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恋愛関係継続時の恋愛問題を抱える女子学生との面接過程

第3章では,恋愛関係成立前の恋愛問題で悩む女子学生の事例を取り上げた。この事例 の女子学生は,家族による性的虐待という養育者として 適切な応答をすることが極めて困 難な出来事が生じたことで,養育者との間で限定的に適切な自己対象体験を得ることがで きなかったことで,男性への恐怖という恋愛問題を抱えていた。 続く第4章では,恋愛関 係成立時の恋愛問題で悩む女子学生の事例を取り上げた。この事例の女子学生は, 養育者 が支配的であったために養育者との間で適切な自己対象体験を得ることができなかったこ とで,継続的な恋愛関係を成立させることができないといった恋愛問題を抱えていた。

本章では,恋愛関係継続時の恋愛問題で悩む女子学生の事例を取り上げる。この事例の 女子学生は,養育者から自己対象欲求の充足を求められすぎることにより,養育者との間 で適切な自己対象体験を得ることができずに交際相手との関係性に悩むという恋愛問題を 抱えるに至って来談した。

第1節 問題と目的

第1項 養育者の自己対象欲求の充足と子どもの自己の発達

第1章で述べたように,自己は自己対象欲求が満たされることにより発達する。人生早 期において自己の発達は,養育者との間で適切な自己対象関係が構築されることで促され る。従って,養育者は子どもの自己対象欲求を適切に満たす役割を果たすことが 期待され ている。それにもかかわらず,養育者が子どもの自己対象欲求を満たすよりも,自分自身 の自己対象欲求を満たすことを優先してしまうことがある。本来であれば,養育者は,自 身の養育者との間,さらには配偶者との間で自己対象欲求を満たすことで自己を安定さ せ る必要があるが,何らかの事情で,自身の養育者や配偶者との間 で自己対象欲求を満たす ことが困難な場合,自己対象欲求充足を求める矛先が子どもに向かうことがある。例えば,

著しい経済的困窮,災害や犯罪被害,養育者の病気罹患,離婚,障害をもつきょうだいが いる場合など,様々な状況にその危険性がある。本章で取り上げる事例の女子学生の場合 は,養育者間において暴力,すなわち DV が生じていた。このDV も,養育者の自己対象 欲求充足の矛先が子どもに向きやすい原因の 1つになる危険性が高いと考えられる。

DV が生じている夫婦において,暴力を行使する側が暴力を受ける 側を意のままに操る といった支配関係が見られる。暴力は支配手段の1つとして用いられる。暴力を行使する 側は,相手が自分の期待どおりに行動することを当然とし,期待どおりに行動しない場合 は,暴力でもって期待どおりに行動することを 相手に強いる。つまり,暴力を受ける側は,

暴力を行使する側の自己対象欲求の充足のための存在に位置づけられ,暴力を受ける 側の 自己対象欲求は配偶者によって満たされることがなく,自己対象欲求不全状態となる。そ のため,夫婦の間に子どもがいる場合,暴力を受ける側の者は, 自己の安定のために,子 どもに自己対象欲求を満たしてもらおうとすることがよくあると考えられる。そして,子 どもの自己対象欲求を満たすことよりも,自分自身の自己対象欲求を満たすことを優先し,

適切な応答によって子どもの自己対象欲求を満たす役割を放棄することがある ことが推察 される。そうなると,子どもは養育者との間で自己対象欲求を満たすことができず,子ど

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もの自己の発達が阻害されてしまうことにつながることが予想される。

また,DV の場合,養育者から自己対象欲求の充足を求められすぎることのみが,自己 の発達の阻害につながるわけではない。特に,暴力を受ける側と同じジェンダーであると 認識している子どもの場合,恋愛関係や夫婦関係を成立させる場合,暴力を受ける側の示 す行動様式を取り入れることで,交際相手や配偶者に対して,自他融合的な関係性を形成 し,その中で従属的な行動様式を基本としてしまう,つまり,主体性をもつことが困難と なる危険性もあると推察される。暴力を受ける側が母親であり,その子どもが女子学生の 場合,DV の影響で,男尊女卑的価値観に基づく自他融合的な恋愛関係を形成し,恋愛関 係の中で主体性をもつことが困難となる危険性があると考えられる。山﨑(2012)は,女 性の生き方が多様化した現代において女性へのカウンセリングを行う際 ,特定の価値観を 押し付けず,クライエントが自らの意思で人生上の選択肢を選択するという「選択する主 体」になる過程に寄り添う重要性を指摘している。 そのため,このような女子学生にカウ ンセリングを行う場合,恋愛関係における主体性を育てることを意識した関わりが重要で あると考えられる。

第2項 大学院学生期にある女子学生の恋愛問題

本章で取り上げた女子学生は,学部2年次に来談したものの,学部生の間は継続的に来 談することがなく,自己の一時的な支えを求めて来談する程度であった。この女子学生が 継続的に来談をするようになったのは,大学院進学以降のことであった。

大学院学生期は,学生が最終的に学生生活を終え,職業人として自己形成する時期であ る(鶴田, 2008a)。昨今の大学院進学者増加により学生の進学動機は研究のためだけでな く,キャリアアップ,進路決定の遷延などと多様化しており(鶴田, 2006),卒業期の課題 が大学院進学後に持ち越される傾向がある(鶴田, 2010)。例えば大学院入学前から継続来 談する女子大学院生では恋愛問題の相談が多くみられる(安福, 2001)。

大学院生の多くは青年期後期に属する。恋愛を探求することは青年期後期の中心課題の 1つであり,この時期の青年の多くはその後の人生の伴侶決定に焦点をあてた深い親密性

を示す(Arnett, 2000)。そして,互いに独立した存在であることを認め合う恋愛関係を形

成できるようになることが期待される(伊福・徳田, 2008)。

第1章で述べたように,恋愛関係は,青年のアイデンティティ形成に影響を与える重要 な関係性の 1 つである(大野,1999)。女子学生は関係性の中で自己の視点を発見し,こ れまで馴染んできた家族などの他者の視点と相互調整してアイデンティティ形成する傾向 がある(杉村,2001)。そして,多くは第三者の助けを借りて視点間の相互調整に努める

(杉村,1998)。自己心理学的観点から言い換えると,それは,第三 者との間で適切な自己

対象体験を得ることを意味する。

学生相談に来談する,恋愛問題を抱えて傷ついた自己をもつ女子学生も, 第三者との間 で適切な自己対象体験を得ることで発達を促すプロセスを求めていると考えられる。従っ て,学生相談においてカウンセラーは,来談学生が適切な自己対象体験を得るような第三 者の役割を担うことが求められる。

以上のことから,大学院学生期の女子学生へのカウンセリングにおいて,学生相談のカ

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ウンセラーは,クライエントが自己の視点と他者の視点とを相互調整をすることを助ける 適切な自己対象として機能することが重要であると考えられる。

第3項 本研究の目的

恋愛問題を抱える女子大学院生への学生相談を行うカウンセラーには ,学生が恋愛問題 の解決を通して自己の視点を発見し,他者の視点との相互調整できること,すなわち自己 の発達を促すことが求められる。そのため,共感的応答や,共感的応答に基づく助言によ って学生の重要な自己対象欲求の充足が肝要であると考えられる。吉井(2005)は,異性 問題を抱える 30 代女性との面接において,カウンセラーの共感的応答を通してクライエ ントの自己対象欲求を充足し,自己の発達とともに恋愛関係の発達が促進されたことを報 告した。クライエントの年齢やカウンセラーの性別による影響を 考慮する必要はあるが,

恋愛問題を抱える女子大学院生への学生相談においても同様の効果を期待できると考えら れる。

そこで,本研究では,恋愛問題を抱えた女子大学院生への学生相談において, 共感的応 答や共感的応答に基づく助言による自己対象欲求の充足がどのように学生の自己の発達 と 恋愛関係の発達を促進するのかについて検討することを目的とする。

第2節 事例の概要

クライエントから事例公表の同意を得ているが,事例記述については,プライバシーに 配慮して趣意を損なわぬ程度に事例記述に若干の変更を加えている。

第1項 クライエント C,大学2年生,20歳。

第2項 主訴

友人である男性への未練と交際相手への不満があり悩んでいる。

第3項 臨床像

おしゃれに気を配り華やかな印象。気分がひどく沈んでいるとノーメイクで肌を荒らし て来談し,服装もおざなりになるため,気分の良し悪しが分かりやすい。初対面の カウン セラーにさほど警戒していない様子で,甘えた話し方を示した。

第4項 家族構成

母方祖父母(ともに70代,無職),父親(40代,自営業),母親(40代,主婦),C,長弟

(高校 2 年),次弟(中学 1年)の 7 人。C は大学入学時から 1 人暮らし。C の幼少期よ り,父親から母親に対し,怒鳴る,友人に会わせないなどの精神的暴力(DV)が続いている。

第5項 生育歴

C は中学生頃より母親から,父親の金遣いの荒さや束縛に関する愚痴を聞かされること