第3章 調査の記録………一
第3節 縄文時代の遺構・遺物…・・
縄文時代の遺構は、調査区東南部の約3/4の範囲に広がる微高地上と、北西部の1/4程度の広さに認められる 河道部内とに、その分布域を大別することができる。微高地上では竪穴住居状遺構1カ所・土坑3基・焼土遺構
6カ所・その他ピット群を、河道内では貯蔵穴状遺構18基を調査した。地形の違いに加え、遺構の性格の差も大 きいことから、両地域ごとに分けて概説しよう。
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顯被熱痕跡(焼土・焼成面) 認炭化物分布域 図12 縄文時代検出遺構全体図縄文時代の遺構・遺物
各遺構の分布状況は、調査区東端に竪穴
置で確認することができた。
平面形は円形を呈し、規模は直径588cm を測る。深さは、検出面から20〜15cmが認
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a.調査区東半部 b.調査区西半部 図13 縄文時代遺構全景〈微高地部〉(南から)
7潮 められる。底面は標高2.7m〜2.6mに位置・、繊二。灘藷
る。埋土は、全体を覆う1〜4層に関して 図14 縄文時代遺構西半〈土坑2周辺〉(南から)
調査の記録
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【A断面】
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1. 暗茶灰色粘質土 (炭・焼土粒多)
2. 茶灰色粘質土 (炭・焼土粒多)
3a.暗灰色粘質土(炭多)
3b.暗茶灰色土 4. 暗茶灰色粘(質)土
(炭・焼土少、黄澄色粘土ブロック)
5. 淡青灰色粘(質)土(Mn・Fe少)
①②暗灰褐色粘質土(Mn・Fe少)
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【焼土遺構1】
図15 竪穴住居状遺構1・焼土遺構1
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(S=1/20)1.榿色土 2.黄榿色土 3.榿灰色粘質土
縄文時代の遺構・遺物
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図16 竪穴住居状遺構1・焼土遺構1(東から)
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S2
番号 器種 最大長(㎜) 最大幅(㎜) 最大厚(㎜) 重量(9) 材質 特 徴
Sl 石鐵 (194) (12.1) 3.7 0.9 サヌカイト 左辺欠損
S2 模形石器 30.5 35.5 7.0 8.0 サヌカイト 左辺に段状剥離
番号 器種 法量(cm) 形 態 ・ 手 法 他 色 調 胎 土
1 深鉢 一 全体摩滅、口縁拡張面に沈線・刻み目、波状口縁 赤燈〜淡橿褐色 粗〜細礫、赤色粒
2 深鉢 一 ナデ、口縁肥厚部に刺突文と沈線文(先端曲がる)、波状口縁 茶褐色 細砂、細礫少
3 深鉢 一 全体摩滅 灰褐色 微砂、角閃石少
図17 竪穴住居状遺構1出土遺物
は基本的な土質の違いは小さいが、最初の埋土となる4層の包含物にブロック状の基盤土層が認められる点、焼
土や炭化物が多く含まれる1・2層の中でも、1層では5mm程度の大粒の炭化物や焼土粒が含まれる点などが特
徴的である。また、5層は青灰色を呈し、一部で溝状の窪みも見せることから壁帯溝の可能性も考えられる。柱穴の可能性があるP1・2の埋土は暗灰褐色粘質土で、1〜5層よりはやや茶色を強める。
焼土遺構1は同遺構内の中央部南寄りの位置で、床面上面で検出された。焼土遺構から広がる焼土粒の顕著な 分布域は、同遺構中央部を南北に断ち切ったトレンチを挟んで、東西1.5mに及ぶ。また、直径45cmの被熱を強 く受けた範囲内には厚さ10cm程度を測る焼土塊が残る。被熱の及ぶ深さは、焼土下10cm(床面から15cm程度下)
までに達し、黄橿色土として被熱した状態を示す。さらに、周囲の基盤層にも弱い被熱痕が認められ、橿灰色粘 質土となる。
遺物は、縄文時代後期の土器6点(うち掲載は3点)、石器2点(S1・2、図版6)が出土した。その他に、
検出段階にも同様の土器片がポリ袋1袋(13号)程度含まれる。いずれも小片であるが後期前半の様相を示す。
石器は、石繊と模形石器各1点が出土しているほか、3点(計146g)のサヌカイト剥片が出土している。
同遺構の性格に関しては、柱穴が不明瞭な点や遺物が少なくいずれも小片である点、あるいは、床面が不安定 な点などから、住居としての認定に躊躇せざるを得ない。ただ、埋土の特徴から平面形は比較的明瞭であり、焼 土遺構の存在も積極的に評価するとすれば、住居以外の遺構を想定することも困難である。同時期の住居形態に
調査の記録
関して、今後検討する中で、本遺構の位置付けを行う必要がある ことを指摘し、ここでは、住居状遺構として、その事実関係を報 告するに留めたい。
b 土坑
土坑1(図18〜21、図版9)
調査区西半部のAWO1−05・06区に位置する。微高地から調査
区北西部に走る河道に向かって地形が下降する肩部にあたり、周 辺はピット等の遺構が希薄な状態にある。検出面は15層上面で標高約2.64mである。本土坑上部において は、一部が重なり合った状態でサヌカイトの板状石材5点が出土 した。それらの頂部レベルは標高約2.67mであるため、検出段階 には、サヌカイトの一部が露出した状態にあり、これらが、掘り 方を有する遺構内に埋納されていたとすれば、本来の上面は、よ り高い位置にあったことが予想される。また、石材の置かれた 底面のレベルは標高2.6m付近に認められる。
土坑は、西側部が破壊されているため正確な平面形態は不明 であるが、残存値から直径74cmの円形プランが復元される。掘 り方は、深さ24cmのボール状の断面を認めたが、淡灰色土の埋
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石材出土状況(a.西上から b.西横から)
図18 土坑1
縄文時代の遺構・遺物
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0 5cm
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番号 器 種 最大長(㎜) 最大幅(mm) 最大厚(mm) 重量(9) 材 質 特 徴
S3 石器原材 116.6 126.3 17.4 281.6 サヌカイト 上部に打点明瞭に残る。1辺に勇断面が残るほかは自然面
S4 石器原材 157.3 107.9 28.0 452.8 サヌカイト 全辺自然面。表面は複雑な剥離
図19 土坑1出土遺物1
土には汚れなどの特徴もなく、基盤層との僅かな差を何とか見いだした程度のものであったことから、全体とし ては極めて不明瞭な状態といえる。また、標高2.41n付近に求められる土坑底面と、サヌカイト集積には約20cm の間隔が存在する。このような状況から、サヌカイト群の集積が土坑内に納められた状況にあったかどうかにつ いては確定的とは言い難い。旧地表面に置かれた状態にあった可能性も考えられる。
図
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融縄文時代の遺構・遺物
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S7
0 5cm
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番号 S7
器 種 石器原材
最大長(㎜)
1921
最大幅(mm)
972
最大厚(㎜)
188
重量(9)
2965 材質
サヌカイト
特 徴
自然面残る。1辺は表裏とも細かな調整を加える
図21 土坑1出土遺物3
らの打点が明瞭に観察され、数カ所に細かな剥離痕が残る。S5は裏面がほぼすべて自然面である。表面も3割 近くが自然面であり、最も自然面が多い資料である。下辺に勇断面があるほかは、加工痕はほとんどみられない。
S6は裏側に明瞭に残る打点からの打撃で原石から分離させたのち、表面の側辺から加工を施している。その2 次的な加工のために上半が分厚く、下半は薄いというアンバランスな断面形状を呈している。一方、S7は唯一 縁辺の剥離が非常に顕著な資料である。側縁の1辺の表裏に細かな打撃を加え、下半部については刃に近い状態 をつくりだしており、香川県善通寺市永井遺跡などでみられる「打製石斧の素材もしくはその他の打製石器の素材 剥片を生産する石核石材に関連する資料」(註)に類するものと考えられる。ただ、上半は粗い調整のままであり、
使用痕もないことから製品化を途中でやめ再び原材とした可能性がある。長さは5点中最大であり、加工面が多 いことから自然面が残る割合は最も少ない。
総じて大きさ等の形状に際だった違いはないが、S7のみ加工が密で未成品の可能性がある点で特色を見せて いる。これら5点を合わせた総重量は約1.7キロで、これは本調査区出土の石器・剥片の合計重量のうちの13.6%、
サヌカイトに限ると実に50.3%に及ぶ。後者を評価すれば、本調査区出土規模程度の石器の量であれば、本土坑 出土の石器原材で賄うことができる計算になる。なお、いずれの資料にも接合関係は認められなかった。
土器を共伴していないが、周辺の状況から、縄文時代後期に属する可能性が高い。
(註)竹広文明 2003「縄文時代におけるサヌカイト使用」『サヌカイトと先史社会』渓水社 pp。90−217
石器の原材料とみられ る板状に加工した大型の サヌカイト片は、計5点 で、他に剥片等は出土し ていない(図19〜21、図
版9)。S3は4辺の長さ
が等しく正方形に近い形 状で、加工痕は上部の強 い打撃痕と、側面に勢断面が1辺見られるだけ
で、原石から分離して以 降ほとんど手が加えられ ていない状態である。5 点のなかでは最も厚さが 薄く重量も軽い。一・方、S4は厚さ・重量とも最
大で、重量はS3の1.6倍 にも及ぶ。裏面は原石か らの剥離面であり、側面 には加工はほとんどみら れないが、表面は縁辺か土坑2(図22〜23)