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第6章 本研究の総括と今後の課題

第2節 総合的考察

本節では,第5章までの研究で得られた知見を総合的に考察し,学生相 談における恋愛 相談に対する支援のあり方について考察する。

90 第1項 恋愛相談の実態

第2章の調査研究結果で示したように,多くの学生は,友人といった身近な信頼のおけ る他者に恋愛相談をしており,専門家への相談はしていない状況が見られたが,学生相談 従事者の多くが恋愛相談に対応した経験をもつことから,実際には,専門家への相談をし ている学生がかなり存在していると考えられる。この調査結果の不一致が生じた原因とし てはいくつか考えられる。まず,1つめとして,調査対象の学生の自己が比較的安定して いるため,友人らによる支援によって解決できていたからであると考えられる。さらには,

学生が恋愛に関する悩みを専門家に頼るほど深刻な問題と捉えていないことによるのかも しれない。また,学生相談機関が恋愛相談をできる機関として学生に認識されていないこ とによって生じたとも考えられる。しかし,第2章での学生相談従事者から寄せられた相 談事例内容や,第3章から第5章にかけて検討した事例を見る限り,恋愛問題は決して軽 い問題として扱えないことが伺えた。

第2項 学生生活への適応につながる恋愛相談

第3章で取り上げた事例のように,普段は共感的な養育者から共感されることが困難な ほどの外傷経験をしたことにより,自己対象欲求の充足の不足が生じ ,自己の発達が阻害 されることがある。また,第4章で取り上げた事例のように,養育者が支配的であること によって,自己対象体験が不適切となり,自己の発達が阻害される場合もある。さらには,

第5章で取り上げた事例のように,養育者が依存的であるために,全般的に自己対象欲求 における充足の不足が生じることによって,自己の発達が阻害される場合もある。

いずれにせよ,学生相談カウンセラーは,恋愛問題の背景にある来談学生の自己の発達 の阻害状態を把握しつつ,どのような新たな自己対象体験を獲得できれば自己の発達が再 開されるのかを見立てて,共感的応答をし続けることが重要であることが見出された。

また,第3章は卒業期,第4章は中間期から卒業期,第5章は学部生期から大学院学生 期にわたり学生相談を利用している。第1章で紹介した学生生活サイクルに照らして考え ると,事例に登場した3名の女子学生は,学生生活の各段階の課題をこなしつつ,恋愛問 題に取り組んでいたことになる。この学生生活の課題を達成する にも自己の安定と発達が 求められる。実際,第3章から第5章の事例に登場した女子学生らは,恋愛の発達と自己 の発達とともに,学生生活サイクルの各段階での課題を達成することができた。 したがっ て,恋愛問題の解決につながる恋愛の発達と自己の発達は,学生生活の課題達成にも有益 であると考えられる。

第3項 学生相談における恋愛相談への支援のあり方

大学生は,学生生活の開始とともに,修学場面にしろ,対人場面にしろ,それまでの生 活と異なり,自分自身で決定しなければならない局面に多くさらされるようになると考え られる。そうした自己決定が求められる局面において,大学生は,自分自身が何者である のか,どのように生きて生きたいのかという問いをもたざるを得ず ,借り物ではない独自 の答えを生み出す必要に迫られることが推察される。そうした自己を問う作業は,恋愛場 面においても求められることが想像できる。したがって,彼らが恋愛問題を抱えることは,

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自己の存在の揺らぎにつながる可能性が大きいことを意味すると考えられる。

近代以降,男尊女卑的な関係性が標準的な恋愛関係とされ,女性は男性の付属対象とし て扱われる傾向にあった(宮野,2016)。また,そうした不均衡な関係性の維持は,支配側 にあった男性にとって,関係性を思うままに操ることができることから好都合であったと 言える。現代においても,DVやデートDVの被害者として女性が多いことから(内閣府,

2018),恋愛関係におけるジェンダー間での不均衡さが色濃く残って いると考えられる。

しかし,支配‐被支配的な関係性でなくても,不均衡な関係性は,その関係性を構築する 両者にとって好都合なものであるかもしれない。例えば,依存的な立場に身を置くことに よって,「相手が交際を求めてきたので応じただけである」と恋愛関係の選択責任 から逃れ ることができるからである。

第2章で示したように,恋愛の悩み,特に恋愛関係継続時における悩みは, 関係の不均 衡から生じることが多い。したがって,恋愛問題の解決は, 恋愛関係における対等性の獲 得にもつながると考えられる。健全な恋愛では,互いの人格を尊重できる対等性を保証さ れることが重要である。そして,恋愛問題が生じたときには,「私はなぜこの人を選んだの か」「私はなぜこの人と交際を続けているのか」「私はなぜこの人との別れを選んだのか」

を問い,自らの恋愛に責任をもつ主体となることが ,恋愛問題を解決し,恋愛関係の対等 性の獲得につながると考えられる。

以上のことから,学生相談で恋愛相談に応じる際には,恋愛問題が来談学生の自己の存 在の揺らぎにつながる危険性をはらむという理解のもと,学生生活に適応させることを考 慮しながら,学生の自己の発達により主体性が伸びるよう, 共感的な応答を続けることが 求められるだろう。

第4項 学生相談における恋愛相談研究の意義

本博士論文において,女子学生における恋愛の発達は自己の発達と連動し,恋愛の発達 が,精神的健康,学生生活への適応,そして人格形成に大きな影響を与えることが示され た。大学教育の中心は修学であることから,学生相談では修学問題が最も中心的な主訴に 位置づけられる(吉良,2010)。しかし,本博士論文からは,学生にとって恋愛問題は,修 学問題と同等に深刻な問題になる可能性があり,学生相談で来談学生が訴える恋愛問題は 深刻なものが多く含まれていることが示唆された。

1970年代に入るまで,恋愛に関する心理学研究は皆無であった。その理由として,古畑

(1990)は,①愛に関する現象は,広範囲にわたるので研究の焦点を定めがたいこと,② 愛に関する研究には社会的タブーなどによる倫理的制約が課されがちである こと,③愛に 関する研究をする者は,ソフト・サイエンティスト(軽い科学者)とのレッテルを貼られ てしまい,研究費を得にくいことが長く続いたことの3点を挙げている。こうした理由に よって,学生相談における恋愛相談研究も存在しなかったと考えられる。

第3項で述べたように,近代以降,男尊女卑的な関係性が標準的な恋愛関係とされ,現 在においても女性が男性の付属対象として扱われる傾向が根強く残っている(宮野,2016)。

こうしたことから,学生相談領域に限らないかもしれないが,先述した従来の指摘に加え て,恋愛関係における不均衡性を容認する社会的背景もあって恋愛相談が研究対象になり

92 にくかったと考えられる。

本博士論文において示されたように,恋愛問題の解決を求めて学生相談を利用したおか げで,自己を発達させるとともに,恋愛を発達させ,さらには学生生活への適応を遂げる 学生が存在する。したがって,学生相談において恋愛相談研究は学生の精神的健康や人格 的成長に貢献する意義深いものであると言える。