国道 58 号線方面
7. 結論
本章では、この研究を通して得られた人類学的調査結果から得られた、社会的役割と社 会関係についての2つの分析を軸として、現在の沖縄県都市部に居住する老年者の社会的 老いとのかかわり方と老いのありようを考察する。
7-1.本研究の再確認
老いの社会化とは、人が年をとるという現象が、社会的機能や役割という、社会との相 関関係から規定されることである。これによって老年期は他の生の期間と区分され、その 区分に属する人々には、老年期特有の社会的機能や、社会構造と相関的な役割が与えられ る。社会的役割とは「特定の社会的位置にいる人がしたがう、社会的に規定された期待」[ギ
デンズ2004 :51]であり、社会構造165から発生する[Parsons1960、ギデンズ2004 :197-223]。
本研究ではまず、この老年者の社会的役割の沖縄社会における歴史的変化を確認した。
沖縄の従来的な村落社会は、2 章で述べたような世界観と観念から、親族集団―地域共 同体―祭祀組織が相互に連関するシステムを形成し、老年者を、老年者に求められる社会 的規範や価値観、社会的役割をとおして社会に包摂していた。
しかし4章でみたように、現在の辻地域ではこうした従来の沖縄社会にみられた社会組 織の相関性は弱体化しており、従来的沖縄社会にみられた社会的老いは現状には即してお らず、観念的なものとなっている。それとは別に、昨今、従来とは異なる規範や社会的役 割を老いに与える認識が生じている。そのひとつが人口高齢化の対策としての福祉制度の 導入をきっかけとした、福祉の対象としての高齢者像である。老人福祉法にはじまる暦年 齢を基準とした福祉制度は、65歳以上を「高齢者」として画一化し、そのカテゴリーと「福 祉に参加する・福祉を利用する」という社会的役割とを明確に関連付ける参加型サービス
165 社会学分野、特にパーソンズは社会システムの語を用いる。しかし、本研究はあくまで人 類学的見地に立つものであり、個々人の経験から生起する多様性と行為を理解するためには適 切でないと考えるため、ここではその語の使用は避ける。
137 を提供する [菅沼2008]。
以上の老年者に関する社会的役割を老年者個人側から理解し、老年者個人と社会的老い とのかかわりを示すために、本研究では社会関係に焦点を移した人類学的調査を行った。
辻・若狭地域は、3 章で述べたような戦争や米軍統治という沖縄研究が対象としてきた ような村落社会にはみられない歴史的変化を経験している地域である。4 章では、①ここ に居住する老年者個々人も、移住、就業、経済状況の変化を経験しており、生活をそれに 対応させてきたこと、②村落社会に比べて社会内の変化の激しい都市部では、諸社会組織 ではなく個々人の経験の共有が社会関係を維持・継続する機能を果たすこと、の2点を示 した。特に②についていえば、辻地域の老年者の大半は、宮古という同郷の出身であるこ と、長く辻・若狭地域に居住してきたこと、という経験を共有しており、このことが老年 者個人同士の社会関係と、地域共同体としての結束を固めている。
この地域背景をふまえたうえで、5 章では、辻地域に設置されている参加型サービスを 利用する老年者を対象とした調査の結果を提示した。上に述べたように、参加型サービス は、新しい社会的役割をとおして社会への再包摂の機能を果たす場という行政の意図に基 づき設置されている。しかしながら調査からは、カテゴリー化された老年者ではなく、多 様な生活背景をもつ個人としての老年者と、老年者個々人の間にある持続する社会関係と が強く現れていた。つまり、辻地域の老年者は、参加型サービスを福祉制度の文脈でなく 同郷や長い共通の生活経験という福祉導入以前から続く社会関係を維持する場として利用 しており、そのうえで、彼らは個々人の生活経験を背景とした選択をとおしてサービスへ の参加の仕方や理由づけを行っているのである。
続いて6章では、参加型サービスに関与しない、すなわち新しい社会的老いに接しない 選択を行っている独居老年者を観察した。彼らは老後になって単身で移住してきたために、
地域社会内でこれまでの持続した関係を持たない人々である。したがってこれから現住地 で新しい社会関係を構築していくことが期待されるのであるが、諸制限のある居住状況を 選択したことによって、社会関係の構築自体が制限される場合もあった。結果として、社 会的役割をもつことを通して社会関係を構築しているケース、あるいはそもそも社会関係 を構築しないケースなど、日々の生活における多様なあり方が示された。また、ここで構 築された社会関係は、社会的役割や関係内のやり取りを通して循環的に強化され、持続性 を取得していくことも示された。
以上を総括すると次のことが導き出される。社会状況の変化は社会的役割を支える社会
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組織の連関を弱体化させ、老年者に期待される社会的役割は包括的なものではなくなりつ つある。加えて、人口高齢化を背景とする福祉制度の導入によって、新しい社会的役割が 発生している。また、社会的役割との接触は、個々の老年者が構築する持続する社会関係 をとおしてなされる。こうした社会関係の持続は、関係が営まれる場だけではなく、個々 の老年者の歴史的背景、つまり老年者個々人の経験からも状況づけられている。したがっ て、地域的特殊性を抱えた現在の辻地域における老いのありようは、理念的な社会的老い のみからではなく個々人の生活のなかで行われる行為の詳細な検討から見出す必要がある のである。
次節では、老いる過程にある各々の老年者の個人的な行為を、6 章であげた「選択」と
「逡巡」から整理する。
7-2.老いるという行為
まず「選択」の要素から検討しよう。
2 章でみたように、従来的沖縄社会では、社会的老いは社会組織の連関をとおして老年 者やその周囲に浸透し、それにしたがった社会的役割が期待されてきた。しかしながら 4 章で述べた別居による扶養形式の変化、移住の増加による地域祭祀の不可能性などから引 き起こされた社会組織の連関の希薄化によって、従来的な社会的老いの受容の仕組みは失 われつつある。このことは老年者の社会への包括が保障されなくなったことを意味する。
そこに、親族内の老親扶養機能を社会で肩代わりし、地域共同体との橋渡しを目的とす る福祉制度が導入された。これによって、老年者は福祉の論理で社会に包摂されることに なる。しかしながら、福祉制度が想定する問題や提供するサービスと、実際に老年者個人 が抱える問題や希望にはずれが存在する。このずれは、福祉制度が、居住状況や社会関係 の有無、個々人の経験など、それぞれの文脈から発生する多様性を、一元的で理念的な「高 齢者」というカテゴリーに押し込め、対策のためのサービスを老年者全体に一括して提供 するために発生する。ここで重要なのは、このずれが、老年者の側から見れば、一元化さ れた問題設定から提供される「老いモデル」に包摂されきれない老年者がとる行為の余地 となることである。
この行為の余地は、依然として存在する従来的な社会的老いにも生じている。というの は、社会組織の相互連関の希薄化によってそれぞれの文脈において社会的役割が期待され
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る状況を呈しており、そのためにこの社会的老いは従来のような包括的に付与されるもの ではなく、一部を受容し一部は受け入れない、という個別に対応可能な性質をもつものに なっているからであり。
結果として、老年者は複合的な性質をもって現れることとなっている。現在辻地域に居 住する一般的な老年者は、①高齢者福祉の対象として参加型サービスを利用し、②家庭内 での祭祀の担い手として位牌やヒヌカンの管理を行い、しかし③辻の地域祭祀に参加する ことはなく、出身地の地域共同体祭祀には関与しないか出身地域に戻ってそこの祭祀に参 加する場合もある。たとえば4、5章で取り上げたSt氏は、辻地域では民生委員として参 加型サービスに参与し、家庭内の年長女性として家庭内祭祀を取り仕切り、親族祭祀にあ たっては旧盆は若狭地域の自宅で行うものの、旧 1月16日には宮古の出身地に戻り祭祀 を行っている。しかし現在、辻地域の地域祭祀であるハチカショウガツに関与することは ない。こうした、それぞれの文脈で期待される社会的老いにそれぞれ対処する―使い分け る行為が「選択」である。
図7 :社会的老いの根拠と老年者との関係の変化
現在の沖縄都市部
・社会構造総体の連関の希薄化
・新しく導入された福祉制度が期待する老年者 の社会的役割
・社会的役割が選択可能となる
・老年者は個人的な使い分けによって老いに対 応
従来的沖縄社会
・社会構造総体の連関から期待される老年者の 社会的役割
・老年者は社会的役割を自然と受容することで 老いに対応