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総括と展望

ドキュメント内 社債市場における利益情報の役割 (ページ 167-182)

7.1. 本論文の総括

実証会計理論 (positive accounting theory) のフレームワークに基づいて,債務契約における財 務会計の機能を検討する場合,債務契約の締結前と締結後に分けて考察する必要がある (須田, 2000; 首藤, 2008)。

契約締結前における機能は意思決定支援機能と呼ばれ,投資家が資金提供に関する意思決定 をする際に,不確実な環境を予測するために会計情報を必要とする状況に関連する (乙政,

2004)。一方で,契約締結後における機能は利害調整機能と呼ばれ,投資家が経営者の行動を評

価 (あるいはコントロール) するために会計情報を必要とする状況に関連する (乙政, 2004)。 本論文では,前者の意思決定支援機能に注目し,先行研究をサーベイした後,社債市場にお ける利益情報の価値関連性,ならびに利益の質が社債の負債コストにどのような影響を与える のかについて実証的に分析した。すなわち,社債投資家が利益情報を投資意思決定の判断に活 用しているのかどうか,また,格付機関が企業の債務支払い能力 (信用力) を評価する際の決 定要因の1つとして,利益情報を利用しているのかどうかを調査した。

投資家が社債への投資意思決定を行う場合,提供した資金の利息と元本が滞りなく支払われ ることを期待するため,社債投資家は企業のデフォルト・リスクを推定し,その債券を評価し ていると考えられる。ただし,証券等の発行体の経営者と社債投資家の間には情報の非対称性 が存在しており,その情報の非対称性が大きい場合,社債投資家は投資のリスクとリターンを 合理的に推定することが難しいケースもある。社債契約の締結前において財務報告に期待され る役割とは,社債投資家が会計情報を分析して,企業のデフォルト・リスクを適切に推定し,

逆選択の問題を緩和することである。

本論文では,会計情報の中でも利益情報に着目する。利益情報は,企業の将来キャッシュ・

フローを予測するための優れた指標であることから,デフォルト・リスクを推定する際にも役

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立つことが知られる。社債市場において財務会計の意思決定支援機能が備わっている場合,社 債投資家は公表された利益情報や利益の質について分析することで,投資のリスクとリターン を推定し,債権の評価を行うであろう。そこでなされた債券の評価は,たとえば,社債発行の 利率設定や,社債流通市場における価格形成といった意思決定に反映されることが期待される。

本論文では合計4つの実証分析を実施している。まず,第3章では,社債市場における利益 情報の有用性については,わが国の社債市場において,社債投資家 (bondholders) が投資意思決 定のために会計情報を活用しているかどうか,つまり,社債市場において利益情報の価値関連

性 (value relevance) が存在するかどうかを実証的に検討している。さらに,固定的な請求権

(fixed claim) が毀損しそうな場合に, 利益情報が社債投資家の意思決定にどのような影響を与

えるかを考察する。固定的な請求権とは,社債発行から償還までの期間において,確定した利 息と元本が得られる社債投資家の権利である。

実証分析の結果,社債リターンを適切に評価するために会計情報,特に会計上の利益情報が 社債投資家にとって役立つものであった。また,社債リターンと利益情報の関連性は固定的な 請求権の毀損可能性によるデフォルト・リスクの程度に依存してより強くなっていることが明 らかにされた。公表された利益情報はデフォルト・リスクに応じて価値関連的になると考えら れる。さらに,将来キャッシュ・フローの見通しの悪化を招く損失情報は社債市場において有 益な情報であった。社債投資家の将来的な期待ペイオフが下方に落ち込んだ場合に,その企業 が公表する利益情報は社債市場においてより有用であり,投資意思決定にその情報が反映され ている可能性が高い。

これらの統計的証拠は,社債投資家にとって,利益数値が投資意思決定のための有用な情報 内容を包含していることを示唆している。つまり,株式市場と同様に,社債市場において会計 情報は価値関連的であることが裏付けられた。

次に,第4章では,債務超過企業の財務プロファイルと市場の評価については,第3章の実 証分析から得た社債市場における利益情報の価値関連性がデフォルト・リスクの程度に依存し ているという知見に焦点をあてる。市場に社債を流通させている企業の中には,経済環境の悪

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化や会計不正などによって,著しく業績が悪化した企業もある。そのような企業が社債を発行 しており,実際にデフォルトを起こしたような場合には,社債投資家の固定的な請求権が棄損 されてしまうことになる。

ここでは,一般的にデフォルト・リスクが高いといわれる債務超過企業を取り上げ,債務超 過企業の財務的な特性と株式市場での評価を明らかにしている。さらに,社債を発行している 企業が債務超過に陥った際の負債コストを観察する。債務超過企業がデフォルトすることなく,

利息や元本が滞りなく支払われるかどうか,また負債コストがどうように変化するかを観察す ることは社債投資家にとって大いに役立つと思われる。

実証分析の結果,債務超過企業の株式価値を会計利益や自己資本のような伝統的な評価指標 で測定することは難しいことがわかった。ただし,自己資本がマイナスであっても,研究開発 投資の多寡が株式価値の評価において価値関連性の高い指標になっていた。また,流通市場に 社債を発行している企業が債務超過に陥った場合,格付機関はその企業に付与する信用格付け をランクダウンさせていること,ならびに社債投資家はその企業に対して要求する利回りを上 昇させていることが観察された。

さらに,第5章では,実体的利益マネジメントが社債の負債コストへ及ぼす影響については,

経営者の恣意性によって調整された利益数値が社債市場においてどのような評価を受けている のかを明らかにするために,信用格付けと利回りスプレッドに対する実体的利益マネジメント の影響について検証を行った。利益マネジメントとは,経営者がある特定の目的を達成するた めに利益数値を調整する裁量行動のことを指す (乙政, 2004)。

実証分析で得られた知見は,実体的利益マネジメントと信用格付けの間にマイナスの関連が あることを確認している。これは利益増加 (減少) 型の実体的利益マネジメントが行われるこ とによって,企業の信用格付けはランクダウン (ランクアップ) する傾向にあることを示唆し ている。また,実体的利益マネジメントと利回りスプレッド間におけるプラスの関連について も明らかにしている。利益増加 (減少) 型の実体的利益マネジメントが行われることで,利回 りスプレッドは上昇 (低下) する傾向にある。これらの結果から,わが国の社債市場において,

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実体的利益マネジメントと負債コストの間にはプラスの関連があると言える。

そして,第6章では,利益の予測可能性,持続性およびボラティリティが社債の負債コスト へ及ぼす影響について実証分析を行っている。利益の予測可能性については,過去の利益水準 で,現在の利益水準をどれほど予測できるかで測定される。一般的に利益の予測可能性や持続 性が高くなるほど,またボラティリティが低くなるほど,利益の質は向上するといわれる。し たがって,利益の予測可能性や持続性が高くなるほど,負債コストは低下することが予測され る。また,利益のボラティリティが高くたるほど,負債コストは上昇することが予測される。

検証の結果,利益の予測可能性や持続性が高くなるにつれて,信用格付けはより上位になる 傾向にあることが明らかにされた。一方で,利益のボラティリティについては,ボラティリテ ィが高くなるにつれて,信用格付けはより上位になる傾向にあり,利回りスプレッドはより低 下する傾向にあることが示された。

7.2. 本論文の貢献

本論文の主な貢献は,以下の2点についてである。第1に,本論文の題目でもある社債市場 における利益情報の役割について,財務会計の意思決定支援機能の側面から明らかにした点で ある。

企業会計基準委員会が公表する討議資料『財務会計の概念フレームワーク』を鑑みた場合,

財務報告の目的が果たされているかどうかは,株式投資家だけでなく社債投資家に対しても,

会計情報が有用な情報内容を包含しているかどうかに依存する。

これまで株式市場における会計情報の価値関連性に関する実証的証拠は先行研究によって豊 富に積み上げられてきている。それに比べると,社債市場において会計情報がどれほど有用な 情報を提供しているかに関しての証拠はそれほど多く蓄積されてきていない。

本論文では,わが国の社債市場において利益情報の価値関連性が存在しているということ,

また,利益の質が社債の負債コストに影響を及ぼしているということを実証的に明らかにして

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いる。具体的には,年次ベースの利益変化が社債の超過リターンとプラスに関連していること が示された。また,利益の質が高く (低く) なるにつれて,社債の負債コストは低下 (上昇) す ることを示す証拠が提供された。本論文で行われた実証分析から得られた結果は,社債投資家 が利益情報を投資意思決定の判断に活用していることを示唆している。これは財務報告の目的 が果たされるために,会計情報が重要な役割を担っていることを裏付ける証拠となることが期 待される。

第2に,会計情報に対する格付機関の反応について明らかにした点である。格付機関は,企 業の債務支払い能力を評価し,その程度に依拠して信用格付けを付与している。したがって,

企業の債務支払い能力が高い (低い) と考えられるほど,その企業に付される信用格付けは上 位 (下位) になる。社債投資家は企業の債務支払い能力に大きな関心を寄せているため,信用 格付けが上位になるほど,負債コストは低下すると考えられる。

複数の実証的証拠から,格付機関は企業の債務支払い能力 (信用力) を評価する際の決定要 因の1つとして,利益の質に着目し,活用していることが示された。格付機関は,質の高い (低 い) 利益を公表した企業に対して,より上位 (下位) の信用格付けを付与する傾向にあった。ま た,社債が発行される際に設定される利回りに,信用格付けが非常な大きな影響を及ぼしてる ことも明らかとなった。これらの証拠は,信用格付けに関する先行研究に対して貢献すること が期待される。

7.3. 今後の展望

本節では,将来の研究課題として3点の課題を指摘し,今後の研究の展望について述べる。

第1に,本論文で扱っているサンプルは,社債を発行している企業に限定しており,私募債や 銀行借入で負債を調達している企業を考慮していない。わが国特有のメインバンク制の影響も あり,企業が負債金融で資金調達を行う場合,銀行借入で調達することが一般的であろう。

したがって,社債の負債コストのみならず,銀行借入の負債コストに与える影響を実証的に

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