第一節 「織部焼」にみる「へうげ」
「織部焼」の解釈については、いろいろの説がある。 「織部焼」
についての焦点の当て方も「織部焼」からの受け取り方も千差万別
である。
ある本では「織部焼」は「傾きもの」の代表であり、又、ある本 では「へうげもの」が殊更に取り沙汰され、又、ある本では、 「織 部焼」は東洋文明と西洋文明との見事な融合体であるという観点が 強調される。
また「織部焼」そのものの解釈だけでなく、それを確立させた古 田織部正重然の人物像についても同様である。ある説では古田織部 正は豪放嘉弱な戦国武将であり、又、ある説では日和見的な策士で あり、さらに、ある説ではキリスト教徒であるに違いないと力説さ れて、謎が謎を生んで織部正の虚像が膨らむ。
これは、ものを見るとき、そのものの受け取り方は、見る人の心 を通して理解されるからだろう。それは、見る側の心にかかってい
る。ものの存在価値は、すべて「受け手」にかかっている。
意識の伝達は、受け手の心がそこに達していて初めて、心から心 へと、飛び火するように伝わるのであろう。
「織部焼」.の理解についてもそれは全く同じことが言える。これ までに述べてきた「織部焼」の形態的特徴、その派生の周辺の事情 背景、生みの親である古田織部正の人物像などの詳細を知るにつけ
「織部焼」の背:景にある美意識を理解するには、その意匠の考案者、
古田織部正の精神性を考察する必要があると思われる。
その手がかりとして、多種多様な「織部焼」に共通した大きな特 徴は一体何であろうかという原点に立ち、それを切口として考察す
る以外にはないのではないかと考える。
そこで本章では「織部焼」の最も大きな共通的特徴としてあげら れる形状の著しい歪みの問題、更に山掛の上で共通して表現される 余白(粕掛されていない部分・本論ではこれをく織部の窓〉と仮称
しておく)の意味、今一つは、その師、利休の黒から始まり「織部 黒」 「黒織部」にこだわった古田織部正が、何故これらの色彩とは かけ離れた「緑紬」や「青織部」に見られるような華やかな意匠を 手がけたのであろうか、という意識の遍歴の意味、この三点を考察 するこどによって「織部焼」の真の理解へと迫りたい。
「織部焼」の一大特徴は「へうげ」にみることができる。 「へう げ」とは「へうげたる」即ち「丸瓦たる」という感覚的表現を示す 言葉から派生して「ひずみ」や「ゆがみ」の形態を表わす言葉であ
る。
織部正はなぜこのようにわざわざ「へうげ」を茶碗に与えたのか。
この「へうげ」は一体どこから生まれてきたのだろうか。
「織部焼」を年代別に見て「へうげ」が最高潮に達するのは「織 部黒」「黒織部」の沓型茶碗であるが、もうこれ以上歪めることは 不可能であるほどの歪みである。未だ曽って喫茶のための碗がこれ ほどまでに歪められたことはなかった。もうこれ以上は歪められな い、これ以上歪めると碗というものではなくなってしまうというぎ りぎりの限界である。それにしても何故これ程までに歪める必要が あったのか。この歪みは一体何処から生まれてきたのか。
この碗の歪みを辿っていくと、織部正の師、利休へと遡る。そし て更に利休の師、武野面出へと行き着く。武野紹鴎の所持していた 茶碗に作為的ではないが微かに「へうげ」のある一面があり、利休 がそれに着目して故意に「へうげ」をとりいれた茶碗を作った、とi されている。
とすると、それまで完全を求めてきた茶碗の形体が、武野紹鴎に よって打ち破られたことになる。偶然窯の中で「へうげ」を生じて 誰も見向きもせず打ち捨てられてあった一碗をおもしろいとして取
り上げたのが始まりである。更に利休が、それによって啓示を受け 自らの手で「ひねり」を加え「へうげ」た茶碗を初めて創り出した ということになろう。ここに紹鴎の茶の特質があり、千利休が、正 しく紹鴎の茶を受け継いだ確証ともなっている。紹鴎の「一匹おも しろし」とした心と、それを推し進め自らの手でそのように作陶し た利休の心と、更に、それを受け継ぎ沓形にまでデフォルメした織 部の心とが、ここでぴったりと一致するのである。その真意とは何 か、その答えは、やはりこの三者の宇宙観の一致としか言いようが
ない。
では、この三者に共通する宇宙観を探ってみると、ここに彼等の 共通する精神性、即ち「禅」が浮かび上がってくるのである。
前章でも述べたように飲茶が我国に定着するのは禅の修業の折の 不眠覚醒の効用の為に、栄西禅師が禅と表裏一体として用いた結果 であり、後々茶人が茶道を究めようとする時には必ず参禅して、ま ずは禅師に教えを乞うてから行なうことは、よく知られている。
また古田織部正は千利休を師としているが千利休は武野紹鴎に教 えを受け、武野紹鴎は村田珠光を継いだ。その「俺び茶」の創始者
である村田珠光は一休宗純に参禅し、禅と共に茶道についても多大 の影響を受けたとされている。言うなれば、織部正の「茶道」は行
きつくところ一休を発祥源としているとも言える。
古田織部正は大徳寺第百十一世春屋宗園に参禅し、金甫という
「道号」を与えられている。その折の偶が紙屋禅師の偶文を集録し た「円鑑国師一黙稿」に次のように記載されている。
「 古田織部 金品
印斎老人 二日高屋淫蕩三道称、々択金 甫之二字 拙偶一三述其 云云、空劫己前人得之 天然百錬見高姿 丈夫膝下放光処 不屑 分呈麗水奇 」
織部正は六斎と号し、誹を高屋といったが、さらに又、道号を金 甫と授けられたのである。
千利休は第百七世笑領宗訴、及び第九十世大林宗套に参禅し、武 野品品は同じく第九十世心林宗套及び第七十六世古嶽宗旦に参禅し ている。 (ちなみに、村田珠光は第四十七世一休宗純に、である。)
ここに大徳寺法系に参禅し真理を究めようとした三者の宇宙観の一 致を汲み取ることはできないだろうか。
禅の思想は仏教より道教の思想を多く含むと言われる。いわゆる、
老荘思想である。
老子によると、例えていうならば宇宙は一つの器の中の混沌であ り、一つの器の中で雲が形を変えるように形を変え続けている、と なる。つまり、現象の全てが雲のように動き続けるものであり、形 あるものの中に何一つ永遠であるものはない。宇宙の実相は変動し 続けるものである、とする宇宙観である。ここに東洋の考え方の基
本を見るように思うのである。
「織部焼」の意匠は西洋思想では図り知れない面がある。
西洋はギリシャの合理主i義と完全主義を基盤として出発した。西 洋はこの世に完壁を求め、東洋はこの世を変貌し続けるものとして 見てきた。歪みを認めず歪みを避け歪みのないものを求めてきた西 洋と、歪みこそ宇宙の本質として歪みを容認してきた東洋との間に は、出発点において根本的な宇宙観の相違があったのである。
この問題はよく美術家の間で取り上げられてきた。西洋の「完全 美」と東洋の「不完全美」として、である。
岡倉天心は、 「茶の本」31)の中で、 「不完全性の美」について、
見る者の心に自由を与える用を有っ、としている。例えば東洋画の 余白は、その余白の中で鑑賞者は自由に空想を巡らせて遊ぶことが 出来る。そして鑑賞者自体がその絵を完成させる、としたのである。
ところが久松真一博士は、これに反論して、岡倉天心は完全性を目 指す課程として不完全性をとらえているが、不完全性自体の中に美 があるのであって完全性の中には美はない。はっきり完全性を否定 しなければならない、と彼の著書「暉と美術j32)の中で言っている。
更に、柳宗悦は「茶と美]33)と題する著述の中で、天心居士も久松 博士も、不完全性という枠の中で、問うているだけで、その是非を 超えたところ、完全性と不完全性とが溶け合った無碍の境に美があ
ると論じ、その証として井戸茶碗34)(図47)を挙げている。
柳氏の認める不完全性の美とは、巧まざるして出来る自然無為の結 果だというのである。そこには完全性の是非も不完全性の是非もな いとして、その例に「井戸茶碗」の窯の中における自然の歪みや貫 乳や粕垂れの面白さを引いている。柳氏は井戸茶碗は完全性を求め
て造られたものではないと言っているが、果してそうだろうか。そ うではなく、逆に完全性を求めて造られたからこそ庶民の飯碗とし て用いられていたのである。唯、設備や費用等の面で満たされなかっ た分が不完全性として現われたに過ぎない。井戸茶碗は自然無為あ 陶工達の創作の結果ではない。その作意は「完全性」を求めている。
茶碗の歪みも貫乳も高台の粕垂れも偶成されたものである。そこに おもしろさを見出した茶人達の意と、それを造った陶工達の作意と は全く違っている。
茶人達は、その茶碗の中に禅の宇宙観を見出した。この「井戸茶 碗」を最初に茶碗として用いたのは武野紹鴎である。朝鮮半島で庶 民の飯碗として使われていたものが紹鴎の目にとまり、茶会の席に のぼった。以来、高麗の「井戸茶碗」は日本中の茶会を席巻するこ ととなる。茶人達は、この茶碗の姿に現実の宇宙そのものの姿を見 出したのである。久松真一博士は、そのことを言っている。現実の 宇宙そのものの姿に完全性はなく不完全性が真実の姿であり、故に 完全性を否定するのだ、と言っている。これは禅が古来から受け継 いできた宇宙観である。
久松博士は、この「ゆがみ、へうげ」たものの中に美があるとし、
その流れや動きの中に美を見出している。永遠に流動し続ける不完 全性を宇宙の本質と見倣し、賞め讃えているのである。完全なもの は、もうそれ以上流動しない。完全性は停止であり凝固する。宇宙 は片時も、とどまることを知らず流動し続ける。久松博士の論は古 来から続いてきた禅者の観察と共通するものであり、既に自明のこ
とがらである。
老子は「不完全性」について次のようなメッセージを残している。