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本研究は、優れた深さ分解能を有する高分解能ラザフォード後方散乱法(高分解能 RBS)における、散乱イオンの荷電分布や多重散乱の影響を実験的・理論的に検討して、

深さ方向組成分析における分析精度の向上を目指すとともに、軽元素をサブ nm レベル の深さ分解能で、比較的高感度で測定が可能な新しい高分解能反跳粒子検出法(高分解 能 ERDA)を提案し、その評価を行ったものである。

第3章では、高分解能 RBS分析において問題となる散乱Heイオンの荷電状態分布に ついて調べた。実用表面を有する SiO2を用いて、1 価の Heイオンの割合のエネルギー 依存性およびその出射角依存性について実験的に調べた。1回散乱を前提としたシミュ レーションスペクトルと測定スペクトルとの比をとることにより 1 価の He イオンの割 合を評価した結果、250 keV~400 keVのエネルギー領域ではArmstrong らの経験式とよ く一致したが、250 keV 以下の低エネルギー領域では出射角度依存性があるようにみえ た。出射角度依存性は、本来、高エネルギー領域において顕著になることから、測定ス ペクトルの低エネルギー領域において多重散乱の影響が現れたことに起因するものであ ると推測した。そこで、多重散乱を考慮したエネルギースペクトルを、モンテカルロシ ミュレーションコード CORTEO を用いて計算し、測定スペクトルとの比をとった結果、

出射角度依存性は殆ど認められなくなった。最終的に得られた荷電状態分布をArmstrong らの経験式と比較した結果、250 keV~400 keVのエネルギー範囲では両者はほぼ一致す ることがわかり、このエネルギー領域では Armstrong らの経験式により荷電状態分布を 補正することが有用であることが確認できた。さらに、250 keV 以下のエネルギー領域

では、Armstrongらの経験式を用いるよりも、SiO2の測定スペクトルとCORTEOで計算

したスペクトルとの比から求めた 1 価の He イオンの割合を用いる方が、より高い精度 で荷電状態分布を補正できることがわかった。

第 4章では、高分解能 RBSを用いて、Si基板上の極薄 HfO2膜を測定したときにみら れる Hf のスペクトルの低エネルギー側に生じるテールを詳細に調べた。Si 基板上の極 薄 HfO2膜は、最先端 Si デバイスの電界効果トランジスタ部に用いられているものであ る。この極薄 HfO2膜と Si 基板との界面近傍を評価するには、イオンスパッタを用いず に深さ方向組成分析ができて、かつ、高い深さ分解能を有する高分解能RBSが適してい るが、HfO2膜の厚さや出射角を変えて測定した Hf のスペクトルを詳細に見ると、低エ ネルギー側にテールが生じることがわかった。このテールが、Hf 原子が HfO2膜から基 板中に拡散することによって生じたものであるかどうかは、電界効果トランジスタの電

気特性の観点から非常に重要である。測定スペクトルと 1回散乱のシミュレーションス ペクトルとの比較から、Hfスペクトルのテールは、Hfの拡散によるものではなく、HfO2

膜の不均一性やラフネス、あるいは、エネルギーロス・ストラグリングなどでも説明で きないことがわかった。測定スペクトルを、多重散乱を考慮したモンテカルロシミュレ ーションスペクトルと比較することにより、Hf スペクトルのテールは、HfO2 膜中にお ける He イオンの多重散乱によって生じたものであることがわかった。実用性の観点か ら、時間のかかるモンテカルロシミュレーションコードを使わないで、多重散乱により 生じたテールを評価できる解析式を導出した。得られた解析式は、多重散乱分布関数の 半値幅を計算するときの定数Cとして適切な値を選ぶことにより、観測したテールをお およそ再現することができた。この解析式は、低エネルギーテールを瞬時に計算できる ことから、薄膜中の元素の拡散や膜厚の一様性を評価するときなどに、どの条件で測定 すれば多重散乱が生じないかを大まかにチェックするために用いることができる。

第 5 章では、最先端の Si デバイスの評価において重要となっている Si 基板の極浅領 域に注入したホウ素の分析方法を検討した。高分解能 RBS では、基板 Si から生じるバ ックグラウンドをチャネリング測定によって低減し、ホウ素の信号強度を上げるために 測定時間を長くした。それでも検出感度は 1 at.%程度であった。次に、高分解能RBS装 置を用いて、Heイオンを照射し、反跳したホウ素イオンを検出する方法(以下Heプロ ーブ ERDA と略記)を検討した。散乱 Si によるバックグラウンドが反跳ホウ素のスペ クトルと重なるものの、表面における深さ分解能は 0.5 nmと見積もられ、高分解能RBS

の 0.7 nmよりも高く、感度も若干高いことがわかった。さらに、高分解能 RBS装置を

用いて、Arイオンを照射し、ホウ素イオンを検出する方法(以下ArプローブERDAと 略記)を検討した。散乱 Ar イオンは、検出器の前にマイラー膜を設置することにより 除去した。Arイオンをプローブに用いることによってホウ素の検出感度は2桁以上向上 したが、Ar イオンの Si 中における多重散乱により、深さ分解能が大きく劣化した。以 上の高分解能 RBSとHeプローブERDA とArプローブ ERDAについて検出感度や定量 精度、深さ分解能などを比較検討した結果、これらの分析方法の中では He プローブ ERDA が最も優れていることがわかった。任意の深さにおける深さ分解能が実験的に求 められなかったので、モンテカルロシミュレーションコード CORTEOを用いてHeプロ ーブ ERDAと Arプローブ ERDAの深さ分解能を定量的に評価した。その結果、調べた 範囲では、いずれの分析手法においても表面から測った出射角が 5°において深さ分解能 が最大になり、深さ5 nmでは、それぞれ1.7 nmと3.7 nmであった。反跳散乱したホウ 素イオンの荷電状態分布は、感度の高い Ar プローブ ERDA の実験から求め、半経験式 との比較から、数百 keV領域においては、Zaidinsの半経験式が使えることがわかった。

以上の結果は、産業界の分析の現場において、以下のように活用できる。

・通常の依頼分析試料(実用表面を有する)を高分解能 RBS で分析する場合、1 価の Heイオンの価数の割合は、250 keV以上のエネルギーではArmstrong らの経験式で補 正すればよいが、250 keV以下では本研究によって得られた実験結果(図 3-12)を用 いることにより、定量精度の向上が期待できる。

・高分解能RBSにより重元素を含む薄膜を分析する場合、多重散乱によるテールが生じ ない条件で測定することが重要であり、その条件を探すために、概略の条件だしは本 研究で導出した計算により行い、その後でモンテカルロシミュレーションによる条件 だしを行えば、適切な測定条件を比較的短い時間で決めることができる。

・HeプローブERDA によってSi中のホウ素を分析する場合、検出器の前に0.7μmのマ

イラー膜を設置して散乱 Si+によるバックグラウンドを低減し、モンテカルロシミュ レーションを用いて最良の深さ分解能が得られる分析条件を選ぶことにより、感度と 深さ分解能のさらなる向上が期待できる。

付録