本研究で,ミトコンドリアおける翻訳停滞解消因子C12orf65およびICT1,そ して大腸菌での翻訳停滞解消因子YaeJの機能解析を行った。これまでの実験結 果をまとめる。
ICT1 と C12orf65 の発現抑制は,培養細胞の増殖を著しく阻害し,アポト ーシスが生じていた。
ICT1 と C12orf65 の発現抑制は,ミトコンドリアの容積と膜電位にも影響 を与えており,その影響は二つの因子で異なっていた。
ICT1の発現抑制のほうが,C12orf65の発現抑制より細胞およびミトコンド リアへの影響が大きい。
YaeJと ICT1 は,大腸菌由来の 70S リボソームを使った PTH活性の測定 で,同程度のPTH活性を示す。
YaeJのPTH活性には,リンカー領域Arg105,C末端領域Arg118,Leu119, Lys122,Lys129,Arg132が必要である。これらの残基を置換すると,PTH 活性が低下すると共にリボソーム結合能が下がる。
YaeJのPTH活性には,リンカー領域の長さが重要である。
構造及びこれら生化学的な実験結果より,真正細菌由来のYaeJと真核生物 由来のICT1の異生物種間のアライメントを提示した。
GGQモチーフをもつ翻訳停滞解消因子のグループ分け
マウス由来のICT1(PDB code 1J26),C12orf65(2RSM)および大腸菌由 来の YaeJ(2RTX)の GGQ ドメインの立体構造,そして本研究の結果を基に した配列解析から GGQ モチーフをもつ翻訳停滞解消因子の分類が可能となっ
77
た(Fig. 4-1)。GGQドメインは,Fig. 4-1に見られるように,どれも重ね合わ せができ基本的なアーキテクチュアは同じである。特にGGQモチーフ残基が存 在するβ1とβ2とを結びつけるループ(GGQループ)は,どの構造で非構造領 域となっており,またその長さが一致している(15残基)。一方,構造上最も大 きな相違点は,β2とβ3とを結びつける領域において見られる。RFのドメイン 3およびC12orf65では6残基からなるπ-HB turnを形成するのに対して,ICT1 およびYaeJ ではα ヘリックス(αi)が挿入されている。GGQ ドメイン以外で は,ICT1,YaeJ,C12orf65 での C 末端領域は,非構造領域である。ICT1 と YaeJは,第三章にあるようにリンカー領域の長さは異なるが,PTH活性に必要 な残基の保存性を示すアライメントができる。一方,ICT1とC12orf65は,と もに塩基性アミノ酸残基に富むが,共通性はない。
よって,真正細菌型のGGQモチーフをもつタンパク質(以下GGQファミリ ー)は,全体の配列から 3グループ,そして GGQ ドメインの構造から2 タイ プに分けられることが初めて示された(Fig. 4-2)。当研究室では,これらの因 子が,GGQモチーフをもちかつコドン非依存的(終止コドンを認識しない)な ことから,codon-independent RF(ciRF)と名付けたいと考えている。
ミトコンドリアでの二つの翻訳停滞解消因子
mtDNAにコードされているタンパク質は,基本的にすべて膜タンパク質であ
る(ヒトでは,13種類)。膜への輸送は,Oxa1によってリボソームが内膜に固 定され,合成されたタンパク質が膜へとすぐに輸送される(Ott and Herrmann,
2010)。この輸送と同時に折りたたみがされていくわけだが,このときの折り畳
みが律速となり翻訳が滞りやすいことが指摘されている(Hayes and Keiler, 2010)(Fig. 4-3)。この頻度の多さから,2つの停滞解消因子が必要なのかもし
78 れない,。
なぜ,tmRNA 系でなく ICT1/YaeJ 系のリボソーム解消機構がミトコンドリ ア翻訳系に採用されたのであろうか。一つには,ミトコンドリアというシンプ ルな系には,tmRNA による翻訳停滞解消機構が複雑すぎたのであろう。また,
進化的には,ミトコンドリアの祖先型となる細菌(α-proteobacteria)が存在し ていた時期は,tmRNAではなくICT1/YaeJしか存在しなかったかもしれない。
さらには,膜輸送での滞りには,ICT1/YaeJ しか対応できなかった可能性もあ る。
C12orf65の不完全なタンパク質と様々な疾患
本研究で明らかになったように,ミトコンドリアの翻訳においてICT1だけで
なくC12orf65も必須であることが明らかとなった。背景で述べたように,ヒト
においてc12orf65遺伝子にナンセンス変異が生じると,脳筋症が引き起こされ
る 。 こ こ で 注 目 す べ き は , ナ ン セ ン ス 変 異 が 入 っ た こ と で NMD
(Nonsense-mediated mRNA decay)が起きてそのmRNAが分解され翻訳さ れないという事実はないということである(つまり,不完全なC12orf65タンパ ク質が発現されている)。最近,c12orf65遺伝子の別の位置でナンセンス変異が 起きている患者が見つかったが,興味深いことに,先の脳筋症の患者より症状 が軽い(Fig. 4-4)(Buchert et al., 2013; Shimazaki et al., 2012)。C12orf65タ ンパク質の切断された箇所を調べると,脳筋症の患者では,GGQドメインの途 中で切断されていて,このタンパク質はおそらく構造を取ることはできないが,
後から見つかった変異では,GGQドメインの構造は保てるが,C末端領域が短 くなっている。症状が軽いことを考慮すれば,この C 末端領域が短いタンパク 質は,わずかにPTH活性がある可能性が考えられる。C12orf65は,ICT1と異
79
なり,C末端領域以外にもPTH活性に重要な役割をする領域があると考えてい る。候補として,ICT1とは異なり,GGQドメインのN端領域に疎水残基を多 くもつ特徴的な領域がある。これが,C12orf65の活性に何らかの役割があるこ とを予測している。
哺乳類のもう一つのミトコンドリアの翻訳停滞解消因子
哺乳類のミトコンドリアにおけるGGQファミリーに属するタンパク質は,こ れまでにあげたmtRF1a,ICT1,C12orf65の他にもう一つmtRF1が知られて いる。このタンパク質は,アミノ酸配列からミトコンドリアのRFであると初め は考えられていたが,実際はPTH活性をもたなかった(後になって終止コドン 依存的なPTH活性のあるmtRF1aがミトコンドリアで機能する“本当”のRFと して報告される)(Soleimanpour-Lichaei et al., 2007)。最近の立体構造を使っ
たmodelingによれば,ちょうど終止コドンを認識する部位(3つアミノ酸)が
他のRFとは異なってmRNAを認識できない位置にあることが分かった。これ より, mtRF1 も何らかの状況に対応する翻訳停滞解消因子ではないかと予想 されている(Huynen et al., 2012; Young et al., 2010)。ICT1やC12orf65とは異 なり,mtRF1は哺乳類しか保存されていないことを考えると,哺乳類特有のミ トコンドリアでの状況に対応すると考えるが,さらなる検討が必要である。
大腸菌における翻訳停滞解消機構~ tmRNA,YaeJ,ArfA ~
YaeJの報告と時期を同じくして,岡山大の阿保らによって,さらにもう一つ 翻訳停滞を解消できる ArfA(yhdL)タンパク質が発見され(Chadani et al.,
2010),大腸菌では3種類の翻訳停滞解消因子が機能していることがわかってき
た。ArfA の最大の特徴の一つが,ArfA は tmRNA の系が機能しているときに は発現できない点である。ArfAのmRNAはC末端付近のヘアピン構造がRNase
80
IIIに分解されるため nonstop mRNAとなってしまい,翻訳は滞ってしまう。
この翻訳停滞はtmRNA・SmpBにより解消されるが,ArfAはC末端にタグペ プチドが付加されるため分解されてしまい,結果としてほとんどが発現されな いことになる(Chadani et al., 2011b; Garza-Sánchez et al., 2011)。一方,例え ば翻訳停滞状態が頻発してtmRNA・SmpBが不足するような状況など,何らか
の理由で tmRNA の系が機能しなくなってしまった場合には,わずかに発現し
ていたArfA自身が自分の翻訳停滞を解消することによりArfAの発現が可能と なる。このように,ArfAはtmRNAの系をバックアップする安全装置と考えら れている。YaeJとは異なり,ArfA自体にはGGQ 配列はなく,PTH活性もな い。その代わり,RF2が ArfA と一緒に機能することで,ペプチジル tRNAを 加水分解することが示されている(ArfAとRF2が結合しているかなど,詳細に ついては現在のところ不明である)(Chadani et al., 2012; Shimizu, 2012)。
そのため,腸内細菌である大腸菌はtmRNAとYaeJタンパク質とArfAタン パク質の少なくとも 3 つの解消機構が機能していることになる。興味深いこと に,大腸菌では三者を独立に欠損させても致死的ではない。また,tmRNA と YaeJタンパク質の 2つの遺伝子を欠損させても致死的ではないが,tmRNAと ArfAタンパク質を欠損させると致死的である(Chadani et al., 2011b)。この致 死的な株に,YaeJタンパク質を過剰発現させるとリカバリーされる。これらの ことからtmRNA,YaeJ,ArfAによる3つのリボソーム解消機構が相互に関連
(相補的あるいはバックアップ)していることが考えられる。今後,3つのリボ ソーム解消機構の使い分け,関連など詳細に研究を進めなければならない。
結語
tmRNA・SmpBは真正細菌では普遍的に存在するが,それのバックアップ機
81
構とされるArfAはグラム陰性菌の一部(ナイセリア目(Neisseriales)や腸内 細菌目(Enterobacteriales)など)にしか存在しない(Schaub et al., 2012)。一 方,YaeJは主にグラム陰性菌に広く存在する。つまり,グラム陰性菌の腸内細 菌では3種(tmRNA,YaeJ,ArfA),そのほかのグラム陰性菌は2種(tmRNA,
YaeJ),グラム陽性菌は 1 種(tmRNA)という場合が考えられる。また,真核 生物のミトコンドリアでは普遍的にYaeJオーソログICT1とC12orf65が存在 する。これらの事実は,生物種によって翻訳停滞解消因子の種類が異なってい ることを示しており,翻訳停滞解消機構の全体像が想像以上に複雑であること を物語っている。それぞれの因子は,翻訳停滞の頻度や質の変化に対応するた めに必要となったと想像できる。例えば,腸内細菌は特に増殖速度が速いので タンパク質の生産能が高くならねばならないことを考えれば,翻訳の滞りが多 発しているとも推定され3種も必要となるのかもしれない(Fig. 4-5)。
tmRNA非依存的な翻訳停滞解消機構の研究は始まってまもなく,やっとパズ
ルのピースがそろいだしたところである。これらのピースがどのように組み合 わされて,生物種に合わせてそれぞれの「翻訳トラブル解消システム」を形成 しているのか,その全容を理解するにはさらに多くの研究が必要とされる。