1.本研究の概要
本稿では、児童養護施設に入所する児童に対する心理療法として、RDIによる介入の効果 をポジティヴ・ネガテイヴな感情とストレス反応の観点から検討した。RDIの効果の研究に 関してはKom&Leeds(2002)や上原(2005)があるが、前者は統制群を用いないという問題が あり、後者は抑うつに焦点を当てた研究であり、他の側面にっいてはいまだに検討されて はいなかった。また両者の研究はどちらも成人を被験者としており、子どもに対する効果 は研究されていなかった。
児童養護施設に入所する児童は、注意の問題、非行的行動、攻撃的行動や怒り、不安、
抑うつ、耽溺傾向を示す解離症状といった問題を抱えるだけでなく、生きがい感や他者か らのサポートに関しても低いことが報告されている(坪井,20051杉山・中村,2001;戸松,20031 西澤他,1999;中村,20021鈴木,2004)。そのため、児童養護施設においてこのような問題を解 決することが施設での心理療法の課題であった。
RDIはポジティヴな感情を増幅させるだけでなく、さまざまストレス反応を低減する EMDRの一技法である。RDIの効果を測定するために、正負感情を測定できる日本語版 PANAC−C(勝間,2004)を用いた。また、さまざまなストレス反応を測定するために、小学生 のストレス反応を身体的反応、抑うっ・不安感情、不機嫌・怒り感情、無気力という側面 から測定できるSRS−C(嶋田・戸ヶ崎・坂野,1994)を用いた。
また、RDlを実施するに際し、児童養護施設の児童にどのような肯定的な資源があるのか を調べ、肯定的な記憶の数の多さがポジティヴ・ネガティヴな感情およびストレス反応と どのような関連があるのかを検討した。
1施設のみの調査であったので、被験者が限られていたため、ノンパラメトリック検定を 用いて検討した。
2.本研究における成果
2.1.研究1における成果
研究1では、児童擁護施設の児童に対し、肯定的な記憶の数とポジティヴ・ネガティ ヴな感情およびストレス反応との関連を検討した。その結果、負感情で肯定的記憶多群が 肯定的記憶少群よりも有意に得点が高く(p<.05)、正感情得点と小学生版ストレス反応尺度の 下位尺度では両群において統計的な差が見られなかったが、いずれも肯定的記憶多群が肯 定的記憶少群よりも得点が高いという結果となった。
肯定的な記憶の数が多い方がポジティヴな感情だけでなく、ネガテイヴな感情やストレ ス反応が高いという結果から、記憶を想起させるとネガテイヴな記憶をも同時に想起して しまう危険性があることが示唆され、RDIの手続きにおいて肯定的な記憶をたずねる際、非 機能的な記憶にアクセスせずに機能的な記憶にのみアクセスすることが重要であることを
示した。
また、児童養護施設の児童にはさまざまな肯定的な記憶があることが確認された。多く は施設での経験によるものと予想され、RDIを行う際に、このような資源を活用することが できると考えられる。
このように研究1ではRDIを行う際に、機能的な記憶に焦点を当てるこ・との重要性と、
児童養護施設の児童には多くの資源があることが示されたという点で意義深いものである
と考えられる。
2.2.研究Hにおける成果
研究IIでは、ちょうちょのはばたきを用いて、児童養護施設の児童に対するRDlの効果 を検討した。介入時期の要因を排除するために、介入群と待機群の2群を設定し、時期を ずらして介入を行った。
その結果、SRS−Cの抑うつ・不安感情得点と無気力得点においてRDIの効果があったこ
に関する新しい結果である。しかし、Kom&Leeds(2002)では怒りや敵意も改善されていた が、本研究ではこれらに関しては変化が見られなかった。敵意や怒りといった感情は通常 のストレス反応というよりも、トラウマとの関連が強い感情であると考えられる。そのた め、本研究のように実験的な環境ではRDIの効果があらわれなかったのかもしれず、今後 の課題といえる。
また、本研究ではポジティヴな感情が増幅せず、逆に低下した。このことは肯定的な記 憶の想起の際に否定的な題材にまで想起の対象が広がっていた可能性があるが、本研究で
はそれを裏付ける十分な証拠は得られなかった。
さらに、RDIのfbllowup期において、負感情とストレス反応が増加したことについては、
上原(2005)の結果と同じであった。本研究は上原(2005)と異なり、RDIの介入を3回行った が、同様の結果が得られたことから、RDIによる変化が状態的な変化であることが示唆され
た。
研究皿において、子どもの対するRDIにおいても成人の場合と同様に抑うつが低下した 結果から、RDIの適用年齢が小学生まで拡大できる可能性があることが確認できたことは意 義深いものであるといえる。
3.今後の検討すべき課題
3.1.サンプルの限界
本稿では、1施設の児童養護施設の4年生から6年生の小学生に対して研究を行った。そ のため、十分なサンプルが取れなかった。今後は、施設の数を増やした調査や介入を行う 必要があり、今後の課題といえる。
また、本稿では2群を設定する際に、施設の児童の予定にあわせざるを得ず、2群を均質 にすることができなかった。さらに、本稿では集団でRDIを行ったが、被験者同士の友好 関係や敵対関係あるいは上下関係を考慮に入れなかった。敵対関係や上下関係がある場合、
実験の場が安全ではなくなるため、交絡因子として実験結果に影響していたかもしれない。
今後は施設職員からの十分な聞き取りをもとに集団のメンバーを選定する必要があろう。
本稿では、児童の被虐待歴や現在の状態によるRDIの効果の違いについて検討がなされ
なかったためである。また、本稿ではサンプル数の限界もあり、個人情報が得られたとし ても適切な統計的処理を行うことができなかったと考えられる。これらのことから、今後 サンプル数を増やすとともに、児童の被虐待歴や現在の状態についての情報を入手し、そ れらに基づき効果の検討を行う必要があるだろう。
3.2.測定項目の拡大
次に、測定項目の問題がある。本稿では、これまでの先行研究から、ポジティヴ・ネガ ティヴな感情とストレス反応に焦点を当てて測定を行った。これらの測定は、児童に質問 紙を配布し、記入してもらったので、児童の心理的な状態を直接測定することができた。
今後は、職員からの聞き取りや、CBCLなどの尺度を用いて客観的なデータを収集する必要 がある。また、先行研究で、友人からのサポートの問題が指摘されているが(鈴木,20041中 村,2002)、RDIによって友人関係が変化し、得られるサポートも変化する可能性があるので、
今後研究を行っていく必要があるだろう。
3.3.他の両側性刺激との比較
本稿では、RDIの両側性刺激として、ちょうちょのはばたきを用いた。ちょうちょのはば たきは眼球運動やタッピングとは異なり、自分で両側性の刺激を加えることができるため 採用したが、今後は眼球運動やタッピングを用いた研究を行い、両側性刺激による効果の 違いを検討していく必要があるだろう。
3.4.否定的な記憶の処理
本稿では、肯定的な記憶に焦点を当てるRDIの効果の検討を行った。そのため、否定的 な記憶の処理に関しては研究の対象から除外した。この理由として、第一に子どものトラ ウマを扱う際に、子どもの安全感・安心感が前提となるが挙げられる。そして第二の理由
理について検討した。
このことは、否定的な記憶の処理の不可能性や不適切性を指摘するものではない。子ど もの生育歴・被虐待歴や現在の生活の状態にもよるが、否定的な記憶の処理を行うことは 可能であると考えている。今後の課題として、どのような子どものどのような要因が否定 的な記憶の処理を行う心理療法に適しているかというような、治療の適合性についての検 討を行う必要があるだろう。
第5章 要約および結論
近年、全国の児童相談所で処理される虐待相談の件数は増加しており、これに伴い、児 童養護施設に入所する被虐待児童も増加している。現在、約3万人の児童が児童養護施設 で生活しているが、その過半数が入所以前に虐待を受けていたと報告されている(福 島,2005)。そのため、1999年より、児童養護施設において心理的ケアの必要な子どもに対 する支援を行うために、児童養護施設への心理職員の配置が開始された。
児童養護施設に入所中の児童は行動面や情緒面、社会性の問題でさまざまな問題を抱え ることが先行研究で明らかにされていた。本稿では、このような児童の問題に対し、EMDR の一技法であるRDIを用いた臨床的介入の効果を検討した。
研究1では、児童養護施設の児童の持つ肯定的な記憶と正負感情およびストレス反応と の関連を検討した。その結果、児童はさまざまな肯定的な記憶を持つことが明らかとなっ た。また、肯定的な記憶の想起が多い児童は正感情だけでなく、負感情やストレス反応が 高いことも明らかとなった。このことは、機能的な記憶にのみ焦点を当てるRDIにおいて、
いかに肯定的な記憶にのみ焦点を当てるかということの難しさと重要性を再確認するもの
であった。
研究Hでは、児童養護施設に入所する児童に対するRDlの効果を検討した。介入期間の 要因を排除するため、介入群と待機群を設定し、時期をずらして介入を行った。その結果、
抑うつ・不安、無気力、ストレス反応全体において介入の効果が見られた。しかし、RDI によるこれらの変化は状態的であることも示された。これまでの成人に対して行われたRDI の結果では抑うつや怒りの低減が報告されている。抑うつに関しては、成人の場合と同様 に効果のあることが示された。しかし、怒りに関しては本稿では低減せず、より臨床的な 介入が必要になることが考えられる。
児童養護施設で治療を行う際には、最終的にはトラウマに焦点を当てた治療になること が必要だが、それ以前に安心感・安全感、他者からサポートを受けていると感じることが 重要になる。本稿では児童養護施設に入所する児童は多くの肯定的な記憶を持っているこ とが明らかになったが、このようの記憶を資源として活用し、介入に役立てることで、児