第 1 節 本研究の要約
本研究では、体育の授業実践場面における動機づけの改善という視点から、体育における多 様な学習動機を特定し、その統合的構造を明らかにするとともに、動機づけの基本的条件とし ての学習環境要因が動機づけに及ぼす影響を検討することを目的とした。
そのため、まず、第1章では、学校教育および体育学習における動機づけ研究の意義にふれ、
動機づけ理論の内容について概説するとともに、体育学習に関連したこれまでの動機づけ研究 を振り返り、授業実践への貢献という視点からみた先行研究の問題点を整理した。問題点は、
①体育の授業実践場面における個の理解の不足、②体育の授業実践場面における学習環境要因 の影響に関する研究の不足の2点であった。
第2章では、第1章で整理したこれまでの動機づけ研究の問題点を踏まえ、以下の2つの本 論文の目的が述べられた。
第1に、体育授業への学習動機を授業実践場面を重視したボトムアップ的な観点から特定し その機能を検討するとともに、個人差を把握するという観点から学習動機の統合的な構造を検 討する。また、体育における学習動機を測定する尺度を作成することも目的とした。
第2に、動機づけの基本的条件である学習環境要因が学習動機に及ぼす影響を明らかにする であった。
第3章では、問題点①の体育の授業実践場面における個の理解を受けて、3つの研究が行わ れた。まず、第1節(研究1)では、体育授業実践場面を重視したボトムアップ的な観点から 体育における学習動機の把握とその機能の検討が試みられた。その結果、①充実志向、②承認 志向、③実用志向、④集団志向、⑤成績志向、および⑥優越志向の6つの多様な学習動機が特 定され、学習行動(学習方略の使用)との関連から、内発的動機から外発的動機を含む多様な 学習動機が体育学習への動機づけを支えていることが明らかにされた。
つぎに、第2節(研究2)では、体育学習を支える多様な学習動機が個人の中でどのように 統合され、個人差を形成しているのかを検討するため、クラスター分析により学習動機類型(タ イプ)を検討した結果、①自我関与型、②成績重視型、③平均型、④課題関与型、⑤成績不安 型、⑥関係依存型、⑦統合型、および⑧無動機型の8つの学習動機類型が見出され、体育学習 への動機づけに際しては、これら学習動機における個人差(統合の段階)を把握することの重 要性が示唆された。
最後に、第3節(研究3)では、研究1で明らかになった6つの下位尺度から構成される体 育における学習動機測定尺度の作成が試みられ、信頼性と妥当性を有する尺度であることが確 認された。
第4章では、問題点②の体育の授業実践場面における学習環境要因に関する研究の不足を受
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けて、3つの研究が行われた。まず、第1節(研究4)では、体育授業場面の動機づけ構造が取 り上げられ、体育授業における学習環境として、「挑戦的環境」、「規範の欠如」、「脅威的環境」
の3つを見出した。これらの学習環境の認知と動機づけとの関係を検討した結果、体育授業の 環境を挑戦的と認知している児童生徒は、学習動機が高く、授業場面でより深い学習方略を採 用しているとともに、基本的欲求を充足しており、体育学習に肯定的な態度を形成しているこ とが明らかとなった。これに対して、体育授業を脅威的な環境であると認知している児童生徒 は、体育学習を回避しようとする動機が高いばかりか、積極的な学習方略の使用を選択せず、
むしろ学習を回避しようとする方略を採用していることが明らかとなった。以上のことから、
体育授業における動機づけを高める学習環境として、授業に挑戦的な環境を作り出し、脅威的 な環境を抑制する必要性が示唆された。
つぎに、第2節(研究5)では、達成目標理論の観点から体育学習における動機づけ雰囲気 が取り上げられ、「熟達志向的な動機づけ雰囲気」、「協同志向的な動機づけ雰囲気」、および「成 績志向的な動機づけ雰囲気」の3つが見出された。これらの動機づけ雰囲気の認知と動機づけ との関係を検討した結果、「熟達志向的な動機づけ雰囲気」と「協同志向的な動機づけ雰囲気」
は学習動機を通して動機づけを高める方向で影響するのに対して、「成績志向的な動機づけ雰囲 気」は、動機づけを抑制する方向で影響することが明らかとなった。したがって、体育学習へ の児童生徒の動機づけを高めるためには、教師による適切な動機づけ雰囲気の創出の重要性が 示唆された。
最後に、第3節(研究6)では、自己決定理論の観点から体育学習場面における教師の自律 性支援行動が取り上げられ、「一般的学習支援」行動、「有能さ支援」行動、および「自律性支 援」行動の3つを見出した。これらの教師行動と動機づけとの関連を検討した結果、教師が児 童に声をかけ、できたときにはほめ、選択の機会を与えるような「一般的学習支援」行動を行 うほど、児童は充実志向、集団志向、優越志向を高めることを通して動機づけを高める関係が 認められた。また、教師がうまくできるように教えるやわかりやすく教えるといった「有能さ 支援」行動を行うほど、充実志向、集団志向、実用志向を高めることを通して動機づけを高め る関係も認められた。
以上、第4章では、動機づけ構造、動機づけ雰囲気、および自律性支援行動の学習環境要因 が動機づけに影響することが明らかとなった。このことは、体育学習への動機づけを考えた場 合、学習環境要因が動機づけの基礎的条件となっていることが示唆される。さらに、動機づけ の改善には、個人への動機づけだけでなく、学習環境への働きかけも有効なことが示唆された。
とりわけ、体育学習場面における適切な学習環境の創出は教師の力量によるところが大きいと 考えられることから、動機づけの改善を目指す教師に有益な視点を提供するものと考えられる。
第 2 節 教育実践への示唆
本研究では、授業実践への貢献という観点からみた先行研究の問題点として、①体育の授業
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実践場面における個の理解の不足、②体育の授業実践場面における学習環境要因の影響に関す る研究の不足の2点を指摘した。本節では、本論文で得られた結果から導かれる体育学習への 動機づけの改善への示唆を検討する。
まず、第3章の研究から、体育学習への動機づけは内発的動機から外発的動機に至る多様な 学習動機によって支えられていることが示された。そして、これら性質の異なる学習動機が個 人の中で統合され、無動機型から統合型に至る学習動機の個人差を形成していることも示され た。
鹿毛(1999)が指摘したように、これまでの動機づけ研究は、「二項対立的発想」から動機づ けを捉えようとする傾向が強く、結果として体育学習への動機づけを支える多様な学習動機を とらえきれていないという課題があった。また、学習意欲の構成要素を分類して理論構成しよ うとする傾向がみられることから、結果的に個人を複数の要素に分断して扱うことになり、個 人を統合体として理解していないという課題もあった。第3章の結果はこれらの課題に対する 1 つの回答と考えられることから、体育学習への動機づけを考えた場合、個人の中でどのよう な学習動機が統合されて動機づけを支えているのか、その統合的構造の個人差を理解しそれに 応じた動機づけを行うための貴重な示唆が得られたものと考えられる。
つぎに、第4章の研究から、体育学習への動機づけは個人を取り巻く学習環境要因によって も影響を受けることが示された。すなわち、動機づけを高めるためには、①協力的なクラスの 雰囲気の中で、児童生徒一人ひとりが目標を持って積極的かつ自主的に課題に取り組み、努力 や進歩が評価されるといった挑戦的かつ脅威的ではない学習環境をデザインすること、②体育 学習場面では努力や進歩が評価されるという熟達志向的な雰囲気と助け合いや協力が重視さ れているという協同雰囲気を創出すること、および③教師が児童に声をかけ、できたときに はほめ、選択の機会を与えるような「一般的学習支援」行動と教師がうまくできるように教 える、わかりやすく教えるという「有能さ支援」行動を積極的に行うことの重要性が示唆され た。
これまでの動機づけ研究がややもすると認知・感情・欲求といった個人内要因への働きかけ を重視していたのに対して、本研究の結果は、動機づけ構造や動機づけ雰囲気、自律性支援行 動の観点から、教育環境を改善することが学習動機を高めることを通して、体育学習への動機 づけを高めることが可能であることを示すものであり、教師を含めた学習環境のあり方は体育 学習への動機づけを高めるための前提、もしくは基礎的条件であることを示唆している。体育 学習への動機づけを高める教育環境のあり方については、今後も様々な観点から検討される必 要があろうが、本研究結果は適切な学習環境を創出するための手がかりとして教師に重要な示 唆を与えるものと考えられる。
第 3 節 今後の課題
本節では、体育の授業実践場面における動機づけの改善という観点から、今後の課題を検討