という潮流の真っただ中に身を置き、アメリカ独自の進歩主義を 率いたデューイに対し、ローウェンフェルドはヨーロッパの新教育運動の影響を大きく受 け児童中心主義者としてその潮流を引き継いでいる。

ローウェンフェルドを本節で取り上げる理由は、彼が少年時代から音楽や絵画の才能を 持ち、ウィーンの美術工芸学校や美術アカデミーを卒業したという芸術家としての視点を 持ち合わせている点にある71。ローウェンフェルドは、1921年10月にウィーン大学に入学 しているが、さらにその年に、ウィーンの美術工芸学校(Kunst-Gewerbeschule)にも入学し、

1925年までそこで学んでいる。美術工芸学校入学以前に、彼は美術アカデミーに入学して いるが、教授内容に満足できずに彼はウィーンバウハウスの一形態である「美術工芸学校」

にさらに入学した。美術工芸学校ではF.チゼック(Franz Cizek)に「装飾過程」や「一般形 態学」を学び、さらに彫刻家のステインベルグ(Eugene Steinberg)に彫刻を学んだ。彫刻に おいて「視覚を使うな」という指導に対し、感覚のすべてを制作で使うことが重要だと考え ていたローウェンフェルドは、美術表現における感覚の実験を行う為、盲学校(Hohe Warte) へ行くこととなる。盲学校の校長であるバークレー(Dr.Buekler)はウィーン大学の教授であ った。ローウェンフェルドは校長と直接面会し、粘土を用いた彫刻制作で視覚障害を持つ子 ども達の感覚の実験をすることを申し出たが断られた。これが、ローウェンフェルドがウィ

71 ローウェンフェルドの美術教育論を再考した柳沢佳奈子は、ローウェンフェルドの教育者と 芸術家としての 2 面性に着目している。ローウェンフェルドは自らが「教育者」であることを

「芸術家」であることよりも重要視していたが、彼の思想には「芸術家」としての経験が大き く反映されていると述べている。 柳澤佳奈子「V.ローウェンフェルドの美術教育論再考―教 育者と芸術家の狭間で―」芸術が育てる力研究会 レジュメ 2010 年 5 月 29 日

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ーン大学で心理学を学ぶきっかけとなる。ローウェンフェルドは、校長から実験の許可が下 りなかったにもかかわらず、盲学校で視覚障害の子ども達に粘土を与え制作をさせること を何度か繰り返し、その結果が後に評価されることとなった。校長が替わってから、ローウ ェンフェルドは正式に盲学校で教えるようになり、大学に在籍しながら教鞭を執った。その 間もローフェンフェルドは制作を行い、1926年にはパリ万博の為のステンドグラスのデザ インを行い、受賞を果たしている72

このように、ローウェンフェルドは美術を専門的に学び、そこから心理学、教育に興味を 広げ美術教育学者として成長した人物であり、著書『美術による人間形成』には、美術の専 門的な知識、及び表現者として制作に関わった経験がうかがえる73。このように、美術表現 の知識や経験を多く持つローウェンフェルドは、美術の表現活動が子ども達の「全体的成長

74」を促すという信念を持っていた75。ローウェンフェルドは、創作活動における「全体的 成長」の中に、「創作活動における7つの成長」の要素があるとした。創作活動は、これら の要素の成長にそれぞれ働きかけ、それらが一連のものとなって全体的に子どもに作用す ると『美術による人間形成』で述べている76。本節では、第一項でローウェンフェルドの「全 体的成長」つまり「創作活動における7つの成長」を手がかりに、表現者の立場から、表現 という「行為」が人間の「全体性」を伴う「行為」であることを明らかにする。また、第二 項では、7つの要素の構造化を試みる。

72 ローウェンフェルドの美術教育学者になるまでの経緯は、内田裕子「V.ローウェンフェルド の造形教育理論についての研究」に依拠したものである。内田裕子「V.ローウェンフェルドの 造形教育理論についての研究」1996 筑波大学 芸術学研究科博士論文 pp.2~13 参照

73 V.ローウェンフェルド著『美術による人間形成』第 9 章「青年期の美術」では、子どもの絵 の分析だけでなく、美術における光や色彩、空間への意識、素材への配慮、絵画・彫刻・工 芸・デザインといった分野の細かい技法と注意といった美術の専門的知識が多く述べられてい る。

74 「全体的成長」とは、子どもの知識や技術、といった部分的成長ではなく、全人的人間の成 長、つまり、個人の情緒や身体、知性などを含めた、人間としての全体の成長を指す。

75 ローウェンフェルドは、『美術による人間形成』第1章「教育のための美術の意義」におい て、「どのような創作過程であっても、そこには、子供が単なる一部分だけでなく、<全体>とし て、活動するものである」と述べている。つづけて「美術教育は、児童中心の教育の媒介者と なることができるであろう。」と児童中心主義の立場を主張している。美術の表現活動が人間の

<全体>として活動することから、美術を媒介とした人間形成を目指していることがわかる。

76 V.ローウェンフェルド著 竹内清・堀内敏・武井勝雄共訳『美術による人間形成』黎明書房 1963 p.84

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第一項 ローウェンフェルドの7つの要素と表現者の成長

ローウェンフェルドは、創作活動における成長の要素として、情緒的成長、知的成長、身 体的成長、知覚的成長、社会的成長、美的成長、創造的成長の7つを挙げている。ローウェ ンフェルドは、全体的成長の中の一つの要素だけで、子どもの作品を評価するのは、非常に しばしばみられる誤りであると述べている77。美的成長は、全体的成長の単なる一つの構成 要素であり、作品だけでなく、創造過程に全体的成長が現れることから、特に美術教育にお いて、子ども達の創作活動における全体的成長をよりよく理解し評価する必要性を主張し ている。この7つの要素が、創作活動という「行為」において全体的に作用するものである ならば、これらの要素に即して美術における「行為」を分解し、それらを再構成することで、

創作活動を全体的に説明することができると考える。

そこで本項では、ローウェンフェルドの理論を理解する為に、7つの要素が創作活動にお いてどのように作用するかを、筆者の創作活動に即して具体的に述べる。現在、筆者は、ガ ラス素材を表現媒体として用いた表現活動を行っている。ガラス素材を扱い始めてから 10 年目となった現在、ガラスの特質や性質の美しさを引き出し、且つ自ら表現したいと思うコ ンセプトを融合させた作品を目指し、制作を行っている。表現者は自らが美的だとする感性 や感覚、さらには思想や感情を、知識や技術を用いながら表現することを試みる。美術にお ける表現するという「行為」は、人間の部分的要素に作用しながらも、一連の全体的、総合 的な「行為」であるといえる。筆者の創作活動を7つの要素に適用しつつ具体的にそれぞれ 述べることで、表現するという「行為」が人間の全体的要素を総合する行為であることを明 らかにする。

(1) 情緒的成長(emotional growth)

ローウェンフェルドは、「創作活動を通じてその作者に与えられる情緒的開放は、常に、

かれが自分の作品に、どの程度まで、どれくらいの強さで同一化したかということに、直接 関係してくる。」としている78。心理学で用いられる情緒とは、「感情」とは異なり、持続的 な気質や気分を指すものである79。ローウェンフェルドは「情緒的な安定が、自己の経験の

77 同上書 p.84

78 同上書 p.85

79 齋藤勇「対人感情と情緒の人間関係的アプローチ」『心理学研究』第 56 巻 第 4 号 1985 p.222 参照

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