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結論

ドキュメント内 第1章 序論 (ページ 125-137)

         

Ⅰ 村落共有空間の観光的利用の意義 

 

村落共有空間は、近世の村落社会において生産・生活に必要不可欠な土地資源として村落 構成員の総有とされ、明治期以降も村落構成員による集団的所有・管理のもとに置かれてきた。

そして、入会林野は薪・草肥・飼料等の供給源あるいは造林地として、地先漁場の場合は多様 な海産物の供給源として、入会集団に対して経済生活を直接的に支える機能を果たすと同時に、

それらから得られる収益は公益的事業にも積極的に活用され、地域社会の維持に大きく寄与し てきた。しかし、1960 年代の高度経済成長期以降、燃料革命や国内林業の不振等に伴って農

林業的な利用を主体としてきた入会林野の利用価値は低下し、第2章で明らかにしたように、多 くの入会林野では山林経営の収益性の低下により森林管理に要する最低限の経費さえも大きな 負担となりつつある。また、1980 年代以降の漁業所得の低迷に伴う沿岸漁業の衰退の中で、漁 村生活における地先漁場の重要性も相対的に低下してきているのが現状である。このように村 落共有空間の農林業・漁業的な利用が衰退するのに伴い、これまで村落共有空間が入会集団 にもたらしてきた多様な機能も同時に著しく縮小しつつあり、それが村落共有空間の利用度の 低下に拍車をかけている。 

その一方で、村落共有空間においては、第二次大戦後の高度経済成長期以降の観光需要 の増大の中で、多様な形態での観光的利用が進められてきた。とくに、入会林野においては、

農林業的な利用価値の低下に伴い入会林野が「くず山」として認識されていたこともあって、ゴ ルフ場・別荘地・スキー場等の観光施設の適地として大規模な観光事業が進められた。また、地 先漁場においても、スキューバダイビング等の多様な海洋性レクリエーションが普及するとともに 観光的利用が活発化しつつある。こうした村落共有空間の観光的利用の展開に関しては、観光 資本による林野の乱開発が社会問題化した事例も存在するため、1)コモンズ論に代表されるよ うに村落共有空間の観光的利用に対して批判的な立場がとられる場合が多かった。しかし、そ の一方で、村落共有空間の観光的利用を入会集団が積極的に進めることにより、自律的な空間 利用を実現している事例が存在するのも事実であり、これらの地域においては村落共有空間の 乱開発が進んでいるどころか、観光的利用による収益が入会集団に還元され地域社会の維持 にも大きく貢献している。したがって、村落共有空間のすべての観光的利用を乱開発につなが るものとして否定し拒否的な態度をとり続けることは、土地資源の有効利用の道をとざし地域活 性化の可能性を放棄することにもつながりかねない。従来からの農林業・漁業的な利用方法に 固執するだけでは、もはや村落共有空間の利用の停滞や粗放化に歯止めをかけることができな いことは明らかであり、今後は観光的利用を含めた多様な村落共有空間の利用を積極的に導入 し、地域の活性化に役立てる方策を模索すべきである。そこで、本論文では村落共有空間の観 光的利用を積極的に進めている事例の分析を行い、その実態を明らかにした。 

まず、長野県茅野市の事例を取りあげた第4章では、かつて採草地・薪炭林などとして利用さ れていた広大な入会林野を観光的に利用することにより多額の収益の獲得に成功している湯 川・柏原財産区の入会林野経営の実態を明らかにした。柏原財産区では、1946 年に農業用の 温水溜池として竣工した白樺湖の周辺地域において、1949 年頃から貸馬・貸ボート営業やバン ガロー経営が開始され、それらの収益の蓄積をもとに 1960 年代から柏原財産区民によって旅 館・ホテル等の宿泊施設の建設が進められた。柏原財産区は、これらの宿泊施設への土地貸付 収入のほか、実質的に財産区が直営している白樺湖での貸ボート営業、別荘地貸付などによる 観光収入を得ており、その歳入は優に1億5千万円を超えている。また、湯川財産区では、蓼科 高原に直営の6つの温泉旅館を所有し、それを 10 年ごとの入札によって経営を希望する財産区 民に経営・管理を委託して収入を得るほか、1930 年には財産区直営の別荘地貸付も開始し、か なり早い時期から入会林野を利用した観光事業を進めていた。その後、1960 年に蓼科高原の主 要観光地域のうちの約 205ha が㈱東洋観光事業に売却されたが、売却後も財産区民が主要な 宿泊施設の多くを経営するほか、土地売却金の預金利子や未売却の入会林野の企業への貸付 等により、財産区は現在でも9千万円以上の歳入を得ている。 

これら入会林野の観光的利用によってもたらされる多額の収入は、植林・間伐等の所有山林

の維持や観光地化に伴う道路の整備・補修など、所有財産の管理に必要な多額の経費を賄うた めに使用されているほか、市行政の末端を担っている行政区への補助金や役員報酬などの事 務的経費としても使用され、財産区の運営や地域社会の各種の活動を実質的に支えている。一 方、これらの収入は、財産区の種々の共同作業の人夫賃あるいは貸付金・積立金などの名目で 財産区民に分配されており、財産区民は直接・間接に所有林野の観光的利用による収益を享受 している。また、観光地化による観光施設の増加に伴い、その経営者のみならず従業員としても 多くの雇用が確保されていることも重要である。とくに、直営の貸ボート営業を行っている柏原財 産区では、区内の全就業者のうち男性は 45%、女性は 73%が観光関連業種に従事しており、

入会林野の観光的利用は新たな雇用の創出に大きく貢献している。 

一方、地先漁場の観光的利用も地域社会に対して多くの収益をもたらしている。第5章で取り あげた沼津市大瀬崎地区では、地先漁場の一角にダイビングスポットを開設したことにより年間 8万人以上ものダイバーが訪れており、これらのダイバーが地元の江梨区民らが経営する宿泊 施設の経営を支えている。また、ダイビングスポットを開設している内浦漁協が各ダイバーから徴 収している潜水料のうち、かつての専用漁業権の主体であった江梨区に 44%が還元されており、

年間 1200 万円程度の収益がもたらされている。さらに、江梨区は駐車場営業による収入も得て おり、これらの収益は道路整備等の公益的事業を行う際の地元負担金等として使用されている。

また、第6章で取りあげた伊東市富戸地区では、ダイビングスポットを開設する富戸漁協(現伊東 市漁協富戸支所)がダイバーに対する施設使用料・シャワー使用料・駐車料等を徴収しているほ か、利益率の高いタンクのエア充填業務を掌握することで、年間約2億5千万円もの収益を得る に至っている。これらダイビング事業による収益は、漁協経営の安定化にとってきわめて重要な 存在となっているだけでなく、漁協組合員への配当金などとして入会集団に対しても還元されて きた。さらに、ボートダイビング営業を通じて漁業者にも一定の収入を保障しているほか、一時は 民宿をはじめとする宿泊施設の利用客の増大をもたらすなど、ダイビング事業の展開による影響 は漁協関係者のみならず地域社会の全体に及んでいる。 

このように、村落共有空間の観光的利用によって得られる多額の収益は、直接・間接に入会 集団に還元されるだけでなく、観光施設の営業を通じて地元の地域社会に多くの雇用を提供し ている。とくに、従来からの農林業・漁業的な利用による収益の増大が見込めない現在において は、村落共有空間から収益をうみだす数少ない方法として観光的利用はきわめて重要な存在と なりつつある。さらに、これらの観光的利用に伴う多額の収益は、入会林野における森林管理の ための経費、あるいは地先漁場における漁場管理費や稚魚放流のための漁業振興費などとし て使用され、従来からの村落共有空間の農林業・漁業的な利用の維持・振興にも大きく貢献して いるのが実態である。村落共有空間の観光的利用が、伝統的な農林業・漁業的な空間利用を圧 迫し縮小させるどころか、逆にそれらを持続的に維持する機能を果たしていることは特筆に値し よう。 

これまで村落共有空間の観光的利用といえば観光資本による乱開発としか理解されず、観光 的利用は空間利用の他律化をまねき地域環境に壊滅的なダメージを与える元凶であるとする見 方が強かった。しかし、本論文で明らかにしてきたように、入会集団により自律的に村落共有空 間の観光的利用が行われた地域においては、むしろ観光的利用による収益が従来からの農林 業・漁業的な利用の維持に使用され、村落共有空間に対する入会集団の管理機能を高める機 能を果たしてきた。とくに、村落共有空間における観光的利用は、入会集団みずからによる計

ドキュメント内 第1章 序論 (ページ 125-137)

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