• 検索結果がありません。

本研究では日本人女性における下肢筋量,歩行動作および年齢との関係性,そしてそれら の関係性が同一個人内における変化においても同様の傾向が見られるかを明らかにするこ とを目的とし,3 つの章を設け研究を行った。本章では各章の要点をまとめるとともに,歩行 動作,下肢筋量および年齢との関係性,本研究の限界,今後の展望そして結論について述べ る。

各章のまとめ

高齢者の日常生活を阻害する要因の一つとしては,身体機能の老化によって生じる歩行 能力の低下が挙げられる。高齢者が身体的に自立した日常生活を送るためには,加齢による 歩行能力の低下を防止・抑制することが望ましく,その策を考えるためには歩行の加齢変化 を理解することが重要である。この歩行動作への老化の影響は女性においてより深刻であ ると考えられることから,第 2 章では 86 歳までの女性 128 名を対象に,若年者,中年者およ び高齢者の歩行動作を横断的に分析した。歩行動作は三次元動作解析システムを用いて解 析し,歩幅,歩行速度および歩行周期などの歩行関連指標と下肢関節角度および角速度など の下肢関節運動指標を算出した。これらの歩行指標と年齢との相関係数を算出することで 歩行動作への年齢の影響を検討した。その結果,年齢は多くの歩行関連指標および下肢関節 運動との間に有意な相関関係が認められた。年齢と歩行速度とは無相関であるにも関わら ず,歩幅や歩調そして蹴り出し動作に関連する下肢関節運動指標が年齢の増加とともに変 化するという知見が得られた(図 2-8,図 2-9 および図 2-10)。

これらの年齢と相関関係にあった歩行動作の加齢変化は,加齢による筋肉の減弱などの 身体機能の低下に起因している。特に年齢との相関が高かった立脚終期から遊脚初期にか

117

けての下肢関節運動は大腿部や下腿部の筋群の活動によって成立する。従って各関節運動 に関わる大腿部および下腿部の筋評価を併せて行うことで加齢による歩行動作の変化をよ り高次的に理解できると考えられる。これらを踏まえ,第 3 章では下肢機能の評価の一つで ある筋量評価に着目し,若年者から高齢者を対象に下肢筋量と歩行動作および年齢との関 係性を検討する。対象としたのは前章と同じく 86 歳までの女性 124 名であり,これらの参 加者に超音波画像診断装置を用いた大腿部および下腿部の筋横断面積の測定を実施した。

また第 2 章の歩行解析に加え,下肢関節角加速度,各関節運動のピーク出現時期およびフッ トクリアランスを算出した。そして女性における下肢筋量と歩行指標との相関係数を算出 した。また歩行老化の加速の要因となるような,高齢期において大きく変動する歩行指標が ある可能性を考慮し 65-75 歳の高齢群を対象とした時の下肢筋量と歩行指標間の相関係数 の算出も行った。その結果,下肢筋量は歩幅や歩調などの歩行関連指標(図 3-4~図 3-9)や 下肢関節運動(図 3-10~図 3-13) との有意な相関が認められた。特に蹴り出し付近の足関 節運動などが全ての筋群の筋量と有意な相関関係があり,下肢筋群の筋量が大きいほど足 関節の底屈運動が増大することが示された。また高齢群は全年齢群と比較し下肢筋量との 間に有意な相関関係を示す歩行指標は少なかったもの,関節角加速度やそのピーク時期と いった歩行指標が高齢者の下腿部の筋量と強い関係性がある可能性が示された(図 3-18)。

これらのことから,歩行指標における加齢変化の一部が下肢筋量の加齢性の減少によって 説明できる可能性がある。

しかしながら,これらの相関関係は広い年齢層の女性のデータを横断的に分析したもの であり,個人の下肢筋量の増減に対する歩行動作の変化においても,同様あるいは類似した 傾向が見られるかを縦断的に追及する必要がある。そこで第 4 章ではいままでの章で得ら れた相関関係が実際の個人での下肢筋量の増大による歩行動作の変化と同様の傾向が見ら れるかを検討した。18 名の高齢女性に対し 10 週間の運動・生活介入を行い,介入後に歩行 速度が維持もしくは増加した参加者 7 名を対象に介入前後の下肢筋量および歩行動作の変

118

化を分析しケーススタディを実施した。ケーススタディでは第 3 章にて確認した歩行と筋 量の相関関係に対し,個人内の筋量の増大による歩行動作の変化が異なるか否かを確認し た。対象とした歩行指標は下肢筋量との有意な相関関係があり,歩行速度との有意な相関が ないものに限定した(表 4-3)。介入後の下肢筋量は全ての参加者で増加しており,減少した 者はいなかった。そのため対象者の介入後の各筋群の増加率をもとに,膝伸筋群,膝屈筋群, 足背屈筋群,および足底屈筋群がそれぞれ大きく増加した参加者に着目し検討を進めた。介 入後の下肢筋量と歩行動作の変化を併せてみると,蹴り出し期や遊脚期中の歩行指標は,第 3 章の相関関係と同傾向の変化を示す参加者が多かった。一方で荷重応答期の歩行指標に関 しては,下肢筋量の増大以外の要因が強く影響したのか,ほとんどの参加者において第 3 章 で得られた相関関係とは異なる傾向を示していた。これらの結果をまとめると第 3 章で得 られた相関関係の一部は下肢筋量増大に対する歩行動作の変化と類似した傾向があり,こ の結果は高齢女性の下肢筋量の増大を促すことで歩行動作の改善できる可能性を提示して いる。

歩行動作,下肢筋量および年齢との関係性

本論文の研究をまとめると,大腿部,下腿部の筋量および年齢は多くの歩行関連指標(歩 幅や歩調など)や下肢関節運動指標(関節角度や関節運動のピーク出現時期など)との有意 な相関関係を示した。この相関関係の強さは下肢筋群と歩行指標の組み合わせに応じて異 なっていたが,中でも蹴り出し動作に関わる歩行指標は年齢および下肢筋量との間におい て特に高い相関係数を示した。年齢が高く下肢筋量が小さいほど,この時の股関節の伸展運 動および膝関節の屈曲運動が向上し,足関節の底屈運動は退行していたことから,加齢に伴 う下肢筋量の減少はこれらの蹴り出し動作に関わる下肢関節運動の変化の一因であると予 測される。また,蹴り出し動作には大腿部および下腿部の複数の筋群の筋活動が関与してお

59)75),この時に生じる運動エネルギーは推進力の起点となるなど 81), 蹴り出し動作は他

119

の歩行中の動作と比較しても特に重要な運動であると思われる。一方で年齢や下肢筋量と の相関がより強い歩行指標ほど,より高い精度で歩行動作の老化度や下肢筋量による歩行 動作の推定が可能であると予測される。そのため蹴り出し動作に関わる歩行指標は特に介 護予防への応用性が高い重要な指標だと思われる。しかしながら第 4 章では歩行速度の影 響を考慮し対象とした歩行指標を限定したことから,同一個人における蹴り出し動作に関 わる歩行指標の変化を検討できなかった。荷重応答期に対して遊脚期の歩行指標は第 3 章 の結果と同様の傾向を示したものが多く,これは遊脚期における下肢関節運動が主動筋の 活動が主となり成立することに起因すると思われる。この第 4 章の考察を踏まえると,蹴り 出し動作に関連する歩行指標においても同様に筋量の増大に対応した変化を示す可能性は 高い。従って同一個人における各下肢筋群の増加に対応する蹴り出し動作の変化を検討す る価値は大いにある。

本研究の知見の応用性

本研究の知見を踏まえると,荷重応答期や蹴り出し動作以降の歩行パラメータは,他の指 標と比べ年齢や下肢筋量と強い相関関係にある可能性が高い。この結果は,これらの期間の 歩行パラメータが下肢筋量ひいては歩行老化と強く関連するパラメータであることを示し ている。すなわち,これらの老化に関連するパラメータは日本人女性における歩行動作の老 化の進行度の評価指標としての応用が期待できる。個人の歩行老化を早期的に発見するこ とができれば,筋量の低下が深刻化する前に下肢筋力トレーニングなどの対策を講じるこ とが可能になる。

また同一個人内においても各歩行指標の変化に対応する下肢筋群の部位が示されたこと も本研究の知見の一つである。例えばフットクリアランスは転倒と関係する重要なパラメ ータであり 82)90),この指標の変化は下腿部の筋群である足背屈筋群の変化と関連していた。

本研究のサンプルサイズを考慮すると断定することは難しいが,各歩行指標に対応する下

120

肢筋群の部位が示されたことは, 効率よく歩行中の動作を改善するという観点においては 重要な知見である。この知見の応用が進めば,各個人における老化した動作のみを効率よく 改善する筋トレーニング法の提案などが期待できる。

本研究の限界

このように本研究で得られた下肢筋量,年齢および歩行動作との関係性は,高齢者の歩行 能力の低下を防止するための重要な知見になりうる。しかしながら本研究においてはいく つかの限界点がある。

本研究では,多人数の幅広い年齢層の歩行データを解析するために老化の影響がより大 きいと推測される女性に限定しており,男性に関しても本研究と同様の傾向を示すかは検 討の余地がある。また歩行動作の老化は身体機能の老化に起因し,この身体機能の老化は 30 歳代つまり中年層から進行する16)。参加者の年齢層に着目すると 30-50 歳の中年層は比較 的にデータが少なく,歩行の老化の過程(どの動作がどの時期にどのように変化するのか) に関する詳細を解明するには至らなかった。

そして本研究では下肢筋量と歩行動作との関係性に関して,歩行動作中の下肢筋群の役 割をもとに考察を進めた。歩行中には下肢の各筋群が異なるタイミングで複合的に活動す る。そのため,各筋群が直接的に支配する関節運動以外にも関連がみられた組み合わせが存 在した。これらの関連は,異なる歩行相における筋活動が別の歩行相の下肢関節運動にも影 響を与えることに起因すると考えられる。しかしながら本研究の結果から下肢筋量の増大 が各歩行相の筋群の活動にどのような影響を与えたかを断定することは難しい。各筋群の 筋量の変化が歩行動作に与える影響を解明するには歩行動作中の各筋群の活動を記録し, 併せて検討する必要がある。

関連したドキュメント