3.4 結果と考察
3.4.3 モンテカルロシミュレーションによる多重散乱の補正
RBS のスペクトルシミュレーションは、通常、1 回の大角散乱を仮定して計算されて おり、通常の測定スペクトルの解析に必要な十分な精度が得られている。しかしながら、
照射イオンのエネルギーが低い場合や、照射イオンが深い領域から散乱された場合には、
測定スペクトルと1回散乱のシミュレーションスペクトルとの間に違いが生じる。その 原因は、それらの測定においては、多重散乱が生じる確率が高くなるためであると考え られている[10]。そこで、図3-7に示された1価のHeイオンの割合のみかけ上の脱出角 依存の原因が多重散乱であると考え、以下の解析を行った。
多重散乱を考慮したスペクトルシミュレーションの方法として、モンテカルロシミュ レーションがある。ここでは、Schiettekatteによって開発されたモンテカルロシミュレー ションコードCORTEOを用いることとした[9]。SiO2(500 nm)/Si について1回散乱シミ ュレーションとモンテカルロシミュレーションコード CORTEO により計算されたスペ クトルを図 3-8から図3-10に示す。これらの図から、表面から測った出射角が小さくな るに従い、低エネルギー領域で、両者のシミュレーション結果の間での乖離が大きくな ることがわかる。表面から測った出射角が 5°、10°、25°のときの1 回散乱シミュレーシ ョンスペクトルとモンテカルロシミュレーションスペクトルとの比をまとめて図 3-11 に示す。出射角 25°においてさえも 150 keV 付近より低いエネルギーでは多重散乱の影 響があらわれ、出射角5°では、250 keV付近から多重散乱の影響が現れていることがわ かる
以上のように、モンテカルロシミュレーションによって、SiO2(500 nm)/Siについて測 定した高分解能 RBSスペクトルの低エネルギー領域は、多重散乱の影響を受けることが わかった。表面から測った出射角 5°、10°、25°で測定したスペクトルをモンテカルロシ ミュレーションスペクトルで除した結果をまとめて図3-12に示す。測定した全てのエネ ルギー範囲にわたって、1価のHeイオンの割合に、出射角依存は殆ど認められない結果 となった。したがって、1 回散乱のシミュレーションスペクトルで測定スペクトルを除 した場合にみられた 1 価の Heイオンの割合の出射角依存は、見かけ上のものであり、
多重散乱の影響の出射角依存に起因していることがわかった。
ここで示した結果は、高分解能RBSスペクトルの解析において荷電状態分布の補正を するためにしばしば用いられている単純な方法、すなわち、観測された1価の He イオ ンの RBS スペクトルを炭素薄膜で観測された経験的な 1 価の Heイオンの割合(図 3-2 の実線)で除することにより、250~400 keVのエネルギー領域では、信頼性の高いスペ クトルが得られることを保障するものであると考えられる。しかしながら、250 keV 以 下のエネルギー領域では、Armstrong らの経験式は我々の測定結果と乖離している。さ らに、彼らが経験式を導出するために用いた荷電状態分布の測定値は200 keV以上のエ
ネルギーの Heイオンである。したがって、250 keV以下のエネルギー領域においては、
Armstrongらの経験式は使わず、図 3-2に示す実験結果を用いることによって、精度の良
い補正ができる。
0 10000 20000 30000 40000 50000 60000
100 150 200 250 300 350 400 450 500
Energy (keV)
Yield
1回散乱 Sim.
Corteo Sim.
図3-8 1回散乱シミュレーション(青色実線)と多重散乱を含むモンテカルロシミュレーション(赤 色実線)。SiO2(500 nm)/Si に500 keVのHeイオンを照射し、散乱角は50°、表面から測った出 射角は 25°。
0 2000 4000 6000 8000 10000 12000
100 150 200 250 300 350 400 450 500
Energy (keV)
Yield
1回散乱 Sim.
Coeteo Sim.
図3-9 1回散乱シミュレーション(青色実線)と多重散乱を含むモンテカルロシミュレーション(赤 色実線)。SiO2(500 nm)/Si に500 keVのHeイオンを照射し、散乱角は50°、表面から測った出 射角は 10°。
0 1000 2000 3000 4000 5000
100 150 200 250 300 350 400 450 500
Energy (keV)
Yield
1回散乱 Sim.
Corteo Sim.
図 3-10 1 回散乱シミュレーション(青色実線)と多重散乱を含むモンテカルロシミュレーション
(赤色実線)。SiO2(500 nm)/Si に500 keV のHeイオンを照射し、散乱角は50°、表面から測っ た出射角は5°。
0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1 1.1
100 150 200 250 300 350 400 450
Energy (keV)
C or te o si m ./ S la b si m .
○ 25度
○ 10度
△ 5度
図 3-11 1 回散乱シミュレーションスペクトルとモンテカルロシミュレーションスペクトルとの比。
250 keV 以下のエネルギー領域で、両者の乖離が大きくなることが明瞭にわかり、乖離の主た
る原因は多重散乱の影響であると考えられる。いずれもSiO2(500 nm)/Si に500 keVのHeイ オンを照射し、散乱角は 50°、表面から測った出射角は5°、10°、および25°。
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
100 150 200 250 300 350 400 450 500
Energy (keV) He
+fra ct io ns
図3-12 測定スペクトルとモンテカルロシミュレーションスペクトルとの比をArmstrngらの経験式 と比較したもの。1 回散乱シミュレーションスペクトルとの比をとった場合に250 keV 以下でみら れた 、 出 射 角 に よる 違 いは 殆 ど 認 め ら れ なく な った 。250 keV か ら 400 keV の 範 囲 で は
Armstrongらの経験式による計算値(黒色実線)とよく一致する。