108 第6章 結 論
6-1 本論文のまとめ
本論文は、2011年3月12日の九州新幹線の全線開業により、2016年度を目指す在来線 の高架化までの一期整備が完了した、熊本駅周辺地域整備の都市デザインの実践を対象と する。都市デザインを形成する仕組みとして設置した「都市空間デザイン会議」の中で、
行政、関係コンサルタント、地元の学識経験者や民間事業者とのデザイン調整の議論にお いて、筆者は学識経験者の研究室の一員として参画した。アクションリサーチという概念 の援用から、デザイン形成の主体として加わりながら、デザイン過程を客体として分析す る立場を取り、仕組みの運用、デザインの決定までを整理、分析し、課題の抽出と対応の 流れを明らかにすることを目的とする。
本論文で得られた結論を各章ごとにまとめると以下の通りとなる。
2章では、熊本駅周辺地域の歴史的変遷と整備概要の整理や近年の駅周辺整備の状況につ いて他事例比較を行い、都市デザインを考える上で与件となる項目を抽出した。空間整備 においては、短絡な歴史的モチーフの引用やオブジェとしての歴史表現ではなく、個別の 事柄が地域の時間軸に積み重なった「履歴」としての位置づけが重要だとし、駅周辺地域 の歴史的変遷を整理から、整備で考慮すべき基礎情報として示した。1891年の鉄道開通を 機に駅周辺地域は大きく変化してきた場所であるため、鉄道開通以前と以後に分け、文献 による調査を行った。駅周辺整備は規模が大きく、事業も多様であるため、各事業が同時 に完成することは少なく、順次整備が完了していく場合が多い。整備全体としては、周辺 へ波及する影響を評価することは難しく、事前、事後に分けると、十数年の差が生じるこ ともあるため、駅周辺整備のように大規模な整備では、各事業の進捗と事中の評価という 視点が重要だといえる。全国の同様な事例について、駅周辺整備の各事業とそのスケジュ ールに着目し、整備期間中にもたらされる都市内の異なる位置関係にある地点への影響の 差異とその要因を明らかにした。また、明らかとなった事象から、熊本の事例を検証し、
抽出した問題点への提案を行った。
3章では、都市デザインについて既往研究と関連概念の整理を行い、熊本駅周辺整備の都 市デザインの実践における分析の視点を示した。都市デザインを題材とした研究は、横浜 市の取り組みを対象としたもの、マスターアーキテクトを採用した取り組みを対象とした もの、大規模開発事業を対象としたものの三つに分類できる。これらは都市デザインの「調 整」という段階に着目しており、それぞれ行政主体の調整、仕組みの中での調整、大規模 開発の調整という主題は、熊本駅周辺整備の礎となるものである。三つの研究の流れの整 理から、熊本駅の取り組みおよび本論文の位置づけを明確にした。これまで広義に捉えて いた都市デザインの「デザイン」の意については設計だけではなく、調整や運用などが含 まれていた。あらためて「デザイン」を空間形成やものづくりとして捉え直し、都市デザ
109
インを再評価する指標として「マネジメント」という考え方を示した。また、都市のデザ インマネジメントについて、複雑な仕組みの解明を試みる生命科学の知見から、多様な事 業主体や設計者、市民との調和を基本とするデザイン調整の仕組みに対し、「フィードバッ ク(FB)」と「フィードフォワード(FF)」という概念を示し、都市デザインの実践を分析 する指標とした。これらはデザイン調整の空間的な分析指標と時間的な分析指標として、4 章の実践の分析に用いる。
4章では、熊本駅周辺整備におけるデザインマネジメントの実践について3章で示した指 標を用いて分析を行った。「都市空間デザイン会議」の経緯では、デザイン調整の実働を担 う「WG」、委員会の位置づけにある「本会議」、市民との意見交換を行う「UDWS」などに ついて、2005年9月に始まった第1回のWGから新幹線開業を迎えた2011年3月の第12 回の本会議までの議事内容を年表として整理し、それぞれの議題の頻度を明らかにした。
デザイン調整の手引書である「都市空間デザインガイド」については、マネジメントの視 点から「デザイン戦略」、WG や本会議での議論を考察した「内部コーディネーション」、
民間事業主体との調整を目的とした「外部マネジメント」について整理を行った。また、
熊本駅周辺整備を象徴する「景」という都市空間の捉え方から、「出会の景」、「木立の景」、
「水辺の景」という整備対象についてもマネジメントの視点で整理を行った。3つの景のデ ザイン調整の特性から「FB・調整型」、「FB・展開型」、「FF・調整型」に分類した。
5 章では、熊本駅周辺地域整備におけるデザインマネジメントの理論的展開を試みた。3 章で示した分析指標から 4 章の実践的試行の考察を行い、空間的な整理では「デザイン戦 略」の考察において、デザインガイドの本編と手引き編の意義、整備条件を反映した「景」
という捉え方、段階的な整備を前提とした 3 つの景、トータルデザインを主導するワーキ ンググループについて、「内部コーディネーション」の考察において、継続的なデザイン調 整を可能とするメンバー構成、詳細デザインに対応する 3 つの景や個別の WG について、
「外部マネジメント」の考察において、プレデザインを用いたデザイン共有と調整、外部 事業者と外部関係者によるデザイン調整の違いを重要な項目として明らかにした。また、
時間的な整理ではデザイン調整の分類図によって、3つの景のデザイン調整の違いを明らか にし、3つの景が含まれない「FF・展開型」については熊本駅周辺地域整備の3 つの景以 外の空間を示す「生活空間」を位置づけ、二期整備に向けた展望とした。
110 6-2 今後の課題
本論文の今後の課題は以下の通りである。
(1) 一期整備の評価に対する、二期整備での検証
新幹線開業までの一期整備では、主要なデザイン調整を要する事業主体があったため、
本会議や WGが機能する場があり、これらの仕組みを維持する意義が明確であった。在来 線の高架化までの二期整備では、主要なデザイン調整を進めるのではなく、一期整備の評 価に基づく維持管理が重要な役割となる。また、3つの景で行った取り組みを周辺に展開さ せていく段階となるため、二期整備における一期整備の検証が可能となる。このような段 階によって、具体のデザインや調整の進め方を評価、検証できることが熊本駅の特徴であ るため、継続した調査と分析が必要である。
(2) デザインマネジメントの3つのフレームワークの他事例への活用
空間的な分析の指標とした「デザイン戦略」、「内部コーディネーション」、「外部マネジ メント」のフレームワークは、熊本駅の事例ではトータルデザインに関する考え方や仕組 みで特徴を見出すことができた。一方で、適用事例が一つであるため、比較検証を行うこ とが重要であり、それぞれの事例における特徴を明確にすることが、今後のデザイン調整 のあり方や仕組みづくりに意義ある知見を提供することになるものと考える。
(3) デザインマネジメントの分類図の他事例への活用
デザインマネジメントの分類図では、3つの景を位置づけることができた。また、二期整 備へ向けた取り組みとして、3つの景以外の空間の「生活空間」を位置づけた。まずは、「生 活空間」におけるデザイン調整がどのような考え方で進んでいくのかを継続して分析する ことが重要である。また、4つの分けられたデザイン調整の考え方が、他事例ではどのよう な場面に適用できるのかを検証する必要がある。新たな整備を考える場合は、4つの象限の どこを目指して進めていけば良いのかを検討する手段としても活用が可能だと考える。
111 謝 辞
「鉄道が好き」―学部四年の春、私の卒業論文のテーマは“鉄ちゃん”という程の知識 のなかった、趣味のような興味で決まった。ただ、子供の頃は生まれ育った広島の街を走 る路面電車の運転手になりたかったし、父方の実家の福井へ帰省する時に乗ることのでき た新幹線の0系や100系はとくに好きな車両だった。路面電車と新幹線、両方が揃う熊本 に来たことも何かの縁だったのかもしれない。今思えば、ここから長く熊本駅に関わって いくのだが、それはもう尐し後の話である。卒論時の2003年は熊本駅の表向きの動きはな く、基本計画にあった「パークステーション」に対する一提案をまとめたのだった。
修士課程に進み、やはり熊本駅に関するテーマで修士論文をまとめつつあった 2005 年、
私が修士二年のときに研究室に熊本駅周辺整備のプロジェクトが入ってきたことが、博士 課程への進学を決める第一歩であった。卒論、修論と決して優秀な学生ではなかった私に 対し、粘り強いご指導を頂いていた小林一郎教授と当時は助手であった星野裕司准教授に は、さらに我慢強く見守って頂くことになるにもかかわらず、博士過程への進学を受け入 れて頂いた。これには大きな感謝の思いが半分ではあるが、もう半分はたくさんのご迷惑 もおかけした反省の思いでいっぱいである。小林教授には、言いたい事は何なのかという 常に本質に迫るご助言を頂き、大きくなりがちの私の思考に道筋を立てて頂いた。星野准 教授には、研究の指導を受ける立場だけではなく、熊本駅のプロジェクトの上司として景 観デザインの仕事を学ばせていただいた。本論は学術的立場にいながらも景観デザインの 実践に取り組む、二人の恩師のご指導があったからこそ書きあげられた論文である。副査 をお引き受けして頂いた両角光男教授、溝上章志教授、熊本駅のプロジェクトでも様々な ことを学ばせて頂いた田中智之准教授には、建築や都市といった幅を持った視点からのご 指導を頂いた。また、ゼミや日頃の生活でもお気遣いを頂いた田中尚人准教授、熊本駅の インダストリアルデザインの立場からご助言を頂いた崇城大学の原田和典准教授、そして 学部と修士を過ごした施設設計工学研究室、博士を過ごした景観デザイン研究室、また田 中智之建築設計研究室の先輩、後輩、仲間たちには研究やプロジェクトの模型作り、資料 作り、日頃の研究室生活など様々な場面でお世話を頂いたことに、感謝の念を伝えたい。
2005年の9月から研究室として熊本駅周辺整備に関わり始め、プロジェクトの現場でも 多くの方々との出会いがあり、学生である私に対しても丁寧に接して頂いたことに感謝致 したい。学生の無知な意見も大らかに受け取って頂き、実務者としてのご助言をして頂い た熊本県熊本駅周辺整備事務所の歴代課長である松永信弘氏、中山義晴氏、丸尾昭氏、デ ザインマネジメント業務をお手伝いさせて頂いた(株)都市総合計画の小池寛氏、世代の近い 先輩としてヒアリングや資料のご提供にも気軽にご協力をして頂いた村田要氏、芥川崇氏、
2005 年から新幹線開業までお世話になった(株)水野建設コンサルタントの荒川雅俊氏、こ のほかたくさん方々の取り組みを皆様への感謝の気持ちに代えて研究に取り組んできた。
皆様のご協力無くしても、書きあげることの出来なかった論文である。