本論文では,韓国語と日本語の内外空間名詞を対照し,語彙的意味の広がりと意味拡大の様相に見 られる韓日両言語の特性を明らかにすることを主な目的として,それぞれのコーパスを用い,計量的調査 と用例の分析を行った.
具体的には,韓国語と日本語の内外空間名詞「안, 속, 밖, 겉」と「うち,なか,そと,おもて」について 意味領域を記述し,対照した.次は,その結果得られた語彙的意味の広がりと意味拡大の様相を基に,
韓国語と日本語の内外空間名詞に見られる語彙性の希薄化と文法的変化の様相を考察し,照らし合わ せた.とりわけ,これまでの空間名詞の研究とは異なる観点で内外空間名詞を細密に分析して記述し,
語彙と文法という総合的な観点で,韓国語と日本語の内外空間名詞の特性を明らかにしようと努めた.
本章では,これまでの考察の結果を述べる.まず,8.1では,第4章から第7章までに明らかになったこと をそれぞれ整理して示し,8.2では本論文の意義と課題について述べる.
8.1.研究結果の要約
第4章では,内外空間名詞「안,속,밖,겉」と格助詞の結合形を中心語に据え,各々の中心語がどの ような前項の連語,あるいは後項の連語と結合し,どのような意味を表すかを分析した.具体的には,内 外空間名詞と格助詞の結合構造を中心語とする連語構成を対象に,先行要素の統辞的構造により,先 行名詞を伴なう連語構成,用言の連体形からなる連体修飾語を伴う連語構成,前項の連語を伴わない 連語構成の三つの類型に分けて,語彙的・統辞的構造の中で実現される意味を分析した.
次に,その結果を基にして,類義関係と対義関係など系列関係から,「안と속」,「밖と겉」の類似点と 相違点を分析した.その結果,類義の対に意味用法上の重なりが見られる場合は,コーパスから収集し た用例の出現頻度に基く「傾向」をより自然な表現の根拠として用いた.さらに,「안,속,밖,겉」の対立 関係を通して,結合関係では見て取ることのできなかった意味用法の弁別点を取り出し,これらの結果を 基にそれぞれの内外空間名詞の意味領域と内外空間名詞の意味グループとしての関係を明らかにした.
以下にその結果を示す.
(1) 「안/속/밖/겉+格助詞」の先行名詞の分布とその意味特性を分析し,次の通りの結果が得られた.
① 「안」の場合,先行名詞のうち,場所名詞,身体名詞,具体名詞など実体を持つ実体性名詞が約 70%以上を占めるのに対し,「속」の場合,抽象名詞,現象名詞,活動名詞,事柄名詞など実体 を持たない非実体性名詞が70%以上を占める.このようなことから,「안」は具体的空間を主に表 すが,「속」は抽象的拡大意味を主に表すと言える.
② 「안, 속, 밖, 겉」は,時間名詞や抽象名詞など非実体性名詞と共起する場合または単独でも 抽象的な意味を表す場合は,限られた格助詞と結合する傾向があり,その意味領域は限定され る.例えば,時間名詞は「안에,안으로」 と共起して時間的限界や期限,範囲を表すなど,語彙 的・統辞的に制約される傾向が見られる.
③ 「안」と「속」は場所空間,具体空間,身体空間など実体性が高い意味領域で意味の重なりが密 接で,実体性の低い抽象的空間では意味領域の重なりが少なくなる.
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④ 前項の「안」と「속」の意味領域の重なりについて明らかになったことを,以下に示す.
∙ ある先行名詞が「안」と「속」の両方と共起すると言っても,実際はどちらか一方が多く用いら れる傾向を見せるものと,両方がほぼ同等に用いられる傾向のものに分けられる.
∙ 「입,몸」など身体名詞の場合は,身体との緊密性,一体性,不可視性,閉鎖性が強調される 場合は,「속」をより好む傾向があり,具体的な空間としての意味が強調される場合は,「안」
がより頻繁に用いられる.
∙ 抽象名詞との連語構成では,「안」は先行名詞により規定される<範囲・領域内,条件>の 意味を表す付加的成分となることが多いのに対して,「속」は前項の連語により規定される抽 象的空間の<状況や状態,持続性>という意味を表し,動詞の必須項となることが多い.
∙ 場所名詞の場合,平面の場合は「안」と共起し,立体の場合は「속」と共起する.先行名詞 が,「회화 공간」のように<開かれた可視の空間>を表す場合は「안」を用いるが,「바다, 땅」のように<閉ざされた不可視の空間>を表す場合は「속」を用いる.
∙ 具体名詞「상자」の場合,混用の傾向が見られるが,コーパスを調査した結果では,「속」の 出現頻度が2.5倍に上る.前項と後項の連語の意味特性が<不可視性,深さ,閉鎖性>に 繋がる場合は,「속」との共起頻度が高くなる.
⑤ 韓国語コーパスから収集した「밖, 겉」の現れ方をみると,「밖」は3,601例,「겉」は203例あり,
「겉」の用例数が極めて少ない.さらに,「겉」の場合,先行名詞を伴う用例は4例にとどまり,「밖, 겉」の共通の先行名詞もない.「밖」の場合,先行名詞としては,場所名詞が80%以上である.
(2) 「안, 속, 밖, 겉」の意味領域と意味関係は次の通り:
① 「안と속」,「밖と겉」は,具体的空間を表す場合に,意味用法の重なりが見られ,実際の言語場で は混用の様相も見られる.「안と속」,「밖と겉」は,基本義から時間的意味,抽象的意味へとその 意味が拡大すると,他の語彙との結合関係に制約が生じ,基本義の用法で成立していた対立関 係も成立しなくなることがある.
② 「안」と「속」の弁別点としては,可視性と不可視性,開放性と閉鎖性を挙げることができる.他にも,
[안」は広さを持つ拡散の空間,存在空間,移動の空間で,それに対し,「속」は深さを持つ密閉 性の空間,自然物・自然現象の空間,存在空間,継続状態・状況の空間,心理的・感情的空間で ある.
③ 「밖」と「겉」の最も重要な弁別点は,境界の有無である.「밖」は境界を越えて,あるいは境界を通 して「うち」と「そと」が疎通できる空間であり,その境界線または境界物から離れた空間も含まれる 三次元の空間である.それに対し,「겉」は境界を介さず,一体物の表と裏の関係にある.「밖」は,
移動,出現,事態発生の空間で,視覚的・聴覚的空間,立体的空間であるが,「겉」は,存在,付 着,露呈,状態変化の空間で,平面的空間である.
④ 対義関係においては,基本的に「안と밖」,「속と겉」の対立関係となるが,「안」が平面の表面を 意味する場合は,「밖」ではなく,「겉」と対立関係をなし,基本義である具体空間の意味から,時 間的意味や範囲などに抽象化すると,基本的な対義関係は成立しなくなる.
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第5章では,第4章で韓国語に関して行ったものと同様に,内外空間名詞の格形態,先行要素,後行 動詞を中心に日本語の内外空間名詞「うち」,「なか」,「そと」,「おもて」の意味を分析し,次の結果が得 られた.
(1) 内外空間名詞の使用頻度は,内部を表す空間名詞が外部を表す空間名詞よりはるかに頻繁に用 いられることが分かった.「なか>うち>そと>おもて」の順で使用され,最も使用頻度の高い「なか」
は次に頻度の高い「うち」に比べ3倍近い使用頻度の差が見られた.
(2) 「うち」は,非実体性名詞を先行名詞とするものが70%ほどで,<時間,心理,抽象的空間>を表す.
また,「うち」は身体名詞や人間名詞などの実体性名詞と共起する場合にも,抽象化した<心理空 間>や<範囲>を表し,具体的空間を表すことはあまりない.一方,「なか」と共起する先行名詞は,
実体性名詞が49%,非実体性名詞が51%で,「うち」の場合と異なり,具体的空間から抽象的空間,
範囲,状況まで,意味領域の幅が広い.そのため,「うち」と「なか」は,具体的空間では意味境界が 離れていき,意味的重なりがあまり見られないが,の抽象的空間では意味境界が接近し,意味領域 の重なりを見せる.
(3) 類義の対である「うち」と「なか」の意味領域の重なる部分と相補的部分を分析し,以下に示す.
① 実体性の高い先行名詞と共に具体空間を表す場合,「うち」と「なか」の意味領域の重なりは見られ ないが,<心理・感情>,<範囲の限定>といった抽象的意味を表す場合,「うち」と「なか」は密 接な意味領域の重なりを見せ,混用の傾向が見られる.「うち」と「なか」が「胸」,「腹」といった身体 名詞と連語を構成し,心理的空間を表す場合,「うち」は<不可視の静的空間,プライベートな閉 鎖的・心理的空間>を表すのに対し,「なか」は<可視的,動的空間,開放的空間>を表す傾向 がある.
② 「うち」と「なか」は,「心」など非実体性の先行名詞と共に<心理・感情>といった抽象的意味を表 す場合,補語,対象語,後項の用言との結合関係から意味領域の違いが見られる.具体的には,
「うち」は「恐怖,不安,怒り,気持ち」などと共起し,<主観的感情,否定的心理状態>を表すのに 対し,「なか」は「プラン,正義,概念,イメージ,意識」などと共起し,<概念的,肯定的抽象空間>
を表す傾向がある.また,「うち」は「思う,考える」といった思考・感情を表す心理動詞と共起して<
不可視の空間,静的,閉鎖的空間>を表すことが多いのに対し,「なか」は感情・思考・知覚を表す 心理動詞,「告げる,読む,呟く,言う,叫ぶ」といった発話動詞,「凍る,崩壊する」といった変化動 詞とともに心理的活動,感情的変化を表す<可視的空間,動的,開放的空間>を表す.
③ 「うち」と「なか」はいずれも<集団の範囲の限定>を表すが,「うち」は,ある集団の範囲が一定の 条件や数量などにより強く制限されたり,その集団の構成要素の属性などが明示的に規定・限定さ れる場合に用いられるのに対し,「なか」は,ある集団の範囲が比較的にゆるやかで,明示的に規 定されない場合に用いられる.
(4) 「そと」と「おもて」について明らかになったことを以下に示す.
① 日本語コーパスから収集した「そと」と「おもて」の用例のうち,先行名詞を伴う「そと」と「おもて」の