3−1 複 製 (大 量 生 産 )と芸 術 (固 有 性 )
第 一 章 に書 いてあるように、私 たちが日 常 的 に接 するファッションにおいて、「至 高 の 美 」は殆 んど経 験 されないものである。
しかし、私 がファッションのイデアについて理 性 によってアプローチした考 えでは、日 常 的 な生 活 の経 験 からではなく、人 生 において何 か特 別 な時 における身 に付 けるファッション において「至 高 の美 」は存 在 すると考 える。
たった一 日 だけで、ほんの一 瞬 の輝 きではあるが、誰 にとってもそれを着 たことにより 一 生 大 事 な思 い出 になるウエディングドレスこそがまさにそれではないだろうか。
そもそもウエディングドレスを世 に広 めたのは、イギリスのビクトリア女 王 である。1840 年 に行 った結 婚 式 で、ビクトリア女 王 の着 たシルクサテンとレースの白 いウエディングドレ スとベールは白 で純 粋 無 垢 を表 現 しつつ、実 は低 迷 する国 内 繊 維 産 業 を盛 り上 げる目 的 もあったと言 われる。
この女 王 の結 婚 式 を機 に、ウエディングドレスを着 る習 慣 が庶 民 にも広 がったのである。
また、今 でこそ実 に色 とりどりのウエディングドレスが着 られるようになったが、ウエディン グドレス=純 白 のというイメージになったのは、ビクトリア朝 には、女 性 の処 女 性 を極 端 に理 想 化 する傾 向 があり、純 潔 で無 垢 なイメージを象 徴 する白 いドレスはたちまち多 くの 人 のあこがれのドレスとなり、純 白 のウエディングドレスは正 統 の花 嫁 衣 裳 のシンボルと なったのである。
よく、コレクションの最 後 にウエディングドレスを登 場 させることがある。これはクライマッ クスを飾 るウエディングドレスは、デザイナーの夢 と技 術 の結 晶 でもあるからだ。
ファッションにおける「至 高 の美 」であるウエディングドレスは、オートクチュールのコレクシ ョンで見 ることができる。
2004年 春 夏 パリオートクチュールコレクションで、ジャンポール・ゴルティエ(注 1)は、
水 着 かと一 瞬 目 を疑 う大 胆 なデザインを披 露 した。クリスチャン・ラクロワ(注 2)はフリル で少 女 らしさを演 出 した。一 方 、ハナエモリ(注 3)は光 沢 感 のある白 の飾 りをあしらった 豪 華 なウエディングドレスを見 せた。いずれも白 一 色 の中 に個 性 が光 るものたちばかりだ
った。
何 故 ならウエディングドレスは、それを着 た人 が人 生 の中 で最 も輝 ける、特 別 な機 会 に着 るものであるからこそ、デザイナーには通 常 より多 くのものが求 められるからである。
若 い女 性 に人 気 のブランド「ミス・アシダ」も、コレクションの最 後 は必 ずウエディングド レスで締 めくくられる。デザイナー芦 田 多 恵 氏 は「特 別 な機 会 に着 るものですから、完 ぺ きさが求 められます。多 くの人 が共 通 のイメージを持 つ服 にどう新 風 を吹 き込 むか。条 件 が多 いからこそ、考 える楽 しさもあるのです」と話 す。
このようにウエディングドレスには、着 る人 だけでなく作 る人 など、色 んな人 の思 いがたく さんつまっているので、「たくさんの思 い入 れからできている服 」と言 っても過 言 ではない。
ドレス作 りの全 工 程 は、着 る人 の好 みや体 系 などを考 え、たった一 枚 のドレスであるにも 関 わらず実 に丹 念 に仕 上 げていくのである。その分 、多 大 な制 作 時 間 とコスト がかかっ てきてしまう。そのわりにはウエディングドレスを着 ている時 間 は、長 い人 生 の中 でほん の一 瞬 でしかないかもしれない。
しかし、それを着 た者 にとっては、生 涯 忘 れることなく一 生 大 事 にする思 い出 となる。
つまり、たった一 瞬 の輝 きが永 遠 の美 の経 験 となるのである。この経 験 は他 の既 製 服 に は取 って置 き換 える事 は決 してできない。これこそがファッションにおける揺 るぐことなく絶 対 的 に美 しい「至 高 の美 」の経 験 なのである。
今 は殆 どの人 がオートクチュールではなくて、レンタルのウエディングドレスで済 ますと いうことが主 流 になっているが、たとえドレスがレンタルだとしても、着 た人 にとっての感 動 は他 の既 製 服 では絶 対 に味 わえないものである。オートクチュールと同 様 に、生 涯 忘 れ ることなく大 切 な思 い出 となる事 は変 わらない、その人 にとっての「至 高 の美 」の経 験 で あると言 える。
既 製 服 もそもそもはこの様 な、着 る人 にとって唯 一 の輝 きを目 指 したはずである。しかし 大 量 生 産 に慣 れすぎてしまいその感 覚 は麻 痺 してしまったのだ。
この事 から、「至 高 の美 」の経 験 を乏 しくさせる、現 代 のファッション業 界 における一 番 の原 因 と言 えば、大 量 生 産 であると言 える。
では、日 本 はどの様 な経 緯 をたどって、大 量 生 産 型 の経 済 になっていったのだろうか。
第 二 次 世 界 大 戦 後 、廃 墟 の中 から経 済 回 復 への道 を模 索 した日 本 経 済 は、1950 年 代 後 半 から1960年 代 を通 して本 格 的 な経 済 発 展 を遂 げた。
この時 代 に日 本 経 済 は、高 技 術 ・高 品 質 ・低 価 格 の製 品 開 発 で成 功 をおさめ、また海 外 市 場 の拡 大 等 を背 景 に、1955年 から1970年 までの16年 間 で実 質 GNP 成 長 率 を 年 平 均 9.8%も実 現 し、日 本 経 済 史 上 に伝 説 とさえ思 われる、高 度 経 済 成 長 の時 代 に 突 入 した。
この様 な高 度 経 済 成 長 期 において、特 別 な知 識 や経 験 を要 求 せず、誰 にでも動 かせ るように設 計 された機 械 を多 用 し、流 れ作 業 によって作 業 を単 純 化 するという大 量 生 産 方 式 が確 立 された。この大 量 生 産 こそ日 本 経 済 を大 きく飛 躍 させた原 動 力 であった。
こうした大 量 生 産 により、均 質 な工 業 製 品 が安 価 に消 費 者 に提 供 されるようになった。
生 産 規 模 を拡 大 すればするほど、スケールメリットが働 いて、製 品 はますます安 価 となり、
多 くの消 費 者 の手 の届 くところとなったのである。こうした大 量 生 産 は実 に革 命 的 であり、
社 会 全 体 に大 きな変 化 をもたらした。
大 量 生 産 が可 能 になれば、次 は大 量 消 費 である。消 費 者 がどんどんものを使 わなく ては、生 産 が続 かないからである。企 業 は消 費 を煽 るように、次 から次 へと製 品 の性 能 アップやデザインを新 たにして、市 場 に供 給 していった。
このような大 量 生 産 、大 量 消 費 社 会 を象 徴 する、「消 費 は美 徳 」などというフレーズが当 時 のマスコミをにぎわしていた。
こうして日 本 は、着 実 に完 全 なる大 量 生 産 型 経 済 へと変 化 していったのである。
では何 故 、大 量 生 産 では、ウエディングドレスのように、着 る人 にとって唯 一 の輝 きを 持 つ事 ができないのだろうか。この事 についてもう少 し詳 しく説 明 していく。
例 えば、ある一 流 のデザイナーが、自 分 の娘 のピアノの発 表 会 の為 だけに作 ったと ても美 しいドレスがあるとする。そのドレスは紛 れもなく世 界 に一 つしかないものであり、
固 有 性 を持 つものである。つまり、他 のものと代 えることができないものなのである。
しかし、何 らかの機 会 にそのドレスを見 たアパレルの企 業 が、そのドレスを市 場 で売 り出
せば必 ず売 れると考 え、複 製 (大 量 生 産 )をしたとする。
ところが、大 量 生 産 で作 られたこのドレスは、まず第 一 の目 的 は、“売 る”という事 であ る。この様 な目 的 で作 られているという事 は、とにかくたくさん売 れれば売 れるほどいいの であって、「誰 がどんな場 面 で使 うのか」については基 本 的 にどうでもいい事 である。
つまり、「誰 のためでもいい、どんな場 面 で使 おうと構 わない」という趣 旨 で作 られている ものなのである。
この様 に、大 量 生 産 、すなわち複 製 という行 為 は、物 事 から“固 有 性 ”を取 り除 く行 為 によって、美 に限 らず、価 値 を取 替 え可 能 なもの(固 有 性 のないもの、量 で計 れるもの)
に変 えてしまうのである。
固 有 性 について
例 えば、A と B の2枚 の絵 画 があったとする。この 2 枚 は何 かの作 品 を複 製 したもので はなく、まったくのオリジナルのものである。ここで、「どちらの絵 が美 しいと思 うか」という 質 問 を100人 の人 に聞 いたとする。
そして、100人 中 100人 が「Aの方 が美 しいと思 う」という答 えを出 す結 果 が出 たとしよう。
しかしそれは、各 個 人 における好 みの問 題 によるものだけの話 であり、この結 果 だけで は A が B より美 しい作 品 であるとは言 えない本 当 にどちらが美 しいかというその答 えは 誰 にも言 えないものなのである。
何 故 かと言 えば、それは、芸 術 作 品 にはそれぞれ他 のものにはない固 有 性 を持 っている からである。
「モナリザ」や「ゲルニカ」は一 般 には美 しい名 画 だと言 われている。しかし、それはただ 美 術 史 上 の中 だけでの話 である。つまり、「美 醜 の対 立 を超 越 したもの」という芸 術 作 品 の本 質 で言 ってしまえば、「モナリザ」も、名 も知 られてないような芸 術 家 が作 ったガラクタ のように見 える作 品 も、どれもその価 値 はすべて同 じなのであるという事 が言 えるのだ。
他 のものの固 有 性 を侵 す事 のない、まったくのオリジナリティを持 つ芸 術 作 品 においては、
この様 に、固 有 性 を持 つからこそ芸 術 作 品 は「至 高 の美 」であり、どちらがより美 しいとい