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利益の予測可能性,持続性,およびボラティリティと社債の負債コストの関係

ドキュメント内 社債市場における利益情報の役割 (ページ 139-167)

6.1. 本章の目的と構成

本章では,利益の質を表す指標として,利益の予測可能性,持続性,およびボラティリティ を取り上げる。企業会計基準委員会が公表する討議資料『財務会計の概念フレームワーク』に

よると (斎藤,2007),財務報告の目的は「投資家による企業成果の予測と企業価値の評価に役

立つような企業の財務状況の開示である」(序文) とされている。このような規定に鑑みれば,

予測可能性は利益が備えるべき重要な特性であり,予測可能性の高い利益は高品質であるとい える (音川・北川, 2007)。

また,一般に,持続性が高く,ボラティリティが低いほど,利益の予測可能性が高いことが いわれる (Dichev and Tang, 2008 ; 若林,2007 ; 海老原, 2010)128。したがって,ここでは利益の 予測可能性,持続性,およびボラティリティと社債の負債コストの関係について実証分析を行 う。信用格付けと利回りスプレッドを負債コストの代理変数として利用し,利益の予測可能性,

持続性およびボラティリティと負債コストの関係について検証する。

得られた主な結果は以下の3点についてである。第1に,利益の予測可能性と信用格付けの 間にプラスの関係が存在することを明らかにした。これは,企業が公表した利益の予測可能性 が高くなるにつれて,信用格付けはより上位になることを示唆している。

第2に,利益の持続性が信用格付けとプラスに関係していることが示された。持続性が高い 利益は,信用格付けをより上位にする可能性がある。しかしながら,予測可能性と利回りスプ レッド,ならびに,持続性と利回りスプレッドの間に有意な関係を見出すことはできなかった。

利益の予測可能性や持続性は,信用格付けを通じて,利回りスプレッドに影響を及ぼしている 可能性がある。

128 Dichev and Tang (2008) は,利益の予測可能性,持続性,およびボラティリティとの直感的な関係を定式

化し,実証研究に対するフレームワークを与えている。

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第3に,利益のボラティリティが信用格付けとはマイナスに,また,利回りスプレッドとは プラスに関係していることが判明した。ボラティリティが高いほど,信用格付けは低下する傾 向にあり,利回りスプレッドは上昇する傾向にあるといえる。以上の結果から,利益の予測可 能性,持続性,およびボラティリティが負債コストと有意に関係していることを示唆する証拠 が提供された。

6.2. 仮説の構築

上述したように,固定的請求権を有する債権者は,自ら提供した資金の利息と元本が企業に よって滞りなく支払われるかどうかに関心を寄せている。そこで,債権者は企業が公表した利 益情報を活用しながら,企業のデフォルト・リスクを推定し,それに応じてその企業に課す負 債コストを決定している。

Easley and O’Hara (2004) によると,均衡状態において,情報劣位にある投資家は自身を保護

するために,私的情報が多く存在する企業に対して高い収益率を要求することになる。そのた め,会計情報のディスクロージャーなどによって,私的情報が公的情報へと変換されるほど,

企業に課される要求収益率は減少することになると期待される (高須, 2012)。

また,Francis, Lafond, Olsson, and Schipper (2004) は,利益の質を代理する7つの指標 (アク ルーアルズの質,持続性,予測可能性,平準化,目的適合性,適時性,保守主義) が企業の株 主資本コストに及ぼす影響について調査しており,予測可能性と保守主義を除く,5 つの指標 と株主資本コストとの間に有意な関係があることを明らかにしている 129

したがって,質の高い利益情報は,企業の将来キャッシュ・フローやデフォルト・リスクの 予測に関する情報を適切に伝えることを通じて,情報の非対称性を緩和し,もって負債コスト を低下させると予想される。

129 Francis, Lafond, Olsson, and Schipper (2004) は,7つの指標の中でも,特にアクルーアルズの質が株主資本 コストと強く関係していることを示している。

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まず,利益の予測可能性とは,利益自体が将来利益を予測する能力のことをいう (Lipe, 1990 ; Penman and Zhang, 2002 ; 音川・北川, 2007 ; 加賀谷, 2009)。将来の利益をより正確に予測でき る程度で表す利益の予測可能性が高いほど,優れた利益の質を意味している。

Lipe (1990) は,利益の予測可能性が高いほど,将来利益の予測にとって有用な情報を含んで

いるため,ERCも高いことを報告している。すなわち,予測可能性が高い利益ほど,将来利益 の予測にとって有用な情報を含んでいるため,期待外利益1単位に対する株価の反応は大きく なることを示唆する 130 (若林, 2007)。

Affleck-Graves, Callahan, and Chipalkatti (2002) は,予測可能性の低い利益を公表した企業は,

その他の企業と比べ,より高い株主資本コストが要求されているという証拠を提供している。

また,Crabtree and Maher (2005) やPersakis and Iatridis (2015) は利益の予測可能性が高いほど,

負債コストが低下することを明らかにしている。

以上の先行研究から,企業が公表した利益の予測可能性が高い場合,要求される負債コスト は低下すると思われる。そこで以下の仮説1を設定する。

仮説1 : 企業が公表した利益の予測可能性と社債の負債コストはマイナスに関係する。

次に,利益の持続性については,先行研究では,過去の利益水準のうち,どれほどの割合が 現在の利益水準に結びついているかで測定されている (Penman and Zhang, 2002 ; 加賀谷,

2009)131。言い換えれば,当期の利益が将来利益に対して持つインプリケーションを意味してい

る (海老原, 2010)。

財務会計の意思決定支援機能の観点から,利益の持続性は,将来利益を予測する上で当期利 益がどの程度有用であるかを意味するものとして用いられ,基本的に利益の持続性が高いとき

130 また,Lipe (1990) は,利益の予測可能性が低ければ,株価のボラティリティが高くなることを確認して

いる。

131 先行研究では,利益の持続性と利益の予測可能性は,必ずしも明確に区別されているわけではない ( , 2007)

133 に,利益の質も高いと考えられる (海老原, 2010)。

Lipe (1990) は,利益の持続性が高ければ,ERCも高いことを明らかにしている。これは,利

益の持続性が高い場合,期待外利益は事前に織り込まれていなかったニュースのショックとし て,将来の長い期間にわたる利益予測の修正に強く影響を及ぼすことを示す (若林, 2007)。

Francis, Lafond, Olsson, and Schipper (2004) では,持続性の高い利益を報告した企業は,持続 性の低い利益を報告した企業と比べて,約110ベーシスポイント低い株主資本コストを享受し ていることが報告されている。

したがって,企業が公表した利益の持続性が高い場合,要求される負債コストは低下するこ とが予測される。そこで以下の仮説2を設定する。

仮説2 : 企業が公表した利益の持続性と社債の負債コストはマイナスに関係する。

最後に,利益のボラティリティとは,利益の標準偏差ないしは分散であり,時系列でみた利 益のばらつき具合,すなわち変動性を表す尺度である。ボラティリティの高い利益は予測が難 しく,利益自体の持続性も低下すると考えられる (Petrovic, Manson, and Coakley, 2009)。したが って,ボラティリティの高い利益は,一般的に質が低いと認知され,意思決定有用性が損なわ れると考えられる (Chaney and Lewis, 1998 ; Tucker and Zarowin, 2006)。

Dichev and Tang (2007) では,利益のボラティリティが将来の5年先までかなりの予測能力を

もっており,長期間の予測において有効なベンチマークを提供すること,ボラティリティの低 い利益は予測期間全体を通じて,かなり高い持続性と決定係数を維持することが示されている。

それに対して,ボラティリティの高い利益は素早く平均回帰し,信頼しうる予測可能性を示さ ないことが明らかにされている (若林, 2007)。

資本コストとの関係についてみていくと,Francis, Lafond, Olsson, and Schipper (2004) は,利 益が平準化されることによって,企業に要求される株主資本コストは低くなっていることを明 らかにしている。また,Huq (2016) では,利益のボラティリティが高いほど,債権者に要求さ

134 れる負債コストは増加することが示されている。

これらの先行研究を鑑みれば,企業が公表した利益のボラティリティが高い場合,要求され る負債コストは上昇することが予測される。そこで以下の仮説3を設定する。

仮説3 : 企業が公表した利益のボラティリティと社債の負債コストはプラスに関係する。

6.3. リサーチ・デザイン

6.3.1. 利益の予測可能性および持続性の推定モデル

本章では,利益の予測可能性 (Earn_Predict) および,持続性 (Earn_Persist) の代理変数を推 定するために,Lipe (1990) や音川・北川 (2007) で採用された以下のモデル (1) 式を用いる。

具体的には,モデル (1) 式のような 1 階の自己回帰モデル (first order autoregressive model:

AR1) を設定する。まず,利益の予測可能性 (Earn_Predict) については,モデル (1) 式から推

定される自由度調整済み決定係数 (adj.R2) によって測定している132。adj.R2が大きいほど予測 可能性は高く,利益の質は高いことを意味する。

次に,利益の持続性 (Earn_Persist) を表す指標は,モデル (1) 式から推定される説明変数の 係数 (α1,i) をとして定義する (Lev, 1983 ; Francis, Lafond, Olsson, and Schipper, 2004)。理論的に は,利益の持続性が高いほど,係数α1,iは1に近くなり,逆に持続性が低いほど0に近くなる。

したがって,α1,iが大きいほど持続性が高く,利益の質は高いことを意味する。

𝐸𝐸𝑖𝑖,𝑖𝑖=𝛼𝛼0,𝑖𝑖+𝛼𝛼1,𝑖𝑖𝐸𝐸𝑖𝑖,𝑖𝑖−1+𝜀𝜀𝑖𝑖,𝑖𝑖 (1)

132 先行研究 (Lipe, 1990 : 加賀谷, 2009) には,モデル (1) 式から推定される誤差項の分散を予測可能性の代

理変数として利用している研究もある。

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